月の兎は、春に追い縋る   作:花海咲季のファン

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思いついたら、書かずにはいられないというのが物書きのさがでして。
絶対いると思うんですよね、小中学生時代に花海姉妹にアスリート人生を変えられた上、スポーツの土俵から去ったことに良く思っていない女子は。

色々迷ったのですが、極月学園の刺客にしてみたところハマりが良かったのでそのまま作品にさせていただきました。

この概念、流行れ!


1話:最適化の序曲(プレリュード・オプティミザシオン)

 

 Next.Idol.Audition。

 略してNIAと呼ばれる催しの1つのマイナーなオーディションにて、月村手毬は参加者の1人としてエントリーしていた。

 本来、彼女の実力であればもう少しランクの高いオーディションにて評価を上げるところであるが、今回はファン数を稼ぐという戦略の元参加していた。

 

 自分の審査はまだ先だが、出来レースとも言える他の審査をやや退屈そうな表情でモニターから眺めていた。

 

「お疲れ様です。月村さん。他の参加者の審査を確認しているんですね」

「あぁ、P(プロデューサー)。まあね、今回は戦略上必要とは言え、少し張り合いがないかなって」

「────いえ、ちょっと想定外があったので、その共有に来たのですが」

 

 手毬が担当Pを見ると、自分が何かを仕出かしてしまった時のようなあまり見せない焦り顔であったため、自覚はないが自分がまたなにかしてしまったのかとポーカーフェイスで表情には出さずに怯えてしまう。

 

「……なに、私は、特に、身に覚え、ない、と、思う……うん、ないと思うけど」

「あぁ、いや。月村さんに落ち度のある話ではなくてですね────」

「いつもは私に落ち度があるっていうんですか!」

 

「騒がしいね、控え室では心身ともに準備する場なのだから、言い争うにしてももう少しトーンを落としてくれるかしら」

 

 凛とした、艶のある声でそのやり取りは遮られる。手毬の知らない声だが、聞いていてなんだか落ち着くような響きであった。

 

「すみません、失礼を……月村さん。彼女が共有したいと言っていた話の極月学園の特待生です」

「極月学園の……?」

 

 極月学園といえば、初星学園と覇を争って来たライバル校であるが、先日こちらからの宣戦布告により撃退したことを思い出す。

 

「あぁ、持ち曲が3曲もない癖に、偉ぶってた連中の仲間ね」

「ふむ、その評価については弁明の仕様がないわね。私の陣営の落ち度であり、被害を被ったのはそちらなのだし。私からも謝罪しておくわ」

「へぇ、あいつらより分をわきまえてるじゃん」

「ええ、重ねて先に謝罪を。今日はこんなアイドル初心者が貴方に勝ってしまう不遜をどうか許してね」

 

 手毬は一瞬今なんと告げられたのか、良く理解できなかった。いや、理解していたが認められなかった。

 

「は……? 今、なんて言ったの? 初心者?」

「ええ、アイドルとしての練習は始めて()()()()()だから、お手柔らかに」

 

 言葉と同時に、軽く顔を伏せるように会釈をされる。

 その態度に手毬は自慢の声に怒気を孕ませて、相手に詰め寄った。

 

「ねぇ、始めて1ヶ月の初心者が私に勝つって? あなた私の事知らないの?」

「知ってるよ、月村手毬さん。初星学園の中等部でトップの成績だった実力者。自己紹介がまだだったね」

 

 手毬が怒りを顕にして詰め寄っているというのに、相手は涼しい顔で顔を伏せたままだ。その上妙に落ち着く声に調子が狂う。

 

「私は花月(かげつ)櫻良(さくら)。極月学園で1ヶ月ほど鍛えて身に着けた技術で、今日のあなたになら十分……いや、十二分に勝算があるわ」

 

 会釈から顔上げたその表情に感情はない。不気味さすら覚える。が、手毬にはそんな情報(モノ)は眼中にない。むしろその無表情振りが彼女の怒りを煽った。

 

