呪いロスのみんな、集まれー
ということで初投稿です。
呪物とは全てがオカルトではない。
真面目な話をするとその歴史は古く、世界中で存在が確認されている。
神社仏閣で購入できるお守りだって言ってしまえば呪物なのだから、現在でも続く文化とも言えるだろう。
さて、これを前提知識として日本を見てみよう。
怨念蔓延る呪術もあれば、怪異やら妖怪やら陰陽師やらの逸話が山ほどある神秘の国。
敵討ちが法制度として認められた、古くからの復讐国家。
恩は忘れぬ恨みは返す。
奇跡も希望もあれば呪怨も絶望もある。
一度腹を決めれば是非もなし。その最たる例が神風アタック。
遺伝子レベルでそれら風習やら魂やらが刻み込まれた人々が生まれる。
日本とはそういう国なのである。
そんな国だからなのか。
ガチの呪物が現代になっても生まれるのはもはや嫌がらせだろう。
しかも現代の呪物は、時代の変遷と偶然の流行が重なった結果、割と頻繁に発生するのにクセが強すぎるのだ。
呪物の取扱いに一家言ある家の長男に生まれてしまった私は溜息を零すしかない。
「それで、高校入学前の最後の休みを潰される仕事の詳細を教えてもらえますか?」
「はい、ご説明いたします」
座り心地だけは良い後部座席で流れていく街中の景色を見ながら、本日の運転手である調査員の話に耳を傾ける。
どうせキワモノだ、覚悟はできていた。
「被呪者は29歳の男性。母親との二人暮らしで、現在は定職には就いていません」
「ニートですか。もう嫌な予感しかしない」
「数か月前は働いていたようですが、業務態度の悪化を理由に解雇されています」
「呪物が原因ですか?」
「おそらくは」
なるほど、精神に影響が出ているのか。
いつも通りだな。
「それで、問題のブツはなんですか?」
「スマホです」
「……最近スマホしか呪物を見ていないな。効果は分かっていますか?」
「厳密には不明ですが、おおよそは。しかし、その、年齢の点で宏孝様には説明は少々憚られるのですが……」
「構いませんよ。もう慣れています」
これまで出会ってきたキワモノ呪物で食傷というレベルは超えており、耐性は付いている。
色々な意味で忖度も配慮も必要ないのだ。
「では。端的に言えば、被呪者はエロ動画しか漁れない人間になります」
「キッショ」
おっといけない、つい声に出してしまった。
言霊は力となるのだから、ちゃんと自重しないと。
多様性が認められている現代において、他人の好きを馬鹿にするのはいけないことだ。それがたとえ自身の感性では受け入れ難いものでも、大らかな気持ちでスルーできるのが大人なのである。なんて生きづらい世の中なんだ。
だけどなぁ、スマホなんだよなぁ。どうせ一日十時間とか弄ってる中毒者だろう。
呪物は呪物だけど、きっと一線は超えてない。惰性で生まれたそれには、あまり敬意は抱けないな。
「仕事を解雇された理由も、業務中に観ていたからというものです」
「さもありなん」
そりゃあ解雇もされるだろう。呪物が原因というのが本当に哀れだが。
ここまでくると慣れもあって状況は理解できていた。
「観測者は母親ですか?」
「はい。たまたま見てしまったスマホのアイコンが全て、女性の乳房となっていたそうです 」
「おおう……」
想像するだけで破壊力がある。
それはたしかに、呪わているといった感情を抱いても致し方ないか。
「説得は既に終わっているんですよね?」
「はい。最初は説明したところで半信半疑どころか完全にカルト宗教を疑われましたが、一月経って気持ちが変わったのでしょう。藁にも縋るとはこういうことかと思いました」
「お気の毒が過ぎる」
いい年した息子が日がな一日スマホでエロ動画を漁りまくっているのだ。可哀そうという段階を超えていた
もうそろそろ目的地ということなので、ジャケットの裏地に無理やり拵えた固定具から短刀を取り外した。
これも勿論呪物であり、私の仕事における相棒である。
「さて、仕事だ」
◇
「初めまして、呪物の処理に参りました榎宏孝と申します」
