「なん、で......」
突き飛ばされた俺の視界の中で、代わりにペテルギウスの見えざる手に捕らえられた母の身体が宙に浮かび上がった。
容赦のない不可視の圧力が加わり、母の関節があらぬ方向へとへし折られていく。
その命が風前の灯火になるまで、一秒とかからなかった。
そして、手から離されたのか、地面に落ちていく。
「......カ、ル......ごめん、ね......」
母は血を吐きながら、それだけを言い残して息を引き取った。
なんで助けるんだよ。
なんで謝るんだよ。
俺はあなたの息子じゃなかった。
初めての子供だったのに、前世の記憶を持った異常な俺が生まれて、両親よりも両親が認めない少女たちを優先して。
挙げ句の果てにはこの四年間はほとんど会話も無くて。
油断したのは俺だ。
襲われたのも俺だ。
俺が対処しなければいけない敵だった。
なのに、なんで......
「油断、怠慢、即ち怠惰。アナタは実に怠惰デスね。ですが、彼女は身を挺してアナタを庇った!それこそ愛!そう愛に、愛に、愛に、愛に、愛に「黙れよ」」
俺は今まで自分が出したことのないような速度でペテルギウスに接近し、首を刎ねた。
胸の奥で俺の『情動の加護』が狂ったように吠える。
限界を超えた速度の一閃により、ペテルギウスの首がどこかに飛んでいき、身体は地面に倒れる。
敵を殺しても晴れた気分にはならない。
どうせ、ペテルギウス自体は死んでいないのだろう。
身体を乗り換えて生き残っている。
脳裏に生まれてすぐの頃、俺は親孝行しようと思っていたのを思い出した。
なんで今になって思い出すのか。
俺は母に何もしなかった。
俺はこの人の息子ではなかった。
だが、この人は俺の母親だった。
最後は息子を守って死んだ。
今になって後悔が募る。
何故もっと会話をしてこなかったのか。
何故あの時、諦めてしまったのか。
何故何故何故何故......
何故俺は魔女教徒の襲撃が分かった時に両親に何も話さなかったのだろうか。
俺が母の亡骸の前で呆然としていると、無数の魔女教徒が襲ってくる。
その数は数えることも面倒な量だった。
近くの鬼を殺し尽くしたのか、周りの魔女教徒のほとんどが襲ってきた。
「ウル・ヒューマ」
幾千もの氷を周囲に生み出し、全方位に放つ。
マナ切れを起こさないように慎重に戦っていたが、今はそんなことどうだっていい。
確かに俺の油断、慢心が母を殺した。
だが、襲ってきたのはこいつらだ。
八つ当たり気味に魔法を放ち続ける。
そして、氷を放ち終わった時、周囲にいる魔女教徒は全て倒れて動かなくなっていた。
「お母さん」
母の亡骸の前で目を瞑り、手を合わせる。
「今までありがとうございました。守ってくれてありがとう。今までごめんなさい」
この世界に生まれて初めて俺は『息子』になれたと思う。
だが、『母親』はもうこの世界にはいない。
その事実を認識して、心にぽっかりと穴ができたような感覚。
後悔はしているが、悲しいのかどうかは分からない。
だが、最後にこの言葉を残して行こう。
「お母さん。行ってきます」
母に隠し事をして、何度も家を出ていたので、この言葉は言ったことがなかった。
だけど、ここで初めて言おう。
ラムとレムを助けに。息子として人生を始めに。
冷たい心に決意を宿し。再び戦場へと駆け出した。
ラムとレムの家に近づくと、また魔女教徒が増えてきた。
俺のいた場所の魔女教徒はほとんど殲滅したが、未だ数えられないほどの教徒がいる。
蛆のように湧きやがって。
その無数の魔女教徒の中心部には一人の桃色の髪の少女がいた。
俺はその少女に加勢する。
「無事だったのね」
「......なんとかな」
ラムは俺の冷え切った表情から何かを察したのか辛そうな顔をする。
だからといって、魔女教徒が襲ってこなくなるわけではないので、その相手をする。
それにしても、何故この少女は当たり前のように鬼化をして無双しているのだろうか?
