月の兎は、春に追い縋る   作:花海咲季のファン

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 間に合ったぁ!!いやぁ、ギリギリセーフといったところですね。

 あまり長く前尺使うのもアレなので、この話のタイトルについてだけ。
 主題はそのまま、本作のタイトルです。
 ワタシ、最終話ガ作品自体ノタイトルニナルノスキ。ユエニコウシタ。
 副題の意味は、『曲のリズムを最初のペースに戻す』となります。

 つまり、そういう話です。


最終話:月の兎は(テンポ)(·)春に追い縋る(プリーモ)

「櫻良!!」

「櫻良ちゃん!!」

 優勝ライブの後、花海姉妹は勢い良く、花月櫻良の控え室の扉を開く。明かりも消えて、撤退後と思えるような控え室に2人の声が響く。

「お姉ちゃん!やっぱりいないよ!!」

「変わらないやつね……表彰式終わった後に直ぐ帰るとは思っていたけれど、極月のロケバスはまだ出ていないはず、急ぐわよ佑芽」

「うん!お姉ちゃん!!」

「いいえ、彼女はもうこの会場には居ません。優勝ライブの間に極月学園へ戻られました」

 

 逃がす理由(わけ)にはならないと、櫻良を追おうとする2人に咲季のプロデューサーがストップをかけた。何か事情を知っているようなので、こちらを問い詰めるのを先にした方が良さそうだと、2人はプロデューサーに迫って白状を促す。

 

「プロデューサー!! あなたまだ何か隠していたわね!!」

「早く白状するのが身のためですよ、プロデューサーさん!! 私たち今すっごい気持ちが昂ぶってますから何するか分かりませんよ!!」

「ええ、お伝えします。お伝えしますので、少し離れて落ち着いて聞いていただけますか」

 

 2人は軽く深呼吸をして、心を落ち着けてから、咲季のプロデューサーの言葉を待った。

 

「では、お伝えしますね。実は──」

 

 その後、花海姉妹の大きな驚声がやや暗い櫻良の控え室であった場所に木霊した。

 

 

 

 そして、【Finale】の翌日、櫻良はうつ伏せに横たわり、女性の整体医に診察してもらっていた。

 

「随分とまあ、イジメたわね。無茶をさせすぎ、まだ身体が重いでしょう。軽いストレッチや休養しただけでは抜けない強い疲労で、筋肉が張ってるわ」

「それは想定通りだし、すべき無茶だったからね。それにお母さんだって、あの演技を褒めてくれたじゃない」

「こら、誤魔化さない。本当に酷い状態なんだから……後、娘の晴れ舞台を喜ばない母親はいません」

 

 櫻良は身体をぐったりとさせたまま、女性医をからかうように軽口を叩く。櫻良の母親は、櫻良の身体を触診しながら、嗜めるように注意した。櫻良の母親は整体医であり、これまで櫻良や花海一家が故障も無しに競技を行えた理由の一つが彼女の整体の腕にあった。

 

「やる気はないけど、一応確認させて。夏のIH(インターハイ)への出場は、やっぱり無理そう?」

「医者としては、避けることを勧めるわ。激しい運動も2、3か月は禁止よ」

「でしょうね。お父さんの鍼治療を受ければ、話は別だったりするんでしょうけど」

「あの人は頷かないでしょうね。その場しのぎならまだしも、長期的な無理を通すための治療は認めないからね」

 

 そして、櫻良の父は鍼灸治療の権威であり、故障を抱えやすい競技者(アスリート)にとっての救世主のような医師なのだった。実際、競技者(アスリート)として活躍していた頃の花海夫妻は、櫻良の父に身体の調子を整えてもらったり、その場しのぎの為の治療をしてもらったりで、長く懇意にしていた。

 現在、櫻良の両親は共に花海トレーニングセンターの掛かり付け医として、トレーニングセンターに常駐していた。

 今回は母だけ、NIA当日に東京に呼び出して極月学園の保健室を間借りし、演技後の身体の状態を確認してもらっていた。父の場合、演技を見ただけでおおよそ櫻良の身体の状況が看破される可能性が高いため、【Finale】の予選演技を見せただけで、ドクターストップ勧告されかねなかった事と掛かり付け医が一人は残ったほうが良いだろうと言う事情で愛知に残ったのだ。

 そして、櫻良のこの強い疲労と肉体の消耗が彼女の歌と踊りを魅せるアイドル業の長期的な休業の真の理由であった。一日に二度も限界に迫る演技をした代償に、しかし櫻良は穏やかな表情であった。

