『それで、あなたは何をしているのですか?』
学校を仮病でサボり、念のため家の中ではあるもののライダーに霊体化してもらうことしばし。
僕のあまりにも不審な行動に我慢の限界が来たのか、後ろから困惑したような声がかかる。
…根は真面目なんだよな。
あんな事したくせに。
「お、これでいいか。だいぶ使ってなさそうだし」
僕は妹の下着が詰められたタンスを漁るのを一度中断し、見繕ったそれを掴み取る。
絵面は正直最悪だったが、仕方ないのだ。
これは決して僕が義理の妹に欲情する変態というわけではない。
持ち上げたその下着から甘い嗅ぎ慣れた香りがして、つい目線が止まったが、別に何も、そんな、ねぇ?
単に定期的に桜に無理矢理体臭嗅がされて脳に染み付いてるから反応しただけであって。
「…………」
『………マスター?』
「いや別に何も?妹からの調教の成果とか出てないから…!」
なんていうか、デカい。
つーかまた大きくなってんのかよ、あの妹は。
末恐ろしい話だ。
これでは将来の妹の旦那が大変だろうな、うん。
邪念を振り払い、僕は妹のタンスから取り出したその下着をライダーに向かって放り投げ、ついでに今はもう使われなくなって久しい使用人室から持ち出したメイド服も投げる。
『……ふむ、これがあなたの趣味なら…』
「いや違うから!今から買い物に行くんだよ!僕だけで女物の服買えるわけないだろ!?」
そう、さすがにそんなボンテージ姿というか、どこの夜のお姉さん?みたいな格好で外出させるわけにはいかないのだ。
今後普通に出歩く可能性も含め、洋服はあったほうがいい。
でも僕は一人で女物の服屋に突撃して下着やら何やらを買う勇気はない。
そして、メイド服はあっても下着はあるわけもなく、ノーブラノーパンでメイド服を着せて連れ回すような特殊性癖も僕にはない。
だから妹のタンスから下着を拝借する必要があったわけですね(メガトン構文)。
『ああ…なるほど。私のことを見せびらかしたいのですね。それとも妹への情欲を私で代用したいのですか?』
「どっちもちげーから。…まぁ、あとで桜には謝っとくよ」
変な勘違いされそうだけど、仕方がない。
そこは必要経費と割り切ろう。
『それで許されるというのは…その、相当仲がいいというか…なんとも業が深いというか…』
「まぁあいつブラコンだし」
僕はシスコンじゃないけど。
あと、中学に上がった時に、桜の魔術師としての能力を無くすため…というか僕が肩代わりするために必要なこととは言えお互い初めて同士を捧げ合った仲でもあるのだが、あえて人に言うような話でもない。
…そもそも桜が思ったより肉食獣すぎて、体格差近親ものとかいうニッチな初体験になったなんてこと言えるわけもないのだが。
あんなものは儀式だ儀式。
桜にとっての初めては、将来ちゃんと好きになった人とするその幸せな1回目でいい。
偽物の兄貴との経験なんぞ物の数にいれるもんじゃあない。
偽物の僕は、桜の記憶に残ることすら烏滸がましいのだから。
「それに本当に近づいたらヤバいのはそこのベッドの枕元にある絵だよ。あそこは日記隠してるからバレたら殺される」
なんなら1回殺されかけた。
殺されかけたというか犯されかけたというか。
…肉食獣に隙を見せてはいけない(1敗)。
『一つ聞きたいのですが…桜は魔術師なのですか?』
ライダーの疑問も、まぁ最もなものだろう。
明らかに僕は魔術師で、ここは魔術師の旧家だ。
屋敷のそこら中に魔術の痕跡と魔力が染み付いている。
そんな家に住む妹だけが無関係なんて空白はあり得ない。
…だが、どれだけあり得ない設定だとしても、僕はそれを貫き通す。
現実にはあり得ないが、確かに存在する架空元素を操る者として、間桐桜が一般人として幸せになる未来も僕が証明してみせる。
それでも妹の平和と尊厳を脅かすというのなら、僕は世界だって敵に回そう。
「元、ね。もう違う。…二度とこっちの世界に来ることはないし、こさせないよ」
まぁそもそもそんな風な危ない状況にならないためにも、僕がほどほどに目立っていく必要があるわけだが。
例えばそう、重要な解決事案において末席とはいえ宝石翁から依頼されて関わっている、だとか。
主役ではなく端役として、いい感じに名前を売っていくのが理想である。
『…ふふっ、妹思いなのですね』
「ふん、ただの妹の才能を奪って我が物顔で使う最低な兄だよ」
例えばあのまま爺さんが生きてたらどんな惨たらしい目にあっていたかとか。
例えば架空元素の虚数を扱う妹が、一歩間違えば将来魔術師協会の地下に瓶詰めにされたりするかもしれないだとか。
例えば魔術師同士だと、かつての姉と後ろめたさでうまく会話できなくなったりだとか。
例えば、魔術の訓練と称した過去のせいで、好きになった誰かに愛される自信をなくしてしまったりだとか。
…そんな、無駄に逞しい想像力で見た気がする未来を潰すため、なんて。
そんな主人公みたいな理由はない。
僕はただ、妹の珍しい力が欲しくて、そのくせ恩着せがましく兄を名乗るクズ男なのだから。
その後ろめたさから、そして自分の名声を維持するために妹の存在を隠匿している卑怯者、と呼んでもらって構わない。
『ふふっ、そういうことにしておきましょうか。そういう拗らせたいじらしさは私好みです』
「あ、そ」
拗らせたとか、失礼な話だ。
客観的に見て僕ほど最低な兄もいないってだけなのに。
見なよ、衛宮士郎を。
ご褒美のためとか言って妹のデコにシラフでキスできちゃうんだぜ。
…あれ?あいつも最低か?
