月の兎は、春に追い縋る   作:花海咲季のファン

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 2話で書きたいことが多くて、結局前後半で分けることにしました。
 この前編では、手毬のその後と初星対策会議の様子を
 後編では、花海姉妹の花月櫻良という人物についての追憶、回想をさせて頂きます。

 まあ、手毬のその後については…ね。なんとなく察しが付くと思います。



2話:追憶の第一楽章(アレグロ·リミニソス) 前編

 月村手毬が敗北したオーディションから数日後の夜。 

 

 初星学園のボイス用のトレーニング室では、叫ぶようなトレーニングが行われていた。

 もちろん、手毬によるものだった。トレーニングに使われている曲は『初』であり、明確に数日前の敗戦に囚われたトレーニングであった。

 そこに現れたのは、彼女のP(プロデューサー)……ではなく、彼女と同室のアイドル、秦谷美鈴であった。

 手毬は彼女がトレーニング室に入って来ても叫ぶような歌を、疲労と喉の酷使により若干掠れた歌を止めることはなかった。

 それをじっと見据えるように心配するように見られていると、流石に手毬もやり辛さを感じたのか今歌っている分を歌い切ってから、見守っていた美鈴に声をかけた。

 いつもであれば、罪悪感から途中で止めていたであろうに、今回の件が相当の傷になっているのだろうと美鈴は事態の深刻さを再認識した。

 

「……なに? 美鈴。私が、いつトレーニング、しようと、私の、勝手、でしょう?」

 

 その声は、やはりやや掠れていた。日常の発声にまで、影響が出るほどに歌い通ししていたのだろう。

 

「いえ、今回ばかりはまりちゃんのPからも、過剰なトレーニングは止めるようにと言われているので、休まないとだめです」

「私が、この前、負けたのは、私の、基礎技術が、まだ未熟、だったから。どんなに、疲れてても、どんなに、喉が掠れて、いたと、しても、それに、応じた、歌い方を、極めていれば────けほ、こほ」

 

 歌い詰めで息も絶え絶えになりながら、極論を口にして、喉の痺れと痛みで出た咳にその主張を遮られてしまう。

 

「まりちゃんのPさんからも、何度も言われていましたし、私からももう一度言いますね。まりちゃんが負けたのは前日までの調整(コンディション)不良が全てです。実力ならまりちゃんは勝ってました」

 

 だからこそ今、彼女のP(プロデューサー)はNIAの為に組んでいた、営業のスケジュールの組み直しに奔走しており、手毬の監視や直接の指示出しが出来ない状態であるため、同室かつ元同ユニットのメンバーである彼女に手毬を休ませるように協力を願い出ていたのだった。

 参考までに、美鈴も手毬のPが記録していた件の花月櫻良(ゆるせないあいて)の演技を見たが、初星の高等部2年生並の実力であり、調整(コンディション)さえ誤らなければ、けして負けるような相手ではないと思える程度の実力であった。

 懸念が無いわけでは無かったが、少なくとも現時点でそこまで大きな脅威ではないと思えるほどには、()()()()()の演技であった。というか、手毬の発表順が花月櫻良(ゆるしません)の後であれば、結果は分からないであろう程には、手毬の演技も素晴らしいものであったのだ。

 こういう時に自分の言葉では手毬を苛立たせるだけ、と言うのは、長年の付き合いから分かっていたので、不本意ではあるが彼女のPから聞いていた過剰なトレーニングをしていた場合に彼女に効く言葉を使うことにした。

 

「ねえ、まりちゃん。今のまりちゃんはアイドルとして失格です」

「なん、ですって────けほ」

「あの花月櫻良という子は、自分を楽器に落とし込んで、常に自分の実力を完璧に発揮出来るように調整(チューニング)を怠らない強さに見えました。それに比べて、まりちゃんは自分の身体を労らず、一番の武器の声帯を傷付けて、あなたのP(プロデューサー)さんが休んでくれるだろうと信じた信頼を裏切ろうとしています」

「っ────!」

「分かりますよ、まりちゃんはP(プロデューサー)が間違っていなかったことを証明したいだけなんですよね。でも、今回は事故のようなもの。ケア出来たミスであり、今まりちゃんがしているのは、そのミスを繰り返す要因になり得るもの……ここまで言えば、わかりますよね」

 

 その若干遠回りしながらも、手毬自身に理解させて答えを自覚させる言動は自分のPからの入れ知恵であることが分かる。そして、手毬はその正論に対して、反論出来るほど自身の状況が見えないわけでは無い。このボロボロの現状では勝てるものも勝てなくなってしまうと言う分析は自分でも間違い無いだろうと悔しさを噛み締めながら判断できた。