 

 もとより高校1年から、IH(インターハイ)の舞台に臨むつもりはなかった。自分の所属する陸上部の質や水準を上げるため、アドバイスやサポート、効率の良いトレーニング方法の共有などに心血を注いだ。自分のIH(インターハイ)は、2年目から高くなった水準の中磨き上げたいと言う意図からだった。

 しかし、元々強豪であったその陸上部に、更に上の水準を求める櫻良の姿勢は、受け入れられなかった。強豪校とは言っても、全員が陸上競技者を志しているわけでもない。

 プロになるよりも、自分の経歴に箔を付けるという意図の選手が大半であった。

 歩幅や熱量が乖離し過ぎていることを自覚した櫻良は、周囲のペースに合わせることにした。花海姉妹のような理想的な競争相手はそうそう居ないかと、妥協を受け入れようとした。

 

 そんな中でアイドルとなった元宿敵たちの停滞を見た。当時の櫻良はアイドルの評価基準など知らないが、少なくとも伸び悩みを感じさせるような演技を見せられた。最初の通過点の一つであろう舞台での、かつての好敵手(とも)たちが、停まりかけている姿を見てしまった。

 櫻良の中に複雑な気持ちが湧き上がった。

 情けない、呆れた、ダサい、私を置いて行った癖に、大丈夫だろうか、折れないだろうか、停滞を越えられるだろうか、あの子達に停まって欲しくはない。

 気付けば、あの二人への不安や心配の想いばかりが募っていた。どうやら、訣別を口にして、態度で示しても、それは自分には出来ないことのようだと、受け入れ始めていた。

 定期的に自分を訪ねてくる咲季のプロデューサーには対応してしまっているし、今の彼女達を見てみないかと言われて、初星学園の花海姉妹のライブのために東京まで足を運んでしまう程には、この執着は頑固なのだ。

 

 その執着に火を付けたのは、極月学園からの強化要員としてのスカウトであった。黒井崇男は、櫻良のトレーナーとしての才覚が非常に高いにも関わらず、地元の強豪の陸上部に居ながらも燻っていると言うことを知り、また後にアスリートとして著名になればメディア出演をすることになるだろうが、その先駆けとしての経験を積むことや所属事務所としての後ろ盾になるという交渉材料で愛知まで来て、直にスカウトをしてきたのだ。

 アイドル業界であれば、常に上には上がいる環境であり、水準の更新をし続ける櫻良の姿勢は、適しているし、陸上も当然続けられるように取り計らうという、櫻良には断る理由のない提案であった。

 

 櫻良は一つ、条件を加えて承諾する。それは、自分もアイドルとしてデビューすることだった。 自分はおおよそアイドルには向かない人間であることは分かりきっている。だが、自分は()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 努力と努力を通して身に着けた技術で、才能と資質の溝を埋めて、それらの掛け算を武器にして、数多の試合や競技結果を過程として、最適化と更新を続けることで、執念のみを以て天才たち(花海姉妹)に喰らいつき続けた努力の天才は、()()()()()()()で、彼女らの舞台に自分が立てないと、判断されたことが我慢ならなかった。

 黒井はその貪欲さを気に入り、直近のNIAの期間を契約の期限と定めた。お互いにとって、それは見極めの期間であり、期待度を示す期間であった。

 ただ、アイドル花月櫻良がここまで伸びるのは、きっと契約時には誰にも見えていない未来だったろう。

 

 整体の施術に微睡みながら、そんな思い返しをしている所に、声がかかる。

 

「うし、ひとまずはこんなモンでしょう。日々のルーティーンを軽い運動で流す程度に変えれば、あとは若さがカバーしてくれるわ」

「あんがと、でも、今後の施術はどうする? 週に1回か2回はした方がいいでしょ? お母さんが毎週こっちに来るわけにもいかないし」

 

 施術が終わって、ダボついたTシャツを身に着けてから、ベッドに腰掛けて肩を回したり、首を傾けて、コキ、パキと小気味よい関節音を鳴らしながら、そう尋ねたタイミングで、勢い良く保健室の扉が開き、2つの影が叫びながら櫻良目掛けて突進してきた。

 櫻良は危機感を感じて、反射でその場から飛び退いた。

 

さぁーくぅーらぁー!!

