月の兎は、春に追い縋る 作:花海咲季のファン
四話後半です。満足行く出来になりました。
歌姫手毬のリベンジ、咲季と四音の前哨戦、そして覚醒佑芽の追い上げという流れになります。
結果は最後にまとめて発表という形なので、ハラハラしながらご覧いただければと思います。
【Quartet】は、大型オーディションの中でも、特別な立ち位置にあった。大前提として、NIA公式のファン集計投票アプリで一定数以上のファンに投票されていること。そして、参加アイドルは今までの大型オーディションなら2つ以上、通常オーディションなら5つ以上合格を獲得しなければ、参加出来ない。
これほど厳しい基準を設ける理由は、このオーディションで合格すれば、NIAの最終オーディション【Finale】への
ここを勝てば、総合優勝まで半歩先という現実が、控え室のアイドル達に強い緊張を強いていた。その中であまり緊張をしていないアイドルが2人、オーディションの前に会話を交わしていた。そして、珍しいことに櫻良はタッパー飯を控えているようだった。
「アナタ、炒飯食べなくていいの? 腹減りが原因で力を発揮しきれないとか許さないよ」
「
「はぁ? それ体重とか
「……知らないんなら、あまり触れてこないで。集中乱れるから」
食事量が体重や体型にモロに、影響してしまう手毬にしてみれば、身体に食事量がほぼ影響していないような櫻良は羨ましい体質であったが、星奈のように事情まで全て追える程には把握できていなかった。
「月村さん、すこしミーティングを」
「あっ、プロデューサー。ふん、前回のあれはただのマグレってこと教えてあげるよ」
「ええ、それは私が一番分かってるから、さっさと行きなさいよ」
手毬のPから声がかかり、手毬は櫻良に宣戦布告をしてから、その場から離れる。その場の緊張感が別のベクトルのものに変わりつつ有ることには気付かないままに。
「まさか、オーディション前にいきなりトラブル起こしかねない状況にしているとは、なんというか流石ですね」
「え、えぇ? 私、ライバルに発破かけてただけなんですけど……」
「月村さん、彼女の食や食事量については、何も知らないんですか」
「何か大食いとかいう、アイドルらしからぬことをしてるのは、テレビで良く見るかな。食レポも上手というのは知ってる」
「月村さん、ここからは声を少し控えめで────ということです」
「え……わ、私そんなつもりは、というかなんで教えてくれないんですか!!」
「声は控えてくださいって、彼女自身公表してますし、あまり触れないでほしいとも言っていることなので周知なことから、貴方も知っているものと思っていました」
「知らなかった私が悪いって言うんですか!!? 」
その逆ギレで更に白い目を集める。悪目立ちだ。一度、廊下に出て落ち着かせようかと判断を実行しようとしたそのタイミングで、櫻良本人の鶴の一声がこちらへ飛んできた。
「いや、貴方が悪いでしょうよ。周知してるんだから、把握に努めてよ。後、簡単でいいから謝罪を要求するわ。それでこの件は手打ち」
「花月さん、この度はうちの月村手毬が、ご迷惑おかけして申し訳ありません。今後はしっかりと密に情報共有しようと思います」
「なっ、プロデューサー……! 」
すっと手毬のPは頭を下げて謝罪をする。そしてようやく、手毬も周囲の視線に気付いたのか少し固まる。
「騒ぎを大きくするのは、私も本意じゃないから。苦労しそうね、その子のプロデュースは。じゃあ、私次リハーサルだから」
「ええ、配慮ありがとうございます」
櫻良は控え室を後にする。集まっていた視線が、騒ぎは収まったと散っていく。手毬とそのPはほっと胸を撫で下ろして、ミーティングが再開される。
「とにかく、オーディションまではいつものように音楽を聞いて大人しくしていてください。リハーサルの順番と花月さんの演技のときは声を掛けますから」
「──っ!!っっ!!!……はい」
手毬はどこか不満気で抗議をしようとして、辞めた。櫻良の言う通り今回は全面的に手毬の落ち度である為、何も言い返せなかった。この後、気合が入りすぎた手毬によるリハーサルでの全力演技などのハプニングもあったが、ここでは割愛する。
