日曜日が終わり、また月曜日が始まった。
先週はソシャゲ呪物からの藁人形と立て続けに解呪師として動いたので、社会人でもないのに月曜日が憂鬱だという気持ちが少しは理解できた。なんて嫌な体感なんだ。
「おはよう、宏孝くん」
「ああ。おはよう、楓」
自席に近付くと、先に登校していた楓が輝く笑顔で迎えてくれた。
呪物について説明した後でも、楓は前と変わらず私に接してくれている。
クラスのみんなに天使と崇められるその優しさは本物だということか。
「みんなが元に戻ったみたいで安心したよ」
言われて教室を見回すと、グループごとに集まって駄弁っているクラスメイトがいる。
呪染の影響で先週末までは授業中もスマホを手放せない者が何名かいたっぽいが、そろそろ落ち着いているようだ。
「男女問わず、二輪車を漕ぐ美少女キャラの後ろ姿を応援する狂気の光景からようやく解放されたね」
「言葉にするとヤバさが際立つね。二度と見たくないよ」
「全くもってその通りだ、せめて年一にしてほしいよ」
「年に一回もあんなの見たら気が狂っちゃうよ……」
その理論で言うと私はもうおかしくなっているのだが……、あながち間違ってないかもしれない。
こっちはあれよりヤバい光景を、毎日自宅で見る可能性がある日々を送っているんだ。
織代はその所為で使えるようになった。
「もうすぐ中間テストだね」
「そう思えばそうだった」
五月も半ば、もうすぐテスト期間に入る。
青蘭学園は進学校として側面も売りのため、テストもそれに見合った難易度だと聞いたことがある。
「自信あるかい?」
「そこそこかな。実は一つ上の先輩に幼馴染がいて、その人とたまに勉強してるんだ」
あとね、と楓は続けて、私の耳元に顔を寄せて小さく囁いた。
「去年のテスト範囲と実際に出たテスト問題も教えてもらったんだ。参考にって」
「それは心強いね」
素直に感心する。余程まめな性格で無ければ、テスト問題なんて残さないだろう。
私が中学生の時に受けたテストなんて、その日にはゴミ箱に行ってた筈だ。もはや覚えてすらいない。
「私にも教えてくれたりは……」
「もちろんだよ。今度一緒に勉強会しよう?」
「天使か……」
「え?」
「いやなんでもない。ありがとう、助かるよ」
危ない危ない、つい本音が。
こうやって咄嗟に思ったことを口に出すと後悔すると私は知っている。主に呪物関係で。気を付けなければ。
それにしても幸先が良い。
勉強は別に苦手では無いが、好きでもない。労力を掛けずに済むならそれに越したことはない。
先にある漠然な不安が解消がされて、気分がよくなってきた時だった。
教室の外、廊下がどうにもザワザワと騒がしくなってきた。
「どうしたんだろう?」
「さあ?」
声は主に男子のようで、種類でいうと歓声だろうか、野太い響きが扉を貫通して聞こえてくる。
気になった男子が廊下に出て、騒ぎの原因を見るや否や「ぅおおっ!」と驚きと喜びが混ざった声を上げてそのまま観衆へと成り果てた。その反応がさらに興味を引き、クラスメイトが男女問わず次々と廊下へと出ていく。
「なるほど、そういうことか」
その時点で私は何があったかを悟った。
