月の兎は、春に追い縋る   作:花海咲季のファン

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今回は前書きをあまり長く書かず一つだけ。
実はこの話のタイトル回収はこの後編がメインだったりします。


3話:沈淪の第二楽章(ディ·モルト·アダージョ) 後編

 花月櫻良の躍進を止めなくてはならない。それは、初星学園を含めたアイドル育成校の共通認識になりつつあった。

 極月学園の水準の上昇は、恐るべき速度で初星学園の水準を大きく突き放し始めていた。ライバル校云々どころではなく、初星含めアイドル育成校の生徒たちには極月に移籍したほうが良い成績を残せるのではないか、と言う風潮が高まりつつあった。

 憧れや尊敬した先輩がいると言うステータスよりも、実績が物を言うのがアイドルの世界だ。しかも、花月櫻良という怪物の様な超新星の極月の主力アイドルはNIA以前は無名であったのもあり、極月学園の手腕を後押ししていた。

 花月櫻良自体は競技ダンス界隈やアスリート界隈では元々著名な人間ではあった。しかし、アスリート界隈で有名とは言え中学生ではテレビに露出する機会も少なく、競技ダンスの情報に関しては調べなければ分からない程に閉じた環境である為、世間的には無名という扱いとなる。

 

 そこを961プロは、テレビ出演や動画配信サイトによる地道な宣伝によって広めていった。もちろん、オーディションの結果も大きいが、花月櫻良のテレビ受けの良さは初星学園の倉本千奈に並ばずとも劣らぬほどであった。……主に大食いや食レポの方面で。

 というのも、彼女はアスリートを辞めているわけではなかった。陸上競技の短距離走の大会でも、変わらず良い結果を残しており、競技者としてアイドルに挑んでいるという異色な姿とその努力の裏の食事量の多さや食へのこだわりのギャップがファンに大ウケしたのだ。

 

 せめて、オーディションでは勝らなければ、アイドル業界としては面子が保てない。学園運営をする事務所としての政治的な理由でも、誇り(プライド)的な理由でも、花月櫻良の演技(パフォーマンス)に現役のアイドルが勝てることを証明しなければならない。

 

「それで私に声がかかった、ということね。学園長」

「うむ、星奈よ。お前のアイドルをプロデュースするという事については、喜ばしい。しかし今は急を要する」

「えぇ、花月櫻良のことでしょう。彼女は頭抜けすぎている、学園内でも彼女の話や極月の話を良く耳にするわ」

「頭の痛いことじゃわい。とにかく、一時的にアイドルのプロデュースを離れ、次の大型オーディション【GALAXYミュージック】に向けて調整をして欲しい」

「それはつまり、彼女に、花月櫻良に一番星(プリマステラ)を、奇譚なく言えば、初星学園の最高戦力を当てないと勝てないと言っているようにも取られかねないけれど……」

 

 星奈の懸念は最もだった、花月櫻良にはアイドルとしては致命的な穴があると言うことは、既に学園長も星奈も把握していた。故に星奈が負けることはまず無いと言える。しかし、次に来るアイドルの舞台であるNIAで、既に著名なアイドルである初星の一番星(プリマステラ)である十王星奈が出しゃばってまで勝ちに行くほどに切羽詰まった状況なのか、と零れた不安でもあった。

 

「極月を止められなくなる前に、初星の一番星(プリマステラ)が極月を下したという結果があれば、現状は多少落ち着くだろうと龍正とも話し合った結果じゃ。最善はもっと早くに手を打つことだったろうが、もう後手に回っておるからのう」

「お父様、いえ。十王社長も口を出すほどに、ですか」

「うむ、100プロの方にも大きな影響が出とるそうじゃ。他のアイドル育成校も【GALAXYミュージック】では、既に名の知れたアイドル達を送り込む予定であると聞いておる。どこの事務所ももはや、手段を選ぶ猶予もないということじゃ」

 

