こんな噂を聞いたことがあるだろうか?
死者と再会できるダンジョンがこの世界には存在するらしい……。
曰く、そのダンジョンにはこのゲームが始まってからのPLの情報すべてが保存されている。
曰く、そのダンジョンの奥にはあの世とこの世を繋ぐゲートが存在するらしい。
曰く、そのダンジョンは生者を捕らえてしまう。
この世界がデスゲームと化して、幾月もの時間が流れるとともに、こんな噂が流れるようになった。正常な者は、そんなバカな話があるかと笑う。しかし、そんな噂を真に受けて探してしまうのもまた人なのだろう。
夜の街道を歩き、道の分かれ目のあたりで獣道へと入る。そこからさらに奥へ奥へと進み、森の最深部へと進んでいく。しばらく歩けば、開けた場所へと出る。空を見上げれば、現実では見られない満天の星空が綺羅びやかに映し出されている。彼女の言葉が脳内でリフレインし、響く。
「ね、現実にはない景色とかも見れるのかな? オーロラのカーテンとか、天ノ川以上のきらめきとか、そんな景色を二人で見れるといいね」
そうやって始めたゲームはいつの間にか、非現実から現実へと成り代わっていた。戦って、戦って、戦って、何度も何度も繰り返して、終わりを期待して次を始めた。進めば進むだけ何かを失い、最後に残ったのは自分だった……。
復讐を抱くだけの気力も、気概も無く、ただ現実を受け入れるだけの毎日。そんな日々を送っていた頃に、こんな噂話を聞いた。街の近くにある森のダンジョンの最深部に、死者と再会できるゲートがあると聞いた。頭では分かっている。自分がどれだけおかしなことをしているのかも理解はある。でも、理屈とかそんなものじゃない。ただ、ただ、会いたい。それだけが自分を突き動かす。
「やぁ、お兄さん。こんな夜更けに、森の最深部なんかに来たら危ないよ?」
どこからか声をかけられる。あたりを見渡すが声の主は見つからない。
「上だよ、お兄さん」
言われた方に視線を上げれば、いつの間にか、黒いローブを身にまとったPLが木の上から自分を見下ろしていた。彼女? はクククッと笑いながら、木の上から飛び降り、自分の前へと着地する。
「お兄さん、この辺は危ないよ? なんたって、PKクランがこの辺り一帯を狩場にしてるんだから帰ったほうがいいよ」
彼女? は自分へ帰るように促す。しかし自分は帰るわけにはいかなかった。何のためにここまで来たんだ。PK達が狩場にしてるから危ない? そんなのはどうだっていい。自分は皆に、彼女に再会するためにここまで来たんだ。
「あの、すみませんがそこを通してください。じゃないと、僕は貴女に何をするか分かりません。貴女を殺してでも、その先に用事があるんです。通してください!!」
言葉の中に怒気が混じる。心臓が早鐘の如く鼓動する。数秒が数分にも感じられる。フードに隠れていて彼女の表情は分からない。クククッと彼女は再び笑う。
「そっかそっか、私も殺されるのは嫌だし道を譲ろう。でも、覚えておくといいよ。この先へ行っても君の望むものはないと思うよ」
「そんなことは分かってますよ、分かってるんですよ……!! じゃあ、どうしろってんですか!!」
八つ当たり気味に叫ぶ。行き場のない怒りが、やり場のない感情が、その悲痛さが響き、残響する。それだけで、この男がどれだけのものを背負ったかが分かる。女は、ただ何も言わず道を開ける。言葉を発さないのは、彼女はまだ何も失っていないゆえにかける言葉がないのか、失ったからこその共感なのかは分からない。
「すみません、自分は行きます……」
男は再び歩み始める。不確かな噂に縋り、確かにあったものを手にするために……。
男は最奥へたどり着く。そこに鎮座するダンジョンはイオニア式で作られた神殿で、歴史を感じさせる。ダンジョン内部は白を基調とした石造りになっており、光源は不明だが、薄紫色の光が廊下を不気味に照らしている。曲がり道などはなく、ただ一本真っ直ぐに伸びた廊下だが、奥は暗く見通せない。