「勝算? 十二分? ふざけないでよ! あんたがこの1ヶ月やそこらで身に着けた技術なんかで、私の歌に届くはずがない!!」

「そうね、否定はしないわ。でも、────いえ。結果で示す前に言う必要もないわね。そうやって怒られるだろうから、先んじて謝ったと言うわけよ、赦しを乞う気はないけどね」

 

 何かを言いかけて、プロデューサーに目を向け言葉を止めて、手毬たちから離れていく。

 

「ふん、あんたみたいな口だけのやつに私は負けない。終わった後に大口叩いたことを後悔すると良いよ」

「ええ、きっとそうである事を願うわ。後、審査の前に最低限、喉のケアは万全にしておいてね」

 

 去り際の気遣いといい、不遜な物言いといい同期のお節介気質な新入生アイドルと似ているような妙な錯覚を覚えるもその場では怒りが勝ち、自分の担当Pに抗議と言う名の愚痴をこぼす。

 

「プロデューサーァ! 何なんですかアイツ! 極月学園の奴らって嫌な奴ばっかりじゃないですか!」

「────月村さん。私が彼女の事を共有しようとした理由をまだ話せていませんでしたね。実は──」

 

 愚痴をスルーされて、さらに不機嫌になりながらも、Pから明かされた情報に、手毬は全身全霊を以て、花月櫻良を叩きのめすという気概のもと、オーディションの審査に臨んだ。

 

 結果は────

 

「今回のオーディションの合格者は、花月櫻良

 

 月村手毬の歌と踊りは良い意味でこの場にそぐわない程洗練されていた。それはもう、熱い熱で焦がすほどに。

 

 その直後に、花月櫻良の審査となった。審査員は少し気の毒になるが、彼女の使用楽曲に面食らってしまう。

 それは初星学園のアイドルが最初に習得を手掛ける──

 

 ───初星学園のアイドルの基本『初』。

 

 それをライバル校の極月学園の生徒が歌うとなれば、それは宣戦布告でしかない。

 

「よろしくお願いいたします」

 

 その声は凛として、艶があり心に落ち着きをもたらしてくれる様な声だった。そう、重みがある声だったのだ。

 

 音楽が始まり、歌い出しで審査員たちは、そしてそれをモニターで見ていた手毬とそのP(プロデューサー)は耳を疑うことになる。

 

ひとつの夢叶うまで、負けない。行くよ

 

 その声は透明感があって神秘的な響き、高音域で雑音(ノイズ)が一切感じられないシルクのような軽さのクリスタルボイス。

 明らかに地声ではない、才能すら感じるその響きは月村手毬が直前で創り上げた熱気を急激に冷やす絶対零度にも似た美術品的な美しさを誇った。

 圧倒される歌声もさることながら、次に審査員たちを戦慄させたのは、無駄を、1ミリのブレすらも感じさせないその踊りであった。魅せる表現というよりは、一切の失点がない重心移動とステップの刻み、淀みのない精巧さ。一流の劇場の見世物と言われた方が納得するような正解ともいえるその踊りは、呼吸をも忘れさせた。

 手毬のダンスが「熱狂を呼びよせ、自分の身すら焦がすような命の躍動」とすれば、櫻良の踊りは「静かさを基調とした、舞踊や演舞のような格式高き舞」だった。

 まるで、自身の持ち歌のように洗練された演技であった。

 

 非常に完成度が高い技術により歌い上げられた『初』はその場にいた他の参加者の主に初星学園のアイドルたちの心を抉るように傷付けた。

 自分たちでは真似出来ない程に完成された『初』を、事もあろうかライバル校の極月学園の生徒が歌い上げているのだ。それはおぞましいほどの蹂躙的効果を生んだ。

 

 そして、初星学園のアイドルたちの心を最も抉ったのは、夢の始まりである筈の『初』にアイドルとしての熱量を全く感じず、ただただ純粋に美しい歌を見せ付けるための道具に落とし込まれたことであった。

