現代呪物はクセが強い   作:サイレン

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第四話

 

 

 楓との会合が終わり、その足で学園へ戻ってきた私はとある場所を訪れていた。

 重厚な玄関扉に閉ざされたそこは、学園の中でも異色なほどに豪奢な建物で『御殿』と呼ばれていた。

 

「どちら様でしょうか?」

「榎宏孝と言います」

「榎様ですね。学生証を提示いただけますか?」

「はい」

 

 玄関扉のそばに立つ守衛に学生証を提示すると、確認作業は内蔵されたICチップを読み取ることで迅速に終わった。

 

「確認が終わりました。榎様、ようこそいらっしゃいました。どうぞお入りください」

「ありがとうございます」

 

 守衛によって押し開かれた玄関扉の中へ足を踏み入れると、出迎えたのは広々としたロビーだった。正面には美術館にあるような大階段が鎮座し、その両脇には奥へと続いている廊下がある。

 壁面には精妙な絵画が金細工の額縁に入れられて飾られており、頭上には宝石のように煌めく巨大なシャンデリアが吊るされていた。

 

 存在は知っていたが、これほど非現実的な空間だとは。一体どれだけの金がつぎ込まれているのやら。

 普段は学園の主人が客を招く時に用いているらしく、基本的には生徒に開放されていない。

 ただ聞いた話によると、唯一文化祭の際には利用できるらしい。

 

 内装にやや気圧されてしまったが、約束の時間も近い。

 足元が沈み込みそうな柔らかさの厚い絨毯の廊下を進み、一階の奥にあると伝えられた応接間へと移動する。

 いくつかの扉を通り過ぎると見えてきたのは、彫り込み細工の施された一際重厚な扉。目的地はここで間違いないだろう。

 

 軽く深呼吸を挟んで、ノックを三回。

 

「入りたまえ」

 

 誰何もされずに許可が下りたので、一拍置いてから扉を押し開けた。

 目に映ったのは、豪奢でありながら質素堅実と言える内装だ。

 中央に鎮座するのは艶のある木材でできたテーブルで、囲むように革張りのソファが置かれている。

 片方の壁面は全てが窓で、もともと標高が少し高いこの建物からは学園が一望ができるようだ。

 

 応接間いたのは、薄暗くなった学園の景色を眺めている壮年の男性だった。

 その容姿を一言で例えるなら『イケおじ』という言葉が相応しいだろう。五十を超えてもスラリと伸びた高身長には歪みがなく、脚の長さは平均を大きく上回る。一切の白髪が無い黒髪は上げられており、張りと艶のある若々しい肌が年不相応に輝いて見える。口元のひげと涙袋の皺だけは年を感じさせるが、そこが大人の色気となっている気さえした。

 

 ここは青蘭学園の理事長室。

 彼はこの学園の頂点に座する理事長──竹内豊明。

 この学園に入学してくれと榎家に頼んできた、解呪師の事情を知る関係者であり、トラブルが発生した際の協力者でもあった。

 

「お忙しい中お時間いただき、ありがとうございます」

「もう少し気楽にしてほしいな。若者がそんなかしこまるものではない」

 

 早々に謝罪とともに頭を下げると、大人の対応で返されてしまった。

 ……そんなことを言われても。こっちは今仕事で来てるのだ。

 理事長とはこれで二度目ましてなので、決して親しいわけではない。前回も挨拶しかほとんどしていないので、もはや初対面と言っても過言ではない。

 もっとも、その為人というか、彼の趣味というか、そういう面は人伝に聞いていた。

 

「この度は事態の収拾にご協力いただき、ありがとうございました」

「迅速に処理してくれて何よりだよ。よくやってくれたね」

「いえ、私も申し訳ございませんでした。ああなる前に手を打ちたかったのですが……」

「私も事情を知っている。被害無く事を収める難しさを理解しているつもりだよ。榎君を責めるつもりはない」

 

 ソファへ座るように動作で促されたので着座する。……柔らかすぎるソファって、背もたれに身体を預けられない状況だと座り続けるだけで辛いっておかしいだろ、と思うのは私だけなのだろうか。

