現代呪物はクセが強い   作:サイレン

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第七話

 

 

 青蘭学園には『文化部棟』と呼ばれる校舎がある。その名のとおり、文化部の部室がひしめき合っている建物だ。

 階層はなんと五階建てと本校舎と同等の大きさで、何年か前に大規模な改装工事もあったようで外装も内装も見事に整っている。冷暖房完備、エレベーターまで設置されているのでたまり場として見ても優良物件といえるだろう。

 そんな文化部棟の最上階の角部屋という超好待遇な一室で、私は銀鏡さんと一緒に部員勧誘を行っていた。

 

「というわけで、部活を作ろうと思っているんだ。楓が入ってくれると嬉しいのだが……」

「うーん、すごい急展開だね」

「私もそう思うが、もう伸るか反るかの状況なので考えないことにした」

 

 部員候補の心当たり? 楓のことに決まっているじゃないか。

 呪物について知っていて、現在部活に所属しておらず、私にとって気安い友人。そんなの一人しかいなかった。

 

「うん、分かったよ。僕も呪物についてはちょっと気になってたから、渡りに船って感じかな」

「ありがとう、楓」

「わぁー、やったね! よろしくね、楓ちゃん!」

「うん。できればちゃん付けはやめてほしいけど……」

「だ、ダメかな? これが一番しっくり来るんだけど……」

「……まあ、そこまで言うなら。いいよ」

「えへへ、ありがとう楓ちゃん!」

 

 ……ふむ。美少女と男の娘からしか接種できない栄養があるというのはどうやら本当のことだったようだ。

 呪物繋がりというのが何とも言えない気持ちになるが。

 

「それにしても、銀鏡さんは大変だったんだね。僕も呪物についてはこの前宏孝くんに教えてもらったばかりだけど、まさか直接呪われるなんて……」

「榎くんがいて本当に良かったよ! 今頃丸坊主になってたかもしれないと思うとゾッとする……」

「本当に良かったね……」

 

 髪の毛全損は覚悟が決まっていても女性にとって致命的だろう。顔が青くなるのも無理はない。

 これが他人を呪うタイプの呪物の恐ろしさだ。当たり前に現実にはあり得ない現象を引き起こして、呪った対象を地の底へと落としてしまう。

 そういう意味で言うと、現代呪物は穏当だとも言える。基本的には自分にしか呪いの影響が出ないのだから。呪念爆発は置いておけばだが。

 

「ねえ、宏孝くん。呪物って結構ありふれたものなの?」

「そんなわけない、と言いたいところだけど、現代になって加速度的に増えたね」

「理事長さんも持ってるくらいだしね」

「えっ、そうなの?」

「うん。しかもそれがもうとんでもない呪物だったんだよ!」

 

 理事長の呪物──あのキワモノ眼鏡。

 

「どんな呪物なの?」

「あー……、その説明の前に、竹内理事長の趣味については知ってる?」

「ううん、知らない」

「簡単に言うと、理事長さんは若人の恋愛模様を見るのが三度の食事より大好きなんだって」

「あれ、話の方向性が一気に怪しくなった気がする」

 

 聞いてるだけでなんだが頭が痛い。なんだこの会話は。

 

「それでそれで?」

「理事長さんの呪物は眼鏡。その眼鏡を通して誰かを見ると、その人が誰をどのくらい好きかが一目で分かるんだって」

「思春期の敵なのかな?」

 

 他人の畏れだけでレベル2の呪物に至るなんて、一体どれだけ他人の恋心を食い物にしてきたのか。

 

「ちなみに、竹内理事長はそんな呪物なんて無くても学生の恋心の揺れ動きが手に取るように分かるらしい」

「絶対に視界に入りたくなくなったよ……」

「残念ながら、竹内理事長は暇さえあれば学園を周回しているからどこからともなく現れるんだ」

「一種の妖怪みたい……」

「竹内理事長の助力のお陰でくっついたカップルも多いらしい」

「余計なお世話だとは言い切れないところがなんとも……」

 

 理事長が呪物、ひいては解呪師と関係がある理由がこれである。

 理事長は解呪師として第一線で活躍できるほどの才能はないが、被呪者にはならないくらいの適性があった。

 事情を知っているうえで協力者になってくれる一般人は本当に珍しいし貴重なのでありがたいには違いないのだが、如何せんクセが強い。

 

 彼はいつか学園を私物化して暴走すると思う。呪われていない状態で。

 

