西風への旅の中で 作:不穏パロスを壊滅したい
「じゃ、いくぞ」
「おう!こんなに荷物をくくり付けても大丈夫なんてシイナはスゴイな!」
「そうだろそうだろ。俺の自慢の相棒だからな」
出発には悪くない天気だ。こざっぱりした旅の装いになったトリアンは1日でだいぶ休めたのかかなり元気になっていた。どうやら3人も一気に死の感覚が押し寄せれば流石に平静を保つのは難しいって話だったようだ。いや普通に一人でもきつくないか?なんで1日で外面整えられてるんだ?
こっからオクヘイマまでは徒歩なら険しい山脈とかあって割と時間かかるが今回シイナによる空路なのでそうそう時間はかからないはずだ。昨日のうちに日持ちする食糧なんかは詰め込んだしそうじゃないものは村に分けた。斜め掛けにした弓が俺の武器だ。狩人だしな、シイナも天空にいた時に使っていたペーガソス用の鎧を身につけさせている。
さすがはでかいだけあってうちの相棒はどれだけ荷物を積もうがびくともしない。鐙を使って背中に乗り、トリアンを引っ張り上げようとすると彼女は背中の羽根をぱたぱたと動かして浮かび上がり俺の前にストンと座った。にっへへという感じの笑顔で俺を見上げるトリアンに笑い返してから踵を使ってシイナの鎧を軽く二回ノックする。合図を理解したシイナは家具以外空っぽにした家を後にする。
「オクヘイマへ向かって~~~!しゅっぱ~~つっ!!」
「元気だな」
「元気が一番!アズちゃんも元気よくいこーーっ!」
「あ、アズちゃん?まぁそれでもいいけど……シイナ、頼んだ」
声をかければシイナは鋭く嘶いて歩きから並足、速足に移行してふわり、と宙に浮いた。ペーガソス、あるいは翼獣と呼ばれる天空の生き物は空を飛べるのが特徴だ。幼獣の時はぷっくぷくのまぁるい姿だったのにいつの間にかこんなムキムキになってしまったが空を飛ぶ速度はむしろ上がったのでそれでいい。
両手をあげて歓声をあげるトリアン、神託を謡っていた時とは真反対の子供のような姿だ。だけどまあ、それでいいと思う。彼女は大人だが、別に子供であっても悪くはない。見た目通りの振る舞いをすることだって当たり前にあっていいんだ。実際ゲームの中の彼女たちも言動のほとんどは子供じみていた。
それが覚悟ガンギマリの面を見せた時の落差になってゲームやってた時の俺の心を殺される原因になったりしたんだけど。また明日って言葉がトラウマになりかけたりもしたし。やめてくれよ……。ぐんぐんと速度を上げるシイナ、久方ぶりに思いっきり空を走れてうれしそうだ。
「アズちゃんは、どうして天空からこっちにきたの?」
「あー、そうだな。まず部族間の対立がある。晴ればっかがいい部族と雨も降らせろって部族だ。エーグルは天候も司っているから晴れは恵って受け取り方をされて信仰されてたんだ」
「そうなのか?雨が降らなきゃ畑の作物は枯れちゃうぞ」
「その通りだ。要は一方に偏ってもしょうがないって話さ。晴れの民は雨の民をいじめていた。くだらないと思ったよ、天候一つで不自然に人を虐げるなんてな。セネオスって知ってるか?」
「うん、知ってる。最初の英雄だもん、エーグルと一緒になったんだよね」
「あいつとは軍の同期でな。俺は見限って出ることを選んだがあいつは中から変えようとして行った。結果が火追いだ。立派だと思うよ、あいつが今どうしてるかはわからんけど」
エーグルには負けたのか勝ったのか、そこは定かではないが火種は得られずセネオスはエーグルと一つになったという。それから30年近く立ってる今、もう彼女は人に絶望して黄金に溶かしているころだろうか。俺の故郷が滅ぶのも時間の問題かもしれないな。
元は浮いて生活するのが本来の生き物であるペーガソスのシイナには地上に降りて休息する必要はあまりない。休憩の必要があるのは俺たちだからな。もうすでにオクヘイマへの道が見えてきている。今日は山越えをする前にふもとで休んでいくことにしよう。
猫のように伸びをするトリアンを見て思わず顔が綻んでしまう。笑われたことに気づいたトリアンは唇を尖らせてぶすくれているが許してほしい。村のこともそうだがいちいち可愛らしいのだ。悪かったとはちみつを固めたタフィーをやればすぐにパァっと笑顔になるんだから笑いの一つも漏れるというもんだ。