さ゛ぁ゛ー゛く゛ぅ゛ー゛ら゛ぁ゛ー゛ち゛ゃ゛ぁ゛ー゛ん゛!!」

 

 その2つの影は、櫻良が先程まで腰掛けていたベッドにダイブする形で静止した。普段でも片方受け止めるのがやっとなのに、消耗している今2つを同時に受けたら、文字通り身体がバラバラになりかねない。

 櫻良は自分の危機感と反射神経に感謝しつつ、2つの影に声を掛ける。

 

「いきなりダブルタックル仕掛けてくるのは、流石に怖いわよ。咲季、佑芽」

「だってぇ、だって、だって、だって、だって!! あなた!!」

「うぅ、ひっぐ……元気そうでよ゛か゛っ゛た゛ぁ゛」

 

 咲季はベッドからすぐに跳ね起きて、目に涙を溜めながら、抗議しようとして言葉が上手くまとまっておらず、佑芽はベッドに伏しながら、泣き声を隠さずに櫻良の無事を喜んでいた。おおよそ、櫻良の事情を知ってやって来たのだろうが、あのプロデューサーに見破られでもしたのだろうかと、不思議に思っていると櫻良の母が先程、櫻良が口にしていた疑問に答えた。

 

「ということで、後の施術はこの二人の交代制になるわ。理事長の黒井さんが手配してくれたそうよ。じゃ、私はこれで。積もる話もあるでしょうからね」

「うわぁ!! お母さんの薄情者!」

 

 取り敢えず、花海姉妹を宥めて、落ち着けて、ようやく会話が成立する程度には回復した。それでもまだ涙声だし、目元を腫らしているが。

 

「櫻良、ごめんなさい。あなたと言うライバルを蔑ろにして、競技場から逃げ出してしまった。そして、ありがとう。あなたは私たちを追って、身体をボロボロにしてまで追い越して、先に立って導いてくれたわ」

「私からも、ごめん。櫻良ちゃんも大切な競争相手だったのに、お姉ちゃんのことばかりで櫻良ちゃんのこと何も考えてなかった。あんなに色々指導もしてもらったのに、何一つ返せてなかった……それなのに、私に、私たちに進み方を示してくれて、本当に嬉しかったよ。ありがとう、櫻良ちゃん! 」

 

 櫻良は、一つ大きくため息を吐いてから、呆れたように言葉を返す。

 

「アンタたち大げさ過ぎるのよ、今生の別れでもあるまいし」

「選手生命をも賭けるような演技をしておいて、そんな事を良くもまあぬけぬけと言えたものね。どれだけ心配したと思っているの!!」

「賭けてない賭けてない。数ヶ月の休養で回復する程度に無茶を通しただけよ」

「数ヶ月間も休まないといけないだなんて、アスリートにとって、ましてや櫻良ちゃんにとってはとんでもなく致命的なことでしょ! それに、私たちのためだったって言うことなら責任は感じるし……」

「はぁ〜? 思い上がんないでくれますかぁ? アンタたちの為ではないしぃ。極月学園の成長のためだしぃ」

 

 本音を直接打ち明けることが出来たのなら、こんな回りくどい事はしていないのだ。向こうが先に裏切ってきたのだし嘘ではない範囲で、誤魔化すくらいのことは許されて然るべきだ。一番は自分から認めるのが死ぬほど恥ずかしいから、伝えたくないという乙女心が理由である事など、悟らせてなるものか。

 あまり重く受け止められないように少しおちゃらけてそう返すと、花海姉妹も調子を取り戻したのか、どこか嬉しそうに言葉を返してきた。

 

「あら、でも。それにしては、私達にも指導をしてくれるって話じゃない」

「マッサージの交換条件で、櫻良ちゃんとまた一緒にトレーニング出来るんだもん。受けないわけないよね」

「え、なにそれ。聞いてないけど」

「うちのプロデューサーが極月学園の黒井理事長との交渉をしてそうなったって聞いたけど?」

 

 あの狐男は何を勝手に契約条件に私の指導を組み込んでいるのか! と、憤怒の想いに駆られつつも、櫻良は事前に黒井へ休業する旨を伝えた時から、こうする事を決めていたのかと感服してしまっていた。先見の明があるにも程がある。

 事前に提案を受けていたとしても、断ることは無かっただろうから受け入れることにした。

 

「まあ、勝手に参加する分には止めないわよ。極月学園のトレーナーとしての役割は、今の私でも十分果たせるしね」

「でも、本当に無理はしちゃダメよ」

「うんうん、私たちもサポートするからね!」

「そ、じゃあ頼れるところは頼らせて貰おうかしら。どうせもうアイドルとして演技することもないでしょうし」

「「えっ」」

 