 

「けほ、わかった。心配、かけて、ごめん」

「分かってくれたのなら、いいんです。今日はもう寝ましょう」

 

 そうして、トレーニング室の明かりを消して、不安に胸を焼かれつつも手毬は寮の自室に戻るのだった。

 二人の自室に戻った後、手毬に悟られないようにしながら美鈴は自身のP(プロデューサー)を担当している十王星奈へと、メッセージを使った連絡を入れておいた。もう日付が変わろうというような時間のため、直ぐの返答は期待していないが明日の朝には返答してくれるだろう─────そんな美鈴の予想を裏切って、星奈からの返答はすぐに帰ってきた。

 

『報告ありがとう。私も話には聞いているわ、状況を整理するために、あなたのプロデューサーとして、いえ。生徒会長として、早急に場を整えることを約束するわ。なので今日はもうゆっくり休みなさい』

 

 画面越しでも伝わってくる、凛とした、それでいてどこか冷徹なまでの実行力。

 生徒会長であり、アイドルであり、そして自分たちのP(プロデューサー)でもある先輩の承諾を得て、美鈴はようやく安堵の息を漏らした。

 

 

 翌日の昼過ぎ。初星学園の一角にある、花海咲季の事務室代わりに使われている教室。

 

 花海咲季とその担当P(プロデューサー)、月村手毬とその担当P、そして花海佑芽と秦谷美鈴、その二人をプロデュースしている十王星奈が集っていた。

 ただ、この場のメンバーの招集の主導は星奈ではなく、花海咲季のPであった。星奈が準備をしようとした場を提供すると同時に、今回(花月櫻良)の件について最前線で調べ上げていた咲季のPにとっては星奈の動きが好都合だったのだ。

 

「お集まりいただきありがとうございます。本来、我々は初星学園の中でもライバル同士ですが、極月学園の生徒による『初星潰し』の動きが活発であるため、その情報共有と対策のため協力を呼びかけさせていただきました」

「えほ、御託は、良いから、進めてよ」

「では、手短に。現在、初星学園の生徒が参加するオーディションにて、花月櫻良並びに極月学園の生徒が『初』を利用して、敗北や勝利しても心に傷を抱えるような結果を量産しています。組織的、かつ計画的な『初星潰し』と言えるでしょう」

「そして、私と月村さんも受け取りましたが、極月学園の生徒はそのオーディションの後に初星学園に必ず同じ伝言を残しています。『あなた達が咲き誇るその場所を、私がこれからあるべき姿に、作り直してあげるわ』とのことです。これは分かりやすいように極月学園から初星学園に対しての敵対行為であることを示しているのでしょう」

「そんな、櫻良ちゃんが……? なんで? 」

 

 佑芽が困惑しながら言葉を漏らす横で、手毬は負け惜しみだと知りながらも、吐き捨てるように言い放つ。

 

「えほ……あんなの、まやかしだよ。私が、私が万全なら。あんな、あんな奴なんかに……」

「─────やめなさい、手毬。それは櫻良を相手にする時に一番してはいけない言い訳よ」

 

 手毬は咲季に言い返そうと、咲季の方を見る。見て言い返すことができなくなった。

 咲季は手毬の方を見ずに、咲季のPが用意した資料の方を見ながら身体を震わせて、自分にも言い聞かせるようにその言葉を紡いだのだと気付いたからだった。咲季が妹も居る前で怯えている姿を、初めて目にした手毬は何も言えなくなってしまった。そして、咲季は意を決したように続ける。

 

「負けた理由を、調整(コンディション)不良のせいにするのは良い。事実だもの。でも、それを逃げ道に次は勝てると甘えると今度はそこを突いてくるのが、櫻良の常套手段よ。あの子は自分の都合に合う良いものなら何でも吸収して成長していく、私たち(花海姉妹)のアスリート時代の宿敵ともいえる相手なのだから」

 

 そう言いながら、アスリートであった自分たちと櫻良という少女との決別の日が頭を過る。それを振り払うように頭を左右に振るう。その様子を見て、星奈は一つ頷いて口を開く。

 

「なるほどね、納得したわ。だから、咲季のPであるあなたが、一番情報を持っていたわけね。事前に花月櫻良についても知っていたからこその初動の速さだったと」

「まあ、その通りです。事前に咲季さんと佑芽さんから、アスリート時代にかなり有力なライバルがいたという話を聞いていて、花月さん本人にも、何度かアプローチを取ったことがありましたので。数か月前までは陸上競技で有名な愛知の高校に居て、花海トレーニングセンターの常連だったはずなのですが……ここ最近はNIAの準備でそちらの確認をしておらず、対応が少し遅れてしまった形ですね」

