空、望まれぬ星が二つある。   作:暴れ球

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二話

「フーム」

 

 リラの頭の上で、低い声がした。組分け帽子の声だ。

 帽子はリラの頭に対していささか大きかったので、被せられるとリラに見えるのは暗闇ばかりだった。埃と、少しすえたような臭い。ちゃんと洗っているのだろうかとリラは思った。

 

「洗われているとも。私は古くて汚らしく見えるだろうが、汚れてはいない。そして君は……難しい、しかし面白い……」

 

 リラの頭の中を覗き込んだかのように、帽子は一人で喋り続ける。

 

「ブラック家ならば代々スリザリンだが……君は少し違うようだ。方針が変わったのかね?」

「時代が変わったのよ」

「なるほど」

 

 帽子はもう一つ、フームと言った。

 

「勇気もある。知識欲も豊富。狡猾さも悪くない。はてさてどこへ入れたものか」

「ハッフルパフは?」

「ハッフルパフ? 君にはないね」

「ないの」

 

 ないらしい。帽子の言い方が面白くって、リラはくすりと笑いそうになった。

 

「君はあまり人には興味のない性質だろう。公明正大な有象無象よりも、特別をひとつふたつ手に入れたい人の形だ」

 

 なるほど。さすがは組み分け帽子。お見通しらしい。リラは声に出さず感心した。

 あーだこーだと問答を繰り返した末に、結局帽子は高々に叫んだ。

 

「スリザリン!」

 

 

 組分けが終わった。

 アルバス・ダンブルドアの少しおかしな――少しというにはいささか奇天烈すぎるかもしれない――挨拶を皮切りに、盛大な宴が始められた。空だったはずの大皿は豪勢な食べ物でいっぱいになっている。生徒たちはたった今空腹を思い出したかのように、誰もが一斉に皿へと手を伸ばした。リラもちまちまとポテトを抓んで食べ始めた。クリーチャーの作ったステーキ・キドニー・パイが恋しいような気がした。

 

「やあ、リラ。列車では見かけなかったな。どこにいた? ちゃんと乗ってたんだろうな」

 

 ポテトをつまんでいたリラの隣に、男の子が座った。どことなく気取った話し方をするのは相変わらずのようだった。

 

「こんばんはドラコ。ご心配なく、ちゃんと乗ってたわ。あなたが見落としたんじゃないかしら」

 

 きっと実際には上級生の体で隠れていたのだろうけれど、と、リラは口に出さず言った。

 ドラコ・マルフォイ。ブロンドの髪を神経質そうに後ろに撫でつけた、青白い肌の男の子。初めて顔を合わせたのは社交の場であった。アークタルスと共に赴いたマルフォイ家主催のパーティが、彼との出会いだった。

 十分ほど組分けに時間が掛かったリラと違って、彼は一瞬だった。帽子が触れるか触れないかのところで「スリザリン!」と叫ばれるのを見た。なるほどまさしく模範的なスリザリン生だろう、とリラは思う。

 

 マルフォイ家は純血の家系である。そして典型的な純血至上主義であることでも知られている。ルシウス、ナルシッサの一人息子であるドラコもまたそれに漏れず、純血主義であり、それを隠そうともしない。

 だが面白いことに、マルフォイ家の家系図には多くの半純血が登場している。レストレンジやブラックとは違って。つまり表向きは純血を謳いながらも、その裏では混血の血を取り入れることをよしとしているのだ。

 言動と実体の矛盾。けれどそこをリラは面白いと思う。多くの魔法族と比べても、彼らは政治がうまいのだ。それも格段に。

 

 マルフォイ家は混血を取り入れて血が濃くなりすぎることを防ぎ、グリーングラスに見られるような血の呪いを避け、しかし純血貴族としての社会的ステータスは存分に活用している。また、そのような隙があるにも関わらず、魔法界にはマルフォイ家を半純血だと突き回すような相手はひとりもいない。いさせないのだ。そこにマルフォイという一族の強さを、リラは感じている。彼らは根っからの政治家だ。ルシウスもそれに漏れない。

