月の兎は、春に追い縋る   作:花海咲季のファン

3 / 4
というわけで二話の後編となります。
花月櫻良と花海姉妹との関係とは、というところに焦点を当てた話です。

人の印象とは、必ずしも同じとは限らないものですよね。



2話:追憶の第一楽章(アレグロ·リミニソス) 後編

 

 会議での話し合いが終了し、咲季とそのP(プロデューサー)は、まだ部屋に残っていた。アイドルとの個人ミーティングの時間である。だがしかし、Pは咲季に声を掛けずにいた。

 いつも強気で勝気な花海咲季が、会議中一度も座らなかった彼女が、備え付けのパイプ椅子の上に深く腰かけ青い顔で、全身を細かく小さく震わせて、怯えているが、その震えをPに悟らせまいと必死に身体を抱えて震えをおさめようとする様子にかける言葉を失ってしまったのだ。

 それは、咲季をよく見てきたPとしては、咲季が内面で抑え込んで来た不安や恐れなどが一気に噴き出しているように思えた。その為、Pは何も言わないまま備え付けの給湯器を使って、砂糖とミルクを適量入れた紅茶を震える彼女の目の前にそっと差し出す。

 机の上に置いてあった、花月櫻良を示す資料は一旦ファイリングして目に見えないところにしまってしまう。

 

「ミーティングの前に一息入れましょう、ミルクティーです。疲れには甘いものがいいですからね」

「───プロデューサー……ありがとう。いただくわね」

 

 咲季は普段、紅茶やコーヒーなどにも、砂糖やミルクは入れないが、ほんのりと甘く温かくまろやかなそのミルクティーを拒絶することなく口へ運ぶ。その温かさは、心の震えをおさめる助けをしてくれた。心が落ち着けば、身体も落ち着いてくる。

 

「ねえ、プロデューサー。ミーティングの前に私の心の整理に協力してくれないかしら、櫻良をまた相手取るのだもの、覚悟を決めるための準備が必要なの」

「ええ、私でよろしければ。しかし、咲季さんがそこまで心構えをしなければならないほど、櫻良さんとの関係が深いものだとは思いませんでした」

「深い、ええそうね。あの子のおかげで、とっても深くて濃密な中学生時代を送らせてもらったわ」

 

 咲季はやや自嘲気味に、皮肉を込めてそう口にした。輝かしく眩しく充実して、それでいて、大きく深い傷が疼くような錯覚に、手元のミルクティーを口に含んで、落ち着けてから続ける。

 

「あの子は、櫻良はね。元々は競技ダンスの選手で、コーチの勧めで花海トレーニングセンターに来たと言っていたわ」

「はい、ご両親からも伺っています。ジュニアの部で入賞経験も幾度かあると」

「同い年だったこともあってね。一緒にトレーニングを重ねたり、私たちの勝負に参加してくれることもあった。いいライバルだったわ、時には勝って、時には負けて、お互いを高め合う私にとって理想的な宿敵。そして─────」

 

 そこまで言って、一拍置き。また、ミルクティーを口に含む。徐々にぬくもりが減っていくことから目を反らしながら、その出来事を口にする。

 

「彼女から、ある日提案されたの。スタンダードダンスの経験を積んでみないかってね」

 

─────それと全く同じ出来事を、佑芽は生徒会室で星奈と美鈴に、恐れなど一切ない曇りなき眼で明るく振り返っていた。

 

「それで、櫻良ちゃんはね。私がお姉ちゃんに勝つためにはどうするのがいいかを一緒に考えて、先にこっちが土俵を決めて、お姉ちゃんより先に練習しておくのがいいんじゃないかって、言ってくれたんだ! 」

「合理的な判断ね、佑芽と咲季にはスタートダッシュの時点で大きな差があるもの」

「佑芽さんは、あの……花月櫻良に大変にお世話になっていたんですね」

 

 美鈴が詰め寄って聞き出された時は、少しまごついて迷ったように語っていたが、輝かしく眩しく充実したそれらの記憶を呼び起こしたようで、佑芽の友人自慢が始まっていた。

 

「うん、他にもね。お姉ちゃんと勝負をする競技について、良く調べた上で教え方もすっごい分かりやすいの! だから、私にとってはライバルっていうよりかは名コーチって感じの印象が強いかなあ」

