月の兎は、春に追い縋る 作:花海咲季のファン
すまん、ありゃウソだった。
違うんです、終わる終わる詐欺じゃないんです。
ここで切らないとこの後編だけ1万字越える勢いなんです。
どうしてもここで登場させないといけないもう一人の本戦出場者がいるので、
その兼ね合いも合わせるとどうしてももう一話以上は必要になっちゃったんです。
前中後編として後編①としてますが、③以上続くようだったら前編から①と変更するかもしれませんな……
ただ、クオリティは保証します。そこだけは、嘘じゃないよ。
本戦の前には、昼休憩が挟まれ、静かな緊張感が本戦に出場するアイドル達の間には走っていた。
午後の演技が誰から始まるのかという事が彼女たちには今何よりも重要な情報であった。なぜなら、最初に場の雰囲気を自分色に作ることができ、かつ後のアイドル達へ
更に本戦はリハーサルもなしの一発勝負。これまで積み上げて来た物をそのまま本番にぶつけるのだ。否応なしに緊張感は高まっていく。
故にこそ、最初の演技が花月櫻良から始まるという発表が成されたことでアイドル達は戦慄した。
間違いなくこのNIAの中心人物であり、先の演技で会場の心を強く掴んだ彼女が本戦の最初で演技すると言うのは、この舞台に立つ誰もにとって憂慮するべきことであった。ここに至って負ける気など毛頭ないが、それでも他のアイドルたちがやや苦境に立たされたということには違いなかった。
そして、花月櫻良の演技が最後までやり遂げられないと期待を寄せるあるいは不安に思う出場者は、事ここに至って誰一人居なかった。あの激しい演技で消耗したことは間違いないだろうが、その程度のことを、【Finale】の本戦まで登り詰めてきた花月櫻良が考えていない訳が無いからだ。
しかし、先ほどの演技の完成度が高かった故に、彼女は自身で大きなハードルを設置している。未完成ではあったが、アイドルの演技としては完璧に近い出来だったが故に、真の最後の演技となるこの本戦の演技に対するファンや観客たちの期待の高まりは最高潮であった。滅多な演技では先の予選の演技を超えることは敵わないだろう。
今、花月櫻良にとっての一番の敵は
だがしかし、それはいつだって、そうだったのだ。彼女はずっと自分自身との戦いを続けて、貪欲なまでに進み続けてきたのだから。もはや、今更の話である。
【Finale】本戦では、ファンや観客に対して言葉を伝えるMCのフェイズと演技を見せるフェイズにて、ファン数と観客からの投票、そして審査員からの技術点評価にて勝敗が決する。
ステージに一点スポットライトがともり、そこに花月櫻良が歩いてやってくる。一点の光の下に到着するまでには手を振ったり、観客に対してのファンサなどはない。ここに至るまで媚を捨てた機能美的な美しさこそが彼女の魅力なのだ。そして、光の下に着けば、観客の方へ向き直ってカーテシーの一礼を丁寧に決めて、口を開いた。
「今日、会場に来てくださった皆さん、中継越しに映像を見ている皆さん。私のためにあるいは他のアイドル達のためにお時間を割いてくださりありがとうございます」
「私が本戦まで至れたのはひとえに皆さんの応援とそれを受けた私の努力の成果です。本当にありがとう」
もう一度深く礼をして、軽い拍手が起こり、頭を上げるとスンと止んだ。歴戦のアイドルファン達の成せる空気を察する技であった。
「お堅い話はこれまで、さっきの演技は私からあなたへ向けた精一杯の別れだった。私からあなたに伝えたい永いお別れのメッセージ」
「悲しく思ってください、寂しく思ってください、そして理不尽だと
「その怒りこそが、私がアイドルとなった原動力です。今からする演技は、私が
空調の効きすぎであろうか、会場の温度が酷く
「きっとこれはアイドルらしからぬ演技となるでしょう。ただ感情をぶつけて、私がすっきりするだけの演技となるでしょう」
「しかし、ことこの場においては、私は断絶する境界線となります。故にどうか皆さんは見届けてください。この私がずっと抱えた怒りを────」
そうして、彼女は語りを終えて、漆黒のドレスの腹部に手を当てて、演技する楽曲を口から吐き出すように言った。