 

 それと比べればドラコはまだかわいいと思えた。純血至上主義的な発言が時に目立つが、それは親からの受け売りのもので、まだ彼自身のものではない。マルフォイ家は上に立つ者という意識もあるのだろうが、クラッブやゴイルのような者たちを周りに置いているのは、彼の面倒見の良さの一端でもあるかもしれない。リラにもまた、こうして声を掛けている。

 

「父上からお前の助けをしてやれと言われている。何か困ったことがあれば僕に言え」

「ご親切にどうも。でもあたし、あなたに助けられるほど弱くはないのだけれど」

「この前のパーティで倒れたくせに?」

 

 悪気なさそうに、ドラコは片眉を上げた。

 

「そういうセリフは、僕よりこなれてから言うべきじゃないか」

「あれは貧血だっただけよ。……それにああいう場は初めてだったし」

「ふぅん。まあいいさ。君のお祖父様にもよろしく伝えておいてくれ。父上がお体のことを心配していたと」

「伝えておくわ」

 

 ルシウスはドラコと、そしてリラを通してアークタルスを見ている。もっとも、ドラコにとってはそれは単なる父親からの言いつけで、同じ貴種たる女の子には手を差し伸べるべきだという、彼の中の紳士的行為の一環として纏められているのかもしれないが。

 パーティでリラが一度失態を犯して以来、彼の中のリラの像が妙に弱い形で見られていることはリラにとって不服ではあった。だがそれを否定する材料がないのがまた悩みの種であった。

 

「それより見ろよ、リラ」

 

 ドラコは一転して声色を変え、顎をしゃくってグリフィンドールの席を指し示した。その先にはハリー・ポッターが見える。

 

「哀れなものだな。あれではサーカスの猿だよ。あんな連中に囲まれて、馬鹿みたいに騒がれてさ」

「また、露骨ね」

「露骨にもなるさ。本来彼が座るべきはこちらの席だ。そうだろう? 間違っても、血を裏切る者の隣なんかじゃない」

「随分高く評価してるのね、彼のこと」

「当然だ。ポッター家は純血だぞ。それも由緒正しい、ね。彼の半分にはその血が流れている。それなのに愚かなマグルに育てられ、挙句の果てにあの――ウィーズリーだ。もっと正しい友人が彼には必要だとは思わないか?」

「彼と友人になれたら、きっとおもしろいでしょうね」

 

 リラは書店での会話を思い出す。もう少し話をしてみたい気は、しなくもなかった。

 

「随分とウィーズリーに突っかかるみたいだけど、何かあったの?」

「ああ。コンパートメントでポッターに話しかけようとしたら、奴が邪魔をしたんだ。せっかくの誘いも断られるし、ゴイルがネズミに齧られた。最悪だよ。ウィーズリーめ……きっと奴がポッターに色々吹き込んだに違いない」

 

 憤懣やるかたないといった様子で、ドラコは乱暴な手付きでポークチョップに手を伸ばした。

 

「どんなことを言ったの? ……いえ、想像つくわ。『ポッターくん。そのうち家柄のいい魔法族とそうでないのはわかってくるよ。間違ったのとはつき合わないことだね』……こうでしょう。違う?」

「なんでわかるんだ」

「わかりやすいもの。……あのね、ハリー・ポッターはコンパートメントで既にウィーズリーと一緒だったのでしょう? つまりある程度お話をして、友人として打ち解けてきた頃のはず。そこにいきなりよくわからないあなたが入ってきて、友人は選べと言っても、彼の中で混乱と反発を生むだけでしょうに」

「君までウィーズリーの肩を持つのか」

 

 ドラコは露骨に不機嫌な声を上げた。

 リラは溜息をついてあのね、と付け加える。

 

「違います。箒に乗るよりチェスの方がずっと楽しいわ、クィディッチなんてやめましょう、なんてあたしが言ったら、あなたはどう思うかしら」

「ありえないだろ!」

「でしょう? 言い方を考えなさいってこと。彼と友人になりたいのならね」

「…………わかった。少し、考える」

 

