月の兎は、春に追い縋る 作:花海咲季のファン
3話にしてようやくタイトル要素を回収できそうです。
今回もまた、前後編に分けてお送りします。ただ、後編の方は、明日の更新になるかと思います。
後編の方は書き溜め出来ていなかったので、特急で書き上げます。
前編は前回の予告の通り、佑芽と櫻良の勝負。
後編は追い詰められ気味の初星が極月に反撃の狼煙を上げるみたいな話になる予定です。
大型の1次オーディション【メロBang!】では、複数のブロックに分かれてそれぞれのブロック毎に最優秀者を合格者とするシステムを取っていた。
その一角で、花海佑芽と花月櫻良の二人が争うことになっていた。姉の花海咲季やリベンジを望む月村手毬、仇討ちに臨む秦谷美鈴も同じオーディションに参加していたが、残念ながら彼女らとは別のブロックであった。
合同の控室にて、花月櫻良が周りを気にせず大き目のタッパーに詰めた何かをスプーンですっすっと口に運び続ける。という異様な光景が広がっており、妙に香ばしく食欲をそそるような良い香りが他のアイドル達の集中力をかき乱していた。佑芽もその控室に入って、タッパー飯を食べ続けているその友人に声をかけた。
「櫻良ちゃん! 競技用のご飯食べてるの? 相変わらず、美味しそうな炒飯だね!」
「─────、んん。あら、佑芽。今日私と当たるらしいじゃない。お手柔らかによろしくね。後、私の
「分かってるよ! 櫻良ちゃんいつも競技の前にはたっぷりの炒飯食べないと倒れちゃうんだもんね」
櫻良は、顔を赤くして、頷きながらタッパーの中の炒飯へ再度向き合う。花月櫻良には、高い運動能力や歌唱能力、学習能力があるが運動や脳を使うとき発生するカロリー消費が尋常ではないという燃費の悪さがあるため、競技の直前などにはこうして高カロリーの接種を行うのが日課であった。
大き目のタッパー一杯に詰まっていた炒飯を櫻良が綺麗に空にしたころ、控室にアナウンスが響く。
「──Bブロック、間もなく本番演技となります。出演者の方は、割り振られた受付番号に合わせて、舞台袖へ移動するようお願いします」
若干緩んでいた空気が緊張で引き締まるのを佑芽も櫻良も感じた。二人は、
「私より先を歩いているんだから、それはそれは見事な
「嫌味いうのやめなよー。それやり過ぎて、お姉ちゃんに怖がられちゃってショック受けた話、私忘れてないよ? 」
「うっさい、佑芽のモチベーションをライバルとして、高めてあげてるのよ。感謝なさい」
それは、ほんの数か月前までは当然のようにしていた、穏やかな掛け合いであった。もう少しぎこちの無いやり取りになるかもしれない、と佑芽は不安であったが言葉を交わせば、競技者だったころと同じようにお互いの緊張を解しあうという癖、あるいは習性が抜けていなかったようで安堵しながら、思い切り目の前のオーディションに向かった。
先に演技をするのは佑芽の方であった。アイドルとなった自分を示す曲『The Rolling Riceball』で審査員に活力溢れる太陽のような印象を以て、爆発的なやる気と元気で評価を大きく伸ばす佑芽の基本的な戦略だ。それを、意識的にやっている訳ではないというのが、彼女のアイドルとしての才覚である。
「あめんぼくろいな、そうでしょ!そうでしょ! ロールダンスに千手観音、いいんじゃない?! いいかんじ?! 神降臨!!」
佑芽はダンスを歌い切り、ダンスを踊り切り、今の自分に出来る全てを、自分の手札の全てを出し切ることができたと満足気に「ありがとうございました!!」と審査員の前から意気揚々に立ち去る。
櫻良を甘く見ているわけではないが、アイドルとしてのステージの場数や経験の差はそう簡単に埋められるものではない。それは、佑芽の体験としてもそのとおりであると思ったし、プロデューサーである星奈からのアドバイスでもあり、それ故に特に策を設けず純粋な自力での勝負で挑むという方針であった。
方針は正しい。というよりは、佑芽が取れる選択肢は実力勝負で勝るという以外にはない。余計な戦略を立てるより、力技で挑む方が強いのだ。
櫻良も事前に佑芽や初星の評判を落とすような真似はせず、むしろ、極月学園の他アイドルにも、そのような真似をさせないように立ち回っていた。
故に、この勝負は純粋に実力が高いほうが勝利する。もしも、櫻良が『初』でこのオーディションに挑んでいるのであれば、佑芽の勝利は揺らがないだろう。練度も歌に込める気持ちも、キレのいいダンスも、佑芽の方が水準が高い。何より
櫻良が今まで見せてきた手札だけで、向かってくるのであれば負ける要素はなにもない。しかし────
『いいえ、櫻良は【メロBang!】のような大型のオーディションでは『初』を使わないわ。もっと洗練された自分の武器を携えて勝負の舞台に立つはずよ』
