蛇は刃と翼と共に天を翔る   作:花極四季

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一年越しの投稿の理由→ギャグ回のせい
自分で書くギャグ程虚しいものはない。面白く書こうとするほど冷めてしまう。ギャグ漫画家とか素で尊敬する。特にボーボボみたいな。

そんなことしている内にブレイブルー完結?しちゃったよ……。
それはいいとして、漸くギルティに梅喧復活で歓喜。でも歩き方がすり足じゃないのはコレジャナイ感が。


第十一話

椿さんとの軽い議論の下、近藤さん、磯村さん、藤田さんの三人には口外厳禁を条件に事前に伝えることにした。

とは言え、口外せずとも彼女達の雰囲気が変化したことぐらいは察知されるようで、疑問に持つクラスメイトも少なからずいたが、そこは何とか煙に巻くことが出来たので問題はない。

まぁ、バラしても良さそうな気もしましたがね。あくまで転校生が来る、と言う情報だけなら漏れた所で何の痛手にもならないでしょうし。

どんな目的があるにせよないにせよ、入ること自体は確定事項なのだから、周囲がどうあろうとも逃げると言う選択肢は有り得ない。

それに、シャルルさんはともかく、棗さんに関しては間違いなくシロだと私の勘が告げている。

しかし、それと同時にどうにも拭い去れない違和感を感じてしまうせいで、ここ数日もやもやしっぱなしである。

 

そうして、転校生二人が入学する日がやってきた。

クーゲル先生の後に続いて教壇に上がる棗早織さん。

紫の太ももまで伸びるポニーテルと、それを結ぶ大きなリボン。そして同年代の少女達とは一線を画した豊満な胸が特徴的な、所謂美少女である。

とは言え、IS学園は全世界から女性が集まる環境。しかも、何故かその内の半数以上が美少女という作為的なものさえ感じられる環境なものだから、彼女も十把一絡げの一人に落ち着いてしまうのが非常に勿体ないと思う。

そんな彼女だが、挙動不審――と言うよりも、緊張しているのか、スカートの裾を握り、視線も微妙に泳いでいる。

緊張している?確かにその通りなのだろうけれど……大衆の前に出たからという訳ではなさそうだ。

ふと、視線を泳がせていた棗さんと目が合う。

すると、不安げだった表情がどこか嬉し気に変化していく。

心境の変化の理由は分からないが、そこから棗さんの自己紹介が始まった。

 

それから授業を経て、休み時間。

ようやく行動開始――と行きたいところだったが、私がすることは特にない。正確には今の段階では、だが。

私はただでさえ数少ない男性操縦者であり、目立つ存在だ。下手に露骨な行動を取って、彼女の警戒を促したくはない。

そう言う意味では、やはり同性である椿さん達を仲介人として、自分へと繋げる流れを作った方が不自然ではない。

私自身、誰かと積極的に友人になるという世渡りの仕方はほぼ経験がなく、下手なことを口走ってしまいそうだと言う点もあるが、基本的には棗さんの警戒を解くのが本命である。

とは言え、手持無沙汰のまま教室にいるのも始末が悪いので、一夏さん達の様子でも見に行くことにする。

あちらにもシャルルさんが行っている事ですし、友人付き合いと言う体で近づく分には問題はないでしょう。

そうして席を立ち、教室から出ようとした時、背中に視線が突き刺さる。

振り返ると、またしても棗さんが自分を見ている。先程と違うのは、まるで捨てられた子犬のような目で見ていること。

何故、そんな目をするのか。離れて欲しくないのか?

だが、理由は思いつかない。下卑た理由なら幾らでも考え付くが、そんな感じとは程遠い。

あれが演技だと言うのであれば大したものだが、恐らくは素。だからこそ、理解し得ないのだが。

心苦しさはあるが、後できちんと理由を説明した上で謝ろう。だから、ごめんなさい。今は貴方を無視させていただきます。

一歩と廊下への道へ進んでいくに連れて増していく子犬オーラに胃を痛めながら、何とか理性を抑え込みそそくさと一夏さんの方へと向かう――筈だった。

 

「ぎょえへー!!」

 

廊下に出た途端に、まるで雪崩に巻き込まれたかのような感覚に襲われる。

もみくちゃにされながら、しまいには地面にへばり付く体勢になり、背中越しに規則性のないピストンが何度も叩き込まれる。

数秒にも満たない地獄が終わり、ボロボロな状態で顔を上げると、かろうじて確認できたのは一夏さんとシャルルさんと思わしき二人を追いかける女子達の姿だけ。

最早、何が何だか分からない。おかしい、自分が転校してきたときはあんな騒ぎ立てられていた程ではなかった筈なのに、この差は何だ。

やはり年か、それともこの胡散臭いと友人から幾度と言われたこの表情なのか。

 