俺は角を出しただけで、とてつもなく苦しむというのに。
これが本物の神童か。
「レムは?」
「家の中よ」
「無事だよな?」
「家に近づく奴らは全員殺してるわ」
ならいい。
遠慮なく戦おう。
「アクラ」
魔法で身体能力をさらに向上させ、目に入る魔女教を全て屠っていく。
すると、後ろから声がした。
「お姉ちゃん!カルくん!」
レムが家の中から出てきた。
魔女教徒はレムを視認した瞬間に標的をレムに絞ったようだ。
ラムはレムの守りに入り、俺は向かってくる敵を全て斬った。
そして、魔女教徒はほとんど殲滅したようで、見える範囲では魔女教徒はもういなかった。
守りきったのか?
俺はアクラを解除し、二人に近づく。
「大丈夫だった?」
ラムが心配してくれる。
「もうすぐマナが切れそうなこと以外は大丈夫だ」
傷も負っていない。
ラムも傷はないようだ。
まあ、ラムは鬼化をしているので、傷を負ってもすぐに回復するのだが。
「とりあえず、生存者を探すか」
とりあえず、師匠の無事を確認したい。
正直に言えば、師匠が生き残っている可能性は低い。
だけど、探しに行かないという選択肢はなかった。
そして、俺がレムとラムに対して背を向けた瞬間......
ラムの目の前に一人の魔女教徒が姿を見せた。
俺もラムも気づかなかった。
気配がその瞬間まで一切なかった。
そして、その魔女教徒の手には十字架のナイフが握られていて。
そして、そして、そして......
ラムの角は十字架のナイフによって折られてしまった。
「アクラァアア!」
魔法を発動させ、一瞬でその魔女教徒を殺すが、既に遅い。
ラムは額から血を流して、倒れてしまった。
「お、おねえ、ちゃん?」
レムは目の前でラムの角が切り飛ばされていくのを唖然としながら眺めていた。
現実が理解できていないような。
「レム!ラムに回復魔法を!」
だが、その声はレムには届いていなかった。
その瞬間に、無数の魔女教徒が姿を現した。
「レム!」
大声でレムの名を呼ぶ。
すると、ようやくレムは反応した。
「ラムに回復魔法を」
「は、はい」
魔女教徒はどんどんと増えていく。
本当に蛆のように湧いてくる。
俺の体調は万全ではなく、マナの総量もあとわずか。
背後には守らなければいけない人が二人。
敵はもう何人いるか分からない。
「これは、終わったかもな......」
レムに聞こえないように自嘲気味に呟く。
母を死なせ、ラムの角も守れず、結局何もできなかった。
そんな俺に相応しい最後なのかもな。
だが、その瞬間に、空に人影が見えた。
そんなことができる人物はこの世界にほとんどいない。
そして、俺はその人物を知っている。
結局、お前の筋書き通りってわけか。
「ウル・ゴーア」
超広範囲の炎が魔女教徒を殲滅していく。
俺はその人物に向かって剣を向ける。
奇抜なピエロ顔の男、ロズワール・L・メイザース
「剣を下ろしてくれないかぁーな。私であればその少女を助けることができる」
くっそ。結局この男に頼るしかないのか。
鬼族の里の襲撃に加担したこの男に。
俺は舌打ちをしながら剣を下ろした。
すると、アクラが切れる。
同時に視界も歪んできた。
既に肉体も精神も限界だった。
「君も眠るといい。限界だろうからね。君たち三人は私が保護しよう」
ロズワールがそう言ったのを最後に俺の意識は落ちていった。
俺が最後に見たのは、俺と姉を抱きしめながら、泣き叫ぶレムの姿であった。
鬼族の里編終了!
次回原作開始前 ロズワール邸編