イリヤがもう戦わないとかなんとか、やたらと真剣な顔で話し合っていたのを、僕はどこか他人事のように眺めていた。
本当の力がどうたらとか、私は一般人だとか。
…まぁ、そらそうなる。
記憶も機能も無かったことになり、ただの女の子として過ごしてきたイリヤにとって、突如魔力が暴発したり、聖杯としての機能に人格を奪われたなら恐怖も感じるだろう。
まぁ僕は僕で、この3日間の記憶が全くないんだけど。
めっちゃ怖い。
意識が戻ったらなぜかライダーの膝の上に座らされご満悦な笑みを浮かべてたし、妹にあーんされて無邪気に喜んでたし…。
『おや、どうやらデバフを克服されたようですね。魅了と快楽による脳のクラッシュ…暗示とかその他諸々…快楽漬けにしても長くは続かないとは思っていましたが…』
『はい兄さん、あーん』
『この状態でそのままやりたいことをやる妹のゴーイングマイウェイっぷりに兄として泣きたい気持ちだよ僕は』
『ふふっ、私の欲しい未来にごーごー、です!』
『なんだろう、そりゃないぜって気持ちになるそのセリフ。どこで間違った?』
『初手ですね』
『詰んでんじゃんじゃあ…』
むしろ僕にこそ教えてくれよ。
一体この3日間で何があったのか。
「シンジさんはさ…私に何があったのかわかる…?」
期待半分。
恐怖半分。
知りたいような、知りたくないような顔でイリヤが僕の顔を覗き込んでくる。
…どうでもいいけど距離が近い。
なんだこら。
無闇にベタベタするな。
僕はあんたのお兄ちゃんじゃないぞ。
「…あーまぁ、本人よりはよく知ってんじゃないかな。でも普通にお母さんに聞いてくれ、口止めされてるし」
言ったら殺す、と割とガチな笑顔でお父様に脅されております。
不満な顔をするイリヤを押しのけて、僕は立ち上がる。
遠坂たちはもういない。
僕に対する猜疑心に満ちた視線を向ける美遊もいない。
だから、秘密にする理由もないのだけど、わざわざ他所の家の教育方針に口を出すほど暇でもない。
あと、他所の家の教育方針に口を挟めるほどうちは教育に成功してない。
「ま、あれだ。本当に必要なときに助けに来てくれる正義の味方なんていないんだよ。大人は嘘つきばっかりってワケ」
「やさぐれてる!?」
答えなんか他人に求めるなって言うけどじゃあ僕の迷いは誰が解決してくれるってんだろうな…。
「そもそも変身ってなに?あの夜なにがあったのかまったく覚えてないんだけど…」
「ええ…そんなことある?」
「なんか目が覚めてから妹見ると身体が震えるんだよね…記憶消えるまで殴られたりした感じ?なんか震え方が魂から悦んでる感じで僕にも何が何やら…」
「なにそれ怖い…」
「ほんとそれな」
ま、良い子はお家に帰るんだね、と。
僕は手をひらひら振りながら後にする。
念のためアイリさんにはメールで事情を伝えてはいたので、あとはあの人がどうにかするだろう。
後ろ髪引かれるように、魔術という世界に背を向けようと決意したはずなのに、全部をなかったことにできない。
そんな、優しすぎる迷子の女の子に向かって、僕は笑った。
「別に人間関係なんて零百じゃないんだし。だから、僕は遠坂と違ってこう言うぜ」
「え…?」
遠坂は言った。
あなたとの
他人同士になるための言葉を、イリヤに送った。
だが、生憎と僕は冬木市在住なのでイギリスには帰らない。
なんなら、明日普通に衛宮と遊びに行く約束をしてるのだ。
ついでにエロ本を差し入れる計画を立ててるのだ。
めっちゃ普通に今後も何度も顔を突き合わせることになるのは目に見えている。
それに、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンとの別れはこれが初めてではない。