「……こんなのって、ないですよ。ガクッ」

 

世の中の理不尽を込めた言葉と共に、私は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

「はっはっは!!いやー傑作でしたよハザマさん」

 

「人の不幸を笑うのは感心しませんよ……」

 

「そうよマコト。好きであんな……漫画みたいな……ププッ」

 

「あー!ツバキだって笑ったじゃんかー!前言撤回を要求するー!!」

 

「いや、でも……ぎょ、ぎょえへーって……」

 

「アハハ……ですが、本当に流れるような展開でしたね」

 

「転校生のシャルル=デュノアさんでしたっけ?彼と織斑さんが追われていたなんて話を聞いたときは驚きましたが、Aクラスの人達は随分とアグレッシブなのですね」

 

「クーゲル先生の話だと、Aクラスは問題児――いえ、個性的な人ばかり詰め込まれて心労が絶えないとかなんとか……」

 

「彼のブリュンヒルデも、ここではいち教師に過ぎないと言うことでしょうかね。多少の欠点があった方が、親しまれやすくなるでしょうし、仕方のないことだと諦めてもらうしかないでしょう」

 

あれから時が経ち、今は昼休み。

ゴキブリを踏み潰すが如く容赦のない蹴りをお見舞いされた私は、そのまま保健室へ直行。今日一日中、安静にすることになった。しばらくはISの訓練は禁止と言うオマケつきで。

まぁ、脊髄や腰にダメージがある状態で、あんな加速の出る物を使えば、若い内に老人みたいになりかねないですし、当然の処置でしょう。

 

「それで、どう?IS学園は。騒がしいけど、そんな気を張るところでもないでしょ?」

 

磯村さんがそう問い掛ける相手は、転校生の棗早織さん。

今も会話に入らず、一歩引いたような態度で話を聞いていた棗さんは、突如として話しかけられたことに驚きながらも、しっかりと受け答えする。

 

「うん。当初に比べたら落ち着いたけど、それでもやっぱり慣れない環境はちょっとね」

 

「そこは人によりけりって所かしらね。すぐに適応できる人もいれば、そうでない人もいる。ここが普通の学び舎とは違うと言う点も、馴染めない理由になっているんでしょうね」

 

外国は日本と比べて治安が安定しているとは言い難い。故に、日本人以外の人は地元でないこともあって警戒心が強く周囲に適応できないと言うケースが、IS学園設立初期には多くあったと言われている。

今でこそ安定しているのは、IS学園の名が広まったことで安全を保障することが出来たから、と言うのが大きいだろう。

とは言え、それでも慣れない土地と環境でいきなりオープンでいられる人間など稀であり、そういった意味では棗さんの適応はかなり速い部類に入る。

それもこれも、四人の人徳によるものでしょうか。喜ばしいことです。

 

「あれ?早織さんのお昼ご飯、それだけなの?」

 

椿さんが棗さんの手元に視線を向ける。

そこには、市販されているパック式のゼリー飲料にラベルが貼っていない、それこそ業務用と言って差支えない質素なものがあった。

 

「もしかして、ダイエットでもしてるの?そんな我儘ボディしてる癖に~」

 

「そ、そんなんじゃないよ。なんて説明すればいいのかな……」

 

茶化す磯村さんの発言に顔を赤くさせながら、棗さんは事情をぽつぽつと語り始める。

 

「えっと、多分みんな気になってると思うけど、ボ――私が今の時期にIS学園に入った理由は、入院していたからなんだ」

 

「入院って……病気なの?」

 

「それこそ説明しにくいんだけど、病気と言えば病気だと思う。どんな医者に掛かっても治療できなかったってだけのね」

 

沈んだ表情で告げる事実を前に、全員が息を呑んだ。

 

「そ、それって大丈夫なの?不治の病なら、学園に来るなんて以ての外だと思うけど」

 

「いや、病気と言っても命に別状はあるものじゃないよ。それに、ここに来たのも決して無意味な理由じゃないし」

 

そう言って、蓋の開いていないゼリー飲料を隣にいた磯村さんに差し出す。

 

「これ飲んでみて」

 

「あ、うん。ありがとう――って、うえぇぇ。美味しくない、っていうか味がしない!!」

 

渡されるが否や遠慮なくそれを口にして数秒後、磯村さんは舌を出しながら表情を歪ませて不快感を露わにした。

 

