扉を抜けた先はとっても静かで、でも確かな暖かさと明るさに包まれた…そんな優しげな世界でした。
誰も居ないのに、安らげる。
求めるものなんて得られないのに、不思議と心は落ち着いている。
私にはこれさえあれば良かったんだと、許される。
ふと気になって振り返ると、抜けてきた扉は開きっぱなしで向こう側が見えている。
周りの世界と扉の奥、全く違うように見えているけど何故か扉の奥に気を引かれる。
「もう戻っちゃうの?」
声に引かれて視界が動く。
再び振り返れば私の視界には色が抜けた真白いラジオがポツンと置かれている。
「あっちもこっちも、そこまでの差はないけどさ?まだこの世界の事、全然知らないんでしょ?」
ラジオは喋る…?と言うか、音を発する度に恐らく本来の青色に変わるみたいだ。
「今すぐに帰るわけじゃないよ、やる事があるからね。」
(でも…)
「でもね、長く居過ぎると…ね?」
意味があるのかも分からずに、思いの丈をラジオに吐露する。
「成程、ずっと居たいわけじゃない…と。そっか…残念、まぁでも仕方ないかな。」
「なんかごめんね?私は此処に来る事が目的じゃなかったから。」
ラジオの声色に、先ほどと違って変化した色の少し掠れた雰囲気に、不思議と謝ってしまう。
「ん?別に良いんだよ?だって嫌いなわけじゃないんでしょ?」
「っうん!うんうん!勿論!」
「なら…さ?君の居場所は何処?」
「?扉の向こう側…かな?」
「扉ってあの扉?君の後ろに見えてる、あの?」
「そう…だよ?」
「そっか、"扉の向こう側"が君の居場所なんだね!」
酷く違和感を感じたが、遅かった。
「なら、もうあの扉は要らないよね?だって扉の先は"此処"に繋がってたんだから。此処が扉の向こう側だよね?」
「えっ?」
急いで振り返った時、既に扉は朽ちていて歪み、軋み、ノブは外れてもう扉の姿を保っていなかった。
「ようこそ!」
再びラジオに振り返ると、その声色から察せてはいたが…とても綺麗な青色に染まりきっていた。
「ちょっ待って!扉が無くなるなんて困るよ!…えっ、これ本当に帰れないの?」
「んふふ〜、こっちおいでよ!この世界の事、教えてあげる♪」
その言葉と共に、ラジオはアンテナを伸ばすと回転させ空を飛んで行く。
「私もしかして騙された!?…待ちなさーい!?」
───
「この世界はね、基本が真っ白なんだよ。彼等は必要な時以外は動かないんだ。それでもし色があるとしたら、それは現実由来の物、君で言うとあの扉みたいにね。」
「へー、つまり貴方は必要があるから動いるんですね。」
私から発せられた声は自分でも笑ってしまうほどに、その抑揚を失っていた。
「…なんか反応悪くない?」
「当たり前です!扉…帰り道壊されて普通に話せる方がおかしいですって!」
「成…程?」
「何で疑問に思った風なんですか…。はぁ…なぁ貴方、此処に来た人間の事は把握してますか?」
「なんだよ唐突に…、私も最近此処に来たからね。全部は知らないかな。」
「そっ…か、…役立たず。」
厄介な事だけを引き起こすラジオに、つい本音が零れ落ちた。
「アァ!?今何てった!」
「〜!っそもそも私は人探しで此処に来たんだ!この世界に居続ける気も、お前みたいなバケモンと馴れ合うつもりもねぇんだって!」
「…分かってるさ、分かってるよ。君が此処に居続けるなんて、あり得ないことだって。」
「なら帰り方を…」
「あっ!見えたよ!あそこがこの世界の中心、【スクラップヤード】!」
ラジオの言葉に視線をその奥へとやると、真っ白な世界の中でも一際目立つ白の塊がそこにはあった。
が、ラジオの言うことが正しいのであれば必要があってあれは動いているのだろう。
まるで城のような塊は、定期的に頂点から赤や黄色、青色に染まり下に向かってグラデーションを作っては白く戻るを繰り返している。
「スクラップヤードは世界の中心、この世界の心臓部だからね。流石にあれが稼働を止めれば死の手前で静止したこの世界は死んでしまうよ。」
そういえばと、ふと自身の体に目を向けた。
私の視界にはしっかりと色彩を纏った身体が…。
「あれ?」
(右手の色が落ち掛けてる?)