「何か分かったの?」
「ああ。と言っても、すぐに分かるはずさ」
私は静かに後ろの席へと親指を向ける。
このジェスチャーで楓は察し、小さく「なるほど」と呟いた。
やがて、その人物は後ろの扉を開けて教室に入ってきた。
靡く白銀の長髪は光を反射して煌めき、紅玉の如き瞳は静かに教室を見回している。
色白の肌の容貌はあまりの美しさに近づき難さすら感じるほどで、普通の人なら彼女に対して気安く話し掛けることもできないだろう。
この一か月で見慣れたはずの女子の制服も、まるで初めて見たかのように美麗に見えるから不思議だ。……一部分があそこまで窮屈そうなのも初めて見た。
彼女こそ、今は活動休止中だがれっきとした現役アイドルにして、実は我がクラスの一員である銀鏡凛。
先日呪物騒ぎに巻き込まれた張本人でもある。
クラス中の全員が彼女の美貌に目が釘付けになる中で、私は不意に嫌な予感がした。
そう思うのと同時に目が合った。
「あっ、榎くんだ!!」
飛び切りの笑顔で手を振りながら、迷いの無い足取りでこっちに近付いてくる銀鏡さん。
一挙手一投足を注目されている中で、彼女は一切動じずに座っていた私の元まで辿り着いた。
「久しぶり榎くん! それにしてもよかったよ。知り合いも友達も一人もいなくてずっと心細かったんだ! 榎くんがクラスメイトですごく安心したよ!」
……これを無視するのは無理だな。
どちらを取っても今後の学生生活に影響があるのであれば、繋がりを持っておく方が無難だ。
「ああ、久しぶりだね。あれから何も無かったかい?」
「うーーーん、無いとは言えないけど、ああいう問題は起きてないよ」
「それは何よりだ。ちなみに、銀鏡さんの席は私の後ろだ」
「えっ、そうなの! 改めてよろしくね、榎くん!」
「こちらこそ」
私と銀鏡さん以外の声が一切聞こえない耳の痛い静寂の中で、いそいそと席に着く銀鏡さんはずっとにこにこしていた。
流石は有名人、場慣れしている。私はちょっと気が重くなっているのだが。
「宏孝くん、銀鏡さんと知り合いだったの?」
「少し家業の方で縁があってね」
「家業かぁ。芸能人までなんて、本当に大変なんだね」
互いに顔を寄せて小声で話すと、楓は事の理由を理解して納得してくれた。
「榎くんの友達?」
「うん、御厨楓です。よろしくね、銀鏡さん」
「銀鏡凛です。こちらこそよろしくね……えっと」
銀鏡さんは一度言葉に詰まり、楓の顔を見て、服装を見て、もう一度顔を見て口を開いた。
「楓ちゃん!」
「銀鏡さん、楓は男だ」
「えっ!? 嘘でしょ!? こんなに可愛いのにっ!?」
「あはは……」
楓の性別不詳さはトップアイドルすら騙せる領域にあるのか。純粋に驚きだ。
そのタイミングで朝礼前のチャイムが校内に鳴り響いた。
銀鏡さんだけを見ていたクラスメイトも席に戻り、そろそろ担任のロリ先生がやって来るというところで、
「榎くん、ちょっといいかな」
「何かな?」
後ろから机を乗り出すように顔を近付けてきた銀鏡さんが話し掛けてきた。
「実は理事長さんが、あたしと一緒に昼休みに理事長室まで来てほしいって言ってるの。時間あるかな?」
……なんだって?
