現代呪物はクセが強い   作:サイレン

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第一話

 

 

 呪物とは、該当物に込められる想いによって発生する。

 感情の種類は問わない。

 確かな量があれば、呪物は誕生する。

 

 古来より呪物は生れ出ていたが、時代を経るにつれその性質を大きく変えてきた。

 昔は人々の願いや恐れ、巷で出回る怪談などが発生源であったのだが、人類の発展と共に個人の想いでも呪物に至り始めたのだ。

 

 そして、現代の日本は満ち足りすぎていた。

 狩猟や農耕とは無縁となった多くの現代人にとって、働くことと生き抜くことは必ずしも同義ではなくなり、裕福な者は暇を潰すために金を使うようになった。

 

 そう、人々は暇になってしまったのだ。

 だからこそ、何かに夢中になったときの熱量が爆発的に増大した。

 

 これが、現代呪物のクセが強い根本的な理由である。

 

 

 

 

 私立青蘭学園。

 都心という好立地、広大な敷地にグラウンドや食堂といった施設の充実さ。

 日本全国で見ても高偏差値、優秀な教師による授業、先輩方の名だたる進学実績。

 親御様のお財布事情にさえ目を瞑れば超が付くほどの進学校のため、ある程度裕福な家庭の子供が入学するならまずここ、という点で有名だ。

 

 そんな高校に私が入学して早一月。

 大型連休が終わった後の憂鬱な休み明けにしては賑やかな同級生の声が、1年3組の教室に響き渡っていた。

 

「なあ、ニュース見たか!? 『ColorS』が活動休止って!」

「当然だろ。俺めっちゃ好きだったのに……」

「いや、それは俺もだけど……。って、そうじゃなくて! 活動休止ってことはつまり、学園に通うってことだろ、この学園にっ!!」

「……はっ、そうだった。俺たち実は超人気アイドルと同級生だったんだ!」

 

 教室のドアを開けた途端に聞こえてくるのは、ほとんどが同じ話題であった。

 予想はしていたが、見事に話題の中心になっているな。

 

「おはよう、宏孝くん」

「ああ。おはよう、楓」

 

 自席に向かうと、隣の席に座る御厨楓が挨拶をくれた。楓はこの一か月で親しくなった友人である。

 

 楓を一言で説明するなら、男の娘という言葉がしっくりくるだろう。

 風に靡く茶色い髪は天使の輪が浮かぶほど手入れされていて、中性的な顔立ちの中でもぴんと伸びる長い睫毛がより一層性別の判断を迷わせる。体も男性にしては小柄で華奢なため、服装次第では女性だと信じても何らおかしくない容姿だ。

 性格や口調も穏やかで、正直に言うと「現実にこの完成度の男の娘って存在するんだ」と内心驚いていた。

 

「今日は一段と賑やかだね。まあ、突然だったから話題にもなるか」

「そうだね、僕もびっくりしたよ。『ColorS』はすごく人気だったから」

 

 『ColorS』とは人気急上昇中だった女性アイドルグループの名前だ。

 四人組高校生アイドルと銘打たれたここ最近の活躍は、テレビで見ない週はないというほどだったからこそ、突然の活動休止に嘆く同世代は多いのだろう。特に男子は。

 普通の高校生なら嘆き悲しむしかないのだが、我が学園の生徒、特にうちのクラスメイトは少し状況が異なる。

 普段はアイドルにそれほど興味がない私も、入学式からずっと空席だった一つ後ろの席に視線を向けていた。

 

「入学式でも見なかったけど、ついにご対面かな?」

「そうなんじゃないかな。有名人に会えるってなると、僕もちょっとだけ緊張するな」

 

 『ColorS』の中でも一番人気のアイドル──銀鏡凛。

 彼女がクラスメイトだという事実が、同級生の賑やかでやかましい交流に一役も二役も買っているのだ。

 

 朝礼前の長くはない時間だというに、同級生が登校して人数が増える度に盛り上がりが加速していく。

 

「でもぶっちゃけ、何が原因だと思う? やっぱり男ができたとか?」

「もしかしてだれかが妊娠したんじゃね?」

「漫画の影響受けすぎだろ。流石にそれはないだろ」

「アイドルの活動休止理由なんて一つに決まってる。メンバー同士の不仲さ」

「うーん、一番ありえそう」

 

 一番の話題は活動休止原因にあるようで、好き勝手に話し合っていた。

 尾ひれも背びれも付いた噂とはこうやって広がっていくんだなと実感せざるを得ない。これでSNSまであるのだから、超スピードでいい加減な情報が拡散されるわけだ。

 

 とはいえ、全員が全員アイドルに興味があるわけではない。

 どんなところにも我が道を行く人間はいるものだ。

 

「いくぞお前ら、石の貯蔵は充分か?」

「ああ! 俺は三か月分の小遣いを生贄に捧げている!」

「俺は今年のお年玉をベットした!」

 

 教室の一角。スマホを横向きにして机の上に置き、周りの空気を無視して妙に気合いの入った男子三人がいる。

 彼らはアレだ。俗に言う陰キャというやつだ。共通の趣味であるスマホアプリゲーム、通称ソシャゲにのめり込んでいるだけの、今の世の中なら大して珍しくもない同好の士である。

 比較的近くに集まっていた女子グループが露骨に距離を取っているせいで物理的に隔離されているような状況の彼らだが、すでに画面に夢中で周囲の様子など目に入っていない。

 