 

 それを聞いた咲季は驚くと同時に怒りを顕わにして、自分のPに詰め寄って抗議を行う。

 

「ちょっと待ちなさい! 櫻良と会っていたなんて話は初めて聞いたんだけど!? 私のプロデューサーなら、真っ先に担当アイドルである私に情報共有すべきでしょ!! 」

「すみません、あなた方のアイドルとしての活動に何か活かせる話はないかと、何度か相談を行ったのですが、向こうの反応があまりよくなかったのも合わせて、活動のノイズになりかねないと判断して伏せていました。しかし、何度か話をした程度ですが、今回の彼女の行動は彼女らしくはない」

「ふむ、そういうことなら、我々(プロデューサー側)に何も共有がなかったのも納得ですね。あくまで個人指導の範疇に当たりますし、ただ、今回の行動が彼女らしくない...というのは? 」

 

 手毬のPが咲季のPに話を進めるように促し、今抗議を続けても流されてしまうと判断した咲季は「ぐぬぬぬぅ」と一旦、口を噤むことにした。

 

「彼女は効率の良さを最重要視しています。その上で悪意的な行動よりかはアスリートとしての誇りを持っており、人を苦しめると分かるような真似を進んで行うような人物ではない」

「その評価を信じないわけではないけれど、現状の彼女の動きをみると、初星学園のアイドルを積極的に潰そうとしている悪意の塊でしかないわ」

 

 星奈が不満気にいうと、咲季はそれを否定し、櫻良の真の目的であろう事を提示する。

 

「いいえ、理由は悪意じゃないわ。恐らくは極月学園の生徒たちの基準を上げるのが、最大の目的のはずよ」

「成る程、「初」は主に初星の学内で定期開催するオーディションに利用される楽曲なので、アイドルの基礎的な魅せ方や歌い方の教材のような要素が大きい」

「極月学園の生徒で、少し前まで無名だったアイドルたちの名前が耳に入るようになったのは、それが理由でしょうね」

 

 P達が納得するように頷きながら、その目的の正当さを補強する。美鈴はそれを聞いて忌々し気にこの作戦の利点(メリット)を口にする。

 

「それに加えて、NIAのオーディションで発表すれば、初星学園への挑発。そして、初星学園のアイドルに勝てば、極月学園のアイドルの株も上がっていく、ということですか」

「ええ。恐るべき戦略ね。でも、彼女が極月学園に協力する理由が見えてこないわね」

「─────多分、なんですけど。私たちにその責任があると思うんです」

 

 星奈が疑問を口にすると、今までうつむいて黙っていた佑芽が会話に参加する。佑芽は思い出すように振り返るように、そして後悔しているように語った。

 

「私たち、花海姉妹はアスリートっていうスポーツ競技の場から、アイドルに転向する時、櫻良ちゃんとケンカしたんです。ただのケンカじゃなくて、決別するような─────そう言う後戻りができないような大ゲンカをしたんです。詳細はちょっと言いたくないですけど……櫻良ちゃんは、初星学園のアイドルからお姉ちゃんと私を連れ戻そうとしているのかなって」

「……は? 冗談じゃないわ。あいつ、そんな理由で、私や、初星学園全体に、喧嘩を売ってるわけ? ……ふざけるな。私との、勝負すら、あいつに、とっては、『ついで』だったって、言うの?」

 

 慄き悔しさを噛みしめて震える手毬の肩を静かに抱き寄せ、静かに怒りを燃やす美鈴。

 打ちのめされている手毬の言葉を、咲季は自分が知っている彼女を語る事で否定する。

 

「いいえ、それは違うわ手毬。あの子は勝負自体を蔑ろにすることはない、むしろその逆。櫻良は有意義な戦いにするために常に最適な行動を選ぶわ。そして、どんなに勝率が低かったとしても、勝ち目がある勝負であるのなら確実に堅実に勝ちを拾いに来る。そして、一番恐ろしいのは勝利も敗北もあの子にとっては次に繋ぐための過程でしかないことよ」

「同じこと、でしょ! 勝てるなら、『ついでに』勝ってしまおうって、私は、真剣な勝負の土台にも立てていなかったってことじゃない!!......げほ、うぇほ」

「まりちゃんの言うとおりです。どちらが『ついで』だったとしても、アイドルとして半端者に感じてしまいますね」

 

 剣呑な空気が漂うところに、生徒会長である星奈が割って入って話を戻した。

 

「それにしたとしても、よ。花月櫻良は数か月前までは、アスリートだったのでしょう? だったら、ここまで完成度の高い演技をするには相応に時間がかかるんじゃないかしら」