「ねぇ、この世界の色って何処から持ってきてるの?」
「…スクラップヤードだね。」
「なら、スクラップヤードの色は何処からだ?」
「現実だね。」
あぁそうか…と、納得した。
ラジオの色からも、ごく普通の青色からも察せられる。
嘘はない。
(私の目的は大きく二つ。アイツを見つける事、そして帰り道…扉でも何でも良いから現実への道を見つける事。そして…。)
「私にはタイムリミットがある…いや、アイツにも…だな。」
「おぉ、漂白が始まってるね。成程さっきの質問もこれが原因か。」
「あぁ、まぁ問題は無いかな。スクラップヤード、あそこには色が蓄えられてる。そうでしょ?」
「………。」
ラジオは答えない。ただ分かりやすい変化はあった。
色がくすんだ青に変わる。
「答えられない?それとも答えたくないか?どちらにしても分かりやすい。」
「…先を急ごう、スクラップヤードの周りは漂白が早いからね。」
───
真白い城の城壁が眼前に広がりつつある中、私はその周囲に大小様々な白い塊が点在する事に気がつく。
「おい、ラジオ。」
「ん?何だい?此処の説明でも欲しいのかな?」
遠目でも分かる、あれらは白くなった人間…いや、現実だ。
「まるで墓場だな。」
「いいや?この世界での命を得る場所だよ。」
「…その言い方といい、此処に来たのは最近だといい、お前現実のモノだったのか?」
「そうだね、私はかつて現実に生きた者だったよ。」
「生きた?…成程、此処では生き物が物質に変わるのか。」
「さて、スクラップヤード、それは来るものを拒まぬ吹き抜けの白城。その入り口はこの先だよ。」
(既に右腕は完全に漂白された。服も、その下の肌も少しずつ漂白されて…表面だけだ。)
「なぁ、漂白は内側まで至るものか?」
「内側…とは?」
「血や骨、内臓までに至るのかと聞いた。」
「私もそこまでは知り得ない。」
「試すか。」
私は漂白されきった右腕に思い切り歯を突き立てた。
すると内側から鮮やかな赤が顔を見せる。
「やっぱり、漂白は内側まで至らないか、至るには時間が掛かる。」
「ほら、追加の色だ。これでまた猶予が伸びたな。」
「君は…、野蛮だな。」
「野蛮上等、行くぞ。」
───
スクラップヤード…遠目から見れば城のようなそれは、名前通りの漂白されたゴミ溜めであった。
そしてその中心に色彩を持つ玉、と言うかモロ地球が嵌め込まれている。
「現実からって、こう言うことか。」
「此処は唯一、常に存在する色だ。しかも故郷を見れる、私のお気に入りの場所さ。」
「…なぁ、色がついた物は現実由来でお前は例えとして「君で言うとあの扉」ってそう言ったよな?」
「それって私でないなら扉では無いって、そう言ってるようにも取れるんだが…。」
「…それで?」
「そして今、お前は私と同じ物をこの色の塊に見た。お前、私にとっての何なんだ?」
「……。」
「またダンマリか?まぁ察するに同じ感性を共有する者同士は同じ色を見るってところか?…なぁ、ヒビキ。」
「君、そんなに鋭かったか?いつもはもっと鈍感でおっちょこちょいなのにさ。」
「漂白の影響だろうな、感情が嫌に落ち着いてる。怒りも悲しみも、今の私には湧かないだろう。」
「はぁ…、如何にも私が君、【カナデ】の探し人【ヒビキ】だよ。」
「…思えば最初から怪しかったんだ、扉の前に陣取ってでもなきゃあのタイミングで現れることはあり得ないからな。」
「…で?それを知った所で、もう現実への道は無くなってるけど?」
「扉はもう一つある、そうだろ?」
「何を言って…」
「ヒビキが通って来た扉、それは現存しているんだろ?」
「そんな物、君が来る前に壊したに…」
「あの扉の破壊、恐らくは他者の意思が介入することで起きる現象だろ。」
「…私が場所を教えなければ、使えなければ無いものと同じだ!」
「…今の私と違って、酷く人間的だな、ヒビキ。」
「…私は人を捨てたんだ。」
「いいやお前は人間だよ、ヒビキ。確かに見た目は人間離れしたけどな、中身までは漂白され切ってないんだろ?」
「君より長くこの世界に居たんだ。そんな事あるわけ…。」
