「…会ったな、ガキ」
アズは店の壁へ寄りかかったまま、
気怠そうに煙を吐いた。
ゴン・フリークスはぱっと顔を明るくする。
「やっぱり強い人だったんだね!」
「まだ言うか」
「だって昨日ウイングさんもすごい人って言ってた!」
アズの眉が僅かに動く。
「……余計なこと喋るな、あの眼鏡」
店内の空気が少し張る。
周囲の客達は、
無意識にアズから距離を取っていた。
一方でゴンは全く気にしない。
隣の
キルア・ゾルディックは、
露骨に警戒していた。
「アンタさ……何者?」
「昨日も聞いたな」
「答えてねーし」
アズは少し考える素振りを見せる。
「……無職」
キルアが真顔になる。
「絶対嘘だろ」
「割と暇だぞ」
「そこじゃねぇ」
その時。
「アズ」
奥から低い声。
マチ・コマチネ が服を数着持ったまま出てくる。
ゴンが目を丸くした。
「わ、キレイな人!」
「……ガキ?」
マチはじろりとゴンを見る。
しかし次の瞬間、
キルアの顔を見て僅かに目を細めた。
(ゾルディック……)
気配が似ている。
訓練された殺し屋独特の重心。
一瞬で察した。
キルアも同じだった。
(この女もヤバい)
空気が微妙に緊張する。
だが。
「おじさんの彼女?」
ゴンの一言で全部崩れた。
沈黙。
数秒後。
マチが真顔でアズを見る。
アズも煙草を咥えたまま止まる。
「……違ぇよ」
「アンタみたいなの誰が選ぶの」
「辛辣だな」
「事実」
キルアが吹き出した。
「ハハッ、振られてやんのw」
アズは面倒そうに煙を吐く。
「ガキ共、お前ら何してんだ」
「修行の帰り!」
「あとアイス!」
「またか」
「今日は勝ってないけど食べたい!」
「欲望に忠実だな」
ゴンは嬉しそうに笑う。
アズはその顔をぼんやり見る。
(……変なガキだ)
裏が無い。
真っ直ぐすぎる。
流星街ではまず見ない種類の人間。
マチはそんなアズを横目で見て、
小さく鼻を鳴らした。
「珍しいね」
「何が」
「アンタが他人と喋ってる」
「勝手に話しかけてくんだよ」
「嫌なら無視するでしょ」
アズは答えない。
マチは少しだけ笑った。
そこへ。
「ねぇおじさん!」
ゴンが身を乗り出す。
「今度また会える?」
キルアが目を見開く。
「はぁ!?」
普通そんなこと聞かない。
相手はどう見ても危険人物だ。
だがゴンは純粋だった。
アズは少し黙る。
煙草の煙がゆっくり揺れる。
「……知らん」
「えー」
「会う時にゃ会う」
適当な返事。
だが、
完全な拒絶ではない。
ゴンはそれだけで満足そうに笑った。
その様子を見ながら。
マチは静かに思う。
(……本当に珍しい)
アズが、
こんな風に誰かを気に入るのは。
ゴンは嬉しそうに笑っていた。
「やった! また会えるかもしれないんだ!」
「いや会うって決まった訳じゃ――」
「ゴン、お前さぁ……」
キルアが呆れた顔で頭を掻く。
普通、
もっと警戒する。
相手は明らかに危険人物だ。
なのにゴンは、
大型の珍しい動物でも見つけたみたいな顔をしている。
アズは煙草を咥えたまま、
面倒そうに視線を逸らした。
「……騒がしいガキだな」
だが、
完全に嫌がっている訳ではない。
それが分かる程度には、
マチは長い付き合いだった。
マチは黙ってその光景を見ていた。
アズは基本、
他人へ興味を持たない。
強者ですら、
「強ぇな」で終わる。
気に入ったとしても、
せいぜい仕事相手程度。
なのに。
あの男は今、
明らかにゴン達へ意識を向けていた。
それが妙に引っ掛かる。
マチは小さく眉を寄せた。
(……何だろ)
別におかしなことじゃない。
ガキに興味を持つくらい、
珍しくはあっても異常ではない。
なのに妙に落ち着かなかった。
ゴンは無邪気にアズへ話しかけ続ける。
「おじさんっていつもそのコート着てるの?」
「……楽だからな」
「暑くない?」
「脱ぐのが面倒」
「変なの!」
アズは「よく言われる」とでも言いたげに煙を吐く。
そのやり取りを見て。
マチの胸の奥が、
少しだけざわついた。
(……何これ)
言葉にできない。
苛立ちとも違う。
ただ、
見慣れない光景だった。
アズは昔から、
誰かへこういった空気を見せない。
流星街でも。
旅団相手でも。
もっと距離があった。
なのに今は、
あのガキへ妙に柔らかい。
「マチ?」
アズの声。
気付けば、
自分を見ていた。
「……何」
「服選べ」
「自分でやれ」
「面倒い」
「知ってる」
マチは乱暴に黒シャツを押し付ける。
アズはそれを見る。
「……今のと何が違う」
「全部」
「分からん」
「分かれ」
ゴンが笑う。
「二人ってすごい仲良いんだね!」
ピタリ。
空気が止まった。
キルアが「あっ」と顔をした。
アズは無言。