「月村さんへの宣戦布告の際に、ひと月であの歌と踊りを身に着けたと言っていましたが、それが本当なら花海さんたちが言っている以上に恐るべき成長速度と言えるでしょう。その背景には恐らくもうひとつの要因があります」

「ええ、月村さんのPから共有を受けていた賀陽燐羽。彼女が初星学園から極月学園に移籍したのも丁度ひと月前ですね」

 

 咲季のPが賀陽燐羽のことを口にすると、手毬のPと星奈は少し顔を青くした。そして今度は、手毬と美鈴から抗議の声がかかる。

 

「プーローデューサァ〜!! 燐羽が、極月に、移籍って!!────ごほ、げほ」

「星奈会長も知ってて、私に伝えていませんでしたよね? 生徒会長が一生徒の移籍について知らないことはないでしょう? 」

 

 そしてそれを、それぞれの担当Pが自分の担当アイドルを宥める。

 

「落ち着いてください、月村さん。何れ分かることでしたし、何よりそれが分かったのはあの敗戦の後だったので、伝える機会を逸してしまっただけです」

「つ、伝えるつもりではいたのよ。ただ、プロデュースに差し障りがありそうな情報だったから、慎重に扱う必要がね」

「全く、どこの担当Pも、担当アイドルに隠し事はするものなのね」

 

 はぁ、と咲季は一つため息を吐いてから、咲季のPが誤魔化すように話を仕切り直す。

 

「んん、とにかく、ここは初星学園の威信をかけ手を取り合って、お互いを高め合うときです」

「そうね、具体的にはどう戦うかを詰めましょうか」

 

 

─────一方、その頃。

 極月学園の一角にあるレッスン室では、息も絶え絶えになって横たわっている藍井撫子や白草四音などのアイドル達の死屍累々が形成されていた。

 そして、同じ部屋には息ひとつ乱さず、タオルで汗を拭い、涼しい顔でスポーツドリンクを飲み下す花月櫻良と、そのレッスンを指導している賀陽燐羽の姿があった。

 

「さすがねえ、現役アスリート様は鍛え方が違うのかしら」

「まあ、この程度のトレーニングは基礎みたいなものでしょう」

 

 至極当然のことのように語るが、燐羽が組んだレッスンは質が高いが密度も高く、自分でやったとしても息切れはしてしまいそうなほどの高密度なものであった。

 

「だとしても、私がレクチャーした『初』を5()()()マスターして、さらに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()化け物(てんさい)はあなたくらいよ」

「天才をはき違えているわ、私は常に自分にとっての必要を模索して走っているだけ、本当の天才はショートカットなしに事も無さげに習得するのよ。ここの生徒はこの基礎に耐えられないのなら、肉体(ベース)から鍛えた方がいいかもしれないわね。体作りのメニューを作っておくわ」

 

 そう言い残して、櫻良は今日の分のレッスンを終えて、レッスン室を後にした。

 

「ほんと末恐ろしい子。でも、もし───」

 

そう言いかけて、やめた。燐羽は仮定やたられば程むなしいものはないと知っていたからだ。




 補足として、花月櫻良の成長について、咲季と佑芽を足したタイプです。2で割りません、加算のみです。
 具体的には咲季のような早期の習得を佑芽のような圧倒的な成長力で行うと言ったら、その恐ろしさがわかるでしょうか。
 因みに才能ではなく、効率化による努力で成し得ています。ただ、他者の才能の域(咲季の習得速度や佑芽の吸収力)の再現も可能で、本人のやり方を分析し、自分に合ったやり方に変換して取り入れるというのが、彼女の強みです。

 ゲームで言う、スキルツリーにポイント割り振って習得するに加えて、他者のスキルを分析する事で、通常習得しえないスキルツリーを開拓して、自分にも追加できるという感じですね。
後、当然ながら自分に必要と考えたスキルツリーについても、同様に追加できます。

 分析して(あるいは必要を見出して)、自分で扱うのに必要な努力を考えて、特訓することで身に着けると、段階を踏む必要はありますが、大体のことは習得できます。
 習得速度と成長速度がバグってるのは、花海一家との絡みが要因です。姉妹じゃなくて、一家とトレーニングセンター経由で絡んでるのでね……。
 スーパーAIサイボーグになるべくして成りました。

 花海姉妹(こうしき)がチートすぎて、彼女らに対抗できるキャラ設定を作ったらこうなりました。これくらい盛ってようやく互角な花海姉妹が恐ろしい……。

 後編の回想でここら辺の説明も挟もうと考えたのですが、花海姉妹に上記を説明させるのが困難だったため、こちらにて補足の形を取らせていただきました。
 後編はこの後21:00に投稿予定となります。
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