現代呪物はクセが強い   作:サイレン

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第二話

 

 

 呪物になるにあたっては、段階がある。

 第一に、当該物に人間の想いが込められることだ。これは愛憎問わず、どんな感情でも問題ない。現代呪物の傾向から判断して、惰性でも執着でも中毒でも感情としてカウントされる。

 第二に、第三者の想い──とりわけ呪念と称してよい感情がその当該物に向けられること。理論としてあれが分かり易いだろう。ワインに一滴でも泥が混ざれば、それはもうワインではなく泥水なのだ。当人にとっては愛情が込められたものだろうと、他者から見て呪念が発生するなら呪物が誕生する。

 第三が最終段階で、そういった呪念が限度を超えると物は呪物へと成り果てる。第二と第三を一気に通過することはままあるが、通常はこのプロセスである。

 

 これを踏まえたうえで、授業中に感じた呪物の気配はどの段階に当たるのか。

 答えは第二段階。解呪師の間では半覚醒状態と呼ばれている。

 

 例えるなら、まあ、うん。

 キッショ、とか、あんなのに夢中になるとかヤバ、とか、そういう領域でギリギリ踏み止まっているということだ。

 

 この状態では即座に精神が呪染されるというわけではない。

 しかし使い続ければ徐々に、着実に、呪いが降り積もる。

 

 時間が経つにつれて行動が制御できなくなって、その様子が周りからの呪念を集めやすくなるという負のスパイラル。

 呪物はそうやって生まれるのだ。

 

 稀にそんな呪物に負けない精神力を持っている者が在野にいるが、それは一旦置いておこう。

 

 ここで問題なのは、今回の被呪者は高校生だということだ。

 多様性という言葉が免罪符になる現代において、常人には理解できない情熱をナニカに向ける者はもはや無敵。

 スマホ依存から生まれる程度の呪物なら大したことはないが、蓋を開けるまでは一切気が休まらない。

 

 アニオタ、腐女子、夢女子、カード狂い、その他もろもろあらゆる性癖、趣味嗜好。

 それによって爆誕するクセの強過ぎる呪物。

 

 一も二もなく関わりたくない。

 

 でも、私は探し出さなければならない立場にいる。

 

 やはり解呪師なんてクソだ……。

 

 

 

 

 榎家。古くから続く解呪師の名家。

 今でも界隈では名を馳せており、時代の波に乗り遅れることなく順応してきた。

 現代の呪物に順応するということはつまり、私の家族もキワモノ揃いという意味なのだが。

 

 夕食時、父を除いた家族がダイニングに揃っていた。とは言っても、私含めて三人しかいない。

 

 私の向いに座っているのが、九歳という若さで解呪師デビューを果たした妹──榎環奈。

 榎家現当主であり、東日本で活動する解呪師の元締めでもある母──榎愛子。

 

 二人は流石親子と思うほどに、血の繋がりを強く感じる。

 容姿の面では言わずもがな。色彩という意味では瓜二つで、光沢のある黒髪と宝石のような紫紺の瞳が特徴だ。髪を肩口でそろえたおっとりとした目をした母と、腰まで伸ばした髪に切れ長な目をした妹は度々姉妹に間違われるらしい。父がいないのをいいことに、スマホをテーブルに置いて目を離さない姿も本当にそっくりだ。

 

 行儀が悪い二人のことはあとで父に密告するとして、スマホを手放さない二人を見ると嫌でも呪物を連想してしまうのは職業病というやつなのだろうか。学園で呪物が発生したことも思い出してしまった。

 ついため息を零すと、母と妹はびくりと反応してこちらを見てきた。

 

「宏くん、これはお仕事の連絡なのよ? だからお父さんには言わないでね?」

「私もどうしても今連絡しないといけなくて……」

「今すぐスマホを仕舞うなら、父さんに告げ口はしないよ」

 

 さっ、と二人はスマホを隠した。何度も父にスマホを没収されているのが余程堪えているのだろう。

 環奈は一度、食事中に足の隙間にスマホを隠して見続けるという真似をして温厚な父を激怒させたことがあるからな。

 

「そういえば、宏くんがこの前屈服させたあのスマホ、解析が終わったそうよ」

「ああ、アレか。エロ動画スマホ」

「話題のチョイスおかしくない?」

 

 本当にその通りだが、かと言って真面目なトーンでそんな業務報告されたら虚無感がすごい。

 