 その言葉を聞いて、途端花海姉妹の顔色は曇る。櫻良がアイドルを辞めるつもりなのは変わっていないようだ。そして、()()()()()()それを咎めたり、引き留めるようなことは出来ない。

 あんなに素晴らしい演技が出来る櫻良に2人は辞めてほしく無かった。しかし、過去に櫻良へした仕打ちを考えるほど、反論を出来るような心境にはなれなかった。

 

「別にアンタらせいではないってば、最初からそのつもりだったし」

 

 責任はないとは言われるが、花海姉妹としては、形式上試合には勝ったが、純粋なアイドルとしての力量では最後まで櫻良に届かず彼女の反骨精神を揺らせなかった自分達の不甲斐なさを痛感して、沈黙してしまう。

 その沈黙に困ったような顔をして、どう取り繕ったものかと考えているタイミングで、その気まずい空気を切り裂くように、保健室の扉を大きな音を立てながら開いて、白草四音が踏み込んで来た。

 

「へぇ。最初から、そのつもりだったんですか」

「……そう言う契約だと、あなたも知っていたことでしょう。四音、どこから聞き耳立ててたのよ」

「そこの忌々しい初星のお二人が保健室に突撃していく様子を目撃しまして、何事かと様子を窺っていました」

 

 つまりはこの姉妹が乗り込んで来て、宥め終えてからのおおよそ全てを聞かれていたと言うことだろうと、櫻良は理解した。そして、四音が櫻良に向ける執着を【Finale】予選のあの演技から、櫻良は察してしまっている。花海姉妹からの追求ならいくらでも躱せる自信があったが、おおよそ自分のファンであり、同志でもある四音から逃げられる気がしなかった。

 

「私は、僕はまだあなたほど割り切れないし、未熟さの残る未完成品です。だから、教えてほしいし、オーディション(きょうぎ)の場を以てあなたを超えたい、半ば冷めていた僕に夢を魅せて燃やしたあなたに、まだ夢を魅せてほしい」

「はぁ、なんで私なんかに夢見ちゃったかなぁ。アイドルは観客に夢を魅せる仕事というのは理解しているつもりだったけれど」

 

 呆れたような言葉を満更でもないように口にして、櫻良は少し嬉しそうにしていた。そしてここぞとばかりに、四音のアシストになればと花海姉妹も口々に援護をした。

 

「あらぁ! これはアイドルを辞めるのは不誠実なんじゃないかしら!」

「うんうん! 櫻良ちゃんはアイドルを続けるべきだよぉ!」

「そこの友達を置き去りにした次に来るアイドル2人はお黙りなさいな」

「今、この場であなた方に発言権はありませんよ?」

「「ハイ、調子に乗ってごめんなさい……」」

 

 逆効果であった。大人しく成り行きを見守っておくのが吉だったようだ。

 櫻良の方は言った後に優しい笑顔をこぼしていたので、口だけだったのかもしれない。

 

「まあ? まだ回復には時間がかかるし、ゆっくり考えさせてもらうわ」

「ええ、僕はあなたを遠く追い越して待ってますから、追い縋って来るといいですよ」

「ええ、そうでないと困るわ。更新のしがいが無いもの」

 

 そうして、月の兎が追い縋り求めて止まなかった最適な環境である春に。

 月の兎はようやく、辿り着いたのでした。




 本作をここまで読了いただきありがとう御座いました。

 本作はこれにて一旦の幕引きとさせていただきます。次は投票数の多かったSTEP3の物語を全部書き終えてから投稿しようと思います。
 各週投稿するのが一番なのですが、週一で書き上げると言うのが辛かったので……
 というか書いてる途中で文量が増え過ぎて分割せざる負えなくなる事態が起こり過ぎだったので、全部書いた上で分ける判断もしたい次第となります。

 世の週間投稿の作家さんたちを真面目に尊敬する次第です。

 その他幕間的な閑話もいくつか出す予定なので、お楽しみに。

 NIA編の完結ということで、
 感想やここすき、評価などを頂けますと、次へのモチベーションへと繋がり投稿が早まるかもしれないので、何卒よろしくお願いします。
 感想に関しては、面白い作品でしたやここが良かったみたいな形で今話に限らず好きなシーンや描写、オーディションの演技についてなどに触れて頂けますと幸いです。
 普通に楽しめたやNIA編完結お疲れ様でしたなどの反応でも、作者の活力となります。

 では、これにて。
 STEP3の物語を乞うご期待!

本編終わったら見たいのは?

  • 本編の幕間集
  • 手毬コミュ
  • 他アイドルコミュ
  • √初星
  • 本編後日譚(STEP3以降)
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