「オペラ『魔笛』より『夜の女王のアリア』第二幕『復讐の炎は地獄のように我が心に燃え』」
クラシック調ながら、壮大にして非常に熱を帯びた楽曲が会場に響き、その表情は非常に強い怒りに歪み、口から呪詛でも垂れ流すかのようにしかして、非常に整った高音で歌い始める。
「Der Holle Rache kocht in meinem Herzen,」
(私の心は地獄に渦巻く炎のように復讐のため燃え広がっていく)
「Tod und Verzweiflung」
(死の恐怖と深き絶望が)
「Tod und Verzweiflung flammet um mich her!」
(死の恐怖と深き絶望が私の全てを焼き尽くそうと迫っている)
歌唱は全てドイツ語であったが、バックスクリーンやサイドスクリーンに翻訳された歌詞が表示される。だが、観客は櫻良から目が離せなかった。バックスクリーンに歌詞が表示されていることには気付くが、歌詞の内容などよりも、美しく怒り狂う歌姫に魅了されてしまっていた。
そして、今回の櫻良は踊りは一切せず、歌唱の表現と最低限の振りという極限まで切り詰めた演技の内容であった。心を締め付けられて、どんどん夜の寒さに体温を奪われるような錯覚を覚えながら、良くない魔力に惹かれているという生命的な危機感を感じていながらも、目を離せないのだ。
「Fuhlt nicht durch dich」
(我が娘よお前のその愛らしい手で)
「Sarastro Todesschmerzen,」
(我が怨敵に死をもたらせないのなら、)
「Sarastro Todesschmerzen,」
(我が怨敵を殺せないというのならば、)
「So bist du meine Tochter nimmermehr.」
(貴様はもはや我が娘ではないぞ)
この曲自体は、夜の女王が娘パミーナに対して宿敵であるザラストロを手渡した短刀にて殺して始末しなければ、親子の縁を切ると強い復讐心と怒りでヒステリックに脅すという内容である。
背景も非常に壮絶なものであるが、この楽曲はそれ以外に特別性を秘めている。
その理由は────
「Aha----,a,a,a,a,a,a,a,Ah. Aha----,a,a,a,a,a,a,a,Ah」
「Aha----,a,a,a,a,a,a,a,Ah. Aha----,aaa,AhAhAh,aAaAaA------」
(ああなんと、なんと、ああなんてことだろうか)
「meine Tochter nimmermehr.」
(貴様は私の娘ではなくなってしまうのだ)
「Aha----,a,a,a,a,a,a,a,Ah. Aha----,a,a,a,a,a,a,a,Ah」
「Aha----,a,a,a,a,a,a,a,Ah. Aha----,aaa,AhAhAh,aAaAaA------」
(よいか、よくきくのだ、よくかんがえろ)
「So bist du meine Tochter nimmermehr.」
(親子の縁は永遠に引き裂かれてしまうのだぞ)
この超高難度のコロラトゥーラ・ソプラノによる世界で合計10人ほどしか叶わない、とされる
歌唱表現である。それはもはや、人間の出せる音域の高音なのかを疑うソプラノの
その歌声は観客はおろか、画面越しの向こうの人間の脳まで灼いた。文字通り演技を見た者すべての呼吸をその数秒間忘れさせてしまうほどの超絶技巧。
白草月花に【Finale】本戦に無理矢理参加することを控えさせた、花月櫻良の最終兵器の正体であった。
何よりも素晴らしく恐ろしいのは、この高い歌声でなお余りある怒りを強く表現していることである。ヒステリックにグチグチと喚き散らしているというよりかは、ひたすらに淡々と心の余裕と逃げ場を潰されていくような圧がこの歌声には載っていた。
「Verstossen,Verlassen,und Zertrummert」
(二度と戻れず、永劫許されず、永久に砕け散ったままだ)
「Alle Bande der Natur.」
(親子の絆も愛も全て)
「Alle」
(全てだ)
「Baaaaa------AAAaaa,AaAaAaAaAaAh--nde」