「なるほどね、その彼女が極月学園の生徒を─────」

「会長。今はその話は止しましょう。それで、佑芽さん。花月櫻良は競技ダンスを二人の勝負の場にしたということですか? 」

「うん! お姉ちゃんには内緒で、競技ダンス、いわゆる社交ダンスの練習を付けてもらったんだ。あ、大会とかに出るわけじゃなかったから、櫻良ちゃんに男役(リード)をしてもらってね」

 

 佑芽の秘密レッスンで咲季と差を埋めて、姉に勝とうとする佑芽に手助けをする。なんとも心温まるエピソードにも思える。だがしかし、それは咲季に対する裏切りでもあるのだ。咲季があんなにも慎重に花月櫻良の策や戦略に対して、深く考えていたのは相手に見えない部分で何をしてくるかを想定していなければ、対応できなかったのだろうと星奈は理解した。

 そして美鈴は、佑芽の話を聞いていて、花月櫻良と共に極月学園に転入したらしい親友であり元同ユニットの賀陽燐羽のことを思い出していた。彼女もまた、世話焼きの良い友人であるため、似たところがあるのかもしれないと思ったのだった。

 

「それでね、櫻良ちゃんに付きっきりで付き合ってもらって、ある程度踊れるようになって、お姉ちゃんにお披露目して、今度は競技ダンスでも勝負だ! って私から持ち掛けたの。お姉ちゃんすっごく驚いてたなあ」

「それは驚くでしょうね。咲季からすれば、佑芽は競技ダンスを踊るのは初めてになるのだし、花月櫻良の事もすぐにバレてしまいそう」

「はい! お姉ちゃんはすぐに櫻良ちゃんと一緒にコソ連したことに気付いて、『佑芽を育てるのは私よ! 私に隠れて練習は酷いんじゃないかしら!!』って櫻良ちゃんに文句言ってました」

「あらあら、花海さんはつくづく佑芽さん思いなんですね」 

「えへへぇ。その後、櫻良ちゃんが耳打ちして、お姉ちゃんに何かを伝えたら、それ以上文句は言わなかったんだけど、なんて言ったかは教えてくれなかったんだ」

 

 

 

 花海咲季の事務室では、もうミルクティーを飲み切り心の余裕を少し取り戻した咲季が丁度その時のことを語っていた。

 

「文句を言った後に、櫻良は佑芽には聞こえないように私だけに耳打ちでこう言ってきたのよ

『アンタが育てたら佑芽の成長に合わせて、自分の成長を組んで先を進み続けるでしょう? 私が育てた佑芽であれば、周回遅れにはならないわ。それに、同じスタートラインからじゃあ、佑芽には勝てないと言っているようなものだけれど……それでいいの?』ってね。そう言われたら、私がそれ以上何か文句を重ねても言い訳にしかならないから、何も言えなかったし逃げるわけにもいかなくなったわ」

「随分と狡猾に追い詰められていますね。花月さんは咲季さんに敗色濃厚な勝負に誘い込んだ、と」

「敗色濃厚は言い過ぎでしょう! 自分のアイドルを信じられないのかしら? 」

「その時は、まだあなたのプロデュースをしていたわけではないので」

 

 「ぐぬぬぬぬぅ」と言いつつも、いつもの調子を取り戻したようで、Pは表情には出さないまま安堵する。咲季は悔しそうにした顔を、その後のことを思い出してフフンと誇らしげに、堂々とした表情で胸を張って宣言した。アイドル「花海咲季」の復活である。

 

「ふん、冷たいPね。でもいいわ、あなたの予想に反して、私は佑芽とのダンス勝負に勝ったのだもの」

「ほう、かなり劣勢であったにもかかわらず、勝利したというのは流石ですね」

「当然よ。私はお姉ちゃんだもの! まあ、判定員は男役(リード)をしてくれた櫻良だったし、あの子が佑芽を勝たせるためだけにそうしたのではないというのは伝わったわ。二人ともとっても悔しそうな顔をしていて、最高に気持ちよかった」

 

 そうして勝ち誇る咲季の顔から、不安の色が滲む。空になってもう熱を失ったカップを両手で覆うように持って、ぬくもりを探すようにさすってから、その不安を口にする。

 