なら別に、やっぱりどうってことはない。
「また明日。違う形で、何度だって初めましてをしようぜ」
「シンジさん…!」
「…うわぁ、これですよこれ。わかります?この別にルート入ってなくてもとりあえず無自覚で口説くみたいなのが、洒落臭いんですよね…。シンジさんはお姉様方のおもちゃになってるのが一番いいんですよ!かっこいいとことか求められてないんです!いいお兄さんとか男な部分って無駄なわけですよ。読者の皆様の反応がそれを物語ってるのに何を───「ルビーお願いだから黙って!?シンジさん泣いてるから!」」
「は?別に泣いてないし!ふざけんなバーカ!二度と話しかけねーから!バーカ!!!小指タンスにぶつけてろバーカ!!」
…僕はただ、仕事をするだけだ。
妹を守るため、僕のエゴのために。
僕が人のカタチでいるために。
いや、ほんと。
別に泣いてない。
●
いわれなき迫害の末、姉妹はその島に辿り着いた。
小さな島には荒れ果てた神殿と、
寄せ返す波の音だけ。
豊かな森も、動物たちも、華やかな供物も望めない。
けれど、代わりに静寂だけは十分に満ちていた。
姉妹三人、穏やかに過ごせればいい。
永遠に変わらない姉二人のために生きられるのだから、これ以上の幸福はないと彼女は喜んだ。
それが、いつか失われる夢だとしても。
●
目の前には触れるものをすべて破壊できるほどの暴力の化身。
まさにラスボスだ。
カード回収という任務における最後に立ち塞がる敵として、これ以上ないと思えるほどの威容。
既に遠坂もお嬢も避難している。
のこっているのは僕と美遊だけだ。
…美遊はおそらく一人で残るつもりだったのだろうけど、その程度の自己犠牲は読めている。
だって、僕ならそうするから。
「■■■■■■■ッ!」
「シンジさん!?」
さて、兎にも角にも。
怪物の拳をモロに腹部に受けて吹き飛ぶ僕に、美遊が思わず悲鳴をあげた。
「───構うな!!まだ生きてるから!!」
セイバーの力をカードを通して身に降ろし、聖剣を振るう美遊を援護するべく、緊急手段として再び重なったことで理解する。
僕とライダーの共通点。
いずれ、怪物になる。
人ならざる者という共通点。
あるいは、同じ形を求めて、諦めたそんな過去。
「───真名解放した鮮血神殿で弱体させてこれとか泣きたくなるね!不死殺しの鎌が喉から手が出るほど欲しいよほんと!!!」
「ハァ───!!」
「■■■■■■■■■■■■」
「あと再変身で記憶戻ったけど後で普通に桜に説教してやる!!!なんてことしてんだ!普通に兄貴に暗示かけてごっこ遊びに浸ってんじゃねえよ!!幼児退行やら実の兄妹ごっこやら姉弟ごっこやら家庭教師のお姉さんの筆下ろしごっことか色々悪趣味なことしやがって!!!なんだこら!バリエーション豊かかお前!脳内妄想だらけのど変態女!」
500年前。
時の当主であるマキリ・ゾォルケンが彼の代でマキリの血は魔術師としての限界に達したと知り、恋焦がれ、死に物狂いで抗い始めたのを横目に、あまりにも頭の悪い思いつきを実行した家があった。
それは過去にマキリに刻印を「株分け」されていた
そんな分家がするには、まさに恩を仇で返すようなあまりにも酷い裏切り。
『よっしゃ!なんか当主になって面白いものもらったしこの刻印を核に最強の刻印を作ろうぜ!』
およそ魔術師としては価値観の狂った、ぶっちゃけバカの発想でその分家の刻印は秘密裏に改造が施されたのだ。
しかも、『最強って言えば竜だよな。そう言えばこないだオークションで竜になった魔女の血を受け継ぐ一族の血液サンプル手に入れたし混ぜてみよう』なんて考えるのだからさあ大変。