 下らないことを考えている最中に、理事長は自ら用意していたガラスのティーポットから二人分の紅茶をカップに注いで席に着いた。

 礼を述べて紅茶を頂く。良い香りがするのできっと高級品質な紅茶なんだろうが、良し悪しが分かるほど嗜んでいない。猫舌なのでアイスティーの方がよかった、なんて失礼なことを口に出さない分別は弁えている。

 その点、理事長の所作は優雅で様になっていた。

 

「報告は既に受けていたが、改めて説明してもらっていいかい?」

「はい」

 

 いきなり本題に入ったが、相手は私とは比較にならないほど忙しい身。文面で伝えていた内容を、解呪師としての立場から再度説明した。

 

 問題のブツがスマホであったこと。

 被呪者はソシャゲにハマっていたこと。

 先週の朝礼前に、高校生にとってはかなりの大金をクラスメイトがいる場で消費していたこと。

 おそらくその行動を他人に観測されたことを発端にして、呪物として半覚醒状態に至ったこと。

 その後も使い続けたことで呪いが降り積もり、自らを制御することすら不可能になったこと。

 最終的に、授業中に完全覚醒に至ったこと。

 

 こちらの説明を瞑目したまま聞いていた理事長は、全てを聞き終えて大きくため息を吐いた。

 

「そうか。呪物と成ったのはスマホか……全くもって嘆かわしい」

 

 理事長からまず零れた声はそれだった。

 

「榎君もそう思わないかい?」

「まぁ、はい。ですが、最近本当に多いですよ。特に若い世代は」

「悲しいことだ。スマホに夢中になって現実を疎かにするなんて」

 

 人々の生活があり得ないほどスマホに浸食されている現状、私としては若者とか問わずに「スマホ=現実」の式が半ば成り立っていると思っている。

 そのためこれだけ聞いていると、スマホというデジタル機器に理解が無い頭の固い年寄りに聞こえる。

 だが、理事長はそういうのではない。

 聞いていた話が正しければ、彼が何を憂いているのかというと──

 

「高校生たるもの、恋愛に夢中にならなくてどうするというんだ!」

 

 彼は俗に言う……俗に言うのか? ともかく、彼は『恋愛厨』というやつらしい。

 他人の恋愛を、特に若者の恋愛を外から見守ることが三度の飯より好きというある種の境地に至った玄人であった。

 クソ邪魔、という感想を私は抱いた。

 

 彼が学園の理事長を務めている理由?

 高校生の恋愛という思春期の代名詞を一番近くで見守りたいからさ。

 

 そんな理事長にとって、恋愛以外に夢中になってしまう現代若者の恋愛事情には苦言を呈したくて仕方ないらしい。

 母さんからそう聞いていた。

 

「私も分かっているんだ。多様性が認められる現代において、恋愛の在り方も変わってきていることは。だが、だが! 仮想の女性に恋をする姿を見て何が面白いというんだ!!」

 

 いや知らんがな。

 

「私は恋愛模様を見るのが好きだ。だがそれは、双方向にいじらしい反応があってこそ映えるものだというのにっ!」

 

 だから知らんがな。

 

「……私は悲しい」

「……あの、帰っていいですか?」

「それは待ってほしい。実は今回の件とは別に本題があるんだ」

 

 ……なに?

 

「この報告が本題ではなかったのですか?」

「それは勿論そうだ。だが、こちらも重大でね。おそらくだが、呪物関係なのだ」

 

 ……いやだなぁ、聞きたくないなぁ。

 でも、聞かないといけないんだよなぁ。……はぁ。

 

「聞きましょう」

「ありがとう。時に榎君は、『ColorS』というアイドルグループを知ってるかな?」

「はい、知っていますが……」

「では、我が校に『ColorS』の一人、銀鏡凛君がいることも?」

「一応クラスメイトですよ。当然知っています」

 

 『ColorS』の名がこの流れで出るということは、つまり──

 

「もしかして、銀鏡さんが今も欠席されている理由に呪物が関わっているのですか?」

「ああ。私の予想が正しければだがね」

 

 『ColorS』活動休止のニュースがあったのは先週のことだ。

 それを聞いて「アイドルとしての仕事が休みなら学園に登校するかもしれない」と浮足立つ生徒たちだったが、期待に反して銀鏡凛は未だに姿を現してはいなかった。

 

 その原因が呪物かもしれないと。

 