「はい、飯野です。……よろしくお願いいたします」
訪問先で出迎えてくれたのは、話に聞いていた息子が呪われたお母様である。
よく眠れていないのか目の下には隈があり、顔色も体調も悪そうだ。
リビングで一度お話を、と案内してもらい、テーブルを挟んで向かい合う。
「飯野様、ご連絡ありがとうございます。あれから息子さんはどうでしょうか?」
一応は顔見知りであるうちの調査員の問いに、お母様の顔色は暗くなった。
「部屋からは滅多に出てこなかったですけれど、最初はまだ普通だったと思います。ご飯もここにきて食べてましたし、トイレにもお風呂にも入っていました、ただ、最近は……」
対面して一分もせずにこの重苦しさ。相当ため込んでいたと分かる。
ちらりとこちら伺ってきたので私はひと頷きして先を促すと、置かれていた現状は予想よりもひどいものであった。
「食事もおろそかになって、お風呂に入ることもなくなって。夜中には、その、部屋から音が漏れ出るくらいで。私、もうどうすればいいか……っ」
わっ、と涙を零すお母様。不憫すぎて励ましの言葉も出てこない。
オブラートに包んでくれたが、夜中に漏れ出る音ってエロ動画の音声なんだよな……。
ご近所には聞こえていないことを願うしかない。
「ご安心ください。私がなんとかいたしますので」
「ありがとうございます。……でも、失礼かもしれませんが、あなたが対応するのですか?」
「はは、よく言われます」
私の見た目はどう見たって高校生が限度だろうから、この手の懐疑的な質問や視線は日常茶飯事だ。
しかし、この仕事に年齢はあまり関係ない。色々な意味で天才と呼ばれる一つ下の妹の初仕事は小学三年生である。なお、誇りに思ったことはないし、嫉妬もしない。アレはもう、一般的な感性には戻れない境地に辿り着いてしまったから。
話は逸れたが、こういう時は相手に有無を言わさぬように自信たっぷりに言うのがコツだ。
「これでもれっきとした解呪師です。必ずや御期待にお応えしましょう」
というわけで、お母様に連れられて二階に上がり、私たちは件の息子の部屋の前に辿り着いた。
ここからは全てお任せすると言質は取っている。多少の暴力も込みでだ。
最初から強硬手段に出てもいいのだが、最低限の体裁は整えておこう。
こんこんと軽くノックした。
「こんにちは、私は解呪師の榎宏孝と申します。お母様のご依頼であなたがお持ちであろう呪物の処理に来ました。ここを開けてもらえますか?」
丁寧に挨拶したが、案の定返事はない。
耳に手を当ててドアに近づいてみれば、中から音が聞こえた。
音と誤魔化したが、これは間違いなく女性の喘ぎ声。完全にエロ動画を観てる最中だ。
後ろでお母様が両手で顔を覆っている。同行している調査員は合掌している。
よし、強硬手段で決定。
「返事がないので押し入りますね。お邪魔しまーす!」
押し入る方法と言えば一つしかない。この仕事で溜まったストレスを発散するかの如く、全力を込めてドアを蹴破った。
現実ではどんがらがっしゃーんなんて可愛げある音は鳴らず、ガンッ!! ダンッ!! と鈍い音が鳴り響く。
背後で小さく悲鳴を上げるお母様を置いて、私は薄暗い部屋へと侵入した。
──呪
一歩入って呪いの気配を色濃く感じ、広くない一室の一か所に視線が移った。
「おぉぉぉぉぉ……」
そこにいたのは男だった。
下半身裸で、狂ったような呻き声を上げながら、ベッドの上でスマホを凝視している成人男性だった。
轟音を立ててドアを破壊されたというのに、こちらを一瞥する様子もない。
まさに一心不乱という様子でスマホを観ていた。というかエロ動画を観ていた。
これは酷い……。
何がとは言わず全てが酷い。
これほど絵面が最悪な場面は、私の解呪師人生においてもそうはない。
「はぁ。さっさと片付けよう」
懐に入れていた短刀を鞘から抜き出し、指先に刃先を当てる。
「起きろ、織代」
刃を走らせて指先を切り、流れ出る血を短刀に捧げる。