(親子の絆は、絆は、そう無きものとなっていく)
「Alle Bande der Natur.」
(親子の絆も愛も全て)
思考が塗り潰されていく、彼女の出す歌声に血流が凍り付いて、依存してしまう。聞いていて不快感がなく、むしろ心地いい。三度のコロラトゥーラ・ソプラノで審査員を含めた全ての観客の心を鷲掴みにして捕らえた。
そして、ここから怒涛の連弾が始まる。一つの音の区切りと櫻良の
「Wenn nicht」
(もしも)
「durch dich」
(お前のその手で)
「Sarastro wird erblassen!」
(我が怨敵を始末しないのであれば、そうなってしまうぞ)
「Hort,」
(聞け)
「Hort,」
(この我が声を聞け)
「Hort,」
(この我が言葉を聞け)
「Rachegotter,」
(復讐を司る神々よ)
「hort der Mutter Schwur!」
(聞き届けよ、この母の請願を)
歌詞を歌い切ると同時に、櫻良は舞台から逃げるようにはけてしまう。後には、凄いものを鑑賞したという余韻がこだまする。30秒ほど遅れて会場には割れんばかりの拍手が鳴り響いた。音楽の神が作り給うたオペラは花月櫻良を
その空気感を舞台袖から直に受けていた次の演技者である月村手毬は、悔しさを噛みしめていた。【Quartet】で感じた演技の欠けは全くなく、むしろ補って余りあるほどに魅せ付けられた。
未だに、舞台の上に漂う絶対零度とも言えるような空気感に、気付けば手先が震えていた。
(落ち着け……大丈夫、私ならあの空気を換えて自分のモノにできる)
そう自分に言い聞かせて、手の震えをもう片方の手で抑え込もうとする。そこにふわりと背中に覆い被さるように抱きしめられる。
「大丈夫、大丈夫ですよ。まりちゃん」
背中から穏やかで聞き慣れた
「うん。ありがと。美鈴、美鈴の分も頑張ってくるから」
「ええ、頼みました。りんちゃんにも届くくらいにお願いします」
美鈴も予選参加はできたが、緩やかな彼女の歩みでは予選を通過できるほど甘くはなかった。
【Quartet】での敗北から、美鈴も自己に合った最高の速度で積み重ねをして挑んだが、他のアイドル達の積み重ねによる成長の方が上回っていたというだけの話だ。置いて行かれる屈辱を味わった彼女は、きっともっとずっと強敵となることだろう。
「私からも一言いいですか。月村さん」
「────プロデューサー、うん。お願い」
手毬の脇でずっと彼女の様子を見据えており、彼から声を掛けられるまで
「花月櫻良が作った空気感は、熱を引かせ奪い、冷ますものでした。逆に言えば今が、一番熱しやすい状態です。空気感がマイナスならプラスに転じやすいということです。ここで一気に空気感を作り直して、誰が【Finale】の勝者にふさわしいかを会場に教えてやってください」
「うん、任せて、冷えた体を灼熱で溶かしてくるから! 」
そう言って、手毬は元気よく舞台に駆け上がっていった。舞台の照明は明転しており、舞台中央まで駆けて辿り着くと、高ぶった感情のままMCの挨拶を始める。
「皆さん!!こんにh────」
キィィインと、大きなノイズ音が急に走る。手毬の放った声量の凄まじさにより、マイクがスピーカー音を拾ってしまいハウリングが発生してしまう。本来ならマイナスとなるハプニングであるが、世界が凍り付いていた現状においては、その氷を一枚剥がすアドバンテージへと変わる。
「ぅわ、うるさ……じゃあなくて!! ええと、初星学園の月村手毬です。【Finale】本戦の舞台に来てくれてありがとうございます」
「私が今ここでするべきは、長々とお喋りをして皆さんの余韻を壊すことじゃなく、演技ですべて示します。だから、聞いてね────『Luna say maybe』」
ギターソロとハウリングのようなイントロが流れて、直ぐに優しい声で一言つぶやくように歌詞が始まる。
「あのね。」
その一言は冷たく凍った世界に、一つ熱を与えた。ロック調の曲がその熱を加速させる。彼女も歌唱に特化した一人であるが故に、この曲では踊りは最低限のものだ。しかし、凍り付き生気の無かった会場や観客に、生気が戻っていくようにテンションが上がっていく。