先日した会議で、姉である花海咲季がそう言っていたのを思い出す。佑芽も同じように思っていた。櫻良が自分を最大限活かすのであれば、社交ダンスを模した歌と踊りをしてくるはずであると考えていた。
彼女が最も得意とするワルツ*1をベースにした歌と踊りではないか、と。
先程、控え室で彼女がモノトーンを基調とし灰色をアクセントとしたフォーマルなドレスを身に着けていた事からもその事を確信していた。
故に彼女が如何にワルツをアレンジしてアイドルとしての演技に持ち込んでくるか。その練度が最高潮だったとしても良い勝負になるはずだ、と佑芽は考えていた。
控え室に戻ると、櫻良はモニター越しに現在のアイドルの演技を見ていた。恐らくは先程の佑芽の演技も見ていたのだろうと、櫻良に声をかける。
「櫻良ちゃん! 見てた!? 私の
佑芽は褒め言葉や称賛、あるいは焦りなどを感じるような発言を期待して、演技後にも関わらず疲れを感じさせないような元気のいい声のトーンであった。
それに対して、櫻良が返した言葉は────
「見てたけど、特に評価とかはしない……いや。1つだけ言っておこうかしら、
「? ふふーん。負け惜しみかな、櫻良ちゃんがワルツで来ようとも、流石に──」
「──流石に勝てるわけないもんね、かしら。結局、貴方は、いえ。咲季も含めたアンタたちは
「??? そういうって、どういう……」
「言う意味はないわ。次の次が私の演技だから、ここで見てなさいな」
ややくすんだ灰桜ともいうべき色のストレートな頭髪を靡かせて、櫻良は控え室を後にする。その後ろ姿に佑芽は、言葉をかけることができなかった。昔から、競技直前の彼女を前にした時、なにか得体の知れない恐ろしさを櫻良から感じて、上手く話すことができないでいたことを思い出しながら、櫻良を見送った。
櫻良の舞台を実際に目にしたのは、佑芽と咲季、そして咲季の
大型オーディションということもあり、ライティングの演出もできる舞台で、セピアカラーのライティングの中、緩やかな機械式のオルゴールのような音に合わせて三拍子のリズムで踊り出す。
それは、
そうして歌唱のタイミングに入り、踊りを緩めるのだろうというタイミングでも、ワルツの動きは止まらず、動きに緩慢さは表れない。
「こんなに月が蒼い夜は、不思議なことが起きるよ」
以前『初』で見せたクリスタルボイスではなく、少し低めの重みを持った彼女の地声で妖しくも美麗に歌っていた。録音を疑うほどに声に震えや息使いが載っていない美しい歌唱に目を奪われる。
それはモニターで見ていた佑芽や客席にいた咲季たちにも衝撃を与えた。
彼女のアイドルとしての実力が低いと見縊っていたわけでは断じてない、もとより歌も踊りも一定以上の水準を超えている難敵と考えていた。
しかし、アスリートとして鍛えてきた競技ダンスの腕前が、パートナーを幻視させながらも歌を完璧に歌い上げるほどに仕上がっているものとは、アイドルとして最前線に立てるほどのものとは思っていなかったのだ。佑芽や咲季が意識を全く向けていなかった、磨き上げてきた彼女の武器がアイドルになってからの自分たちに届きうるものとまでは考え至らなかったのだ。
「『
一分半ほどたったそこで、曲も止まり夢が覚める。幻想的なダンスと歌声は観客ではないはずの審査員まで拍手をしてしまうほどの出来であったことが伺える。
今回彼女が演技する上で選曲したのは『月のワルツ』という曲で、スローテンポながらも妖しさと美しさを兼ね備えた、実際にワルツを踊る曲としてもなんら遜色のない楽曲であった。既存の楽曲であったが、櫻良は己の武器としてしっかりと仕立ててきたのだ。
アイドルとしての経験値を別の競技の経験値で補う。そういう戦い方をする
櫻良が控え室に戻るタイミングで、同じ極月に属する賀陽燐羽が声をかける。
「あら、お疲れ様。どうだった、アイドルの実際の
「人間のやることじゃあないわね、踊るだけでもギリギリなのに歌うのも合わせて行うとか狂気よ狂気」
「ふうん。そう言う割には、私が知ってるような奴みたいなギリギリの演技でもなければ、疲れているようにも見えないけど」
「演技後にぶっ倒れるわけにもいかないでしょう。控え室に戻れば、
「─────そう。それが出来るのなら、私はアンタになんにもいわないわ。いい
そう言って、燐羽は別の控え室へと去っていった。彼女の真意や思いなどについて、櫻良は良く分からなかった。分からなかったが、興味を持つほどでもなかった。
「? 変な奴。まあいいか、控え室に戻って補給と他の極月の確認をしないとね」
合同控え室に戻れば、佑芽と咲季、咲季のPが話して合っているところが目に入る。だが、そんな彼女らを気にしている余裕は、櫻良にはなかった。咲季が声をかけてきたが、スルーとシカトをかまし、自身が使用しているロッカーに手を掛ける。
そしてカバンから大き目のタッパーを二つほど取り出して、控え室の大机に置いて控えめな声で「いただきます」と口にして、一つ目を黙々と食べ始めようとした。