そうしてオーディション本番が開始された。演技の順番としては、花月櫻良が先に演技をして、月村手毬の演技が後という形であった。手毬はリベンジの意味も込めて今回は『アイヴイ』を演技するつもりであった。櫻良の演技の番となって、その演技をモニター越しに見る。また、愚直に『月のワルツ』を演技するのであれば、正面から叩き潰すだけだ。
今回、手毬は【Quartet】に合わせて
しかし、櫻良の今日の衣装は
よろしくお願いします、と一言述べてから。スタンダードホールドのフォームを取る。以前と違うのは、同じ背丈ほどの真紅のドレスを着た人形を抱えていることだ。黒と紅のコントラストが映えている。曲が始まる、どこかで聞いたことがあるような情熱的かつ物語をこれから語り上げるようなドラマチックな曲調だ。
「風の中の
『地上の星』かつて、高度経済成長期の名もなき英雄たちを紹介する番組で使われていたテーマソングである。そのリズムに乗って、今回は情熱的なタンゴ*1を踊り上げる。鋭くスムーズに燃えるような動きを切り出したかと思えば、ピタリと静かに炎が立ち消えたかのように静止する。その完璧とも言うべき「静」と「動」のコントロールは紅いドレスを纏った人形もまるで生命が宿ったかのように、キレの良い踊りを魅せる。
「つばめよ、高い空から、教えてよ、地上の星を」
「つばめよ、地上の星は、いまどこにあるのだろう」
前回まで歌っていた歌い方とは、全く異なっていた。ブレスや息遣いを強く主張し、少し荒い息遣いを感じさせる。強い感情を込めて歌っているようにも見えた。
しかし、少し物足りないと手毬は感じた。迫力がないわけではないし、勢いも素晴らしいが、何か欠けを感じる演技であった。
そうして今度は、手毬の番である。ここに載せる想いは先程の屈辱と、謝意そして何より、前回の敗北による復讐心であった。例え、今回櫻良が別のブロックだとしても完璧な「アイヴイ」を意趣返しとして見せつけるつもりだったが、同じブロックであるのなら、ここで勝ち切ってみせる。
「息を忘れてしまうくらいに、心に絡まるアイヴイ」
「過去が絡まりあって、ほどけなくなってんだ」
その演技は歌姫と呼んで差し支えないものだった。激しい踊りをみせるような演技ではない。踊りよりも歌がメインと言える。しかして、圧倒的な歌声と歌唱能力は並大抵のダンスよりも激しいものであった。
「息を、忘れてしまうくらいに、心に絡まるアイヴイ」
「夢現あたしはバリアシオンに舞って、ひとりきり」
リハーサル同様に、否それ以上に激しく感情をたっぷりと乗せて歌声を響かせた。
Aブロックの櫻良の演技を見て、Bブロックに出場する白草四音は歯痒い想いをしていた。櫻良が全力を出し切れていないことに気付いたためである。極月で追い続けた彼女の演技はこんなものではないのに、後で問い詰めなければ気がすまなかった。
「やはり、ね。櫻良はファンサを極力省いた演技だわ」
「咲季さんの想定通りでしたね。しかし──」
「想定通りですって? いいえ、見込み違いです。彼女はアイドルになる努力をしていました。何らかの理由でそれが発揮できなかっただけです」
同じくモニターで演技を見ており、感想を零した初星の有力候補の一人花海咲季とそのPの見当違いの言動に釘を差した。ただ感想を漏らすだけなら、聞き流したが侮辱的とも言えるその勘違いを正さないということは出来なかった。共に地獄を歩んだ者として、それだけは否定しなければならなかった。
「貴方は、極月の……そう、白草四音。確か、前回のオーディションでも、櫻良の演技に近い演技をしていたわね」
「えぇ、確かに本番での演技が全てというのは、その通りです。否定しません。しかし、彼女には余計な
咲季が四音を把握しているように、四音も咲季を把握していた。最もその名を覚えた理由は、月村手毬の名乗り方の問題によるものがあったが。櫻良の標的らしいことやアスリートとしての元ライバルであったことなどは把握済みであった。
「──そうね。私はまだどこか、櫻良を測りきれていないかもしれないわ。でも、今分かる確かなことは、貴方を倒さなければ、櫻良に届くことはないということよ」