 出る杭は打たれる。961プロの花月櫻良を潰す為に、学生ではあるがほぼ現役とも言えるアイドルたちが次に来るアイドルたちの舞台に送り込まれるというのは明らかに異常事態だ。逆に言えば、そこまでして止めに入らなければ、止めどころを失いかねないほどに、躍進しているということでもある。

 

「しかし、それをNIAの運営は認めるかしら。完全にNIAの方針から外れた場になってしまいそうだけど」

「うむ、NIA運営から【GALAXYミュージック】のオーディションでは、通常審査部門とエキシビションステージという名目での、現役のアイドルたちに今のアイドルがどこまで通用するかというコンセプトで、平たく言ってしまえば対花月櫻良専用の舞台が用意されるとのことじゃ」

「なるほど、運営としても花月櫻良はやりすぎだから、オーディション自体は合格扱いにするが、現役のアイドルたちと比較すれば平均的であることをアピールしたい……と言ったところかしら、(むご)いやり方だけれど」

 

 花月櫻良は敵を作り過ぎてしまったのだ。本人としては、そんなつもりはなかったのかもしれない。ただ、挑戦者として、アスリートとして、アイドルの舞台に純粋に挑みたかっただけなのかもしれない。しかし、大きな実績を残せば残すほど、疎まれやすく敵を作りやすいというのも芸能業界の性質(サガ)である。

 十王星奈はそれらを聞いて、ただ頷くことしかできなかった。自分が受け持っているアイドルについては、一時的に他のPに面倒を見てもらう約束を取り付けて、オーディションまでの期間を研鑽に費やした。

 

────そうして、大型中期オーディション【GALAXYミュージック】の当日。

 

 星奈は、櫻良に一言宣戦布告と、そしてよく見て確かめておきたいことがあった。

 星奈には他人のアイドルとしての素質を見抜くスカウターのような能力があった。親族内でも祖父に当たる学園長が持っている。いるのだが、学園長はあまり公言していない。なぜなら、個人基準の胡乱な測定ということを理解しているからだ。いまいち、信憑性にかけており星奈がこういう力があるのだと主張してもあまり真剣に取り合ってくれる相手は少ない。

 

閑話休題。

 

 その力を以て、花月櫻良を見た時に違和感があった。妙な歪さというか、本来であれば、もっとはっきりと数値化されるのであるが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()感じと、本来であれば、習得できるはずのない技術を身に付けていたりと謎や疑問点が多いのだ。

 

 控え室というよりは、もはや普通のアイドルの楽屋であるが、彼女の名前が書かれた楽屋を探して見つけ、ノックをしてから入室する。入れば、特に緊張した様子もない櫻良が星奈を迎え入れた。

 

「花月櫻良さん。ごきげんよう、初星学園の十王星奈よ」

「ごきげんよう、十王星奈さん。初星の一番星(プリマステラ)ということで、お噂はかねがね」

「光栄ね。『伝説の健啖家アスリート』に覚えてもらえるとは」

「────っ!!! あのぉ!! 私の食のこだわりとかに触れるいじりはこの業界の慣習なんですかねぇ!!??」

「ふふ、ごめんなさい。でも、この間のテレビで言っていたわよね。『この大食技術は体を育てるために地獄を見て習得したもの』と、私はその姿勢がとても素晴らしいものだと思ってね────」

「その後に『だから、自分の弱点みたいなものなんで、あんまり触れないでくださいネ』って付けくわえてるんですよねえ!! 都合のいい部分だけ引用するの良くないですよ、ほんと」

 

 「挨拶来る人みんな触れてくるじゃん、もう」と顔を赤らめて不貞腐れるのを見て、星奈は改めて、櫻良のアイドルと資質を視る。やはり、今この瞬間にも少しずつ少しずつ数値が積みあがっている。今丁度アイドル力の指数にして75,000を超え、なおも伸び続けている。

 

(咲季がこの前の会議で言っていたわね。手段を問わず自分の力に変わると感じたものを習得するという努力の才能、今この瞬間のこのやり取りも何かの糧にしているということかしら)