「待ちなさいよ!! 疲れているのは分かるけど、完全に無視はないんじゃないの! 会釈とかでいいから反応くらいはしなさいよ」
「あ、これは失礼。咲季がお世話になっているようで、何か御用ですかね。食べながらで良いなら聞きますが」
「え、あぁ、はい。えっとですね─────」
「だから待ちなさいよ!! なんで、私のことを居ない人のように扱うのよ!」
咲季が話しかけたのにも関わらず、その隣に控えていたPに櫻良は挨拶をする。そして、咲季はPが対応する前に自分を無視しようとしている櫻良へと抗議を申し立てた。
「うるさいわよ、咲季。アンタとは相手するだけ無駄だから、話したくないの。相手して欲しいなら、佑芽に完全敗北してから出直すのね」
「ぬぁんですってぇ!!」
口論に発展しそうな言い合いをする二人とその様子を間近で見る、咲季のPと佑芽はのんきに会話していた。
「お二人は、やはりとても仲が良いんですね」
「はい! お姉ちゃんと櫻良ちゃんはとっても仲良しです!」
「「どうしてそうなるのよ! 」」
そんなこんなで、櫻良がタッパーの一つ目を空にしてから、改めて会話が再開された。
「それで? 咲季は何かの宣言でもしに来たんでしょうけど、結果見てからの方がいいと思うわよ。そう言うの。純粋に他の同じブロックの参加者にも失礼だし」
「それはその通りね。だけれど、私は純粋に貴方に宣戦布告に来たのよ」
「あっそ、興味ないわ。Aブロックでのアンタの演技も見ていたのだけれど、姉妹揃って立ち止まって足踏みしているようだからね」
「っ──! 立ち止まってなんかいないわ!」
「そう思っているなら、勝手に宣戦布告なりなんなりしていきなさいよ。ただ、そうね。アンタたちが今のまま殻と思っているそれを破れないのであれば、私に勝つことは愚かこのNIAで今年のFinaleの舞台に立つことも難しいでしょうね」
「─────いい!? 花月櫻良!! 私はあなたにアイドルとして、勝ってみせるわ! 」
その言葉を聞いて、櫻良は驚いた。彼女と競技で競い合っていた頃からずっと言われていたセリフだったが、今回はそれらとは違っていた。
「……ふうん。いいじゃん。咲季、アンタようやく
「ええ、彼が私の目を覚まさせてくれた。私は
「いいよ。さっきの言葉は撤回してあげる。咲季は間違いなく殻を破れるよ。じゃあ、問題は佑芽だね」
「え? 私?」
「ねえ、佑芽。今から意地悪を言うわ。やめてって言ってもやめないから─────ずぅーっと思っていたことがあるのよ。佑芽あなた仇討ちを姉任せにして、自分は勝てないままでいいのかしら」
「っ!!!やめて! お願い、それ以上言わないで!! 」
佑芽は自分が抱えている
「良い訳ないわよね。ちゃんと自分でも勝てないと意味がないわよね。考えないようにしてたでしょ。
「やめてよぉ。櫻良ちゃん、私にそんなに意地悪言ったことなかったのにぃ」
「ええ、だからこそよ。貴方も着いて来て欲しいから言うの。私から貴方に最後のアドバイスを送るわ。一番の強敵に勝ちなさい、よ」
「……できたら、それが出来たら苦労しないんだってば!! 」
佑芽は、控え室から出て走り去ってしまった。咲季は何も言えなかった。何か言っても自分ではどうにもできない事と知っていたからだ。
「ふふ、今の貴方なら、ちゃんと答えを出して乗り越えられるはずよ」
「───櫻良。佑芽になんて言ったのよ」
「秘密。まあ、そこのプロデューサー分のハンデを埋めるための言葉よ。要件が済んだなら、私は
櫻良はもう話すことはないと、いつの間にか半分ほどにまで減っていたチャーハンに手を付けながら、モニターにて極月学園のほかの生徒の演技を確認し始めた。
咲季はその場から立ち去ったが、Pは櫻良に確認したいことがあると、櫻良と少し会話をしてから咲季の元へと戻った。
そうして、全ての演技が終了した後にオーディションの結果が出た。
Bブロックの合格者は花月櫻良だった。
ご覧いただきありがとうございます。
ということで、櫻良は健啖家もとい大食いキャラ設定なのでした。シュールな絵面にはなりますが、本人的には割と切実で深刻な悩みだったりします。
本作におけるSSDやアイドル育成ご飯、櫻良が食べていたタッパーに入っている完全食チャーハンは咲季との共同開発品という裏設定があったり。
そして、「月のワルツ」という曲は昔みんなのうたなどでも放映されていた諫山実生さんの曲になります。良いムードの曲なので聴いたことがない方は一度聴いてみてください。
元々は「回る空うさぎ」という曲がイメージとしてあったんですが、作品の現在の雰囲気的にはこちらが合うのでこちらを使用させていただきました。
さて、後編では初星学園側がやや劣勢なのもあり、反撃の狼煙として何かアクションを起こすようです。乞うご期待。