月の兎は、春に追い縋る 作:花海咲季のファン
本当にお待たせ致しました。ただその分、納得のいく出来の内容となりました。
後編は来週も用事が詰まっているので、また再来週にさせていただきます。
その後、最終話を投稿という流れにしようと思っています。
また、今回の櫻良の曲選はえらく悩んで熟考に熟考を重ねて絞り出した曲になります。
解釈違いとか、他にコレがあっただろうと思われる方がいるかもしれませんが、まあ取り敢えずご覧いただければと思います。
【Finale】の当日には、ファン得票率の上から【Quartet】での合格者の5名を除いた50名全員が参加していた。
この50人を10人ごとのブロックに分けて、各ブロックから本戦へ1人ずつ進む事ができるのだ。
極月で上位50位に入った者はそれなりにいたが、この【Finale】に於いては参加者のアベレージが相応に高く、最も有力な花月櫻良と白草四音の2人が同じブロックに入ってしまったのは、悲劇的と言えよう。
そんな中、控え室に、本戦での優勝候補の2人である花海姉妹が櫻良の様子を見に来ていた。とはいえ、普通に目立つ上、他の参加者達の集中を乱しかねないことから、控え室から出て話すこととなり、櫻良は若干げんなりしながら、自らが追いかける強者達に目的を問うた。
「何の用よ。今更、本戦にも至っていない私に話すことなんてないと思うのだけれど」
「いいえ、あるわ。大ありよ! アナタ、本気で言ってるの!?」
「怒り心頭過ぎて、言葉足らずになっているわよ。深呼吸してから出直しなさい。それからその問いに答えてあげる」
「櫻良ちゃん。NIAが終わったら、アイドルをしばらくお休みするって話は、本当なの? 」
「佑芽……、えぇ。元々そう言う契約だったし、あなたたちに追い付くために取っておいた、最後の
櫻良は咲季の憤慨には取り合わず、佑芽の困惑と僅かな非難が入り混じる声に応えた。この2人がこうして押しかけてくることは、【Finale】の数日前にアイドルとしての歌と踊りは無期限休業とすることを発表した時から分かりきっていた。このNIAの期間中で目的を果たせないのであれば、そこですっぱり諦めが利くし、数ヶ月の間とは言え、アイドルとアスリートの兼業は櫻良を以てしても、無理を強いて乗り越えて自転車操業で何とか成り立たせられたことだった。
しかし、そんな事をこの2人に教える義理はないのだ。と言うか、この2人だけは櫻良にその点において文句を続けることは出来ない。
故に、櫻良の嘲るかのような、恨み節をぶつけるかのような一言に花海姉妹は口を閉ざす事となった。
「私のこの行為が酷いだとか、ファンをなんだと思ってるのかとか、アンタらには言う資格はないわ。先に
「「……っ!! ぐ、ぐぬぬぬぬぅ!!」」
櫻良に対しての強い負い目、彼女を置いて自分たちだけ別の舞台へと去ったこと。その傷を怒りや困惑、驚愕などで塗り固めて棚に上げていたのを、棚ごと粉砕するように叩き付けられる。その様子に腹を据えられたのか、微笑んで控え室へと戻ろうとする。
「ま、いいわ。言い返せない分、反省はしているようだから。精々、自分の演技に向けて集中力を研ぎ澄ましておくことね」
「い、いや。待ちなさい! まだ話は終わってないわ。伝えるべきことがまだ────」
「櫻良ちゃん! あのね、私たち櫻良ちゃんに────」
櫻良は最後までその言葉を聞かずにその場を後にする。何を言うつもりかは大体想像できた。だが、それを受け取るのは今ではない。もうすぐ自分の
控え室にもどれば、四音が一瞬こっちを睨み付けるように見て、直ぐに視線を逸らした。彼女にも散々色々怒鳴られたものだ。しかし、今日の【Finale】予選の組み合わせを知らされてからは一言も交わしていない。もはや、共闘する間柄ではなく、最後の舞台に立つことを争う敵なのだ。
そして、アイドルであるならば伝えたいことは演技の中でということなのだろう。
であれば、と櫻良は思った。私もこの歌を決別の儀とさせてもらおう。本戦の曲は私の──花月 櫻良のエゴを叩き付けるだけになるから。
櫻良の衣装は光をも呑み込んで鈍く反射すらしないような純黒のドレス。それを纏って、ステージ中央に佇んでいる。今までの踊りは一貫してスタンダードダンスをそのままに、観客に踊り舞う姿を注目させ、他人の目を意に介さずただ美しいものを提供するというものだった。
ファンや観客は当然のようにそれを期待した。この前の『地上の星』のタンゴか、それとも『月のワルツ』で原点回帰のワルツを仕上げてきたのか。何にせよ、
────やや古い緩やかで若干のノイズが混じったオルゴール曲がその期待の全てを否定した。
一部の観客は絶句して戦慄する。それは、