「あら、よくお分かりになっているじゃないですか。それが不可能であると言うことまでは、理解できていないようですが」
咲季はそこで、四音の身に着けた衣装が
「まさか、そんな。あれは、櫻良だから出来る演技じゃ……」
「ええ、ええ。分かります。正気であのダンスを習得できるはずはないと言うんでしょう? だから、私とうに正気では無いんですよ。散々振り回されましたが、昨日ようやく追い付けたんです」
燐羽や仲の良い撫子にすら、正気を疑われた地獄の特訓は、しっかりと実りを齎していた。精度こそ、櫻良には及ばないが間違いなく彼女のタンゴに合わせられる程に高精度のスタンダードダンスを四音は習得したのだった。咲季はそんなはずはないと、出来るわけがないと思いたかった。しかし、自分たち姉妹に当てはめて考えれば不可能ではないことは分かりきっていた。
「……っ! いいえ、関係ないわ。貴方がどれだけ強敵だろうとも、私は私に出来る全力を出すまでよ」
「ふん、ええ、いいでしょう。初星の有象無象の一人として貴方も踏み潰して差し上げます」
その啖呵の切り合いをし終えたタイミングで、Bブロックの咲季の演技順が巡ってきた。
先程の白草四音とのやり取りは、咲季の心を大きく乱したが、それを演技に反映させてしまうことはない。何故ならば、今回のこの【Quartet】で用意した楽曲は『Fighting my way』。自分が最も得意とし、今の自分を強く示した曲だ。この曲で争うからには、負けられない。今の自分の最大にして最強の武器であり、この楽曲以上のものは用意できない。もちろん、初星の伝統曲『CampusMode』も選択肢としてはあるが、咲季が自分のものにしている中で最も信頼と自信のある武器はこの『Fighting my way』であった。
「Now I'm Ready,I'm Ready to go.花が咲く時が来たんだ」
「Are you Ready? わかるでしょ、やってみせる。Make a through」
アップテンポな曲調に合わせて、バチバチにキマったダンスを魅せて行く。今までのオーディションでもこの『Fighting my way』は何度も披露してきたが、今日この時の『Fighting my way』は改心の出来であった。
「I'm fighting my way.I'm fighting my way.」
「夢の未来、Ay-ay信じて進むだけ」
「誰にも絶対、負ける気なんかない」
「君に見せたいの彼方の、景色を」
この歌は咲季自身に勇気と活力を、闘い立ち向かうための意思をくれた。自分で歌って演技しておきながら、それ自体に勇気を貰うというのは少し不思議だが、それは間違いなく事実なのだ。この曲を歌って演技している間は、自分は無敵でいられるような気分になるのだ。
まもなく花海咲季の演技は終了した。全力で本気の歌と踊りであり、これを越えられることは早々無いだろうと自負していた。
──白草四音の演技が始まるまでは。
『地上の星』のドラマチックな曲が始まり、櫻良と同等かそれ以上に激しいタンゴが始まる。そして歌も、上品かつブレスや息遣いも感じられる素晴らしい出来である。
「風の中の
櫻良の演技と比べれば、確かに多少見劣りはするだろう。しかし、明確な差を感じた。櫻良の演技と四音の演技は明確に別の物であった。気品さと優雅さ、そして何より強い熱量が歌に籠もっていた。踊りも人形に本当にリードされているかのように、華麗に美麗に燃えている炎の様なキレとそれをその場に固定するようにスンと止まる抜群のストップは、見るものを圧倒した。
「名だたるものを追って、輝くものを追って、人は氷ばかり掴む」
そこまで歌って、曲を数秒ストップさせ、四音と人形の動きもピタリと止まる。この静の数秒は、緊張を走らせて張り詰めていく。そして、曲と共に再始動する。
櫻良はこの演出を四音に託した。櫻良が魅せる演技では、きっとここまで映えるものにはならないと考えたからだ。上品さと気品さを保ち続けたからこその美しさである。櫻良は人情味と泥臭さで魅せる選択をしたためにこの演出は使わなかったのだ。
「つばめよ、高い空から、教えてよ、地上の星を」