「ただ、気になることがあるの。勝負には勝ったわ。正直なことを言えば、ほとんど薄氷の上での勝利だったけど、気持ちのいい完璧な勝利よ。そのはずなのに、何か取りこぼしたような...」

「取りこぼし……ですか? 」

「ええ、櫻良の悔しそうな表情には少し鬼気迫るようなものがあったもの。あの勝負を通じて、あの子は私に……私たちに何かを伝えようとして、それを受け取れなかったような」

 

 咲季は、佑芽も、櫻良へ妹に負けないためにはどうすればいいのか。姉に勝つためにはどうすればいいのか。互いに櫻良と二人きりの時に尋ねた時のことを口には出さずに思い出す。

 

『佑芽に絶対に負けないように……ね。簡単よ。一回佑芽に負ければ、アンタはもう負けないってくらい強くなるわ』

『咲季に勝つために……ね。勝つ気があるのなら、大丈夫。一度でも勝てたなら、佑芽にも見えてくるものがあるわ』

 

 それに対し、姉妹は同じ答えを返した。

 

『『出来るわけがない! 出来たら苦労してない!!』』

 

 櫻良はため息をついて、『はいはいそうね。悪かったわ』と呆れたように返答を返して、同じように聞いても二度と同じような答えは返してくれなかった。

 

─────そうして、そうして。思い出す。決別に至ったアイドルになることを伝えたその日を。

 それは、別々に単純な報告として、友人から激励をもらおうとそれぞれで伝えた。

 

 咲季がそう伝えた時、櫻良は目を見開いて氷付いた(フリーズ)したかのように見つめられた。そうして、重い沈黙が体感10分は続いたようなタイミングで櫻良が口を開いて、詰め寄り迫ってきた。

 

『アンタは!!! 咲季、アンタはそうやって……!! ()()()()()()()? 競技を変えて、場所を変えて、環境を変えて、逃げる言い訳を続けて続けて、まだ立ち向かえないのか!!!』

『─────そう言われても、否定の仕様がないわね。でもね、ただの逃げではないわ。私はアイドルに夢を見せてもらったの。私もああなりたいと思ってしまったのよ』

『……そ、わかった。止めない。止めないわ。もしかして、止めてほしかったのかしら。それとも、私に認めてほしかった? 私は認めないし、止めない。ただ、一つだけ誓いなさい。()()()()()()()()()()()()()。私がこんなに怒っている理由をきっとあなたは知らないのでしょう』

『いえ、わかる。つもりよ』

『ふっ、分かっているわけがない。断言してあげる、アンタはこの怒りの理由を知らない。アンタの狭い視野では分からないわ』

 

 確かに、ここまでの熱量で迫って怒りをぶつけられるとは思いもしなかった。祝福してくれるかななんて甘い期待も抱いていた。何故この宿敵は私が、競技場から去るのをここまで咎めるのか。酷い逃げ口上であることを理解した上で、櫻良が言うように怒りの理由を把握しきれてはいなかった。

 

『好きにするがいいわ。ただ、誓いは今ここで立てるのよ。でなければ……いや。もうどっちでもいいわ。そうしようがしまいが、私が見ていることを忘れないで』

『わ、分かったわよ……』

 

 咲季はそう返す他無かった。もう何を言おうが取り付く島もないような、半身をむしり取られてしまったような緩やかな喪失感が心に傷として、今も残っていた。

 

 

 

 佑芽がそれを伝えた時、櫻良は既に咲季からも話を聞いていたようで、呆れかえった顔で深々と積もるような雪のように冷たい声で説教を受けてしまった。

 

『それで? それを私に言って、どういう返答されると思ったのかしら。「いいわねそれ素敵じゃない」と共感してもらえると思ったの? 』

『えっと、そう言うってことは違うナーというのは分かります。はい……』

『ねえ、佑芽。私じゃ不足なの? あなたの宿敵として私は足りない? 競技場から逃げるような、あの子(咲季)についていく必要なんかないわ。咲季の記録を超えたならそれは勝ったも同義よ』