◇
「よく来てくれたね」
先週訪れたばかりの『御殿』にある理事長室に、私は銀鏡さんと共に一緒に来ていた。
にしても今日は大変だった。
銀鏡さんと唯一親しげに会話している男子というだけで注目の的。普段だったら会話も珍しい相手が、やっかみ混ざりで構ってくるのが心底鬱陶しかった。
そのくせ自分からは銀鏡さんに話し掛けられないからと、私をダシにしようとする輩のなんて多いことか。
誰にもバレずにここに来るのも一苦労だったと言えば、如何に私が苦労したかが分かるだろう。
少し銀鏡さんを憐れんでしまうほどだ。あれでは心休まる時間は一人の時ぐらいだと思わされた。
「それで、今日はどうかしましたか?」
「厚かましいのだが、榎君に二つほどお願いがあってね」
「私にお願い、しかも二つもですか?」
「ああ」
……一体なんだ? まるで内容が予想できない。
しかし、相手が下手に出てくれるのはありがたい。今後も呪物関係で迷惑をかける可能性が無きにしも非ずな状況なら、良好な関係を築くに越したことはない。
「ひとまずお聞かせ願えますか?」
「一つ目は、銀鏡君に事の次第を教えてほしいのだよ」
思わず銀鏡さんに顔を向けると、両手を合わせて頭を下げられた。
「お願いっ! やっぱり、その、気になっちゃって……」
「銀鏡君はもう当事者になってしまったと思うのだ。ダメだろうか?」
「うーん……」
そう言われると確かに、銀鏡さんはもうこっち側と言っていいだろう。
昨今に多い軽い依存から生まれる程度の呪物使用者に懇切丁寧な説明などしないが、銀鏡さんは自分で呪物を生み出したのではなく呪われた身だ。
自衛のためにも、呪物を始めとした呪いについて知っておいた方がいいかもしれない。
「……やむを得ないですね」
「ありがとう、榎くん!」
「一応前置きするけど、決して気分の良いものではないよ。それでも聞きたいかい?」
「……うん、お願い。どうしてあんなことになったのか、香耶ちゃんが何を思っていたのか、確かめたいんだ」
「分かった。君の気持ちを尊重しよう」
というわけで、私は事の経緯を伝えることを決めた。
「今回の呪物を使用者は高峰香耶。知ってのとおり、君と同じアイドルグループの一人だ。使われた呪物は藁人形。銀鏡さんの髪の毛が無理やり編み込まれたそれに、五寸釘が打ち付けられていた」
現代ではマイナーだが、典型的な他人を呪う呪物だ。
「行動に及んだ理由は嫉妬。銀鏡さんは人気過ぎたみたいだね」
「…………そっか……、嫉妬か」
二人の関係に詳しくはないが、銀鏡さんから親友だと思っていたと聞いた。心労は相当なものだろう。
「香耶ちゃんは、藁人形なんてオカルトに頼るほど私のことが妬ましかったんだね……」
……それはちょっと正確ではないと思う。
本人の自白でしかないが、銀鏡さんに嫉妬していたというのは本当のことだろう。
だが当然ながら、呪物を知って行動に出たわけではなかった。あれは謂わばただのストレス発散だ。
髪の毛も本物で、嫉妬も本物。
そこまでお膳立てされた藁人形の頭部に五寸釘を打ち込んだら、はたから見たら相当ヤバいと感じざるを得ない。
だからこそ呪念が集まって、呪物に成り果ててしまったのだ。
「私としては、SNSの恐ろしさを再認識させられた、という感想が第一だな」
不能犯、という刑法学上の概念がある。行為者が犯罪の実現を意図して実行に着手したが、その行為を行ったところで結果の発生は到底不可能な場合をいう。
当たり前だが、不能犯は罪には問われない。ただ頭のおかしな人間が頭のおかしな行動をしているだけなのだ。限度はあるだろうが、犯罪にならない迷惑行為でなければ法的には見逃される。
そして、この不能犯の代表例が今回のような「呪詛」なのだ。……今回のケースが如何に末恐ろしいかが理解できるだろう。
呪物が実在する世の中で呪詛が法的に認められていないなんてヤバすぎると思うが、かと言って呪物が存在することを公の機関が正式に認めるなんてしたらもっと悲惨な事態に陥る。
「本来であれば呪物に成り得るほどのものではなかった、ということかい?」
「はい。今回のケースは高峰香耶の想いというより、件の投稿を見た人たちの呪念によって発生してしまったようです」
なんせ何の因果か一万以上のいいねが付いた呪いの藁人形だ。
一人ひとりの呪念は小さくとも、降り積もれば人を呪える力がある。
本当にSNSはろくでもない。
「呪いなんてなくても、SNSには人を殺せる力がありますからね」
「恐ろしい時代になったものだ」
「……銀鏡さんもあまり思い詰めない方がいい。高峰香耶の嫉妬も、誰もが感じざるを得ない程度の想いだった」
「……うん、ありがとう。そうならいいなって思うことにするよ。すぐに仲直りは難しいかもだけど」
気落ちしていた銀鏡さんもなんとか笑顔を浮かべられるほどにはなったようだ。空元気だろうが、思い詰めるよりはずっといい。
「そうだ! あたしさっきから気になってたことがあるんだ!」
表向きは立ち直った銀鏡さんは唐突にそう言って、ジッと私を見てきた。
正確に言うと、私の胸元辺りを凝視している。
「何かな?」
「榎くんって、今もこの前使ってた刃物、持ってるよね?」
「ああ、これのことかい?」
相棒の織代をブレザーの内ポケットから取り出して、分かり易いように鞘からほんの少しだけ刀身を見せた。
銀鏡さんは織代をまるで食い入るように見据えた後に、理事長の方へと振り向く。
見詰めている先は、部屋の内装に合わせたのであろう立派な事務机か?
