そこは遮るものなどない広い平地だった。
ジリジリとした緊張感が張り詰める中、俺は静かに木刀を構えていた。
視線の先、対峙するのは師匠であるアーグ。
そして、互いの視線が交錯した一瞬、同時に地面を強く踏み込んだ。
激しい風切り音を響かせながら、お互いの剣がぶつかる。
火花が散るような重い衝撃が腕に伝わる。
少しでも気を抜いたら、隙を突かれて剣に吹き飛ばされるだろう。
そんな実践さながらの緊迫感の中、何度も刃を打ち合う。
何度も打ち合ったところで、俺は仕掛けることにした。
剣が当たる瞬間、剣を流れるような動作で師匠の剣の軌道を受け流し、即座に師匠の懐へと木刀を突き出した。
「おっと」
だが、師匠の老体が信じられない角度で後方へと仰け反り、俺の渾身の突きを紙一重で躱す。
さらに、その体制から俺に回し蹴りを放ってきた。
俺はそれを地面を強く踏み込んで後方に跳んで回避する。
お互い位置関係が最初に構えていた場所へと戻ってくる。
「ここまでじゃな」
すると、師匠は剣を下ろし、そう言った。
その言葉を聞いたところで俺も剣を下ろす。
「凄まじい成長速度よな。お前を弟子にしてから4年しか経っていないというのに」
「4年もあれば成長くらいしますよ」
「生意気になったものだ」
師匠は呆れたように首を振るが、その口元はどこか誇らしげに緩んでいた。
師匠への弟子入り
ラムとレムとの出会い
両親との口論
そんな日から4年の月日が流れた。
4歳だった俺の身体は8歳となり、鬼族としても、戦士としても急激な成長を遂げていた。
その間に必死で磨き上げてきた剣術は、今やかつてボコボコにされていた師匠と実戦形式での戦闘でも互角に戦うことができるレベルに達している。
最近、師匠から免許皆伝を言い渡され、正真正銘立派な剣士となることができた。
近くにあった大岩に腰掛けながら、この4年間の出来事を静かに振り返る。
何よりも大きく変わったのはレムの存在だ。
あの夜、花畑で約束を交わして以来、俺とレムは何度も特訓を重ねた。
そのおかげもあって、今では精密なマナの操作と、高度な回復魔法を使用できるようになっている。
さらに、持ち前の真面目さで料理や家事といった分野でもその才能を開花させていった。
今のレムの瞳にはかつてあった卑屈な焦燥はどこにもない。
自分の今まで地道に積み上げてきたことによって得た確かな実力が彼女に自信をもたらしていた。
未だ鬼族の実力では未だ下の方にいるレムだが、そこを卑下するのではく、自分にできることを確かにやっているそんな強い子に育った。
そんなレムの劇的な変化を姉であるラムも静かに見守っていた。
レムがラムに依存せず、一人の自立した鬼として輝き始めたことによって、ラムの過保護さは和らいだ。
その分、里の大人たちとの繋がりも作り、実力で文句を言う奴らを黙らせたり、一部の大人たちと酒を飲み交わしたりもしていた。
レムとラムは互いに支え合うとても仲の良い理想的な姉妹関係を築くことが出来ている。
俺と彼女たちの関係も深いものになっていた。
俺はレムとは友人であり、時に教え導く師弟の関係であり、ラムとは友人であり、背中を預け合うライバルのような関係になっている。
どちらとも強固な信頼関係を築くことが出来ていた。
俺の里での立場も大きくなった。
里でも上位に位置する魔法の実力と、師匠に鍛え上げられた剣士としての実力を証明し、ラムと双璧を成す立場へとなっていた。
里の戦士やラムに誘われ、酒を飲み交わす機会なども出来ている。
鬼族の強靭な肝臓のおかげで、8歳の身体でも悪酔いすることがないのが救いだ。
そんなたくさんの変化があった中で一つだけ4年前から完全に時が止まった場所があった。
両親との関係だ。
俺は基本的に師匠の家に入り浸っていたが、たまに実家に帰っていた。
だが、家に帰っても軽い挨拶程度で会話はほとんどない。
ラムが里で認められてきているにも関わらず、両親は意固地となっているのか、意見を変えない。
俺は二人を守ると決めているので、そこだけは譲るつもりはない。
結局、俺と両親の正義が交わることは最後までなかった。
「おい、カル。何をボケッとしている。休憩は終わりだ。次は魔法を織り交ぜた模擬戦を行うぞ」
「はい、今行きます」
師匠の声に現実に引き戻され、俺は木刀を手に立ち上がる。
里の大人たちに認められ、レムに慕われ、ラムと笑い合い、師匠と剣を競い合う日々。
それは眩しいほどに満ち足りた平穏な日常だった。
平穏な日常
それは俺の危機感を無くす猛毒となり得る。
俺は忘れていたのだ。
この世界がどんな世界か。
この場所がどんな運命を辿るのか。
この世界はリゼロの世界であり、この里は滅ぶ。
その時はすぐそこまで迫ってきているのだった。