『お姉ちゃんは逃げたりしてないもん!! それに私は、お姉ちゃんと直接対決して勝たないと勝ったとは言えないし、思えないもん。櫻良ちゃんが足りない?ということはないよ。いいライバルだし、いっぱい色々教えてくれるし』

 

 それを聞いて、櫻良は冷たい声のまま声を荒げて、睨みつけながら圧を掛けて、佑芽に問いかける。

 

『ほんとに頭の固い姉妹ねぇアンタら!!! 私は咲季を止めることはしないわ。でもね、佑芽。私が貴方を何故引き留めるのか、分からない? 本当にどうしても、ここまでの全てを捨ててでもアイドルになるというの?』

『うーん……』

 

 佑芽は考える。考えて考えて考えて考える。佑芽にとって櫻良は大切な親友であり、無二のライバルであり、ありがたき師匠でもある。ここまでの全てを捨てると櫻良は言うが、いままで積み重ねてきた櫻良からの教えや鍛えてきた肉体や技術を失うことはない。何故に櫻良がここまで必死になって止めてくるのかわからなかった。

 この時の佑芽には、わからなかったのだ。

 

『うん! 私はお姉ちゃんに勝てるアイドルになるよ!!』

 

 にこやかな笑顔でそう伝えたら、絶望と失望の混ざった顔でじっと見つめられた。答え方を誤ってしまったというのだけは、その時の佑芽にも理解できた。

 

『そう、そうなの、そうなんだ。じゃあ、もういいよ。分かった。止めない。でも祝福もしないし、認めない。ただ一つだけ、宣告しておくわ』

『……』

 

 佑芽はこんなに怖い櫻良を見たのは初めてで恐怖と混乱で、何も言葉を発することはできなかったが、その時言われた言葉は呪いのように佑芽の心臓に張り付いていた。

 

()()()()()()()、貴方は()()()()()のよ』

 

 初星学園へ来てからの姉との勝負の時に、そんな囁き声が聞こえるはずのない、櫻良の声がこだましていた。

 

 そうして、後から思い至ったのだ。櫻良はただ、私と姉である咲季と共に競技をし続けたかっただけなのではないかと、胸を締め付けるような後悔と見えていた道標を見失ったような絶望が静かに佑芽の心に確かな跡を残していたのだった。

 

 

─────そうして、ぼうっと思い返していると、声に気付く。櫻良の声ではない。自分を心配する仲間の声であった。

 

「佑芽? 大丈夫、なにか酷い顔をしているけれど。平気……ではなさそうね。今日はミーティングは良いからもう部屋に戻って休みを───」

「いいえ、星奈先輩。だ、大丈夫です。櫻良ちゃんについては、そんな感じだったということで、これからについてのミーティングをお願いします! 」

「佑芽さん......でも、やっぱり休まれた方が……」

「休む、ベストコンディションじゃないと、櫻良ちゃんには勝てないから……ちゃんと休むよ。でも、今は櫻良ちゃんとどう向き合って、今のアイドルになった私の答えを櫻良ちゃんに伝えるにはどうしたらいいかを考えたいの」

「───分かったわ、佑芽。あなたのプロデューサーである私が、花月櫻良に今の花海佑芽がどういうアイドルなのかを知らしめるプロデュースを一緒に考えるわ」

 

 その数日後、大型の1次オーディションの一つ【メロBang!】にて佑芽は、櫻良と相対することとなるのだった。

 




 ご覧いただきありがとうございます。
 櫻良から佑芽と咲季へのアドバイスに関しては、本編のどちらかのコミュ見たら、みんな一度は考えるやつですよね。

 佑芽を勝たせるなら、咲季より早くその競技に触れさせて、一般人並みまで育てたところで咲季を呼び込んで、勝負させるのが一番確実な手段だと考えました。ただし、お姉ちゃん意地を超えるにはもう一歩何か要素が必要になるのではないか、と思ってます。
 因みにこの競技ダンスバトルでは、咲季の踊りは佑芽が負けを認めてしまう出来であると、櫻良が判断したために咲季の勝ちとしました。
 実際のところは甲乙付け難いとても際どい勝負でした。

 櫻良の怒りの理由は……、プロデューサーの皆様であれば言うまでもないでしょう。

 次回、佑芽対櫻良の【メロBang!】戦!乞うご期待。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。