廊下をしばらく歩いていると、円形の広間へと出た。これ以上先はなく、中央には背丈をゆうに超える姿見が鎮座しているだけ。
姿見に男が近づく。鏡面が揺らぎ、そこに死んだはずの恋人が映る。最初は鏡越しに語りかけるだけ。
「やっと来てくれたんだね」
男は疑いながらも近づいてしまう。すると鏡の中から恋人が現れる。見た目も声も記憶のまま。けれど、どこかおかしい。
彼女は男に優しく言う。
「もう戦わなくていいよ。こっちに来て」
男は震える手を伸ばした。
指先が、あと少しで彼女に触れる――そう思った瞬間だった。
閃いた一条の光が、視界を横切る。次の瞬間、男の右腕が宙を舞った。
「――ぁ、がッ!?」
遅れて、焼けるような激痛が走る。何が起きたのか理解するより早く、断面から鮮血が噴き出した。床に膝をつき、喉の奥から悲鳴が漏れる。視界がぐらりと揺れ、耳鳴りが頭の奥で反響する。斬り飛ばされた腕が、乾いた音を立てて床に転がった。
「……え?」
男は呆然と声を漏らした。
目の前に立つ彼女は、変わらず柔らかな笑みを浮かべている。だが、その手には、いつの間に現れたのか白銀の刃が握られていた。月光にも似た淡い光を宿した刀身には、男の血が糸を引くように滴っている。
「どう、して……?」
掠れた声でそう問うた男に、彼女は小さく首を傾げた。
「どうして?」
その声音は優しかった。優しかったはずなのに、どこまでも冷たかった。
「あなたが、こっちに来たいって願ったからだよ」
にこり、と彼女は笑う。
「だから、連れていってあげる」
ぞわり、と背筋が粟立つ。
その笑顔は確かに恋人のものだった。声も、仕草も、表情も、記憶の中にある彼女そのものだった。なのに、決定的に違う。目の奥にあるはずの温度がない。そこにあるのは、底の見えない空洞だけだった。
男の視界の端でシステムウィンドウが明滅する。
――状態異常:《欠損》
――右腕を喪失しました。
――継続的出血ダメージが発生します。
――ボスエネミー《メメントモリ》との戦闘を開始します。
メメントモリ。
死を想え。
その名を認識した瞬間、男の背筋に冷たいものが走った。
これは彼女ではない。最初から分かっていたはずだった。死者と再会できるなど、そんな都合のいい奇跡があるはずがない。
それでも。それでも、会いたかった。彼女の姿をしたものが、刃を振り上げる。
「大丈夫。痛いのは、すぐ終わるから」
男は動けなかった。痛みのせいではない。恐怖のせいでもない。その顔を、その声を、その姿をしたものに、まだ抗えなかった。
刃が振り下ろされる。その瞬間、黒い影が割り込んだ。甲高い金属音が、広間に響き渡る。白銀の刃を受け止めていたのは、森で出会った黒ローブの女だった。
「まったく。だから言ったでしょ、お兄さん」
女は大鎌で刃を押し返しながら、呆れたように笑う。
「この先へ行っても、君の望むものはないって」
「……あんた、は……」
黒いローブのフードが、ゆっくりと外される。
薄紫の光に照らされ、血のように赤い髪が揺れた。華奢な体躯に、尖った耳。どこか人懐っこさすら感じさせる整った顔立ち。
けれど、その黄色い瞳だけは笑っていなかった。
背に担がれていたのは、身の丈ほどもある大鎌。刃は鈍い蒼を帯び、白い石床に映るその影は、まるで月を喰らう獣の牙のように歪んでいた。
「蒼星」
女は短く名乗る。
「……まあ、そう呼ぶ奴はあんまりいないけどね」
男は、痛みに霞む意識の中でその姿を見た。赤い髪。黄色い瞳。黒い衣。大鎌。
酒場で聞いた噂が、脳裏をよぎる。PKの前に現れ、死を宣告する女。逃げても追いつかれる。隠れても見つけ出される。そして、告げられた死は必ず訪れる。
「
男がそう呟くと、蒼星は少しだけ口角を上げた。
「物騒な呼び名だよね」
彼女は大鎌を肩に担ぎ直し、恋人の姿をした怪物へと視線を向ける。
「でも、今回はちょうどいいか」
そして、笑う。
「メメントモリ。君はここで死ぬ」
蒼星が告げた瞬間、広間の薄紫の光が揺らいだ。