「う~ん、やっぱり……」
それから何度か織代と事務机を視線を往復させて、銀鏡さんは大きく頷いた。
「榎くんの持ってるその刃物って、呪物ってやつなんだよね?」
「ああ、その通りさ」
「じゃあ、理事長さんの机の中にも呪物があったりするのかな?」
不意を突かれた発言に、私と理事長の目がわずかに見開かれる。
銀鏡さんのその言葉が的外れなものだったからではない。事実を言い当てていたからだ。
「理事長が伝えたのですか?」
「いいや、言っていない。だが銀鏡君の言う通り、私も呪物を持っているよ」
机の引き出しを開けて理事長が取り出したのは、およそ手と同じ大きさの革製のケース。
それを開けて出てきたものに、銀鏡さんは小首を傾げた。
「眼鏡? それが、呪物なんですか?」
「ああ、あれはかなり凶悪な呪物なんだ」
「きょ、凶悪な呪物! 一体どんな……」
「榎君、人聞きが悪いだろう。これはそんな大したものではないよ」
あなたからしたらそうなのかもしれないが、詳細を知っている身からすると害悪でしかない。
言い換えると、これまたクセが強い呪物なのだ。
「銀鏡さんは理事長の趣味というか嗜好というか、彼がどんな人間か知ってるかい?」
「え? うーん、特には知らないかな? 人が良いってのはなんとなく分かるよ!」
「はは、褒めてもらえて嬉しいよ」
その感想も間違いではないだろう。理事長が基本的には善人であることは疑っていない。
まあだからと言って、それが普通の趣味嗜好だという証明にはならないのが悲しいところ。
「簡単に言おう、彼は若人の恋愛模様を見守るのが三度の飯より大好きな人間なんだ」
「お、おお……なんかイメージとは全然違う方向性のナニカが来たね」
「そしてあの眼鏡の呪物は、掛けた状態で他人を見ると、頭の上にハートが見えるようになる」
「うん、なんとなく嫌な予感がしてきたかな」
「そしてハートが向く先には、その人の好きな人がいる。つまり、彼の呪物は他人の恋愛感情を可視化するものだね」
「思春期の敵なのかな?」
「ちなみに、ハートの大きさは好意の大きさらしい」
「教育者にあるまじき惨い性能!?」
同意しかない。本当にエグい呪物だと思う。
括り的には現代呪物なのだが、あれが生まれたのは理事長が学生の時分というのだから驚きとドン引きも一入だ。なんで情報化社会でもない時代にそんなキワモノが生まれるのか心から理解できない。
「なんでそんな呪物ができたんですか?」
「……聞きたいかい?」
「こ、ここまで来たら?」
「いいだろう。とはいえ、真相は随分と単純になってしまうがね」
眼鏡をケースに収めて理事長は立ち上がり、学園が一望できる窓際へと歩き寄る。
「聞いてのとおり、私は恋愛模様を見るのが大好きだ。愛していると言ってもいい。これは若いころから変わらない。中学高校時代はまるで天国にいるかのような至福なひと時であったよ。誰かが告白するという話を聞けば飛んでいき、あの二人が一緒に下校していた噂を聞けば通学路に息を顰めて見守っていたものだ」
「ねえ榎くん、これって罪の自白ってやつなのかな?」
「残念だが本人にその意識は欠片もないだろう」
自ら呪物を創り上げてしまうような輩は、どいつもこいつも突き抜けているからまともに相手にするものじゃない。頭がおかしくなってくるから。
「そんな日々を送っていると、ふと分かるようになったのだよ。誰の好意が誰に向いているのかが、手に取るように!」
「流れ変わってきたね」