…あるいは、考えるだけじゃなくて実行し、どういう理屈か成功させてしまったその不条理な奇跡こそが大変だったのか。
すでに譲渡され埋め込まれた魔術刻印の改造に着手するということは、自分で自分の身体にメスを入れあえて臓器を破壊する行為に等しい。
全て間違っているこの現実のなかでも、そんな危険な行為を喜々として実行するバカに魔術刻印を与えたことこそが一番の間違いだったのかもしれなかった。
再現性はなく。
まともな理屈も倫理も論理もなく。
その分家が紡ぐ長い歴史の途中で魔女と恋に落ちた奴も出る始末で、なんなら普通にマキリの分家として本来の魔術刻印は影も形もなく。
だというのに、ある意味で誰よりもマキリの復興に近く、始まりの願い『人間という種の限界を超えた存在』への一つの答えだったのはあまりにも皮肉な現実だった。
魔術特性は吸収で属性は水。
その他にも支配と束縛の魔術も得意。
そしてマキリの魔術刻印(違法改造済)を持ち、回路もある。
500年もの間、特別な刻印と共存してきたことであり得ざる進化を遂げたその分家の末裔の僕に、名前はない。
なにせそもそも、本家の人間に何かあった時のスペアとして用意されていた分家故に。
だが、それでも。
僕は誰よりも間桐臓硯の後継者としては、理想的だった。
人の身でありながら、人ではない存在だった。
間桐の魔術を最奥に届かせる可能性があった。
『カカッ。ならば、見届けてみせよう。お主の末路を。現代に生まれ落ちた竜が藻掻いて地に落ちる様を、地獄の特等席で見上げておくとしようかのう』
化けの皮を剥がせば、翼があり、牙があり、鱗がある。
飛竜と、そう呼ばれる形を僕はしていた。
「───にゃろぉ…!!」
ライダーの上から、竜の力を纏う。
世界から存在そのものを否定される醜い翼が既のところで美遊に向かって振るわれたバーサーカーの一撃を受け止めて、そのまま腕力で引き千切られる。
肉体の損傷に視界が明滅し、しかしそれに構ってる暇はない。
竜の殻を脱ぎ捨てて、その喉笛に噛みついて命を奪い、即座に離脱した。
「また蘇生…!」
「ええいあと何回殺しゃこいつは止まんだ…!」
僕が数瞬前にいた空間に強烈なかかと落としが振り注ぎ、掠めただけで僕は壁を2枚ぶち破りながら吹き飛んでいく。
肉体そのものが一定ランク以上に達していない攻撃を無効化する宝具というインチキに加えて、この蘇生能力。
しかも、一度殺害に至った攻撃手段は無効化するチートまで付いてるのだからやってられない。
そして、目だ。
理性はなく、狂気に侵され、意志はない。
ただの現象だと言うのに、その上で僕を見る目に宿るのは『既知』への冷徹さ。
死に物狂いの僕らの攻撃をまるで知ってるかのように的確に対処してくる、その英雄そのものに刻まれた経験がかなり厄介だった。
「怪物退治はお得意ってか、大英雄!!ムカつくなぁ!?」
「シンジさん!」
口から火を噴き、その炎に自ら飛び込んで加速する。
火達磨になりながら翼を折りたたんで、回転を加えて、音速を超える速度で空間を抉るその一撃すら見せ札にして、僕はその神話の英雄へと取り付いた。
手に握りしめた杭の鎖で首を絞め、その頸動脈に無理矢理傷を付けようと必死に杭の先を押し付ける。
当然敵はただ首を絞められて大人しくしてくれるような優しくて易しい英雄ではない。
「グぅ゙…!?は、な、す、か、ボケぇ゙ぇ゙ェ゙ェ゙ェ゙!!」
頸にしがみつく僕を振り落とそうと暴れ回り、天井に床に身体が叩きつけられ、脳がシェイクされ、脳髄が零れ落ちて、意識が飛びかけるも、これが最期のチャンスだと力を振り絞る。
「…さぞ艱難辛苦を何度も乗り越えて、無双してきたんだろうけどさ!!身体の中に
その僅かに生まれた傷から、僕は口から吐き出した毒を流し込んだ。