恋人の姿をしたもの――メメントモリは、ゆっくりと微笑む。その笑みは彼女のものだった。声も、表情も、仕草も、記憶の中にある彼女そのものだった。
だが、蒼星の黄色い瞳は揺れない。
「死ぬ?」
メメントモリが首を傾げる。
「それを告げるのは、こっちだよ」
背後の姿見が波打つ。
鏡面から、白い腕が這い出した。一本、二本、三本。やがて数え切れないほどの腕が広間の床を埋め尽くし、男へ向かって一斉に伸びる。
――ボスエネミー《メメントモリ》
――固有行動《死者の手招き》を発動。
男は片腕で剣を握ろうとした。だが、右腕を失った痛みと出血で身体が動かない。
白い指が、男の足首へ迫る。その瞬間、蒼星の姿が消えた。いや、消えたように見えただけだった。
黒い衣の残像が、広間を裂く。赤い髪が一瞬だけ男の視界を横切り、次の瞬間には蒼星は腕の群れの中にいた。
大鎌が振るわれる。
重い一撃ではない。鋭く、速く、必要な箇所だけを断つ一閃。
男の足に絡みつこうとしていた腕が、手首から落ちた。続けて、腰へ伸びていた指が裂ける。さらに、鏡から這い出そうとしていた腕の根元に、細い魔力の糸が巻きついた。
蒼星が指を引く。
「邪魔」
糸が締まる。白い腕の群れが、まとめて輪切りになった。
――スキル《死糸》発動。
――対象に《裂傷》を付与。
メメントモリの瞳が、初めて蒼星を捉えた。
「速いね」
「遅いよ」
その声は、メメントモリの背後から聞こえた。
蒼星はすでに距離を詰めていた。気配遮断。認識阻害。幻影魔法。すべてを重ねた高速接近。
メメントモリが振り返るより早く、蒼星の大鎌が首筋を掠める。
浅い傷だった。だが、ただの浅傷ではない。刃が触れた瞬間、メメントモリの身体から薄紫の光が噴き出した。HPバーが不自然なほど大きく削れる。
――クリティカルヒット。
――急所攻撃成功。
――《魂喰らい》発動。
――HPおよびMPを吸収。
「……っ」
メメントモリの顔が歪む。
蒼星は床に着地しない。空中に張った見えない糸を足場にして、斜め上へ跳ぶ。
《天歩》
本来なら足場のない空間を、蒼星はまるで階段でも駆け上がるように移動する。
赤い髪が軌跡を描き、黒いドレスが夜の影のように翻る。
「お兄さん」
蒼星はメメントモリを見下ろしたまま言う。
「鏡だよ。本体はあっち」
男は顔を上げる。広間の中央にある姿見。その鏡面の奥で、紫の光が心臓のように脈打っていた。
「……分かった」
男は剣を握り直す。だが、メメントモリがそれを許すはずもない。
「行かせない」
床から死者の腕が噴き上がる。男の足を、膝を、腰を掴む。冷たい指が傷口に食い込み、男の意識を痛みで塗り潰そうとする。
「ぐ、ああッ!」
メメントモリは恋人の声で囁いた。
「もう頑張らなくていいよ」
男の動きが止まる。それは、彼女が生前に言った言葉だった。疲れ果てた男に、笑ってかけてくれた言葉。
メメントモリは、それを知っている。記録として持っている。だからこそ、男の心を最も深く抉る形で使える。
「こっちに来て」
恋人の姿をした怪物が手を伸ばす。
「みんな待ってるよ」
男の剣先が下がる。その瞬間、一本の投げナイフがメメントモリの影を貫いた。
――武器《影縫い》発動。
――スタン判定。
――成功。
メメントモリの身体が、一瞬だけ硬直する。
「ぼさっとしない」
蒼星の声が鋭く飛ぶ。
男の目の前に、赤髪の女が着地した。その身体は細く、華奢に見える。だが、その背中に隙はなかった。
「その声は本物じゃない。記録だよ」
「……分かってる」
「なら動いて」
蒼星は大鎌を逆手に構える。
「君の恋人を、あんなものの道具にしたくないなら」
男の瞳に、かすかに光が戻る。メメントモリのスタンが解ける。その顔から笑みが消えた。
「邪魔」
刃が振るわれる。
蒼星は受けない。半歩ずれる。身を沈める。刃の下を抜ける。そして、すれ違いざまに大鎌の刃をメメントモリの脇腹へ滑らせた。
――クリティカルヒット。