「自ら求めたんだろ?漂白を、そして短期間での変質を遂げた。けど不完全だ、余りにも人間味が残り過ぎている。」
「……。」
「早過ぎたんだよ。お前はいつも表面だけで全てを知った気になる。何処までいってもお前はお前、ヒビキでしか無い。」
「何だよ…、人間捨てれていい気になってた私がッ…馬鹿みたいじゃんか!」
ヒビキが濁っていく。
「何で、君の方が人間らしく無いんだよ…。」
パキッ…
急に左目が光を失った。
「顔にまで来たか。…時間が無い、場所を教えろヒビキ。」
「…言いたくない。なぁカナデ、私をせめて"バケモノの友達"で居させておくれ?」
「無理だ。」
「その白い身体で何が出来るの?帰った所で何になるのさ?」
「白くなったならもう一度、今度は好きに染まってやればいいのさ。」
「…好きに?それが出来ないのが現実でしょ?それが出来たら、私はこんな場所に逃げてなんか無い!」
ヒビキが少しずつ色を付けていく。
青…には収まらない、より濃く、暗く、混ざり合う。
「感情の起伏が0か100しか無いのか?」
「そうだよ!だから生きにくいんだ、現実は!」
(ヒビキから情報を得るのはもう無理だな。ならば…そう、そもそもヒビキが私の道を知っていたかの様な待ち伏せ。あれは…ッ!)
「まただ!また考え事、君らしくも…カナデらしくも無い!」
明確な敵意を持ったヒビキに呼応し周囲のガラクタが飛来する。
「カナデじゃないカナデなんて…私は求めていなかった!なんで私みたく…カナデを残して変われないの!?」
白い世界がヒビキに従う。
激情に駆られ身体を黒く染め上げたヒビキの、溢れた感情を糧として動き出す。
「偽物!偽物!偽物!!」
(不味いな…あの場所に辿り着けるか?)
もはや身体は白く染まり切った、残るは内側に流れる文字通りの血潮のみ。
(…無理だな、ならば此処で色を補充する事は必須。)
「ヒビキ!帰る算段もついた、偽物とは此処でお別れだ。」
「偽…えっ………?」
一瞬、静寂が訪れた。
(今だ。)
地球に手を伸ばす。
─痛い、痛い痛い痛い!─
けど、この痛みこそ生きてる証なんだ!
肌に色が塗布される中、静止していた肉体の痛みが…噛み切った右腕が蘇る。
痛みを伴って。
「これだけ有れば、足りる…かなっ!」
両腕と右半身に色が戻った段階で私は地球から手を引き抜いた。
「ヒビキ、貴方の残した扉はきっと私の扉と同じ場所にある。そうなんでしょ?」
「あぁ…カナデ、カナデ!」
「私は帰るよ、現実に。」
もはやヒビキを見据える事はしない。
帰る、ただそれだけの為に走り出す。
「待って!一緒に居てよ、カナデ!行くなら…私も…。」
ヒビキに呼応したガラクタ達が勢いを失う…事は無い。
ただひたすらに走るカナデに目掛けて飛来していく。
「あのガラクタ…ヒビキが操ってるんじゃないの?」
スクラップヤードが隆起する。
それはまるで白い波の様に畝り、ヒビキを乗せてカナデを追う。
「ッ!」
白い世界を走る中、前からもガラクタが飛んで来る。
「危なっ!やっぱりそうだ、ヒビキが操ってんじゃない。…そうか。」
(そもそもこの世界は停滞するもの、ヒビキの在り方がおかしかったんだ。)
「と、すると…。」
「クソッ!世界の狙いは私じゃない、ヒビキの方か!」
(結果として私を狙ってはいるが、本来の目的はヒビキを現実に返さない事…恐らくはそれだ。その為に可能性となる私を潰しにかかった!…ぁ、そう…か。)
私は走る足を緩める、どころか完全に停止した。
(私を狙う理由は可能性の排除、なら動かなければ…?)
ガラクタの飛来は止んだ、白の波も勢いを失う。
しかし完全に動かないわけでもない。
ヒビキを囲っている。
「えっ?何で、カナデを追ってよ!すぐそこなのに!」
ヒビキに迫る。
「あの…えっと…何?」
(きっと同じだ。ヒビキに向かって動くなら、世界は私に敵意を剥かない。)
ゆっくりと、慎重に。
気取られず、周囲に合わせ。
(焦るな、確実に行け。)
「カナデまで…何なの!?何で何もかも上手くいかないの!?もう嫌だ!帰る!」
(─不味いッ!)