なにせ娯楽というものがない俺の暮らしではやることといえば畑仕事と狩りが中心だ。その中で村の子供の遊び相手になるというのは数少ない娯楽といってもいい。まあ人気なのは俺じゃなくてシイナだったけどな。村には大地獣がいないのでシイナは貴重な馬力でもあったわけだし。
「それじゃ、ボクたちは枯れ木をとってくるぞ!これくらいなんてことないんだから任せて!」
「ほいじゃ、頼もうかね。あんま遠くに行くなよ」
「むぅ!子ども扱いしないって言って子ども扱いじゃないかぁ!」
「いーや、誰相手でも言うさ。なんかあったら困るからな」
ぷっすぅ!とパンパンのほっぺを膨らませたトリアンに大真面目な顔で返す。これ、子ども扱いがどうとかって話じゃなくて普通になんかあったらすぐ駆け付けられる範囲にいてくれって話だからな。安全の話で扱いの話じゃない。そもそも子ども扱いするなら薪は俺が拾うからシイナと遊んでろって突き放すよ。
ころころと口の中ではちみつのタフィーを転がしてとてとてと藪の中に入っていったトリアンを見送り俺は川へ水を汲みに行った。水筒と鍋を満杯にしシイナにも水を飲ませてやって野営地に戻る。ほとんど食糧の荷物から取り出すわ自家製のベーコンと野菜。あと日持ちしないヤギバターとヤギの乳だ。今日全部使う。
「おまたせー!えへへ、たくさんとれたぞ!」
「お、やるな。よく乾いている。よし」
「うわっ!?火が付いた!?」
「天空の太陽由来の力さ。光の熱で火をつけた」
オンパロスどころかこのスタレの世界では魔力とかそんなエネルギー元みたいな説明はあんまされてない。星核とか億質とかはあるけどなんで風が出たり氷が出たり火が出たりするのかは謎なことが多い。だから俺もそんな力がある。光を物質化するといえばいいか、エネルギーとして現物にするというかそんな力だ。まぁ俺が晴れの氏族出身故の力かもな。
火口に指先を押し付け一瞬光を発するとぼっと枯草が燃え上がって両手に一杯どころか顔まで隠すほど枯れ木を拾ってきたトリアンの薪を拝借して火をつけて調理を始める。ベーコンと野菜をぶち込みバターとミルクで煮るだけだが。この時代の旅中にしたらかなりいい食事の部類だ。
肉の臭みを抑えるためのハーブと俺のいた村の特産の岩塩で味を調える。ぱちぱちとちょっと拍手をして上下に揺れているトリアンはかなり楽しそうだ。そういえば彼女は誰かと旅をしてたんだろうか。
「お前、旅の最中ずっと一人だったのか?誰かと一緒だったりは?」
「最初はみんな一緒だったんだ。でも、ボクたちの仕事はオンパロス中に神託を広めること。だから皆散り散りにそれぞれの都市国家や村に向けて進んでいった。僕は一番強かったから、いっちばん遠くにいってた!」
「最初はまとまってたってことか。じゃあ誰かと一緒に旅すんのは久しぶりってことか」
「うん。ボクの行ってた場所はあんまりヤーヌスもケファレも好きじゃなかったからちょっと大変だった。ちょっと落ち込んでた時にアズちゃんが声をかけてくれたのがうれしかった。ご飯も乾いたパンとしょっぱい干し肉、すっぱい葡萄なんかよりもずっと、あったかかった」
「これはあったかい超えて灼熱だぞ。火傷しないように食べろよ」
しょんぼりしつつも俺を見て笑いながらそんなことを言うトリアンに俺は変なことを思い出させた詫びとして一番大きいベーコンを入れたシチューを木皿に入れてスプーンと一緒に差し出した。大変だった、の一言で済ませているがそんな場所に行ってタイタンの神託を広めるなんてそんな一言で終わるもんかよ。
何かがあったんだ。迫害が排除か暴力かはわからないが今はどの都市国家もピリついてるだろうからな。260年、260年だぞ。どれだけ遠いところに行って地道な活動をしてたんだろうなあ。俺には想像もつかない。ただ、今の俺にできるのはこいつを無事にオクヘイマに届けることだ。これ以上は気になろうが過去を掘り返すような真似はしない。
もむもむと美味しそうに飯を食うトリアン。隣ではシイナが草を手あたり次第に食んでいる。俺もシチューを食う。何のことはないいつもの俺の飯の味だ。ただ、誰かが美味い美味いと食べている隣だと確かに美味く感じる。そういうものだろうか。