「つばめよ、地上の星は、いまどこにあるのだろう」
演技が終了すると同時に大きな拍手が場を支配する。
咲季は、その演技を見終えた後、自分のPに弱音を零した。
「どうしよう、プロデューサー。私、櫻良ばかり見ていたのかもしれない……今の演技に勝てる気がしないわ」
「咲季さん、怖がる必要はありません。私は貴方の演技の方が素敵で素晴らしいものに思いました」
咲季はその励ましを有り難く、受け止めた。圧倒される演技であったことは間違いない。だが、悲観的に受け止め過ぎたかもしれない。それが考えすぎでないことを願うばかりだった。
それらの演技を全て見て、フンスと佑芽は息を荒げた。それ以外のアイドルたちの演技も、皆水準が高いものだ。こんな素晴らしい舞台で、出し惜しみする余地などあるものか。
「櫻良ちゃん……ありがとう、私はまだまだ、もっともっと強く成れるよ」
「あら、佑芽さん。いつものように、いえ。いつも以上にやる気に満ち溢れているようですね」
「美鈴ちゃん!!」
Cブロックにて、これから争うと言うには佑芽と美鈴は余りにも呑気な雰囲気で会話を交わしており、同じ控え室にいた
「あらあら、初星の三流アイドルさんたちじゃありませんの」
流石に五流と評するには、実力も実績もある相手であったため日和った挑発であったが。そして、その呼びかけを美鈴は華麗にスルー……というか、自分たちを相手に話しているとは考えていなかった。
「佑芽さんが相手となると、私も気を抜いていられませんね」
「なぁ!? 無視とは、やはり初星の方々は礼儀もなっていない三流ですわね」
「……? もしかして私たちのことを指して、三流と仰っているのでしょうか。だとしたら、その目、節穴もいいところですね」
「ピェッ!!?」
美鈴の軽く圧のある笑みからの言い返しによって、蛇に睨まれた蛙が如く、悲鳴をあげ恐怖で固まってしまう撫子。その二人を見据えて、佑芽は宣戦布告をした。
「ふっふっふっ、今日は美鈴ちゃんにも藍井さんにも、そしてこの場の誰にも負けないよ!! 私、『一番の強敵を倒して』からここに来たもんね!」
そのセリフによって、控え室の少し和やかであった空気が、ピリついたやや重い空気に変わる。
「ふふ、佑芽さん。りんちゃんのレッスンを受けていたと、星奈会長から聞いています。それで自信がついたんでしょうが、今日。勝つのは私です」
「いつも通り傲慢だぁ!! でも、それでこそ美鈴ちゃんだね」
「ふ、ふん。三流アイドル達になんて、負けませんわ」
Cブロックの演技過程は多くを語る必要はない。
オーディションを観覧していた他のアイドルのファンや観客たちにも強烈に花海佑芽というアイドルを灼き付けるほどの凄まじい演技であった。
やる気に満ち溢れたダンスのキレ、元気よくハキハキとした歌声、この【Quartet】のすべてのオーディションを含めても一、二を争うほどの爆発的な熱量は、これが【Finale】本戦であったのなら、佑芽の優勝は間違いなかったであろうほどには鮮烈な演技であった。
そうして、各ブロックごとの結果が発表された。
Aブロック合格者:月村 手毬
Bブロック合格者:花海 咲季
Cブロック合格者:花海 佑芽
Dブロック合格者────
DブロックとEブロックの合格者はそれぞれ初星や極月ではない他校のアイドルであった。このオーディションに触発された全てのアイドルはようやく火が着いた。落ち込んでいる場合ではない、負けていられない、と。
最終オーディションの【
咲季と四音のBブロックで咲季が勝ったのは、学P補正により佑芽と同じく過去の自分に打ち勝った故となります。
それ以外の結果については、某卓球の漫画でもあるように、圧倒的な努力に裏打ちされた才能に最適化されただけの努力は敗れ、努力を伴った圧倒的な才能には誰も太刀打ちできないの構図です。努力が才能に勝つには手段を問わない覚悟が必要になってくるということですね。
次回も前後編に分けて、前編では準備と予選の様子を。
後編では、本戦と決着までを描きます。
次回! 決戦【Finale】!! 乞うご期待!
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