「話を戻そうか。これで部員は揃った。改めてよろしく。それで早速だけど、次は部活名と活動内容を決めようか」

「はいっ! アイデアがあります!」

「どうぞ」

「あたしたちは奇しくも呪物がきっかけで集まったでしょ? だから、呪物に関することを活動内容にするのが良いと思うんだ!」

「色々と突っ込みたいところではあるけど……じゃあ、部活名は?」

「うーーん、……呪物部?」

「流石にそれは……」

「そんな頭のおかしそうな部活に所属したくはない。却下」

「めちゃくちゃぶった切ってくるじゃん」

 

 呪物を前面に押し出すのは流石にない。ならオカルト研究部とかで誤魔化す方がいいだろう。尤も、オカルト研究部は我が学園にすでに実在しているので使えないのだが。

 とはいえ私にアイデアなんてないし、やる気になっている銀鏡さんを凹ませるのは得策ではない。

 

「でも、アイデア自体は良いと思うよ。呪物と関係するけど、普通の人にも馴染みがあることってないかな? ここらへんは宏孝くん頼りになっちゃうけど」

「そうだね……」

 

 そんなのあるだろうか……まともに考えたことがないからすぐには出てこない。

 その時、ポケットに入れていたスマホが震えるのを感じた。

 

「少し待ってくれ」

 

 一言挟んでからスマホを取り出して画面を見ると、母から連絡が入っていた。

 内容は──

 

「……すまない、仕事が入った」

「仕事っていうと、解呪師としての?」

「ああ。大した呪物ではなさそうだけどね」

「……ちなみに、どんなのかって聞いても大丈夫なやつ?」

「それは構わないが……」

 

 尋ねられて、ふと思い付いた。

 

「二人も一緒に来るかい? 現代呪物をよく知れるサンプルとして、今回のは適材なんだが」

 

 楓と銀鏡さんは一度顔を見合わせた後、こちらを向いて頷いた。

 よし、実地研修といこうか。

 

 

 

 

「二人はFOMO(フォーモ)という言葉を聞いたことがあるかい?」

『フォーモ?』

 

 榎家から派遣された車に乗って目的地へ移動する最中、今回の呪物に関係しているだろう用語について二人に聞いてみる。

 

「僕は知らないかな」

「あたしも聞いたことないかも」

「略さず言うと「Fear of Missing Out」。直訳すると「見逃すことへの恐怖」という意味で、心理学用語だと思ってほしい」

 

 モノと情報が溢れている現代において、FOMOは人々の生活を悪い意味で浸食している。

 難しく説明すると、他者の行動や最新情報に乗り遅れることで、社会や機会から取り残されることへの強い不安や恐怖を感じる心理状態のことだ。

 最近の若者は、この心理状態に自ら落ちに行っていると言っても過言ではない。

 

「二人はSNSを見るかい?」

「まあ、人並みには見てるんじゃないかな?」

「あたしはその、仕事柄エゴサとかよくしちゃうから、結構頻繁に見てるかも」

「これはたとえだけど、そうだな……二人はとあるアイドルが好きだとする。そのアイドルに関する最新情報が、自分がSNSをチェックしていない時に出ていた。どう思う?」

「うーん、……なんか負けた感じがするね」

「あたしも。損した気分になると思う」

「そういう心境をFOMOというだが、これが厄介でね。とんでもない依存を生み出す可能性があるんだ」

 

 調べて驚いたが、この概念は2000年にとある学者によって提唱されていた。

 どうしてそんな未来予知みたいなことができるのだろうか……天才って怖い。

 

「他者の行動を見逃したら、流行に乗り遅れるかもしれない。学校で話題になる何かを見落としたら、友達との会話に付いていけなくなるかもしれない。こういう心理に陥るせいで、スマホ、ひいてはSNSから離れられなくなる。典型的なソーシャルメディア依存症だ」

「もしかして、今回の呪物って……」

「そう。ブツはスマホで、原因はSNS。現代呪物の五割は占める最新の人災と言っていい。あれは人間が生み出した負の遺産だとすら私は思っている」

「そ、そうなんだ……。あたしも少し改めた方がいいのかな……」

 

 こっちがあまりにもガチトーンで話した所為か銀鏡さんが思い悩んでいるようだが、是非ともそうしてくれ。

 この手の呪物は本当に多いのだ。意味が分からないくらい世に沸いて出てくる。

 

「でも、少し不思議だよね」

「どこがだい?」

「宏孝くんの話を聞くと、スマホの呪物ってすごく多いんでしょ? それってつまり、前に学園で起きた大量失神事件が頻発してるってことだよね? それにしてはそういう話は聞いたことないなって」