『…しかしメイド服ですか…大女の私には少し可愛いらしすぎる気もしますが…』
「桜には今後新しい家政婦って紹介するんだから、慣れてもらわなきゃ困る。それはそれとして私服もいるから今から買いに行くけど」
変に褒めそやしても、根深いコンプレックスっぽいものは変わらない。
そこにあえて踏み込むような関係では
「───その大女のことを女神みたいとか思っちゃった男がいることってのは、慰めくらいになるのかね」
『………』
「なんだよ、急に黙って。どうかした?」
『なるほど、口にしたことすら無自覚と。ずいぶんと人たらしなマスターに呼び出されたようですね、私は』
「よくわかんないけど初手逆レするサーヴァントが言えた話じゃないと思う」
●
ライダーの服も買い、身分証として免許証を偽造し、市役所にも書類を紛れ込ませたから早々派手なことをしなければ普通に溶け込めることだろう。
黒いタートルネックのセーターとジーンズを着こなし魔眼殺しの眼鏡をすれば、あっという間に爆イケお姉さんの誕生である。
その美貌とクールさに街行く人は振り返り、それに気付きもしない鈍感女は、僕に無理矢理買わせたマウンテンバイクを上機嫌に走らせて帰路についた。
一応最低限偽装用の隠蔽工作の魔術も使ってるし、大丈夫なはずだ。
桜も今日は部活で遅くなると言っていたし、何も問題はない。
そんなわけで、一人になった僕は無闇に街をぶらつきながら時間を潰し、仮病のサボりを存分に満喫し終わったあたりで、その約束の場所へとたどり着いた。
「あーここかぁ…」
てっきり冬木にあるエーデルフェルト家の別荘を使うのかと思ったが、どうやらそういう訳ではないらしい。
まぁあそこ結構森の奥地だしな。
不便ではある。
だからってもう一個屋敷を建てようとは思わないけど。
「でっっか。つーか衛宮んちの前かよ」
僕の目の前には、新造された巨大な屋敷が聳え立っていた。
一昨日日本について昨日から建築を始めたんだとしたら、どれだけの金を湯水のように使ったのか。
…土地の管理者代理として、街の建築業界が潤ったようで何よりである。
「えーっと、インターホンとかないの…?嘘だろオンボロの我が家でもあるのに…?」
めんどくさいし帰るか、と気持ちが傾きかけたその瞬間に、その巨大な門扉が内側から押し開けられた。
「お待ちしておりました、間桐慎二様。直接御足労いただく無作法をお許しください…なにぶん当屋敷はつい先ほど完成した次第でして…」
「いや、いいよ。なんだ、むしろ呼び出されといてあれだけどなんか工事急かしちゃったりしたワケ?」
「決してそのようなことは。あなた様が気にされるような問題は一つもございません」
「あ、そ」
「おっと、自己紹介が遅れましたな。お初にお目にかかります。執事のオーギュストと申します。慎二様、どうぞこちらへ。お嬢様より、到着され次第お通しするよう仰せつかっております」
爺やとか初めてみたかも、と内心テンションを高める僕は、そのまま執事に案内される形でその屋敷へと足を踏み入れるのだった。
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