 他の初星学園の参加者にも『初』で挑んだ者はいた。

 しかし、彼女らの実力では『初』は初星学園のモノであると言う主張の証明が出来ないという事実が傷をより深い物にしていた。

 

 手毬もその被害者の一人となっていた。レベルの高い環境に身を置いていた彼女には分かってしまう。歌唱やダンスは積み重ね上げ練り上げられた純然たる努力の賜物であることに。

 ただ歌が上手いだけでは、ここまで綺麗に完璧に歌うことは出来ないほどの領域であると。

 ただダンスができるだけでは、ここまで流麗に美麗に舞うことは出来ないほどの練度であると。

 

 さらに今日使った楽曲は自分の持ち歌の一つである、『アイヴイ』であったため、初星学園の基礎である『初』を完成ともいえるほどの精度で歌い上げた櫻良に対して、同じ土俵での審査員からの印象や解釈の違いで片付けることのできない言い訳の仕様もない敗北を示していた。

 

 何より、一番悔しいのは、今回の敗因に心当たりがあることであった。

 

「謝罪は先ほどしたから、二度言うつもりはないわ。お疲れ様」

「なに。嫌味でも言いに来たの? 」

「うーん、人によってはそう取られてしまうかもしれないわね。はい、喉飴の差し入れよ」

「─────っ! 」

「言わなくても分かっているようで安心したわ、そう。今回のあなたの敗因は前日の寝不足、そしてそこにいる。あなたのプロデューサーのスケジュール管理の失敗よ」

 

 実は、この前日、手毬は少し遅い時間からのラジオ出演の営業を行っていた。今日以降の自分のファンを増やすための施策として担当Pから提案されたものだった。それにより、睡眠時間が少し減ってしまい若干の寝不足と喉の疲れがあったのだ。とはいえ、その程度では不調とはならない。やや好調といったテンションで今回のオーディションに挑んだのだ。

 

「肝に銘じておくのね、月村手毬さん。たった一夜、たったの数時間の睡眠不足でも、それだけで体の動きは鈍くなるし、頭の働きも重くする」

「っぐ─────」

 

 言い返したかった。その程度では私の実力は覆らないと、しかし現実負けてしまった以上、反論の余地はなく口ごもってしまった。それは隣にいる手毬のPも同様であった。

 彼は今回意図的に()()調()()()()()()()()手毬を今回のオーディションに臨ませ、少しの不調で総崩れになる危険性を自分のアイドルに体験として知らせるつもりでいた。しかし、目の前の少女、花月櫻良に自身のアイドル(月村手毬)が敗北することは想定していなかった。故に、オーディション前に伝えたのも闘志を燃やさせるため、櫻良が『初』で演技する事しか伝えていなかった。

 危機感を煽るための薬が、劇薬に化けてしまったのだ。

 

「まあ、この後で反省会でもするのね。ああ、そうそう、初星学園の皆々様に伝えておいて。『あなた達が咲き誇るその場所を、私がこれから─────』」

 

 櫻良は穏やかに、感情の揺れを一切感じさせることなく確定事項であるかのように宣言した。

 

「『─────あるべき姿に、作り直してあげるわ』以上よ。次はもっと手応えの感じる勝負であることを願うわ」

 

 そう言い残して、彼女はその場を後にする。残された二人は何も言えずに見送ることしかできなかった。




ご覧いただきありがとうございます。

因みにこの時点の手毬が肉体も精神も完璧に万全な状態であったなら、花月櫻良(うちの子)に勝ち目はありませんでした。

作中割とデバフ状態に陥りやすい手毬がこの初戦にふさわしいと思って相手にしたので、別に手毬を下げたかったわけではない事だけは、言っておきたかった。
本当に作劇上の都合でしかないのです。
「Luna say maybe」も「アイヴイ」も「叶えたい、ことばかり」も「一体いつから」も大好きです。
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