「ああ、そういうことか」

 

 楓の懸念はもっともで、たしかに可能性として公に近い場で呪念爆発が起こる可能性は無きにしも非ずだ。

 しかし幸か不幸か、総数から見ると恐ろしく少ない。

 

「楓にいくつか質問していいかい?」

「え? うん、大丈夫だけど」

「では一つ目、授業中にスマホでゲームする行為をどう思う?」

「それはもちろん良くはないよね」

「じゃあ二つ目、授業中にちょっとスマホをいじってSNSを見るのはどう思う?」

「あー、うーん。それもダメなことだけど……」

「だけど?」

「見ている人はよく見るから、あまり悪いって感覚が薄いかな、って」

「正直に言うと、私も同じ感覚を持っている。言葉で説明しろと言われても難しいのだが、なぜかそう思っている。しかしこの感覚が、SNSを原因とする呪物発生の抑制に繋がっているんだ」

 

 ニュアンスは違うのだろうが、赤信号みんなで渡れば怖くないというやつだろう。

 授業中にスマホを手に取っている同級生はいた。しかも一人二人の範疇に収まらず、何人も見たことがある。なんなら成績優秀者でもいじっているところを見たことがある。

 

「自論だが、スマホと共に育ってきた世代は少なくともそう思っている節がある。そして現代の学生にとって公の場とは主に学校であり、この感覚があることでたとえ授業中にSNSをチェックしても呪念が集まらない」

「あー、……なるほど? 言われてみればたしかに、そうなのかもしれないね」

「ほえー。なんかよくできてるんだね!」

「人間が欠陥だらけの生き物なだけだよ、きっと」

「──ご歓談中に失礼いたします。宏孝様、もうすぐで到着いたします。情報共有を行ってもよいでしょうか?」

「おっと。すみません、瀬尾さん。お願いします」

 

 本日の運転手件調査員は、高校入学直前に解呪した淫魔ホの案件でもお世話になった人だ。

 彼は呪物に関わる人員としては超が付く常識人であり真面目な方なため、私の我が儘で最近はほぼ専属で働いてもらっている。

 

「では。被呪者は14歳の女学生。ご存じのとおり呪物はスマホで、原因はSNSと判断されました」

「レベルは?」

「1です。呪物としては大したものではありません」

 

 続けます、と瀬尾さんは話し続ける。

 

「観測者は両親、どちらかと言えば父親です。どうやらあまりの没頭具合に堪忍袋の緒が切れたそうで、スマホを没収したのがきっかけになってしまったと思われます」

「よくあるパターンだ」

「最初は一時間、次は数時間、最終的には一日となったところで被呪者が絶叫のような声で抗議に出て、といった感じですね」

『あーーー……それは』

 

 躾としては真っ当なこと違いないが、SNS依存が疑われる中学女子からスマホを没収なんてしたらそうなるのも無理はない。

 実際にそういう場面に出くわしたこともある。というかうちの愚妹のことだ。父さん相手に暴れ散らかすアレを思い出してみれば、容易に今回の顛末を思い描けた。

 

 親心子知らずであり、またその逆でもある。

 

 ただまあ、片腕でももっていかれたのか? というくらいの激情を発していた愚妹の心なんて私は理解できなかったが。

 

「スマホ依存にカリギュラ効果まで合わさったらそうなるか」

「榎くん、カリギュラ効果って何?」

「禁止されると益々気になってしまう心理現象のことさ」

「うわー、分かるー!」

 

 そんな軽いノリで済む程度だったら呪物は生まれていない。

 

 とはいえ、経緯は理解した。

 瀬尾さんが言うには家族への説得は既に終わっているらしい。どうやら日常生活に支障が出ているそうで、早期発見かつ早期解決に繋がったとか。

 

「さて、仕事だ」

 

 胸元の織代に手を伸ばして感触を確かめる。

 

「その短刀使うの?」

「これが無いと解呪できないからね」

「そう思えば、それを使う前に指斬ってたけど、なんで?」

「織代は人の血を吸って呪物となったからね。呪物としての力を振るうためには血を代価にしないといけないんだ」

「うわー、痛そう。榎くんは大丈夫なの?」

「最近は呪物の処理が多くて大変だが、治ってる指はまだ四本はあるから問題ないさ」

「利き手じゃない指先全滅してない?」

 

 悲しくなるからそこは突っ込まないでくれ。

 

 やはり解呪師はクソだ。

 

 

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