 

 分析をしながらも怒らせるつもりはなかったと改めての謝罪と弁明を重ねる。

 

「それはその通りかもしれないわね。でもね、あなたが言ったその『地獄』を私は理解しているつもりよ。自らの限界を超越するための努力は並大抵のものではないと」

「────私が言う『地獄』とあなた方が認識する『地獄』は別物だと思いますが、その敬意は素直に受け取りましょう。私を()()挑んでくれる人というのは、多くないので」

「ええ、今回は陰謀や打算が渦巻くオーディションではあるけれど、私は純粋に貴方にアイドルを見せに来たわ。花月櫻良さん、初星の一番星(プリマステラ)が貴方の欠点を教えてあげる」

「ふふ、ありがたい。本当に本当にありがたい。この舞台(ステージ)に来てよかった。皆さん私を良く分析して、良く対策を立てて、良く競い合ってくれる。こういう舞台こそが今の私には必要だったんですから」

 

 星奈は背筋に冷たいものが走るのを感じたが、それを表情や仕草、相手に悟らせるようなことはせずに余裕を見せて振舞う。目の前に怪物がいるように思えた、自分たちが至極大切にしてきた技術や才覚を全て呑み込んできそうな貪欲な怪物。処刑にも等しい行為に晒されるというのに、全く意に介していないような態度。どころか、逆に現状を儲けモノと喜んでいる好戦的な姿勢。

 こんな競技者(アスリート)を相手にしていたという事実が、咲季や佑芽が櫻良をあれだけ高く買っていた理由に繋がり納得した。

 

「最初に私の演技から始まって、その次に貴方の番に回るからきっと一番の比較対象になりますね。今回は勝ち負けとかはないので、お手柔らかにお願いします」

「豪胆ね。私は手を抜くつもりはないわ。その必要も貴方にはないでしょうに」

「そうかもしれませんね。それでは、リハがあるのでこの辺で」

 

 そう言って、黒と白のモノトーンなフォーマルドレスでカーテシー*1を星奈にしてから、その場を後にする。

 後に残された星奈はそれを見送ってから、ふぅーっと息を吐き、疲れたように首を軽く振って一言零す。

 

「全く、お爺様も難敵を押し付けてくれたものだわ」

 

 【GALAXYミュージック】の通常審査部門では、花海咲季、秦谷美鈴、白草四音、藍井撫子などが合格者として発表され、初星と極月の間の戦績は五分と五分といったところであった。極月学園の生徒たちからの妨害は特にない状態でのこの結果であったため、極月学園の底上げの成果が見て取れる。

 そして、問題のエキシビションステージでは、まず花月櫻良の演技から始まった。楽曲は【メロBang!】でも使用していた『月のワルツ』であったが、咲季は踊り初めの時点で感じ取った。練度と精度が明らかに上がっている。優美にしかして大胆に舞踊としての完成の極致に近い仕上がりだ。魅せるように、心を奪うように、ステップとターンを駆使する。透明な男役(リード)の幻視がよりはっきりとくっきりとしているような気がした。

 歌もより洗練されており、以前よりももっと穏やかにしかして、重さを纏うような重厚な響きが観客たちの脳と心を揺らす。美鈴は、その歌い方から自分が歌っているかのような要素を感じ取った。

 

「タキシード姿の、うさぎが来て、ワインはいかがと、テーブルへ。真っ赤なきのこの傘のしたで、踊りが始まる」

 

 そのフレーズを終えた後に、軽い跳躍を行う。だが、すぐには着地せず、舞いながらゆっくりと静かに着地した。その滞空時間があまりに長い跳躍はリードに支えられ掲げ上げたような不思議な錯覚に見入ってしまう。以前の演技ではなかった演出だ。

 さらに前回1分半で終わっていたところから、音楽は続き踊りも継続されている。

 