 リラが肩を竦めるとドラコは難しい顔をして黙り込んだ。

 こうして考えようとはするあたり、まだ素直なところが彼のかわいげのあるところでもある。それが実を結ぶかどうかは彼次第だが。

 リラはドラコとハリーが友人として接する姿を想像して、あんまりなさそうだなと、首を傾げた。

 

 

 ハリーはグリフィンドールの席にいた。

 周りのみんなの例に漏れず、ハリーも大皿に手を伸ばしていた。ダーズリー家では食べたことのないようなごちそうばかりだった。ハリーが食べたいものは、ダドリーがみんな取り上げてしまっていたから。

 大皿から全部――ハッカ入りキャンディ以外――をちょっとずつ取って食べたが、どれもこれもおいしかった。ホグワーツでの食事とはこうなのか、とハリーは思った。

 みんながごちそうを食べ終わってお腹も膨れてきたころ、ハリーはようやくロンに聞きたかったことを聞けた。

 

「ねえ、ロン。リラ・ブラックって子のことを知ってる?」

 

 スリザリンの席に座っている女の子。あの黒い髪と青い瞳はハリーの記憶に焼き付いている。名前は知らなかったが、一目で気がついた。あの子も、ハリーと同じくホグワーツに来ていたのだ。残念ながら寮は違うようだけれど。

 ハリーがスリザリンの席を見ながら聞くと、ロンは露骨にウゲー、とでも言いたそうな顔で答えた。

 

「ブラック? 知ってるよ。闇の魔法使いの家系だよ、マルフォイと同じね。兄弟が二人いたんだけど、両方とも例のあの人の支持者だったんだよ。シリウス・ブラックって聞いたことない?」

「そいつがマグルの世界でも有名なくらいの凶悪犯だったりしたら、聞いたことあるかも」

「ああ……そうだった」

 

 ロンは少しバツが悪そうな顔をした。

 

「でももしかしたらニュースになってるかも。おっかない殺人鬼だったんだ。魔法使いを一人粉々にして、巻き添えにマグルを何人も殺したんだよ。一生アズカバンからは出てこれないだろうって、パパが言ってた」

 

 アズカバン。一体どんなところだろうか。暗くて薄暗い牢屋の中で、ナイフを持った殺人鬼がケタケタと笑っている姿を想像して、ハリーはぶるりと身震いしそうになった。

 

「えっと、もう一人の方は?」

「そっちはよく知らない。兄と同じくあの人の支持者だったらしいけど、逃げ出してあの人に殺されたとか」

 

 ソーセージをフォークで突き刺しながら、ロンは言った。

 

「それじゃあ、リラ・ブラックはそのどっちかの子供?」

「いや、そうじゃないみたい。どこか別のところに居た子供を、今のブラックの当主が連れてきたらしいんだけど……。とにかく、ブラックは危ないんだよ。マルフォイの家だってブラックとは仲良くしてるみたいだし。きっと悪いやつに違いないんだ。だってほら、そのリラ・ブラックもスリザリンだし」

「ウーン」

 

 ロンの言葉に、ハリーは曖昧に返事をした。

 確かにスリザリンの寮の連中は、どうも感じが悪いとハリーは思った。スリザリンの悪評についてあれこれ聞かされたのもあるし、当のドラコとは列車でひと悶着あったばかりだ。これでいい印象を抱けというのが無理がある。

 

 でも、とハリーは思い返す。

 フローリシュ・アンド・ブロッツ書店で出会った彼女は、初対面であるハリーに案内をしてくれて、本のプレゼントまでしてくれた。出会ったばかりのハリーに、だ。

 もし自分が彼女だったら、そんなことできただろうか。ハリーは思う。

 

 ロンはスリザリンに居るのは悪い魔法使いだと言う。彼女はスリザリンだ。

 ブラックは闇の魔法使いの一族だと言う。彼女もブラックだ。

 

 彼女は、悪い魔女なのだろうか。

 ハリーはもう一度、彼女と話をしてみたい気がした。

 

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