俺の声に反応して人影が姿を現した。
「バレていたのね」
「気配を消すことと、読むことは得意だからな」
月明かりに照らされた人影はラムであった。
レムの回復魔法を練習している時から気配があった。
姿を見せることはなかったが、ずっと見守っていたのだろう。
「ありがとね」
「急にどうしたんだ?」
「レムのことよ。あんな嬉しそうな顔は久しぶりに見たわ」
ずっと焦ったような表情をしていたレムが俺と別れる時には笑顔だった。
「ラムはレムの悩みを解決することはできなかったから......」
彼女の溢した言葉には、切ないほどの悔しさが滲んでいた。
決して何もしなかったわけではなく、解決できるようには頑張ったのだろう。
「やっぱり姉様は優しいな」
「なにそれ......だけど、ラムはレムのおねちゃんだもの。あの子が悩んでいたら解決したくなるものよ。でも、それはラムには難しいことだわ。だから、あの子を見ていて欲しいの」
その言葉は強大な力を持った鬼の言葉ではなく、一人の姉としての言葉だった。
ただ、妹が心配なだけのお姉ちゃん。
「大丈夫だ。俺はなにがあってもお前らの味方でいてやる。レムのこともしっかりと見ておいてやるよ」
「ハッ、別にラムの味方である必要はないわ。レムだけを見ていてくれれば......」
「確かにラムより弱い俺が味方である必要はないのかもしれない。だけど、何かあったときは俺を頼れ。絶対に助けてやるから」
「そんな時は来ないと思うけど。レムのことはお願いね」
ラムはあくまで自分のことは大丈夫だといった感じだ。
俺も前世で今後起きることを知らなければ、ラムの心配などしなかっただろう。
それだけの強さと賢さがラムにはある。
「任せとけ」
その言葉にラムは穏やかな笑みを見せる。
「ありがとう。じゃあね」
「おう」
そうしてラムは自分の家へと戻っていった。
その背中を見て、俺はレムだけでなく、ラムもしっかりと守ろうと思ったのだった。
例え、里が滅びようとも。
「ただいま」
俺がそう言って戻ったのは。師匠の家だった。
「なんだ。帰らなかったのか」
「ここにいていいって言ったのは師匠ですよ」
「別に責めているわけではない。ただ、お前がそれだけ頑固になるのは驚いただけだ」
師匠はここでこの話題を終わらせたいと思っているように見えたので、そこから先はなにも返さなかった。
そして、部屋に布団を敷いて寝る準備を始めた。
俺もそれに倣って布団を敷く。
二人並んで布団の中に入る。
「明日からは剣を教える」
「え?」
俺は師匠の言葉に驚いたが、師匠はその言葉を最後に眠りについたようだ。
隣からは規則正しい寝息が聞こえる。
身体作りをしているときに、当分は剣は触らないと言っていたのだが、急にこんなことを言ってきた。
何故急に言ってきたのかが気になったが、考えても仕方がないので、俺も眠りにつくことにした。
翌朝
俺の手にはずしりと重たい木刀を持っていた。
師匠から剣を教わっている。
最初は素振りから。
何度も何度も振り続ける。
そこまでと言われるまでに何回も振り続けた。
尋常ではないほどの汗が地面に流れていた。
「何故急に剣を教えることにしたんですか?当分は剣を触らせないと言っていましたよね?」
「そうだな。一つはお前の身体が予想以上に出来上がっていたからだ。出来上がっていない身体で剣を振るっても、身体を壊すだけだが、お前の肉体は心配する必要がないと思った。もう一つは昨日のお前さんの目だ」
「目?」
「昨日の夜、お前が帰ってきた時、今まであった迷いが消えているように見えた。それだけだ」
迷いが消えたか。
レムやラムと関わって、里よりも二人を守ると決めた。
それが瞳に出ていたのかもしれない。
「迷いが無くなった剣は鋭く美しくなる。今のお前ならそんな剣を振れると思ったのじゃ」
それから師匠には剣の振り方、戦い方などを教えられた。
今まで魔法ゴリ押ししかできなかった俺にとっては戦術というのは貴重な知識であった。
そして、実際に師匠と打ち合いをしてみたがボコボコにされた。
そのことに落ち込んでいると、
「ひよっこのお前に負けるわけがなかろうて」
と言われてしまった。
それはそうか。
圧倒的な経験の差。
これは頑張り甲斐があるというものだ。
「今日はここまでとする。明日からもしっかりと励むように」
そうして昼くらいに終わった。
俺は昨日の約束通りに花畑へと向かった。
「お待たせ」
「こんにちは。カルくん」
先にレムが待っていた。
どうやら待たせてしまったらしい。
色とりどりの花が咲き乱れる花畑の中、レムはそわそわとした様子で佇んでいたが、俺の姿を見つけるとパッと表情を明るくした。
「えっと、大丈夫ですか?」
「ん?なにがだ?」
「疲れているように見えます」
疲れているか。
確かにさっきまで修行していたから疲れはある。
「さっきまで剣の稽古をしていてね。少しだけ疲れているけど、魔法の特訓を見るくらいなら大丈夫だよ」
笑顔でレムにそう言う。
実際に特訓を見る程度なら全然平気だ。
「じゃあ、特訓を始めよう。まずはマナの操作からやろうか」
それから、レムの修行が始まった。
俺が普段行っているマナ操作の特訓を簡単目にやらせる。
そこから少しずつ課題を出していき、精度を上げていく。
別にレムは才能がないわけじゃない。
マナ操作も平均以上は出来ている。
ただし、それは鬼化をしなかった場合という前提がつくものだ。
鬼化をするのであれば、他の鬼に比べ、能力はだいぶ落ちる。
そして、それは生半可な努力で埋まるものではない。どれだけ努力をしても埋まらないものかもしれない。
それが残酷な現実だ。
だからこそ、俺は出力などではなく、精密さや繊細さを求める。
それは努力で補えるものだからである。
ただし、それも生半可な努力では補えない。
だから、俺もレムに全力で協力する。
分からないところは教え、出来ない時は補助をし、挫けそうな時は鼓舞する。
そして、気づけば辺りは暗くなり始めていた。
「今日はここまでにしよう」
「はぁ、はぁ。ありがとうございました」
「お疲れ様」
長時間、必死で特訓していたレムを労う。
彼女は凄まじい集中力を見せていた。
ラムに追いつくために。
ただ、彼女の特訓を見れば見るほど思ってしまう。
ラムの遠さが。
だが、レムには努力とは別に大きな才能がある。
「やっぱりレムは回復魔法の才はすごいな。回復魔法は『優しさ』が必要だ。それを持っているのは、ラムが強いのと同じくらい凄いと思うぜ」
本心からそう思う。
この環境で彼女は『優しさ』を持っている。
それは本当に凄いことだ。
「カルくんの方が優しいですよ。レムに付き合ってくれて」
「俺は自分のためにやっているところもあるからな」
「自分のため?」
師匠は言った。
俺の我儘を通せ。自分のために生きろ。
だから俺は自分のためにレムを笑顔にする。
レムが笑顔でいられる環境を作る。
「だからまた、特訓に付き合ってやるよ」
「ありがとうございます。カルくん」
そうして俺たちの関係は続いていくのだった。