「睫毛の長い蝶々たちが、シフォンのドレスでひらひらと、虹色タイツのかぶと虫は、剣のダンス」

 

 優美で美しいダンスに穏やかな曲調と麗しい響きの歌声は、まるで歌劇のような心を刺激する演技に進化していた。

 

「『月の(チャンドラ・)宮殿(マハル)』の王子様は、貴方に似た、瞳で、笑う」

 

 そこで音楽が止み、カーテシーをしたのちに胸に片手を当てもう片方の手を観客の方へ振って、観客への礼を払い退場していった。

 咲季は、自分と櫻良のいる場所の距離を改めて再認識したのだった。

 

 そうして、準備として少し経った後、次に出てきたのは初星学園の一番星(プリマステラ)、十王星奈であった。装いは軍服を模した帽子に広く黒いマントの衣装、ステージに設置された大型の旗。今回のこのエキシビションに彼女は『Our Chant』という最近発表した曲を披露するのだ。

 

「私のライブを始めるわよ! みんな、ついてきなさい!」

 

 楽曲を始める前に、観客の歓声を浴びながらも、観客に自身のライブが始まることを呼びかけて、櫻良の創り出した空気を一新していく。そうして、やがて壮大な音楽が流れ始め、自身の神々しさを見せつけるようなダンスを踊り始める。

 

「近すぎる、空の下、炎を抱いて」

(終わらせれば楽になる? 楽になるため生きているわけじゃないのにさ)

 

 その歌は、その踊りは間違いなく観客に向けられていた。ファンと見てくれている人たちに、そして己がアイドル(ライバル)たちに激励を込めた歌い方だった。

 

「遠く光る、あの瞬きに、気付いたとき、笑えたの」

 

 ステージの端からは中央にゆっくりと歩み寄り、そうして旗を背負い正面を見据える。その所作の一つ一つが観客へのファンサービスに溢れていた。

 

「Now, Seize the glory again. 」(望むのならば)

「覚悟だけじゃダメ」 (振り向かずただ)

「当たり前の重圧(プレッシャー)と踊るの」(We can be gettin' the high.)

 

 ここからは旗を背負いながら、観客をのぞき込むように歌を歌いあげ、観客と共に場を盛り上げていく。

 

「顔を上げて、共に歩め」

 

 やがて演技は終わった。見ていたらいつの間にか心を奪われて、目が覚めるように終わった櫻良の演技とは違い。会場を盛り上げて、エキシビションで演技する後続のアイドル達も奮い立たせた。

 

 点数での競い合いや合否による格付けがあったわけではないが、ライブでの観客の満足感で言えば十王星奈が勝っているのは間違いなかった。

 

────しかし、それは逆に毒にもなりえたのだ。十王星奈クラスの傑物でなければ、花月櫻良の領域には追い付けないのではないかという不安。同じ括りのステージで発表されたことで、自分たちではやはり届かないのではないのかという緩やかな諦観が初星学園に伝播していった。

 

 結果的に言えば、961プロの躍進は停滞を見せた。大局を抑えて制することはできた。しかし、その代償はあまりに、あまりに重いものであった。

*1
ヨーロッパの伝統的な挨拶。片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたままスカートのすそを持ち上げてお辞儀をする。




反撃の狼煙は上がりましたが、しかして遅すぎた。
もっと早くにこれを行えていれば、櫻良の演技の完成が間に合わず、なんだ超新星のアイドルとはいえ大したことないじゃんで済んでいました。
しかし、対応が後手後手に回った結果に、各事務所からの主戦力級の刺客たちと並んで遜色があまりない演技で張り合われてしまったために起こった事故です。
(ファンサや客意識などは既存のアイドルの方が高いに決まっているため)

また、櫻良のアイドルとして致命的な弱点とは、ファンサが全くなく見世物としての芸術を表現することしかできていない点。だったのですが、まあ今回でしっかりと学習しました。

故に本格的な反撃は次回となります。負けたまま終わるわけがない歌姫がいますからね。
乞うご期待!

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