「アズちゃん、また明日!」
「ああ、また明日な」
寝る前にそんなことを言うトリアン。その言葉の意味と理由を知っている身としたらこれほど心を打つ言葉もないだろう。なぜか俺の寝床に潜り込んでくるトリアンを止めることはしない。誰かのぬくもりが欲しいならその程度の温かさは提供しよう。底冷えもするだろうし。
「オクヘイマ、見えてきたな」
「うんっ!ここまで送ってくれてありがとうアズちゃん!シイちゃん!」
「気にすんな。こっからどうするんだ?」
「えーっとね、ボクがここに着いたのはもうトリビーに伝えたから、黎明の崖に行ったらお迎えしてくれるって」
「そうか、まあカイザーと喧嘩しないようにな。元気でやれよ、なんかあったら……つってもあんな場所までもう来ねぇか。手紙の一つでもくれ。無事だってな」
一週間もない旅路だったが、悪くない旅だった。まあ歩きだったら半年近くかかっただろうが飛んで最短距離を直線でやってきたんだ。こんなもんだろ。トリビーのことは監禁じゃなくて軟禁だろうから同じトリスビアスを迎えに行くことくらいはさすがのカイザーでも許すだろう。それに俺はカイザーにモノ申せる立場じゃないし。会ったら首を跳ねられるのがオチだ。
大きく手を振るトリアン、また明日!とにっかり笑う彼女にはもう別離の寂しさは見受けられない。まあもうこれからは自分が一緒だからな。俺は彼女に残りのはちみつのタフィーを投げ渡してから黎明の崖とは反対側、雲石市場へと歩いてく。
大地獣の工房でシイナを預けられるか尋ねると預かってくれるそうなので金を払い村へのお土産と不足しがちな調味料類を買い込もうかと雲石市場を見回る。ただ、ちょっと気にかかるのは兵士が何人か後ろをついてきていることだな。獣なんかよりよっぽど気配を隠すのがへたくそだ。
ただ、俺にやましいところは何もない。戦争中に入ってきたよそ者が間者じゃないか見るのは当たり前だ。しかも黄金裔を連れて空を飛んで入ってきたなら疑う余地は十分ある。だから俺は怪しい真似をせずに堂々としたらいい。英雄相手ならともかく一般兵相手なら逃げる余地は十分ある。
「待て、そこのお前。止まってこちらを向け」
「入口の検問は通過したはずだが、何か不足なものでも?」
「いいや、手続きは正しいし疑う余地はない。だが、お前のことをカイザーがお呼びだ。名を名乗れ」
「俺を皇帝が?名はアズマだ。兜をかぶったお前は?」
「『断鋒卿』ラビエヌスだ。カイザーの命によりお前を連行する。弓をこちらに渡せ」
よりにもよって黄金裔かよ。しかもスタレ作中でカイザーの犬なんて言われていたラビエヌスが相手か。適当に誤魔化して逃げる選択肢が潰れた、素直に弓を渡す。はー、まったくまったく。なぜ俺?という疑問は尽きないがカイザーに呼ばれた以上行かないわけにもいかん。十中八九トリアン関係だろうからな。
雲石市場を引き返し、黎明の崖へと向かう。途中で大地獣の工房で一緒に連行しようとしていたらしいシイナが兵士を空から見下ろしていたので口笛で呼ぶ。すると素直に降りてきたシイナが俺の後ろをついてくる。よかった、こいつになんかされてたら普通に暴れてたわ。
「アズちゃん!?なんで……?」
「おう、トリアン。明日とはいかなかったがまた会えたな。んで、しがない狩人に何の御用ですか?皇帝ケリュドラ」
「貴様!許しもなくカイザーを名でよぶなど「よい。戯れ程度は許そう」……はっ」
「運命卿から話は聞いている。この地では珍しい翼獣を操る狩人とな。運命卿の一人をオクヘイマまで護送したこと、まずは誉めて遣わす。報酬は後で受け取るがいい。本題だ、僕に仕える気はないか?アズマ」
黎明の崖、その中の元老院のものであっただろう一室。謁見の間とでも言えばいいだろうか、そんなところに案内された俺を睥睨するのはオクヘイマの皇帝、カイザーケリュドラであった。もゆる蒼炎の王冠を斜めにかぶった彼女は嗜虐的な顔で笑い俺に尋ねる。否定を許さぬ問いだった。
そりゃ天空の都市国家しかいない生き物に乗ってオクヘイマに突っ込んだら目を付けられるよ回です