私は白への擬態を辞めてヒビキを担ぎ走り出した。
私が、現実にあるヒビキの部屋から来たあの場所へ。
「えっ?ちょ…何何何何!?」
凄まじい音と共に私の周囲を暗い影が覆う。
「お前を追ってるんだよ、ヒビキ。」
「…私を?」
再びガラクタが飛来する。
それも先程と違う。
逃げ道を無くすかの様に執拗に、しかし直接身体を潰そうとはしてこない。
(ヒビキを傷つける気は無いんだな。)
「ヒビキ、お前を連れて現実に帰る。」
「…現実なんて、不自由で苦しくてしんどい場所の何が良いのさ?」
「お前が居る。」
「私はラジオのお前より、現実のお前の方が好きだから。」
「へぁ!?…そっ…そう、何だ。」
「あぁお前が好きだから、私の勝手で現実に戻すんだ。」
「…そう何度も好き好き言わないで。」
会話の途中でもお構い無しに影と成程に積み上がった白は襲い掛かる。
「ッ!ヒビキ、飛べるか?!」
「えっ?!分かんないよ!?」
「やった事ないなら可能性はある!」
「無茶苦茶だぁ!!」
積み上がった白が勢いよく地面に戻る。
それが地を揺らす波として伝播し足元へと流れて来る。
それをタイミングよくジャンプしヒビキのアンテナによる飛行を合わせてギリギリのところで回避する。
「重っ、アンテナ…折れる!」
「もうちょっと踏ん張れ!…見えた、私の扉!」
「…扉の裏側だよ、私の扉の場所は。」
「…ヒビキ。」
「私を連れて帰るなら、それ相応の対価を支払ってよね!」
「善処する。」
「…カナデ!左側!」
ヒビキの声で左側を意識した…が、暗い。
咄嗟の事で普段の感覚を意識してしまった。
(左目、潰れてたんだったな…。)
右目でようやく確認した時には既に遅く、ガラクタはもう目の前に迫っていた。
思考が無理だと押し付けて来る。
此処で終わりだと押し付けて来る。
視界を捉えるはずの右目も、ゆっくりと閉じられていく。
「…諦めないでよ!」
ヒビキの声に呼び戻された。
「危ない、漂白に呑まれるところだった。」
「このガラクタ達の目的な私なんでしょ!なら私が囮に…!」
「あ、そうか。」
「なるしかァァァァァァ!?」
ガラクタにヒビキを向ける。
すると物理法則を無視するが如く勢いを失い地に落ちていった。
「何すんのさ!」
「お前が言ったんだろ、囮になるって。」
「それは…まぁ、言ったけど…。即断は無いでしょ…。」
「…ヒョウハクノセイダ。さてとヒビキ、降りれるか?」
「はぁ、寧ろもう飛べないわよ。」
「…見事に囲まれたな。」
「…ねぇ?そう言えばこの世界って、何で私を追っかけてるの?」
「恐らくだが、漂白された存在でありながら内側に色を持ち続けてたからじゃ無いか?ほら、この世界真っ白だから自分で色付けるやつが珍しかったのかもよ?」
「えぇ…何それ、つまりストーカーって事?…はぁ、つまり私が漂白されきれば世界から襲われる事は無くなるわけね?」
「ヒビキ?」
「連れて帰ってくれるんでしょ?後はお任せでいいかしら?」
「流石に自分の色は自分で決めてくれよ?」
「あれ?そこまで含めての対価だよ?」
「…分かった。」
その一言と共にヒビキの声は聞こえなくなった。
動かないし話さない、温かみもなくただひたすらに冷たいだけ。
世界は漂白されたヒビキに興味を失ったらしい。
どんどん白いガラクタ達は引いていき、あれだけ喧しかった逃走劇は異常な程静かな幕切れとなった。
「帰るか。」
私の朽ちた扉の裏に汚れ一つなく佇んでいるヒビキの扉を見つけた。
しっかりとヒビキを担ぎ直してドアノブを回し扉を開いた。
───
「カナデー!私の下着どこー?」
「知らないよ〜、洗濯かごとか入ってないの〜?」
「え〜洗濯かご?あっ…あった…。」
「昨日洗濯物回した後に入ったでしょ?だから此処かなって。」
「…変わったねカナデ。」
「え〜?どこが?教えて、ヒビキ!」
「教えなぁーい、んふふ。」