――急所攻撃成功。
――《死兆》蓄積。
メメントモリが振り返る。だが、そこに蒼星はいない。残像。本物は背後。
「二つ目」
蒼星の声が冷たく響く。大鎌が、今度は背中を裂いた。
――クリティカルヒット。
――《死兆》蓄積。
メメントモリの身体に、蒼い傷跡が二つ浮かび上がる。
「何を、したの」
「死ぬ準備」
蒼星は淡々と答える。
「君はもう、私の射程に入ってる」
メメントモリの表情が歪む。恋人の顔が、怒りに塗り潰されていく。
鏡が激しく揺れた。無数の死者の影が、壁から浮かび上がる。男の仲間たち。かつて共に戦い、そして死んでいった者たち。
「お前だけ生き残った」
「どうして助けてくれなかった」
「次は一緒に死んでくれるよな?」
声が重なる。
男の足が止まる。
だが、今度は膝をつかなかった。
「……違う」
男は片腕で剣を構え直す。
「お前たちは、そんなことを言わない」
死者の影が揺れる。
「彼女も」
男はメメントモリを見る。
「そんな顔で、僕を殺そうとはしない」
メメントモリの頬に亀裂が走った。
「記録は本人と同じだよ」
「違う」
男は即答する。
「お前は、彼女じゃない」
その瞬間、蒼星が笑った。
「いいね」
彼女は姿勢を低くする。
大鎌の刃が、蒼い光を帯びる。
「お兄さん、走って」
男は鏡へ向かって駆け出した。
メメントモリが男を止めようと、鏡から巨大な腕を伸ばす。
だが、それより早く蒼星が動いた。
《幻影魔法》で残像を三つ散らす。
《死糸》で腕の軌道を縛る。
《天歩》で宙を蹴り、巨大な腕の上を駆ける。
そして、メメントモリの真上に出た。
「死兆、三つ目」
蒼星の黄色い瞳が、急所を捉える。
「条件達成」
大鎌が振り下ろされる。
――称号効果《死を告げる者》発動。
――確定クリティカル。
――急所攻撃成功。
刃はメメントモリの首を斬ったのではない。
その奥にある、記録体の核を正確に裂いた。
メメントモリの身体が大きく硬直する。
「今」
蒼星が叫ぶ。
男は剣を振り上げた。
鏡面に、恋人の姿が映る。
「ねえ、約束したよね?」
メメントモリが言う。
「現実にはない景色を、二人で見るって」
男の腕が震える。
会いたかった。
もう一度だけでいい。声を聞きたかった。笑ってほしかった。
その願いだけでここまで来た。
けれど。
「……ごめん」
男は涙を流しながら、剣を握り締めた。
「僕はまだ、そっちには行けない」
剣が振り下ろされる。
鏡が砕けた。
甲高い音が広間を貫く。
鏡面に亀裂が走り、紫の光が噴き出す。
メメントモリが絶叫した。
それはもう、彼女の声ではなかった。
「記録が、記憶が、死者が、消える――!」
「違うよ」
蒼星は地を蹴った。
赤い髪が流星のように揺れる。黒い衣が闇に溶ける。
次の瞬間、彼女はメメントモリの背後にいた。
大鎌の刃に、蒼い光が収束する。
「消えるのは君だけ」
蒼星は静かに告げる。
「宣告通り、君はここで死ぬ」
一閃。
メメントモリの身体に刻まれていた蒼い傷跡が、同時に開いた。
――《告死の一閃》発動。
――確定クリティカル。
――防御貫通。
――《死兆》全消費。
メメントモリのHPバーが、一気に消し飛ぶ。
恋人の姿が崩れていく。
肌が割れ、髪がほどけ、声が歪み、薄紫の粒子となって剥がれていく。
最後に残った顔だけが、男を見た。
「会いたかった?」
男は、静かに答えた。
「会いたかったよ」
剣を下げずに、続ける。
「でも、お前じゃない」
メメントモリの表情が空白になる。次の瞬間、姿見は完全に砕け散った。
――ボスエネミー《メメントモリ》を討伐しました。
その表示が消えると同時に、広間を満たしていた薄紫の光が霧のようにほどけていった。砕けた姿見の破片が、白い石床の上で淡く光を反射している。そこにはもう、彼女の姿は映っていない。
男は膝をついたまま、荒い息を吐いていた。失った右腕の痛みはまだ残っている。出血は止まりかけているが、HPバーは危険域のままだった。
