現代呪物はクセが強い   作:サイレン

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第五話

 

 

 呪物を使用して他人を呪う。

 おそらくだが、一般人が連想する呪物の使い方で最もポピュラーなものがこれだろう。

 

 しかし意外なことに、この手の呪物は実はマイナーな部類に入る。現代呪物ではとんと見ない代物だ。

 

 呪物は大まかに、四つの時代で区分けされている。

 古代呪物、戦代呪物、近代呪物、現代呪物の四つだ。

 

 古代呪物は儀式や祭祀に用いる道具が、人々の祈りを集めて呪物になったもの。占星術や雨乞いに使用された道具、といえばイメージしやすいだろう。

 戦代呪物はその名の通り、戦争が絶えない時代に生まれた呪物のことだ。殺意や憎悪に塗れた呪物が多く、何百人も切り殺した妖刀などが代表格になる。

 近代呪物は人間のあらゆる欲望がそのまま形となったような呪物が多いのが特徴である。性質の悪さで言うとここが一番恐ろしい。織代は一応この括りだが、性質的には戦代呪物に近しい。

 最後に現代呪物。ここはもはや何でもありだ。その分、クセの強さも折り紙付き。

 

 これらを前提に、他人を呪うタイプの呪物はどれに該当するのか。

 

 答えは簡単──戦代呪物だ。

 そして、戦代呪物は巷から簡単に湧いて出てくるような呪物ではない。現存するものは解呪師の家系で管理されており、在野にあったとしても代々伝わる家宝などで表に出てくることはまずなかった。

 

 だからこそ、目の前にいる銀鏡凛が如何に異常なのかが私には分かるのだ。

 

「その反応を見るに、当たっていたのかい?」

「……ええ。感謝します、竹内理事長」

 

 早期発見できて良かったと喜ぶべきか、とんでもない爆弾候補が現れたことに嘆くべきか。

 ひとまずは目の前の被呪者だ。

 

「初めまして、私は榎宏孝。とある分野の専門家で、一応君のクラスメイトだ。今日は銀鏡さんの異常を治すためにここにいる」

 

 ……自分で言っておいてなんだが、詐欺の常套句みたいだな。

 

「銀鏡君、彼の立場は私が保証しよう」

「……分かりました」

 

 その言葉と共にパーカーのフードが後ろに下されて、彼女の素顔が露になった。

 白雪の美貌は硝子細工の如き繊細さと美麗さを併せ持ち、紅玉と見紛う切れ長の瞳はビスクドールのような芸術性と冷たさを宿している。腰まで伸びる緩く巻かれた白銀の髪は繻子のような艶やかさと滑らかさが顕在していて、いっそ近寄り難い美しさを放っていた。

 

 目の前のこの美少女が人気絶頂中のアイドルグループの一番人気──銀鏡凛。

 

 彼女の本当の魅力は、口を開くことで発揮される。

 

「えーと、初めまして! あたしは銀鏡凛です! 一応アイドルやってるんだけど知ってるかな? もし知ってくれてたらすごく嬉しいな! 最近はちょっと色々あってちょっと休んじゃってるんだけど……あっ、それで君がどうにかしてくれるって理事長さんに言われてここに来たんだ! 榎くんって呼んでいいかな? 今日はよろしくお願いしますっ!」

 

 うーーん、テンションに押し負けそう。テレビで見たことある。

 

 彼女はいわゆるギャップが凄いのだ。

 容姿はクールビューティという言葉がぴったりなのだが、声質は可愛い寄りで性格も元気溌剌! といった具合。喋りだしたら止まらないマシンガントーク術も天然で有しているらしい。

 見た目、声、性格、振る舞い。これら全てが絶妙にマッチした結果が彼女の人気の秘訣なのだろう。

 

 生で見ると「なんかすごい」という雑な感想しか浮かばない。これが芸能人のオーラというやつなのだろう。

 

 がっつり呪われているが。

 

「こちらこそよろしく。で、早速本題に移ってもいいかい?」

「うん、あたしも早く治してほしいし!」

「じゃあ、単刀直入に。銀鏡さんは今、誰かに呪われている」

「……の、呪い? それはその、なにかの比喩なのかな?」

「いや、言葉のとおりだ。呪い──ひいては呪物というオカルトは実在する」

 

 ぱちぱちと瞬きを繰り返す銀鏡さんは私の顔と理事長の顔を往復するように見て、ごく自然と足を一歩引いて身構えた。

 

「えーと、その、そういうのは間に合ってると言うか……」

「信じられないのは分かる。だが、ここで私の手を離れると銀鏡さんはずっとそのままだ。それでいいのなら、このまま帰ってくれても構わない」

「……それは困るなぁ」

「銀鏡さんの異常を治すのに、一時間も掛からない。どうする?」

 

 すでに精神が呪染されているのなら強行突破でいいが、意識がはっきりしているのなら相手の意思が最優先。平成初期までなら解呪優先でもお咎めなしだったらしいが、ここらへんはコンプライアンス的な時代の変遷である。