最初に緩やかな音楽に合わせて、ワルツのようなステップを踏む。しかし一人でスタンダードダンスを踊るのではなく、それを模したダンスだ。非常に緩やかにそれはタンゴのような情熱さを帯びていく。そして音楽に、櫻良のおそらく録音されたであろう声がかかり、音楽がどんどん減速して踊りもそれに合わせて静かに止まる────かと思われた次の瞬間。爆発的な曲と共に歌と駆け回るような踊りが始まった。
(モウ、イチド、ダ、ケ────)
「ボクは生まれそして気付く所詮ヒトの真似事だと知ってもなお歌い続く
「だけどそれも無くし気づく人格すら歌に頼り不安定な基盤の元帰る
それは、とある架空の歌姫の別れを告げる一部界隈では伝説ともされる歌。人間に歌うのは困難と言われるサビを超高速で曲に合わせて歌い切らなければならない難関曲。そして、それは同時に自身の存在を
合わせて踊っているのは、スタンダードダンスではない、がステップと踊りのキレからそれは、クイックステップ*1を模したものであろうと、審査員は判断する。その組み合わせは確かに噛み合いがいい。テンポの速い曲にテンポの速い踊りは良い選択と言えよう。
────それが、人間になせる
間奏のダンスは歌っていた時より控えめに、その場からは動かないような形で魅せているが、それでも激しい運動であることには間違いない。最初の演出以降、全て歌詞を彼女の口から歌っているとするならば、あの激しいダンスの中でこの激しい歌を噛まず、詰まらずに歌い切ったことになる。とすれば、もう彼女がこの曲を歌いきれたなら合格とする以外にない。それはもう、トップアイドル並みの異常性と実力を示したことになるのだから。
「信じたものは、都合のいい妄想を、繰り返し映し出す鏡、歌姫を止め、叩き付けるように叫ぶ」
「〈最高速の別れの歌〉」
比較的先ほどより緩やかなリズムから、サビの高速の歌唱に再び入っていき、踊りもどんどん激しくなっていく。その歌には強い熱量があり、聞く者の目を離せないように強いてくる。まだ、まだ出来ると言うような想いがひしひしと伝わる。そして、櫻良のことを知るファンたちは彼女の身体が危ぶまれるのではないかと不安が走っていた。
「存在意義という虚像振って払うこともできず弱い心消える恐怖侵食する崩壊をも止めるほどの意思の強さ」
「
と、その崩壊は急に訪れた。曲がドゥーンという音を立ててフェードアウトしていく。そして、櫻良の動きもぴたりと完全停止する。審査員を含めてすべての観客が、ドクリと心臓が跳ね上がる。
ここが彼女の限界なのだ。これ以上は体力と肉体疲労の限界で現在の彼女では最後までは至れなかった。故に申請していた演技は最初からここまでとしていた。これ以上ができないのなら載せない、例え別れが中途半端なものに感じられてしまったとしても。その不完全さこそが、櫻良に必要だったアイドルとしての
花月櫻良のアイドルとしての演技力の粋が十分に発揮された演技と言えよう。
櫻良は疲れた体で何でもないように振舞うのは慣れていた。汗はびっしょりかいてしまっているが、演技の最後に一礼をと、姿勢を正して、非常に緩慢な動きで体を震わせながら礼を行った。さすがに今回ばかりは何でもないようにというのは無茶だったようだ。
少ししてから、その礼に万雷のような拍手と歓声が響いた。実のところ、櫻良はこれでいいのかと思い悩んでいた。魅せる演技であるのなら、欠陥のない完璧なものであるべきではないのかと。
しかし、その観客たちの反応で、
櫻良に最初の拍手を送ったのは、花海姉妹であった。2人は気付いてしまった。あの櫻良の演技の先に用意した彼女の補助輪がなんであるのか。いや、きっと櫻良にとっては補助輪ではなく、
故にこそ、感謝と受けて立とうという心持ちで割れんばかりの手を腫らすかもしれないほどの拍手にて櫻良の気持ちに応えたのだった。
控え室にて、その演技を見ていた四音にいつの間にかそこにいた月花が声を掛ける。その声は穏やかで諭すような、棘の抜けた声であった。いつもの厳しさが抜けて純粋な困惑が混ざりながらも事実を淡々と告げる。
「辞退しろと言った理由はあれだ。我が妹よ、お前が手にした武器は尊いし、それを育てたあの
「ああ、居たのですね。お姉さま。では逆に問います。
底冷えするような、穏やかな返答だった。モニターからは視線を外さず、じっと櫻良の映し出された様子を見つめている。しかも、今までのように月花に対しておびえた様子を見せないどころか、怖気ることもなく月花に反抗の意を突き付けた。
「ふ、そうだな。そうだった。お前はそうはならない、とどこかで思っていたのかもしれん。姉妹なのだから似るというもの、か」
「ええ、きっとそう。私としては屈辱的ですが、結局のところ