間奏が終わる頃には会場の熱は、標準よりやや上程度に戻っていた。そのタイミングで歌が再開される。
「I say “私、大丈夫?”。Maybe, うまくやれるはず、ずっと走った息継ぎもしないまま」
「あっそう、終わりが来るなら、別に寂しくなんかはない、真実は心の奥の方」
「自分の事すら愛せないまま、君のこと守れるのーかな」
「”信じて”」
熱量を込めて歌う。会場の冷えた空気はもう跡形もない。花月櫻良の作った世界を、空気感を壊して、月村手毬の舞台に見事塗り替えた。
「どうか、正真正銘のこの思いを、聴いて私、全身全霊で歌うから」
「大丈夫、世界はこんなに綺麗だと、分かってる、分かってる、解ってる…わかってるよ!ごめんね。じれったい」
「足りない、こんなんじゃ誰も愛せないの、止めない、止まることは知らないの」
「言葉足らず、失くしてしまう物ばかりだ、Luna say maybe….降るのは、迷be, rainy」
そうして、月村手毬の舞台で観客たちの心に巣くった氷は溶かされた。間違いなくこれも月村手毬の集大成というべき舞台であった。
だが、────それでも、花月櫻良の歌唱力と比べてしまうとどうしても見劣りしてしまった。
歌唱の形質が違うのはその通りである、しかし同じ歌唱に特化した演技が連続したことにより、歌唱技術の到達点や空気感の支配力、そのすべてが残酷なまでに比較対象となってしまったのだ。
故に月村手毬がエゴを燃やして至った灼熱の絶唱は、音楽の神を味方につけた花月櫻良の極めて完成度の高い機能美には届かなかったのである。
もっとも、それが発表されるのは本戦の全演技が終了した後である。間違いなく力を遺憾なく発揮しきって満足げな手毬に、手毬のプロデューサーはそうなるであろうことを予期したが、口に出すことは憚られて言い出せなかった。
はい、月村手毬ファンの皆様申し訳ねえ。これ手毬コミュじゃなくて、花海姉妹(主に咲季)のコミュなんで手毬はここで敗北確定演出です。
手毬コミュの需要があったら、本編(花海姉妹コミュ)が終わった後に書くかも終わった後に見たいもの優先順位確認のためにアンケ出しときますね。
え?本編ほんとに畳めるのって?やだなあお客さん。次かその次には、この5話は終わりますよぉ。その後に最終回がドンと出る予定です。
本編の櫻良の演技についてですが、本戦というか決勝というかでこの『夜の女王のアリア』をやるのは初期プロットから決まってました。怒りと復讐という要素が、櫻良の軸にグッサリハマっていたので、フォントもいい感じのやつがあったので利用させて頂きました。
翻訳の文については意訳ましましで作者が考えたやつです。内容は大体即しているはずです。
著作権は適用外の旧いものなので、申請なしで済むのもありがたいところ。
後皆さま!!感想!!見たなら感想落としていってくださいよ。
感想あるとないとじゃ、モチベーションが全然違うんですからね。
ここすきも評価もお待ちしております。
また、評価ゲージが赤となりましたことにつきましては評価いただいた皆様、並びにお気に入り登録してくださった方々ありがとうございます。
ひとまず本編完結までは走り抜けたいと思っております。
次回は、花海姉妹の演技からとなります。決着は...もう正直わかんないです。
筆の進むままに書いてるので、一応決着予定としておきます。乞うご期待!!
本編終わったら見たいのは?
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本編の幕間集
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手毬コミュ
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他アイドルコミュ
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√初星
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本編後日譚(STEP3以降)