 そもそも、その頃の解呪件数の母数は今とは桁が違うのだ。もちろん、今の方が圧倒的に多い。

 ただし発覚してから判明する呪物レベルの平均値は今の方が断然低い。現代では本当にぽんぽんぽんぽん呪物が生まれるからだ。

 どっちがましかと言われると……どっちもどっちだろう。たったの数十年で世の中変化し過ぎで草も生えない。

 

 思考が脇に逸れた。

 とにかく、選択は被呪者に任せるのが今どきということだ。

 

「……絶対に治せるんだよね?」

「任せてほしい。私はその道のプロなんだ」

「……うん、分かったよ。お願いします」

 

 色々と思うところがあるだろうに、こうして踏み切ってくれて助かる。

 ……まあ、こういう時は得てして被害が尋常ではないという証明になるのだけど。

 

「ありがとう。じゃあ教えてほしい、どういう症状が出ているのかな?」

 

 私なら問題の解決は一瞬で済むが、後々のためにもここは確かめずにはいられない。

 この件は、場合によっては解呪師協会の幹部が引きずり出されるのだから。

 

 真剣な私の態度が伝わったのか、銀鏡さんは素直に首肯する。

 彼女はゆっくりの手を上げて、髪の毛の中に手を突っ込んだ。

 そのまま二回ほど優しくくしゃくしゃと髪を握り締めた後、私に向けて手を差し出して開いて見せる。

 

 手のひらには、普通では考えられない量の髪の毛が残っていた。

 

「四月の半ばから、こうなってたの。病院に行っても原因不明って言われちゃって、精神的な問題かもしれないって。でも、あたし的には別になんかあったとか無いんだ。だからどうしたらいいのか分からなくて困ってるの」

「なるほど……」

 

 髪の毛が抜ける呪い。

 

 正確には、髪の毛を媒介にした呪いか。

 

 そうなると下手人は……。

 

「教えてくれてありがとう。あと一つ聞いてもいいかな?」

「うん、いいよ」

「最近誰かに恨まれるようなことはあったかい? 最近じゃなくても、積もり積もった嫉妬とかでも構わないが」

「うーーーーーん……」

 

 目を瞑って腕を組んで考え込む銀鏡さん。

 

 ……でっっっか。思わず視線が吸い寄せられてしまった。何にとは言わんが。

 

 いけないいけない、今は仕事中だ。

 視線を顔に戻すのと同時に、目をかっ開いた銀鏡さんは眉間にしわを寄せていた。

 

「心当たりはないかな」

「そうか……」

「あっ、ちょっと違うかも」

「違うとは?」

「私を恨んだり嫉妬してる人って多分いっぱいいると思うから、誰がなんて言われてもさっぱりなんだ。芸能界の闇ってやつ?」

「ああ、そういう……」

 

 当然と言えば当然だった。

 彼女たち『CloreS』は超人気アイドルグループ。芸能界のアレコレなんてさっぱり分からないが、筆舌に尽くしがたい色々があるのだろう。

 日に当たる者がいれば、日陰でうずくまる者もいる。

 彼女の活躍の裏に、人気が低迷したり、日の目を見ることすらできない者たちがいるのだ。

 恨みつらみなんて把握しきれなくて当たり前ということか。

 

「芸能界の闇、か。だとしても、うーん……」

「どうしたの?」

「いや、ちょっと気になることがあってね」

「ここまで来たら遠慮なんてしなくて大丈夫だよ?」

「そうかい?」

 

 じゃあ聞いておこうかな。回答次第で私のモチベーションが変わるし。

 

「銀鏡さんは、実は裏ではものすごく性格の悪いカスみたいな人間だったりするのかい?」

「なんでいきなりそんな酷いこと言うの!?」

「呪われるって相当だからね。正直、私はテレビの銀鏡さんを信じられなくなっている」

「風評被害!? 風評被害だよ!?」

 

 私としては全然あり得る話だと思っている。

 SNSで不用意に投稿した写真で彼氏バレして引退したアイドルとかも最近いたぐらいだ。一見華やかなアイドルに裏の顔があっても何ら不思議ではない。

 ましてや呪物で呪われるほどなのだ。今回の呪物が完全オリジナルの現代呪物だったり、今を生きる人がオカルトに頼るほど銀鏡さんを呪っている可能性もゼロではない。

 そうなると呪った相手もヤバいが、銀鏡さんも何かしらヤバいかもしれないという等式が成り立つ。

 

 そんなヤバい奴でも解呪はするが、そこはかとなく虚しくなるんだよなぁ……。

 

「なんかめっちゃ胡乱な目で見られてる!? 自分で言うのもアレだけど、あたしちゃんと良い子だから! 悪口とか絶対言わないから!」

「……そういうことにしておこうか」

「全然信じてくれてないっ!? あたしは榎くんのこと信じたのにっ!?」

「ふむ、それを言われると弱いな。分かった、銀鏡さんの言葉を信じよう」

「なんかもう適当になってるよね!?」

 