「■■■■■■■■■ッ!?」
五百年の妄執。
代替わりを諦め、生き永らえることを選んだ妖怪が生み出した人を蝕む三尸。
刻印虫と呼ばれるその毒の悪辣さを、僕はよく知っている。
蟲蔵に入れられる前にたった一匹植え付けられただけの妹が、どれだけ苦しんだのかを知っている。
「ははっ!うちの虫っていま繁殖期でさぁ!!必要数確保してからは余ってしょうがねえんだよな。だから、ほら!たんと食えよ大英雄!!」
刻印虫は宿主の命を奪う。
そんな害虫以外何者でもない虫の卵を、百を超える数流し込まれればどうなるか。
「■■■……■■■■!?」
「やっと目つきが変わったなぁ!?」
英雄という魔力に満ちた、極上の苗床を前に
誕生する。
体内を這い回り、より美味い場所を求めて図々しくも食い荒らす。
魂すら犯す毒が、垂涎しながら行進する。
生まれたばかりだと言うのにより弱い同族を犯し新たな卵を産む。
尊厳を陵辱するということにおいて、僕はこの魔術以上のものを知らなかった。
「傷は治せてもさぁ、変化は治んないよねぇ!ましてやさっき毒が流し込まれた傷はもうさっきより硬い鎧で覆われてる!あんたほど虫籠として完璧な存在もいないだろうさ!!」
もしかしたら、水と竜と毒という記号の組み合わせが致命的な英雄だったのかもしれない。
それでも、この英雄にマスターがいて、狂化に理性を奪われていたとしても積み上げてきた魂がそこにあったならこうはならなかった。
そして、僕もこんな手段は取らなかった。
だが、目の前にいるのが英霊の座に勝手に繋ぐ不出来なカードによる現象でしかないのなら。
僕は外道な手段でも何でも使おう。
「勝つことこそが至上命題!!勝てばよかろうなのだぁぁってなぁ!!ラスボスへのトドメは僕じゃねえのさ!生憎と主人公とか柄じゃないんでね!!ほら、やっちまえイリヤ、美遊!!」
偽物の英雄と、偽物の水の竜。
酷く醜い、卑怯な禁じ手による苦しみは、しかし。
魔法少女たちの友情を前に終わりを告げた。
●
私は、この世に生を受けたのです。
そう、生まれた瞬間から姉様たちとは違っていました。
姉様たちは本物の女神。
生き物のような在り方とは違って、カタチを得た瞬間から何もかもが完成されていて。
けれど私は生まれ落ちました。
人のように。
時と共に成長し、カタチを変えてゆく生き物として。
それでも、姉様たちと共に在るに相応しい姿になるのだと想った頃もありました。
同じ衣を纏い、同じカタチとなって、まるで女神のように振る舞える日が来るのだと。
どうか笑ってください。
私の、ささやかな、勘違いを。
今回も最後まで読んでくださってありがとうございます。
とりあえずあと1話で一旦エンディングかなぁと思います。
幼馴染ちゃんことクロさんとか結婚を迫るダメットさんとか書きたいことはあるので、完結した後にちょろっと書くかもしれません。
その時はよろしくお願いします。
・以下偽シンジの解説(適当)。
五百年前に魔術刻印に竜の血が混じり、継承を重ねていく内に不具合が生じて肉体が少しずつ変質する呪いのアイテムみたいになる。
それを喜々として代々引き継いできた一族の末裔として、現代にヒトのカタチを持つ飛竜として生を受ける。
その後間桐臓硯を退治し、桜の魔術師としての能力を引き継ぎ、なんとかヒトとして社会に紛れ込んでいる。
ヒトの形が5歳の頃から成長していないのは、『その姿が桜と出会った日の姿』だから。
マトウシンジを間桐慎二として留めているのは間桐桜なので、桜と縁を切ると世界の裏側に飛んでいく。
だが、桜を世界への錨として大切にしているわけではないので、もし桜のためにそれが最善だと判断したら喜んで世界から消えるつもりでいる。