「……生きてる?」
蒼星が大鎌を肩に担いだまま問いかける。男は少し遅れて頷いた。
「……たぶん」
「なら十分」
そう言って、蒼星はインベントリを操作した。彼女の手元に、淡い緑色の液体が満ちた小瓶が現れる。
「これ、使って」
「……これは?」
「欠損部位の再生薬。高いから、本当はあんまり使いたくないんだけど」
蒼星は何でもないことのように言いながら、男へ小瓶を投げた。男は左手でそれを受け取る。瓶の中で揺れる液体を見つめ、わずかに目を見開いた。
「こんな貴重なものを……」
「片腕のまま街道を歩かれても困るしね。途中で死なれたら、寝覚めが悪い」
「……貴女は」
「勘違いしないで」
蒼星は男の言葉を遮る。
「私は善人じゃない。助けたかったから助けたわけでもない。ただ、あんなものに死者の顔を使われるのが気に入らなかっただけ」
男は黙って再生薬を飲んだ。
直後、焼けるような熱が右肩に走る。斬り飛ばされたはずの腕の断面に光が集まり、骨が、筋が、皮膚が、ゆっくりと形を取り戻していく。激痛に歯を食いしばりながら、男は床に手をついた。
数秒後。そこには、失われたはずの右腕が戻っていた。
指を動かす。ぎこちないが、確かに動く。
「……戻った」
「リハビリは街でやって。戦闘に使うのはしばらく無理だと思うよ」
蒼星は次に、青白く輝く結晶を取り出した。転移結晶。彼女はそれを男の手に握らせる。
「街まで戻れる。使い方は分かるよね?」
「はい……でも、貴女は?」
「私はまだ用がある」
蒼星は砕けた鏡から視線を外し、ダンジョンの出口へと歩き出した。
「この森を根城にしてる連中がいる。死者に会えるなんて噂を餌にして、ここへ来たPLを狩ってるPKども」
男は息を呑む。森に入る前、彼女が言っていた言葉を思い出す。
――この辺は危ないよ?
――PKクランがこの辺り一帯を狩場にしてるんだから。
あれは脅しではなかった。本当に、この森には獲物を待つ者たちがいる。
蒼星はフードを被り直す。赤い髪が黒い布の内側へ隠れ、黄色い瞳だけが暗がりの中で淡く光った。
「私の本来の目的は、そっち」
「……殺すんですか」
男の問いに、蒼星は振り返らない。ただ、軽く笑った。
「もう告げてある」
その言葉だけで、男は理解した。
彼女はすでに、出会ったのだ。この森で獲物を待っていたPKたちに。そして、いつものように告げたのだろう。
君たちはここで死ぬ、と。
「だから、私は約束を果たしに行く」
蒼星は大鎌を担ぎ直す。
「お兄さんは帰りなよ。死者に会うためじゃなく、生きて戻るために」
男は手の中の転移結晶を見つめた。
砕けた鏡。消えた偽物。戻った右腕。そして、まだ胸の奥に残る痛み。
彼女には会えなかった。けれど、彼女の記憶を怪物に利用されることだけは止められた。それで救われたとは言えない。前を向けるとも、まだ思えない。それでも、死ぬ理由にはならなかった。
「……ありがとうございました」
男は小さく頭を下げる。蒼星は片手をひらひらと振った。
「お礼はいらない。次に変な噂を聞いても、簡単に信じないこと」
「……善処します」
「それ、たぶんまた信じる人の返事だね」
少しだけ、蒼星が笑った気がした。
男は転移結晶を握りしめる。青白い光が足元に広がり、身体を包んでいく。視界が白く染まる寸前、男は最後に蒼星を見た。黒衣の女は、もうこちらを見ていなかった。出口の先にある暗い森を、ただ静かに見据えている。そこにはきっと、彼女の獲物がいる。死を告げられた者たちがいる。
「
男が呟いた直後、転移の光が弾けた。そして広間には、蒼星だけが残る。彼女は砕けた鏡の残骸を一瞥し、興味を失ったように歩き出した。
「さて」
黒いローブが揺れる。大鎌の刃が、薄闇の中で鈍く光る。
「約束の時間だ」
その声は誰に向けたものでもない。
けれど、森のどこかで獲物を待つPKたちには、
もう届いている気がした。
死はすでに告げられている。
あとは、それを現実にするだけだった。