「それで詳細は?」

「うん。あの呪物は正式に『淫魔ホ』って名付けられてね。使用者の真なる性癖を読み取って、好みのエロ動画を自動検索してくれる能力があったそうよ」

『キッショ』

「あと、解析担当者の性癖がメスガキロリ巨乳ものだと判明して、長身スレンダーな奥さんと冷戦状態に入ったらしいわ。二次呪害ね」

「いや被害規模」

「直下型でもそうはならないでしょ」

 

 むしろその夫婦は今まで本当に何も無かったのかと疑問に思ってしまったじゃないか。

 哀れ過ぎる解析担当者は強く生きてほしい。

 

 あっちもこっちも呪物だらけだ、頭が痛い。

 

「報告はこれで終わりだけど……宏くん、元気がないようだけど何かあったの?」

 

 手持ち無沙汰になった環奈がテレビを点けるのと同時、母さんにそう言われた。

 表情に出していたつもりは無かったのだが、腐っても母ということか。

 いや、本当の意味で腐ってるのは妹だが。

 

「実はクラスメイトに、半覚醒の呪物所有者がいるみたいでね」

「あら、誰かは分かりそう?」

「さっぱりさ」

「宏兄は感知能力ザコザコだもんね」

「そうなのよね~」

「もう少しオブラートに包んでもらえるかい?」

 

 別に恥とかは思っていないが、こう明け透けに言われると腹が立つ。

 この点に関しては完全に才能がものを言う。ないものねだりをしても意味がないので、とっくに諦めている。

 

 だがそうなると、今回の呪物問題の解決が遠のくのもまた事実。

 

「私が宏兄の学校に行って確かめようか? 運が良ければ分かるよ」

「うーん……」

 

 呪物は一般に知られているわけではない。解呪師の存在なんて言わずもがな。

 あなたが持っているそれが呪物になりかけてますよ、なんて言ったところで解決などしないし、一歩間違えなくても私が頭のおかしい人にスライドイン。

 そもそも、相手の所有物が本当に呪物かも分からない現状で、迂闊な行動は自分の首を絞めるだけだ。始まったばかりの私の学園生活が社会的に終わる可能性すらある。理不尽過ぎるだろ。

 

 普段なら榎家に所属している調査員がそのあたりを確定させてくれるのだが、クラスメイトに密偵を仕向けるような行動は控えたい。

 ベストは半覚醒状態で抑えることだが、きっと難しいだろう。

 被呪者は大抵の場合、その該当物を肌身離さず持っているから。

 

 結論、理想は早々に諦めるべし。

 

「いや、そこまでする必要はない。完全覚醒に近付けば流石に分かるからね。うまくやるよ」

「うーん、お母さんとしてはあまりおすすめできないけど」

「たとえ覚醒したとしても、レベル4までなら織代で対処できるさ」

 

 呪物の脅威度は災害と同様にレベルで区分けされ、下は1で最上が5だ。ちなみに淫魔ホはレベル1。

 込められた呪念の多寡によってレベルが決まるのだが、4以上は使い方によっては命の危険すら呪物である。

 現代呪物は昔の呪物とは性質が大きく異なるので、生命が危ぶまれるものなんて滅多に現れない。強いて言えば精神を侵す力──呪染力が強力なことぐらいだ。これはこれで問題だが。

 

 ちなみに、織代は5に限りなく近いレベル4。

 あの短刀は冗談抜きで人の血を吸ってるような代物なので、扱いを間違えると私は殺人鬼まっしぐら。

 

 全く笑えない話だ。

 

 

 

 

「じゃあ、この問題を誰かに解いてもらいましょう。えーと、今日は14日なので……」

 

 学園で呪物の気配を感じてから、はや一週間。

 どうやら所有者は授業中に呪物を使うことに対して、躊躇いが無くなってきているようだ。

 

 ──呪

 

(またか、今日だけでもう三回目だぞ……)

 

 慣れているとはいえ心臓に悪い。いつ爆発するかも分からない爆弾を公共の場で気楽に使わないでほしいものだ。呪染が進行して制御不能になったらどうしてくれる。

 

 淫魔ホを例にしてみよう。あれはレベル1だが、性質の悪さでいえばピカいちだろう。

 突如授業中に響く女性の喘ぎ声。

 何を言われても、いかなる暴力を受けてもエロ動画の再生を止めない被呪者。はた目から見たら完全に狂っているようにしか見えないだろう。

 男子はノリで囃し立てる輩がきっといて。その光景を前に女子の心底軽蔑しきった視線が交差する。まかり間違って授業中に完全覚醒などしてしまえば最後、呪染によって被呪者が爆発的に増加してエロ動画パーティだ。

 そうなったら最後、どれほど先生にカリスマがあっても収拾は不可能。というより、その時点で先生も呪われている。

 

 そんな非常事態に備えて解呪師である私がいるのだ。どんな罰ゲームなんだ。

 

 心の中で愚痴りながら、ふと気付いた。

 

(こいつ、使い続けているのか?)

