時は深夜
俺は外に出ていた。
そして、以前に家を抜け出した森の近くへと向かう。
この心の奥底に溜まった負の感情を何に対してでもいいから吐き出したかった。
二人を守ると誓ったが、それ以外の全てが割り切れるわけではない。
その負の感情を全て出し切るように、巨木に向かって拳を叩き込んだ。
鬼化も魔法も使っていないその拳は轟音を響かせながら、木を粉砕した。
そして、その一撃の衝撃波で近くの木々も薙ぎ倒した。
その一撃で少しだけ冷静になった俺は辺りを見渡した。
「・・・あれ?」
おかしい。
自分の手を見る。
いつもなら全力で殴ったところでこんなことにはならない。
もう一度辺りの木を殴ってみる。
すると、凄まじい破壊力ではあったが、先ほどの一撃には遠く及ばない。
そういえば、前もこんなことがあった気がする。
初めて家を抜け出した時。
あのときも身体が軽くなって力が溢れてくる感じがした。
これは魔法ではない。
鬼化も使っていない。
この世界で魔法以外の能力はほとんど知らない。
だが、一つだけ知っているものがある。
「加護か」
加護
オド・ラグナが与える力
前回との共通点......感情の昂りか。
前の時は興奮と焦り
今回は怒り
強烈な感情の昂りに呼応して能力が上がる加護
『情動の加護』といったところか。
俺は闘争心を滾らせて、また木を殴りつける。
だが、威力はさらに落ちていた。
意図的に作り出した感情では、本当の意味での爆発は起きないということか。
本物の、心の底から湧き上がる衝動でなければ、この加護は真価を発揮しない。
さらに森の奥深くへと入る。
すでに魔獣の群生地へと入っていた。
俺はアクラを詠唱し、身体に光を纏う。
そして、額からは二本の角を出し拳を構える。
近くの魔獣は俺を捉えたのか、一斉に襲ってくる。
俺は魔獣が襲ってきた瞬間に怒りや絶望を全てその拳に乗せて、解き放った。
聞いたことのないような轟音
向かってきた魔獣は悲鳴もなく一匹残らず塵と化した。
拳だけで地形が変わってしまうような一撃。
この力を使えばあの二人をきっと守ることができる。
その時に頭に思い浮かんだのは師匠の言葉。
「良い息子を持ったか......」
力が手に入った喜びと、実の親との亀裂が入った絶望
そんな相反する感情を胸に抱きながら俺は帰路へとつくのだった。
翌日からは俺は師匠の稽古場に朝から来ていた。
母親と顔を合わせたくなかったからだ。
そこで四歳の身体には過酷すぎる走り込みをする。
今は何かをしていたいと思っていた。
自分の感情を身体を追い込むことで気にしないようにしている。
「そこまでだ」
不意に師匠から声が飛んだ。
地面に膝をつき、激しく肩で息をする。
「......まだ、いけますよ」
「バカを言うな。今のお前は稽古をしているのではない。自分を痛めつけているだけだ。そんなことをしても意味はない」
師匠は呆れたような表情をしながら俺を見下ろした。
「お前にしては珍しいな。何かあったのか?」
「・・・」
「親と、何かあったか」
目を見開いた。
何も言っていないのに見抜かれた。
俺の反応から確信したであろう師匠に隠しても無駄か。
「大したことじゃないですよ」
「お前がそこまでなっているんだ。大したことないわけがなかろう」
「ちょっと、喧嘩しただけですよ」
ラムとレムの話は隠す。
もしも、師匠も母と同じ考えであれば、俺の居場所は本当になくなってしまうような気がしたから。
「お前は頭が良く、何が善で何が悪なのかを知っている。その上で親と喧嘩になったのであれば、お前の貫きたいものが悪だったか、親に悪を強制されたからだろう」
俺にとってラムとレムの迫害は悪だ。
だが、ラムとレムを生かしたのは族長だ。
二人を迫害する親は悪なのだろうか?
「だが、そんなことどうだっていい。喧嘩なんて双方に正義があって、それが譲れないものだっただけだ」
そうだな。
俺は俺の信念に基づいた正義を。
母は里の掟に基づいた正義を。
それぞれが違う正義を持っていただけなのだ。
だからこそ、俺たちは分かり合えない。
「もし、自分の正義を世界の正義としたいのならば強くなれ。暴力も権力も立場も。その全てを手に入れれば、お前の正義は世界の正義になる」
自分の正義
世界の正義
他人の正義
正義を主張したいのならば強くならなければいけない。
「分かりました。力をつけます。誰にも俺の正義を犯されないように」
「ふっ、そのいきじゃ。そして、ここからはただの老人としての意見じゃが、お前はもっと自分のために生きよ」
「自分のため?」
「お前の頭には常に他人がいるように思う。その他人を守るために自分を削っている。だからこそ、自分のために力を使い、自分の我儘を通し、自分のために生きることがお前には必要だ」
自分のために生きる。
別に無理に家族である必要はない。
別に無理に他人に合わせる必要はない。
「ありがとうございます。何か分かった気がします」
「ならよかった」
俺は立ち上がって、また走ろうとする。
「カルよ。これ以上の稽古はもう禁止だ。これは師匠命令だ」
「え......」
気分が晴れて、走り出そうとしたのに、止められてしまった。
「少しは身体を休めろ。家に帰りにくいのであれば、ワシの家にいつまでもいて構わんから」
師匠に言われたのならば仕方ないか。
俺は師匠の横に行き、ゆっくりと休むのだった。