マチのこめかみが僅かに動く。
「違う」
即答だった。
「へ?」
「コイツが生活できないだけ」
「ひでぇな」
「事実でしょ」
だが。
その否定が、
妙に早かった。
マチ自身、
その理由が分からない。
ただ、
何故か少しだけ胸の奥がざわついていた。
「じゃあオレ達行くね!」
ゴンが大きく手を振る。
隣で、
キルアは最後まで警戒したままだった。
「……ゴン、早く」
「またね、おじさん!」
「……おう」
アズは気のない返事を返す。
ゴン達は人混みへ消えていった。
静かになる。
数秒後。
「アンタ」
マチが低い声を出した。
「何だ」
「気に入ったの?」
「何が」
「あのガキ」
アズは煙草を咥え直す。
「別に」
「嘘」
「何でだよ」
「アンタが自分から会話続ける時点で珍しい」
アズは少し黙った。
店員が遠巻きにこちらを見ている。
近付きたくない。
でも気になる。
そんな空気。
「……変な感じがした」
アズがぼそりと言う。
「変?」
「あの黒いの」
ゴンのことだった。
「普通じゃねぇ」
マチは少し考える。
確かに、
あの少年は妙だった。
真っ直ぐすぎる。
普通、
アズみたいな人間へは近付かないように本能が働く。
なのにあの少年は、
恐怖より好奇心が勝っていた。
「……まあ、変ではあった」
「だろ」
アズはそこで欠伸をする。
「もう帰るか」
「服は?」
「買った」
「黒シャツ一枚だけじゃん」
「増えたぞ」
「誤差じゃん」
マチは深く溜息を吐いた。
その時。
ふと、
先程の光景が頭を過る。
ゴンへ向けられていた、
アズの視線。
あんな目をすること、
ほとんど無かった。
昔から。
流星街でも。
旅団相手でも。
マチは何となく気に入らなかった。
理由は分からない。
ただ、
胸の奥が微妙にモヤつく。
(……何なんだろ)
アズはそんなマチを気にも留めず、
店を出ようと歩き出す。
「置いてくぞ」
「待って」
マチは反射的にアズのコートを掴む。
アズが振り返った。
「……何だよ」
「別に」
「?」
マチは自分でも意味が分からなかった。
ただ、
何となく。
少しだけ。
置いて行かれるのが嫌だった。
マチが掴んだコートの裾を、
アズはぼんやり見下ろした。
「……何だ」
「別に」
「いや掴んでるだろ」
「……何となく」
アズは数秒黙った後、
面倒そうに煙を吐く。
「ガキかお前」
「うるさい」
マチはすぐ手を離した。
自分でもよく分からない。
ただ、
胸の奥が妙にざわついていた。
アズが誰かを気にする。
それ自体は別に悪いことじゃない。
なのに。
(……何でこんな引っ掛かる)
自分でも理解できなかった。
アズは気付いていない。
というより、
気付けるほど繊細ではない。
「帰るぞ」
「……ん」
二人は街を歩き始める。
夕方のネオン。
人混み。
喧騒。
だがアズの周囲だけ、
微妙に空気が空いていた。
無意識の威圧感。
一般人は本能で避ける。
マチは隣を歩きながら、
ちらりとアズを見る。
黒のロングコート。
無精髭。
気怠そうな目。
終わってる生活能力。
変わらないのは分かってる
なのに、
妙に指摘したい気分になる。
「……アンタさ」
「ん」
「髭剃れば」
「面倒」
「絶対モテない」
「困ってねぇし」
「そういう問題じゃない」
アズは少し考える。
「……さっきのガキにもおっさんって言われたな」
「事実だから」
「お前最近当たり強くねぇ?」
「元から」
「辛辣だなぁ……」
その気の抜けた声に、
マチは少しだけ気分が落ち着く。
昔から変わらない。
誰に対しても、
こんな調子。
……さっきのガキ相手でも、
少し会話が増えただけだ。
そう思った時。
「――あっ! おじさん達だ!」
前方から声。
ピタリとマチの思考が止まる。
そこには、
アイスを両手に持った
ゴンがいた。
隣には、
露骨に嫌そうな顔の
キルア。
「また会った!」
「……早ぇな」
アズがぼそりと呟く。
キルアは半目だった。
「街そんな広くねーし」
ゴンは嬉しそうに近寄ってくる。
「おじさん達これから帰るの?」
「多分な」
「多分って何?」
「こいつが行き先決めねぇから」
アズが即答する。
ゴンは笑った。
「面白いね!」
マチはそこで気付く。
自分が少しだけイラついていることに。
ゴンは悪くない。
分かってる。
でも。
アズがこんな風に自然に会話している光景が、
何故だか落ち着かなかった。
その時。
ゴンがアズを見上げる。
「おじさんってさ」
「ん」
「強い人と戦ったことある?」
マチの目が僅かに細まる。
アズは少しだけ沈黙した。
夕暮れの光が、
右目の傷を薄く照らす。
「……ある」
短い返答。
だが。
その瞬間だけ。
空気がほんの僅かに、
冷えた気がした。