 

 今までは長くても十秒ほどで消えていた呪物の気配が、絶えることなく感知できている。

 不自然に見えないように姿勢を正して、可能な限り背筋を伸ばす。

 動かすのは眼球だけだ。露骨にきょろきょろなどしない。

 

 正直なところ、猛烈に嫌な予感がしていた。

 これまでの傾向や現代呪物の特徴から、考えられる呪物のタイプは二つだと見当は付いていた。

 

 一つは創作系呪物、使用目的はネタのメモだ。

 情熱を向けているだろう対象への溢れ出る妄想が、授業中にも関わらずつい迸ってネタを思い付いてしまった。なので、そのネタを忘れないように即座に書き留めている。

 現代の創作系呪物使用者に多くある特徴がまさにこれ。

 

 もう一つは単純にスマホだ。

 学生である以上、私たちは無意識にこう思っているだろう。「授業中にスマホをいじるのはいけないことだ」と。

 この枷があるから、基本的には授業中にスマホを操作などしない。

 しかし、スマホが半覚醒状態の呪物だとすると話は変わる。

 理性ではダメだと分かっていても、呪物となってしまえばそれを制御できない。

 精神が呪染されてしまえば、TPOなど度外視で行為に移る。呪物とはそういうものなのだ。

 

 ……なんでこんな生産性の欠片も無い分析を真面目にやらなければならないのか。

 

 前者ならまだ良い。いや、良くはないがおそらくに大事にはならない。

 創作系呪物は紙媒体が多いので、授業中に使用しても周りに勘付かれにくいのだ。

 

 だが、スマホだと。

 しかも、私の予想が正しければ──

 

『──競輪! ガールズレース!』

 

 あっ、終わった……。

 教室に鳴り響いた明らかに場違いな声に、私は内心で頭を抱えるしかなかった。

 

「誰ですかー、授業中にスマホで遊んでる子はー! すぐに出してください!」

 

 ロリ先生が迫力の無い声で怒り出した。全く怖くないので緊張感に欠ける。

 周囲を見渡せば、女子は迷惑そうに眉を顰め、男子はにやにやと笑っていた。

 

 当然全員が気付いていた。誰かがへまをしたのだと。

 授業という堅苦しい時間に沸いて出た面白イベント。

 

 何よりもノリを大切にする男子高校生が、この展開を見逃すはずがなかった。

 

「競輪! ガールズレース!」

「最近のソシャゲ?」

「ケツと太ももに命を懸けた作品って聞いたことある」

「ふんふむ、良い趣味をしている」

「でも胸もでかいんでしょ?」

「それはそう」

「……で、誰がやらかしたの?」

 

 そりゃあそうなる。

 そして、みんなの視線は自然と一人のクラスメイトに向かっていた。

 

 先週の朝礼前にソシャゲのガチャを引いて爆死していた彼──対馬のもとに。

 

「対馬くん! 何してるんですか!」

 

 ロリ先生が教壇から降りて容疑者である対馬に近付いていく。

 それに対して対馬は、机の陰に構えたスマホを凝視したまま何も反応しなかった。

 

 ……ああ、これはもう手遅れだ。

 私でもようやく感じ取れた。

 

 あれが半覚醒状態だった呪物。

 

「対馬くん、聞いていますか!」

「……」

『よーし、気合いだー!』

「……対馬くん? えっ、なんで反応してくれないんですか……?」

「……」

『ええ、一緒に頑張りましょう』

「対馬くん、対馬くーん! 聞こえてますかー?」

「……」

『息抜きも悪くないですね、コーチ!』

「えっ、あの、これ……なにかのドッキリですか?」

 

 先生の気持ちはごもっともだ。

 明らかに自分が正しいはずなのに、相手は歯牙にもかけないどころか無反応。普通に怖いだろう。

 これはもう手遅れなレベルで呪染されている。

 あまりの無反応におどおどとし始めたロリ先生が対馬の眼前に手をフリフリするが、それすらも目に入らない様子に周囲も騒めき始める。

 

「え……? 流石にヤバくない?」

「あの度胸は俺にもない」

「たかがゲームに6万使う時点で引いてたけど……」

「なんかおかしくない?」

「スマホに支配された現代人ってやつ?」

「そうか、ああいうのを──」

 

 そして、決定的な引き金を誰かが引いた。

 

「特級呪物っていうのか」

 

(ばっかっ……!)