「味がしない?……って、本当だわ」

 

「ミネラルウォーターとも違いますわね。人工的に無味無臭を作ったようなわざとらしさがあると言いますか……お世辞にも美味しいとは言えませんわね」

 

女性陣の間で回し飲みが一通り終わり、そこから再び話が再会される。

 

「これはね、私の味覚がおかしくなっているからなんだ。医学的にもはっきりしてないんだけど、私が何か食べたらまるで記憶を無理矢理植え付けられたような感覚が頭に走るんだ」

 

「記憶……?比喩とかじゃなくて?」

 

「自分でも上手く説明できないと言うか、そもそも未知の要素が多すぎてそうとしか言えないんだ。実際、情景が脳裏に過るんだ。作った人の想い、使われた食材の記憶、生物非生物問わずに情報が送られてくるものだから、まともに食事なんて出来ないんだ」

 

「それは……キツイですわね」

 

「もしかして、屠殺される瞬間とかも視えたりするの?」

 

「う、うん。でも、ピンポイントでその映像だけ映る訳じゃないのが不幸中の幸いかな。その代わりの情報爆弾って考えると、どっちが良いかって言われると……ね」

 

げんなりと言った様子で肩を落とす棗さん。

衣食住揃ってこそ健やかに人生を過ごせるのであって、たった一つでも不足すればそれは健全とは言い難い。

ましてや、食は生命の維持に必須の行為であり、どんなに記憶が流れることを避けたいと願っても、生きるのであればどこかで摂取しなければならない。

本来楽しい筈の食事が、棗さんにとってはただの拷問。はっきり言って、精神的に狂っていないだけでも、奇跡と呼ぶべきだ。

 

「棗さんの話から推測するに、その無味無臭な食事は詰まるところ点滴の延長線上にあるもので、棗さんが健常者だと言うことを考慮すれば、含まれているエネルギー量は点滴の何倍にも及ぶのではないでしょうか。味を極限まで削ぎ落としているのも、味覚から記憶を読み取らせない為の措置と考えれば説明がつきます」

 

「うん、狭間さんの言う通りだよ」

 

「市販のエネルギー食品でも、毎日ならすぐ飽きるだろうに、こんなのが毎日とか……普通耐えられないよ」

 

「だけど、それが私にとっての普通だから」

 

「普通、か……」

 

後天的な病気であるということは、食事の楽しさを知っているということ。

最初から知らなければ、憧れこそすれど悲観はしなかっただろう。無知である幸福に身を委ねていれば、苦しむことはないのだから。

しかし、それは最早叶わぬ夢。治るかも分からない病気と共に人生を歩み、健全だった頃の記憶を反芻し、美しい筈の思い出が徐々に己が身を蝕む感覚に苛まれながら生きていくしかない。

そしていつしか、生まれたことを後悔する日が来る。

これを妄想だ、考えすぎだなどと言えるほど、人間の精神は強くない。

一度心に罅が入れば、二度と元には戻らない。克服したように見えても、それはあくまで罅を別の何かで覆い固めただけであり、罅そのものは依然としてそこに存在し続けている。

自らの境遇を普通と言い聞かせることで、心の均衡を保とうとしているのだろうが、所詮逃避の範疇に入る悪足掻きでしかない。

それを理解していても、そうせざるを得ない。何故なら、それしか手段を知らないから。

医者でさえも匙を投げた未知の病。そんなものと共生しなければならない棗さんの心中は、私達が考える以上に荒んでいる筈だ。

しかし、それでも彼女は笑顔を崩さない。

満面の笑みとまではいかずとも、傍から見れば何も問題ないように見える程度には明るく振る舞って見せている。

自らを弱く見せたくないという気丈さからか、誰かに迷惑を掛けたくないという優しさからか。

何にせよ、その強がりはいずれ彼女自身を殺すことになる。

どうにかしてやりたい、が――医者でどうしようもないというのなら、私達が出る幕は無いのではないだろうか。

 

「――うん、決めた」

 

近藤さんがスクッと立ち上がり、拳を強く握って決意したように呟く。

 

「私達で、ナツメちゃんの病気を克服させよう!」

 

言い切った。

この場に居る誰しもが夢想し、無理だと切って捨てた未来に、彼女は手を伸ばした。

 

「ノエル、それは――」

 

「分かってる。私だって簡単にどうにか出来るなんて思ってない。だけど、それを理由に諦めていいなんてことにはならないよ。病気を治すとかじゃなくて、ナツメちゃんの味覚に合う食べ物を手に入れるとか作るとか、そういう事なら私達にだって出来る筈だよ!」