 ……こんな立て続けに呪物が発生するなんてあり得ないだろう。

 

 マジでどうなってんだよ、最近の日本は。

 現代が呪物の最盛期と言われても納得できるぞ。

 

「そうなると、どうにか銀鏡さんと接触する必要がありますね」

「心配には及ばない。実はすでに別室で待機してもらっているんだ。呼んでもよいだろうか?」

「……はい?」

 

 ……頭が痛い。この展開は流石に予想外だった。

 呪物×アイドルなんてデリケートな問題、直接説明してもらったのはありがたい。他者が介入が許さない状況を作ってくれたことも感謝できる。

 でも心の準備は欲しかった……なんて思っていると、理事長は真っすぐに頭を下げてきた。

 

「私も急で悪いと思っている。だが、話を聞くとどうにも急を要する案件のようでね。解決の糸口があるかもしれないと伝えたら、今すぐにでも言われてしまったんだ。お願いできないだろうか?」

「……頭を上げてください」

 

 もともと先日犯した大失態の汚名返上の機会は待っていたところだ。

 それに呪物被害かもしれないと聞いて、断るなんてあり得ない。

 

「私は解呪師です。当然尽力いたします」

「ありがとう」

 

 では呼んでくる、と言って理事長が別室に移動する。

 見えなくなったと同時にソファに深く腰掛けて、天井を見上げて思考に耽る。

 

 正直、女性が相手なら女性の解呪師が対処する方が安泰だ。色々な意味でデリカシーが重大だから。

 

「それにしてもアイドルとは。一体どんなものが飛び出てくるのやら」

 

(……ん? ちょっと待て)

 

 何かがおかしい。状況に違和感がある。

 

 まず第一に、なぜ理事長は銀鏡さんに呪物が関わっているのと思ったのか。

 これは状況証拠的に考えて、理事長が直接銀鏡さんと会ったからだろう。銀鏡さんが学園を休んでいる理由を確認したら、被呪者と推定できた。だから私に協力を要請した。

 

 ここまではいい。何もおかしくはない。

 

 おかしいのは、今別室に銀鏡さんがいる。この点だ。

 一度呪物に呪われ精神を侵されたら、真面な思考はできない。

 当然、移動も容易ではなくなる。大抵の場合は自宅から出ることが不可能なのだ、

 

 だというのに、銀鏡さんは学園にいる。

 では呪物を制御できているのかと思うが、それも違うだろう。何故なら銀鏡さんは、話を聞く限りのっぴきならない状態に追い込まれているのだから。

 

 ……あ、猛烈に嫌な予感がしてきた。

 

「すまない、待たせてしまったかな」

「っいえ、大丈夫です」

 

 本当は大丈夫じゃないかもしれない。

 別室より現れた理事長を迎えるために立ち上がると、私は彼の後ろに人影があることに気付いた。

 

「直接会うのは榎君も初めてかな。彼女が銀鏡凛君だ」

 

 自然な態度で脇にどいた理事長の奥で佇む女性を一目見て、思わず目を見開いてしまった。

 だがそれは、決してその容姿に驚いたわけではない。そもそも、顔は隠れていた。

 パーカーのフードを深くかぶった、雑踏に混ざれば特に目立つことのないパンツスタイル。自分が有名人だという自覚が見て取れるファッションだ。

 それでも、隠し切れない部分はあった。

 前で組んでいる手は白魚のようにきめ細かで、荒れの一つも見当たらない。

 大きめのパーカーを着ているにもかかわらず存在感を主張しているスタイルの良さは、少なくとも同級生では見たことがないメリハリだろう。

 フードから僅かだが前に流れる銀色の髪色は特に鮮烈で、最高級の絹糸の如き煌めきを放っていた。

 

 これらの特徴から、彼女が本物の銀鏡凛であることは分かった。

 だが、私にとってはもはやそんなことは些事だった。

 まさかそんな、と思っていたことが現実になると、人間顔を手で覆ってしまうのだと視界が暗くなってから知った。

 

 彼女、がっつり呪われている。

 ただし、自分で生み出した呪物にではない。

 

 呪物を使った他人に、悪意を持って呪われているのだ。

 

 よりにもよって呪詛かよ。

 

 初めて見たわ。

 

 

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