 

 ──呪!!

 

 瞬間、完全覚醒した呪物から呪念が解き放たれて、教室にいた全員に襲い掛かった。

 

 呪いに対して耐性の無い者が呪念をもろに受けるとどうなるか。

 答えは、あちこちから聞こえる机と額の衝突音となって現われた。

 

「あっぶな!! ……ふぅ、セーフ」

 

 覚醒と同時に駆け出していた私は、唯一この場で立っていたロリ先生の肩を掴んで抱き支えることに成功した。

 周りを見渡せば、一人残らず机に突っ伏しているクラスメイト達の姿だ。

 

 人は呪念によって気絶する。呪念に含まれている情報量を脳が処理しきれなくて起こる現象と言われていた。

 範囲はそこまで広くない。というより、条件が限定的だ。

 

 完全覚醒の瞬間に、その呪物を認識していた者。

 

 このような現象を総じて呪念爆発と呼ぶが、呪念の被害に遭うのはこの条件を満たした時だけだ。

 呪念爆発に巻き込まれるとまず間違いなく呪染される。クラスのみんなはしばらくスマホを手放せなくなるだろう。

 

「はぁ、しくじったな」

 

 本当はこうなる前に呪物を片付けたかったのだが……。

 ロリ先生を教壇の脇にある椅子に座らせて、ブレザーの内ポケットから織代を取り出した。

 

「全く、なんでそうすぐに呪いと連想するんだか……」

 

 本来、呪物とはこうも簡単に生まれるものではないのだ。

 ないのだが、時代と流行が悪魔合体した結果、こんな世の中になってしまった。

 

 ……呪いを題材にしたあの漫画が有名になった弊害がこんな風に現実に現れるとは。

 

「愚痴はやめだ。さっさと屈服させよう」

「……ん、いったぁ。……あれ? 宏孝くん?」

「…………は?」

 

 聞き覚えのある声に振り向くと、呪念によって意識を失っていたはずの楓が少し赤くなった額を押さえながらこちらを見ていた。

 

 ……は? 嘘だろ?

 普通は早々に目覚めないはずなのに。

 

「えっ!? みんなどうしたの!? ねぇ、大丈夫?」

 

 うーん、困った。これは困った。

 正直、みんなが気を失っているのは都合が良いとすら思っていたので、この展開は予想外。

 

 この状況を支障無く切り抜けるのは──

 

 うん、無理だな。

 

「楓、みんなはちょっと気絶している」

「それは見れば分かるけど、なんでこうなったの!? あと、……なんで宏孝くんは平然としてるの?」

「事情はまた今度で説明するよ。ただ、お願いがあるんだ」

「……お願いって?」

 

 小首を傾げる楓から視線を外して、未だにスマホを操作し続ける対馬へと向き直った。

 

「私がこれからすることとか、その他もろもろを、口外しないでほしい」

 

 ──起きろ、織代。

 

 鞘から抜いた短刀の切先で指先を振り抜き、呪物としての織代を目覚めさせる。

 

 溢れ出す呪念の多寡、それがそのまま呪物としての格となる。

 幸い、対馬の呪物はレベル1程度。

 レベル4の織代が押し負ける道理は無い。

 

 呪われている対馬はここでやっと反応を見せて顔を上げるが、悠長に対処するつもりはなかった。

 

「ふっ!」

 

 視界に新たに現れたのは、クラスメイトに繋がっている呪物との数多の縁糸。

 その中で対馬に伸びる縁糸を捉えて、織代を一閃。

 きんっ、という音が鳴ると同時、今度は対馬が机に突っ伏した。

 

 呪物によって動いていた肉体が、繋がりを失ったことで倒れたのを確認。

 あとは本体を処理するだけだ。

 床に落ちた対馬のスマホを拾い上げて、そのまま織代を強く押し付ける。

 屈服するのにそう時間はかからなかった。

 

「完了」

 

 ……はぁ。終わった。

 鎮めた対馬のスマホを空いているブレザーのポケットに入れる。

 

 さて、次は後始末だな。

 とりあえず実家に連絡して、あとは、うーん、あの人にも連絡しとこう。学園でやらかしたミスだから、協力を得ないと収拾が付かない。

 ……うん、これで良し。

 

 短刀を鞘に納めてから胸元に仕舞い、私はクラス全体へと顔を向けた。

 

 まさに死屍累々といった風景だ。

 

 その中で口をぽかんと開けてぱちぱちと瞬きをしている楓がいた。

 

 …………はぁ、本当に、どうしたもんか。

 

 

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