 やっていることは見なくても分かる。所謂ガチャというやつだ。

 あまりにも騒がしいので、私と楓は自然とあの三人を見守っていた。

 

「うぉおおおおおおおおっ! 十連でキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」

「クッソふざけんな! マジで許せん!!」

「来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い……」

 

 ……うん、あれは引かれるわ。

 

「あはは、楽しそうだね……」

「──キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」

「あっ、二人目が当たったみたい」

 

 男女問わずクラスメイトに「女子より理想の女子」、「天使ちゃんって呼びたい」、「どうして男なんだ!」と崇められている楓すら、苦笑しか浮かばないらしい。

 人の振り見て我が振り直せ、反面教師といった言葉が生まれた原因があれなのだと理解できた。

 

 三人中二人がお目当てのキャラか何かを引き当てたようだが、残り一人の様子がおかしい。

 

「来ない。なんで来ない? どうして、どうして……」

「そんなの決まってるだろ、愛だよ。愛が足りないんだよ」

「お前の想いはそんなものかっ! もっと根性見せろよ!!」

 

 うっぜぇ……。仮にも友人だろうに、全力で煽りにいくなぁ。私だったら多分ぶん殴ってる。

 しかし、あれが彼らの正しいコミュニケーションなのだろう。不思議でしかない。

 二人の煽りを受けてかは定かではないが、唯一の敗北者である一人が素早く画面を操作してタップしていた。

 

「お、お前、まさか!」

「やるんだな、今……! ここで!」

「──オールオアナッシングだ!!」

 

 ピコン、と軽い音が鳴り響く。

 

「あっ、課金したみたい」

「そうだね」

 

 課金。基本は無料で遊べるソシャゲにおける闇の文化。この仕組みの所為で、いったいどれだけの呪物師が生まれたと思っているのか。

 過去に何件もあった解呪師案件に若干イライラしたところで、耳を疑う音が耳朶を打った。

 

 ──ピコン、ピコン、ピコン、ピコン

 

 連続して鳴り響いた課金の音。あまりにも異常な機械音に、気付けば少なくないクラスメイトが彼ら見守っていた。

 

「ご、五回連続、だと……!? 一回12,000円だぞ!!」

「どれほどの代償を払えば、これだけの金を……!!」

「……もうこれで、終わってもいい。だから、ありったけを」

 

 天へと伸びる人差し指。

 ゆっくりと振り下ろされるそれは、静かに画面をタップしていた。

 

「いっけぇええええええええええええ!!」

 

 気合十分に散財した結果は、果たして──

 

「……なんの成果も、得られませんでした!!」

 

 男は、燃え尽きていた。

 友人二人も掛ける言葉が見つからないようだ。

 ……いや、違うな。あれは全力で笑いを堪えてるだけだな。

 

「190連爆死、次で天井か」

「つらいだろう、叫び出したいだろう。わかるよ」

 

 あいつら本当に友人なのか?

 

「宏孝くん、天井って?」

「引きたいキャラとかが必ず排出される回数のことだね。200回引くと出るんだろう」

「200回。お金換算だと何円くらいなのかな?」

「彼らのやり取りを聞く限り、六万円くらいだろう」

「ろ、六万……」

 

 世間一般ではようやくバイトができるようになる年齢の高校一年生にとって、六万円は大金も大金。比較的裕福な家庭出身の者が多いとはいえ、六万を失うのはかなりの精神的ダメージを受けることは想像に難くない。

 だが、ここまで来たら引くなんて選択肢は存在しない。

 意気消沈ながらも、彼は最後の十連を引いたようだ。

 

「おめでとう」

「おめでとう」

「「おめでとう」」

 

 おそらく友人の二人が課金戦士の戦いを見届けて拍手をしている。

 

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

 

 あれだけ大騒ぎすればすっかりと場の空気を飲み込んでいたらしく、ノリの良い奴らもノリだけで拍手に加わっていた。

 

「お、おめでとう……?」

「……おめでとう」

 

 人の好い楓まで拍手をし始めたので、私も続くことに。……なんだこれ?

 異様な状況の中心で、男は笑った。

 

「ありがとう、みんな!」

 

 本当になんだこれ?

 

 男子高校生の馬鹿なノリで終結した寸劇。

 その一部始終見て、クラスカーストの頂点に座するだろう陽キャ女子が一言零した。

 

「キッショ」

 

 身も蓋もないが、それが多くの女子の総意だったのは間違いない。

 

 

 

 

 そして、事件はその日の授業中に起きた。

 本日の一限は数学で、うちの担任であり数学教師の森先生が立っていた。

 

「休み明けで授業の内容を忘れちゃってるかもしれないので、今日は復習から始めますよー」

 

 んしょと足元の台に乗って、んん~と手を必死に上に伸ばしてホワイトボードに板書する森先生をクラスメイトは微笑ましく見守っている。

 何を隠そう、森先生は小さいのだ。身長も小っちゃくて、全てが小柄で、そのうえ童顔の三拍子が完璧に揃っていた。

 入学早々にロリ先生と親しまれていたと言えば。そのちっちゃさがよく分かるだろう。

 

 そんなロリ先生の授業中だった。

 

 ──呪

 

 突如発生した場違いな気配に、私は思わず目を見開いてしまった。

 

(呪物の気配!! 馬鹿な、今は授業中だぞ!?)

 

 反射的にそう思った私は何も悪くないと思う。

 

 

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