「いつしか私は恋愛相談を受けることが多くなった。私にとってそれは天職で、気付けば恋愛マスターと呼ばれるようになっていたものさ」
((だっさ……))
はっはっは、と笑う理事長には悪いが、おそらくこの感想は銀鏡さんと一致している。
「当時私は目が悪くてね。当たり前だが、眼鏡をかけないと世界がぼやけて見えていた。流石にそんな状態で他人を見ても恋愛感情の有り無しは分からなかった、故に、これは呪物となったのだろう」
「……あっ、ああ~、そういうことか!」
ここまで聞いてようやく、あの眼鏡が呪物と成った経緯を銀鏡さんは理解したようだ。
正直、理事長の同級生からしたら気が気じゃなかっただろう。なんか知らないけどあの眼鏡をかけた状態で見られると、自分の好意が丸裸にされるのだから堪ったものではなかったはず。
周りから畏敬も恐怖も嫌悪も呪念となって集まった結果、呪物と成り得た。
「……あれ? ちょっと待って」
ここで銀鏡さんは、気付いてはいけない真実に気付く。
「それってつまり、理事長さんはその眼鏡が無くても他人の好意が分かるってことじゃ……」
「当然だろう、私にかかれば造作もないことさ」
「本当にごめんなさいなんですが、今後一切あたしに近付かないでもらえますか?」
「安心したまえ銀鏡君、私は口が堅いからね」
「安心できる要素がどこにもないっ!?」
「彼はそういう妖怪か何かなんだと思った方が賢明だよ」
大分強火な銀鏡さんだが、さもありなん。
ただでさえ年頃の女子には害悪しかない存在なうえ、アイドルのそういう話題は禁忌も禁忌。割と切実な要望だった。
だがしかし、もし仮にそんな面白場面に理事長が出会ったら人知れず見守っていることだろう。
「そう思えば、どうして銀鏡さんは理事長が呪物を持っていることが分かったんだい?」
このままだとこれを聞き逃しそうだったので、私は話題を変えることにした。
実際のところ、なんで銀鏡さんが理事長の呪物を看破できたのか見当も付かない。
「えっ? どうしてって言われても、なんとなく分かるようになったからだけど?」
「……つまり、銀鏡さんは呪物の気配を感じ取れるのかい? この状態の織代を?」
「うん。……えっ、もしかしてなにかおかしいのかな!?」
「いや、おかしくはないのだが……」
それが事実ならとんでもない感知能力だ。少なくとも私なんかは遥かに凌駕しているし、下手したら母や妹以上かもしれない。
今の織代と理事長の眼鏡はいわゆる休眠状態であり、呪いの気配を強く発してはいないのだ。だというのに呪物を感知できるのであれば、解呪師垂涎の能力と言っても過言ではないだろう。
「呪われて才能が開花したのか? サンプルが少なすぎて分からないな」
「なんか体に悪いとか、そういうんじゃないんだよね?」
「おそらくとしか言えないが、直接的な害はないだろうね」
「その言い方だと、間接的な害ならあるように聞こえるんだけど……」
それは勿論、あるに決まっている。
「その感覚をオフにすることはできない。つまり、嫌でも呪物の気配を感じ取れてしまうんだ。日常生活にも意外と呪物が身近にあるんだという、余計な真実まで知る羽目になるかもしれないよ」
「すごく気が重くなってきたかも……」
「残念だが、その悩みについて私は門外漢なので力になれそうにない。うまく付き合ってほしい」
「終わった、専門家に見捨てられた……」
「それで理事長、二つ目のお願いはなんですか?」