見た目に変化はないが、分かる者には呪物が目覚めたことを感じ取ったことだろう。
その証拠に、先ほどまで反応の無かった目の前の男の意識がこちらに向いた。
「じゃ、じゃ、邪魔をするなぁああああ!!」
呪物に操られているのか本人の意思なのかは定かではないが、どうやら敵と認識されてしまったらしい。
急に立ち上がって襲い掛かってくる色々と丸出しの男に対し、残念ながら手加減するつもりはない。冷静に話しができるとも思えないし、何より直視がキツイ。
軽く屈みながら肉薄し、短刀を持つ手とは逆の手で腹部へ掌底を放った。
「かはっ……」
ベッドの上へととんぼ返りした男から、スマホが手放された。
転がっていくスマホに手を伸ばして、ちょっと思いとどまる。
触りたくないなぁ……。うん、このままやろう。
「その前に……」
織代を目覚めさせたことで得られる特殊な視界。
今の私の目には、呪物となったスマホと被呪者である男を結ぶ一本の糸が見えていた。
これは
「ふっ!」
スマホと男を結ぶ直線状に織代の刃を奔らせる。
きんっ、と甲高い音が鳴り、男と呪物の繋がりが斬れたことを確認した。流石は縁切りの呪いが宿った短刀だ。
あとはもう呪物を黙らせるだけで任務完了である。
刃先をスマホへと近付けていくと、押し返すような抵抗を受けた。それなりの力強さに短刀を握る手が震えるが、無理やりにでも圧し潰す。
呪物の処理とは力づくのゴリ押し。荘厳な祝詞とか唱える必要などない。ただただ呪いで呪いを屈服させるのみ。
十秒も経つ頃には呪物からの力も弱くなり、やがて「きんっ」という甲高い音を立てて抵抗力が消えてなくなった。
「完了」
未だに再生されていたエロ動画をとりあえす停止だけして、カチッと電源ボタンを押してスリープさせた。
良かった、スリープは出来たか。モノによっては出来ないから本当に良かった。
指先二本で摘まむようにスマホを確保して部屋の外に出ると、口を押えながら目を見開いて一部始終を眺めていたお母様と対面した。
「呪物の処理は終わりました。息子さんは気絶していますが、起きたら正気を取り戻しているでしょう」
「い、今のは、一体……」
「詮索はおすすめしません」
内心を隠してあえて冷たく告げる。そりゃ気になるだろうけど、深く踏み込んできてほしくないのだ。
呪いに関わってしまった時点で手遅れではあるが、知らなければ呪物発生の抑制にはなるから。
「事前にお話しした通り、呪物は回収、ドア等の壊れたものは弁償します。そして、今回のことは他言無用。よろしいでしょうか?」
「……はい、分かりました」
察するものがあったのか、説得が最低限で済んだのは幸いだ。
これでやっと終わりである。なんで呪物という危険物処理で見知らぬおっさんの剝き出しの下半身を見なきゃいけないのか。
せめて特別労働手当くらい出してくれ。
あとは任せようと短刀を鞘に戻して足早に去ろうとしたところで、声を掛けられた。
「あの……」
「まだなにか?」
「ありがとうございました」
「……いえ、大事無くてよかったです」
……まあ、うん。感謝されるのは悪くないのが唯一の救いだろう。
◇
「お疲れさまでした、宏孝様。回収した呪物は解析班に渡しておきます」
「頼みます」
「宏孝様は明日から高校生ですね。良き学生生活を送れることを祈っております」
「はは、ありがとうございます」
時刻は夕暮れ時。
何をするにも中途半端な時間帯のため、真っすぐと家路に就く。
明日は高校の入学式だ。最後の休みがこれで正直げんなりしているし、あまり楽しみでない自分がいる。
多感な年ごろの若者の巣窟と聞いて、今どきの解呪師で呪物を思い浮かべない者はいないだろう。
しかも学校のお偉方にはこちらの事情が把握されており、相棒である仕事道具の持ち込み許可が下りている。というか、入学してくれと半ば依頼があったに等しい。もはや厄介ごとが発生する前提での入学なのだ。
本当に、嫌な予感しかしない。
溜息を押し殺して、改めて思った。
やはり、解呪師なんてクソだ。
しばらくは毎日投稿します。