 私としても「銀鏡さんには裏表がない」と思う方が精神的にも良い。

 それが真実がどうかは、呪物使用者を問い詰めれば分かるはずだ。

 

 想定どおりなら、特定も難しくはないだろうし。

 

「じゃあ、もう治そうか」

「えっ!? そ、そんな簡単に治せちゃうの?」

「ああ。ただし条件がある」

「じょ、条件……難しくないよね?」

「これからすることや呪いについて他言しない。それだけさ」

「なら大丈夫! あたし、口は堅い方だから!」

「助かるよ」

 

 呪物については言ったところで、なのだけれど。

 

 ブレザーの内ポケットから織代を取り出し、鞘から引き抜いて切先を指に当てる。

 

「えっ!? は、刃物……?」

「起きろ、織代」

 

 血を吸うことで呪物として目覚めた織代。

 そのお陰で、私の視界には普通には見えない縁糸が現れる。

 

 銀鏡凛を呪っている呪物との繋がりも、はっきりと。

 

「なんか滅茶苦茶まがまがしいんだけどっ!?」

「動かないで」

「は、はいっ!」

 

 直立不動でびしりと固まる銀鏡さんのお陰で、仕事も簡単に終わりそうだ。

 ぴんと張った縁糸目掛けて、織代を振るう。

 

 刃と縁糸が触れた瞬間、きぃぃぃぃんっ!! という甲高い音が鳴り響いた。

 

「えっ!? なにっ、なんなのっ!? なんかびりびり光ってるんだけどっ!?」

 

 驚いた。まさかここまで抵抗力があるとは。

 レベル1ならこうはならない。腕に返る感覚からしてレベル2下位といったところか。

 

 だがまあ、問題はない。

 

「ふっ!!」

 

 拮抗を無視するように思いっきり織代を振り下ろす。

 きんっ! と音が鳴り、無事に縁切りを果たせたことを確認。

 

 織代を鞘に納めながら銀鏡さんの様子を観察すると、私ではもう分からないぐらいには落ち着いていた。

 

「終わったよ。もう治ったはずさ」

「えっ? ほ、本当?」

「ああ」

 

 銀鏡さんは恐る恐るという手付きで髪に手を伸ばして、先ほど同様に二度ほどくしゃくしゃと弄って手の平を見てみる。

 そこには抜け毛一本もない綺麗な手だけがあった。よし、大丈夫そうだな。

 

「わあ! 治った、本当に治った!! きゃー! やったー!」

 

 ここまで喜んでもらえると解呪師冥利に尽きる。この仕事唯一のやりがいだ。

 

 とはいえ、本質的な問題はこの後なんだよな……。

 

「お疲れ様、榎君。初めて見たが、呪物の処理とはこんな感じなのだな」

「ありがとうございます。ただ、今回のはかなり珍しいケースです。私以外の解呪師ではこうも上手くはいかなかったでしょう」

 

 縁切りという特殊な力を持つ織代だからこそ、遠距離で呪物の処理ができたのだ。通常なら大元の呪物を屈服させなければいけないため、時間も労力も比ではない。

 先が思いやられる中、はしゃぎまくっていた銀鏡さんは我に返ったようにこちらに向き直っていた。

 

「ありがとう、ありがとう榎くんっ!! お陰で復帰できそうだよ!」

「どういたしまして。銀鏡さん、一つ頼まれてほしいことがあるんだが」

「なになに、何でも言って! あたし、義理堅い方だから!」

 

 この様子なら一つくらいお願い事をしても通ると思っていたが案の定だった。

 

「今後君の周りで、君と同じ症状に襲われる人物がいるはずだ。それが誰か分かったら、教えてほしい」

 

 人を呪わば穴二つ。

 強制的に縁を斬ったとはいえ、私が行ったのは実質呪詛返しだ。

 銀鏡凛を呪った人間は、今確実に呪われている。

 

「……うん、分かったよ。今日は本当にありがとう!」

 

 

 

 

 銀鏡さんの問題を解決してから三日後の土曜日、連絡先を交換した本人から通知が届いた。

 同じ症状を訴える人が現れたとの報告で、詳細を聞いた。

 

 どうやら『CloreS』のメンバーの一人が、そうなったらしい。

 

 そのあと即座にうちの調査員によって呪物を特定し、私の手で屈服した。

 五寸釘が頭部に打たれた藁人形。

 茶色の藁の中で、白銀の髪の毛は嫌に目立っていた。

 

 正気に戻った呪物使用者を詰問した結果、どうやって藁人形を入手したのかを聞き取れた。

 

 ジョークグッズとして売られていた藁人形を通販で購入したとのことだった。

 そしてそれが呪物にまで至ったのは、銀鏡さんの髪の毛を無理やり編み込んだ藁人形の画像を裏アカにアップした結果だと結論付けられた。

 

 なお、動機は至極単純で、嫉妬だった。

 

 ……本当にヤバい時代になったものだと、思わずにはいられない。

 

 今回の件については、色々と察したのだろう銀鏡さんの言葉が物語っていた。

 親友だと思っていた、銀鏡さんは小さくそう零していた。

 

 

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