「完全に話が終わったことになってる!?」
アイドルのオーラ丸つぶれの銀鏡さんを理事長は一瞥し、こちらに向き直ると表情は真剣そのものだった
校内での呪物騒ぎよりも、銀鏡さんの件よりも更に険しいその眼差し。
一体何が飛びてくるのか──
「部活を作らないかい?」
「私はあなたのおもちゃになる気はありません。では」
「待ってくれ!!」
おっと、あまりにもクソ下らない内容で反射的にそう言ってしまった。
切羽詰まった態度だが、言っていることに私欲が透けて見えて正当な理由があったとしてもなんか嫌だ。恋愛厨の考えていることなんて学生からしたら碌でもないと相場が決まっている。
「真面目な内容なんですよね?」
「勿論だとも」
仕方なく浮かしかけた腰を下ろして話の続きを促すと、理事長は殊更に咳ばらいを強調して話し始めた。
「これは銀鏡君のためなのだよ」
「えっ、あたし?」
「ああ、銀鏡君は特殊な立場だ。人付き合い一つとっても気を遣うだろう?」
「それは、はい……」
「だが、私は銀鏡君にも学生として高校生活を楽しんでほしい。そのためには居場所が必要だ」
「だから部活を作ると。なぜ私を巻き込むのですか?」
「勿論、榎君にも同じ想いを抱いているからだ。榎君も、事情を知っている者しかいない環境というのは貴重ではないかい?」
言ってることは分からなくもないが、部活ねぇ……。
「はい、理事長さん!」
「何かね?」
「ちなみに何部を作るんですか?」
「それは二人で考えてほしい。うちの校風の自慢は自由なことさ」
「二人で部活なんて認められるんですか?」
「その点なのだが、せめてもう一名勧誘してくれないか? 三人なら前例が山ほどあるんだ」
もう一人か。心当たりがあるし、その件は報告したから理事長も当然知っている。
理事長の手の平の上というのは少し癪だが、こう聞くと悪い話ではない。いざという時に事情を知っている味方がいてくれると思うと、私も安心できる。
「銀鏡さんはどうだい? 私は構わないと思っている」
「えっ、いいの? 榎くんがそう言ってくれるなら、私も賛成! なんか面白そうだし!」
「決まりだね。では、これが創部手続きの提出書類だ。必要事項を記入出来たら、生徒会に提出してほしい」
渡された用紙には『創部願』という直截的なタイトルの書面で、主な記入事項は五つ。
部活名、活動内容、部員の人数、活動場所、顧問だ。
このうち活動場所と顧問は既に記入されていた。
「理事長が顧問をされるのですか?」
「知らないかもしれないが、私は幾つもの部活顧問を兼任している。一つ増えたところで支障はない」
どうせ目的は学生の恋愛模様を近くで見守りたいだけだろう。
「分かりました。ちなみに、この活動場所はもう使用してもいいですか?」
「問題ない、鍵はこれだよ」
「ありがとうございます。準備ができたら提出いたします」
「頼んだよ。ああ、もう昼休みを終わってしまうな。二人とも急いだほうがいい」
こうして私は、今をときめくアイドルと部活を作ることになった。
「ねえねえ榎くん。あたしにもその紙見せて!」
「はいどうぞ」
「ふむふむ、部活名、活動内容、部員か~。とりあえず、まずは部員からだよね? 榎くんは誰か心当たりあるの?」
「ああ、それについては一人いるんだ。放課後、時間あるかい?」
「うん、最近は一気に暇になったからね! あはは、笑い事じゃないけど!」
そんな軽いノリで闇が深そうなこと言わないでくれ。リアクションに困るじゃないか。