「そうか、ならばもう止めまい。行ってこい」
櫻良の演技の後の同じブロックのアイドル達の演技は突出するものがなかった。水準は高い、素晴らしい演技ではある、しかし相手が悪すぎた。このブロック最後の演技者である白草四音もそれは同じであった。しかし、他の演技者たちとは一線を画していた。
純白のウェディングドレスを思わせるその装束で、白いタキシードを纏った首なしの人形を携えて、舞台に立てば、何も語らずにホールドのポジションに着く。それは、花月櫻良の演技を後継することを宣言するかのような佇まいであった。曲は『地上の星』ではない、あれではこのドロドロの内側を表現できない。
曲のイントロはサイケデリックな打ち込みから始まり、ポップでアップテンポな曲調へと変化していく。曲と共に人形と共に駆け回るようなダンスをする。人形はリードするのではなく引っ張られて、振り回されてしまっている。櫻良と同じクイックステップのスタンダードダンスをするのならば、相手は人間でなければこうなってしまうのは目に見えていた。
しかし、それは四音の狙い通りだった。無理矢理、人形の武骨なステップと噛み合わないのがいい。この人形は
「充電器を貸して!またあなたのせいであたしすり減った、終電見逃してまたあたしのせいで帰れなくなった」
「繋がっていようね、消耗戦に持ち込んで、お互いに足を引っ張ったアオハル沈殿した思い出でずうっといっしょ!」
その歌は櫻良のほどではないが、高速の歌唱であった。心に貯まった膿をドロリと吐き出すように歌いあげるその曲の名は『ずうっといっしょ!』、強く重い執着をポップな曲調で魅せる歌である。
四音のその表情は高揚して恍惚としていた。この踊りの時間を楽しむかのように、狂ったようにクイックステップで人形を振り回す。相手の動きやペースを考えない、自分勝手なそのダンスは、何故だか目を離すことができなかった。重い執着と泥沼のように底の無い渇望は、観客の心を強く抱いた。
「参観日にだって誰からも見られていない気がしたんだ」
「散々シニカって昼の街に期待しないようにしたんだ」
歌のタイミングでは踊りは緩慢に、観客には表情を見せないように、人形で隠したり、観客から顔を背けたりで不気味さを醸し出す。
「そうやって守った孤独さえめちゃくちゃになった」
「あたしいつだって死にたくて仕方ない、こんな顔だいじにしたいと思えないもん」
そう、花月櫻良が居なければ、こうはならなかった。こんなに強くなれなかった。そして、姉である白草月花が居なければ、この曲で歌おうとなんて考えもしなかった。彼女たちの
分かっている。こんな演技じゃ勝てない。こんなエゴでは、精度ではまだ足りない。届かない。それでも、ぶつけない理由にはならない。
「あなたの一生の後悔として添い遂げるよ」
「Q. 大切なものって、なあに? A. 今失くしたそれ」
「あたしと間違いを犯しちゃったんだ、取り返しがつかないね」
「健やかなるときも病める時も他の誰かと眠っていても、お揃いの悪夢でずうっといっしょ!」
歌い切ってから、曲が止まるまで、ステップを踏み続けて、曲が止まるタイミングで人形を抱きしめて、演技を終わる。間違いなく、高水準の演技だった。文句なしに予選通過が出来得るレベルだ。────花月櫻良と同じブロックでさえなければ。
櫻良は控え室にて、エネルギー補給のタッパー飯を食べながら、モニター越しに四音の演技を見た。そして一言、消え入るように囁いた。
「ごめんね」
────花月櫻良、【Finale】予選通過。
ということで、予選は櫻良の勝利です。この後本戦までやれるのか、とご心配になるでしょうが、そこまで計算した上でのあの演出でストップという感じになります。
あとは炒飯という名の回復薬が何とかしてくれます。
ここで櫻良に歌わせる曲は死ぬほど悩みました。クイックステップを模したダンスを踊らせるという設定だけ最初に設けて、選曲で地獄を見ました。遅れた理由の6割くらいがこの選曲が確定しなかったことに由来します。
他候補としては、YOASOBI氏から『ハルジオン』や『三原色』、TOOBOE氏から『春嵐』、nk氏から『このふざけた素晴らしき世界は僕のためにある』、ゆず氏から『表裏一体』などなど。
学マスの原作の誰かから曲を借りるという展開も考えましたが、結局は一番最後に思いついてしまった別れの歌、cosMo氏より『初音ミクの消失』にしました。
なんなら、四音に歌わせたキタニタツヤ氏の『ずうっといっしょ!』も候補の一つでした。でもこの歌が四音にマッチしすぎて、候補から外れていきましたね……。
ということで、次回は【Finale】本戦!ついに決着となります。乞うご期待!!