 

確かに、それならば可能だろう。

しかし、それを為すというのは並大抵のことではない。

ただの味覚障害ならばいざ知らず、記憶を読み取るという前代未聞のパターンともなれば、砂漠で砂金を見つける方が簡単な可能性さえある。

近藤さんの考えている程、事は単純ではない。

しかし――彼女の言う通り、それを逃げの理由にするのは間違っているのも確かだ。

 

「だ、大丈夫だよそんなことしなくても。きっと、いつか原因が解明されて対策だって――」

 

「それっていつ?明日?数年後?しわくちゃのおばあちゃんになるまで?」

 

「う……」

 

近藤さんの剣幕に、棗さんがたじろぐ。

こんな近藤さんを見るのは初めてだ。

普段の彼女は一歩引いているというか、他人に合わせて行動している節があったのだが、今はその逆。

消沈し、妥協しようとする者達を引っ張っていく強い意思を感じる。

 

「そんなんじゃ駄目だよ。それに、折角友達になったのに、その友達が苦しい思いをしている時に何もしてあげられないなんて、我慢ならない」

 

「そう、だね。何もしないで待っているなんて、らしくないよね!」

 

「私達で解決出来るかは分からないけど、出来ることはある筈。それを探せばいいのよね」

 

「ふふ、そうでなくてはいけませんわね」

 

磯村さんも椿さんも、近藤さんの言葉に触発される形で考えを改め、前向きな発言をする。

……ほんの少しではあるが、彼女達の関係というものが理解できた気がした。

ムードメーカーの磯村さん、冷静な視点を持つ椿さん、年齢不相応に大人びた貫禄を持つ藤田さん、そして普段は頼りなさ気だがいざという時に彼女達を引っ張るポテンシャルを秘めた近藤さん。

示し合わせた訳でもないのに、面白いぐらいにバランスが取れた関係。

まるで、運命が導いたかのような――そんな柄にもない思考に至らせる程度には、整った関係だと思う。

 

「それじゃ、早速調理室を使えるか掛けあってみないとね!思い立ったが吉日って言うし?」

 

「誰に言えばいいのかしら、料理研究部が確かあった筈よね?なら顧問もいる筈だけど」

 

「誰でもいいから聞きまわるしかない、よね」

 

「でしたら、やはり教師の方々に聞くのが一番かと。それ以外でも学園関係者ならば、情報を持っていると思いますし」

 

わいわいと四人姦しく話し合いをしている中、そんな彼女達を見て棗さんが呟く。

 

「……どうして、ここまでしてくれるんだろう」

 

会話に夢中になっている四人には届かない。

しかし、同じく会話に入れていない自分には、確かに聞こえた。

 

「友達だからではないですか?」

 

「とも、だち?」

 

「はい。今はそうでないとしても、そう在りたいと思っていることは確かでしょう。人は余程のことでもないかぎりは見知らぬ人を助けることに抵抗は覚えますが、身内やそれに準ずる人間に対してはその限りではありません」

 

「友達だから助ける、ってこと?」

 

「どう解釈するかは貴方次第ですが……私からすれば、鳩が先か卵が先かなど、重要ではありませんよ。友達だから助ける、助けた結果友達になる、どちらも行き着く先は誰かの為の善意であり、尊い意思であることに違いありませんから」

 

「なんか、話脱線してない?」

 

「あはは、すいません。まぁ、私が言いたいのはですね。彼女達は純粋に貴方のことを案じているんです。そこに打算が無いとは言いませんが、その打算が友達になりたい、友達だからって理由なら、随分と可愛らしいではありませんか。……信じてみたいと、そう思いたくなりませんか?」

 

棗さんの視線は、四人の少女達の先を向いている。

主賓そっちのけで行われている会話は、とても賑やかで姦しい。

見ているだけで心が穏やかな気分になる光景を前に、悩みなど些細だと言わんばかりに、疑問で陰っていた表情は次第に明るさを取り戻していく。

 

「今の気持ちが、答えですよ」

 

「……そう、なのかな。実感沸かないけど――うん、悪くない気分だよ」

 

……やはり、そうなのだろうか。

彼女の諸々の反応から察するに、彼女には友人と呼べる人間がいない。

彼女を取り巻く環境がそうさせたのか、彼女自身が拒んだのか、それは分からない。

しかし、一般的な感性で言えば当たり前に納得できることさえも、彼女は受け止められていない。

一歩引いた立ち位置から、疑うことを前提にして本質を探ろうとするその姿勢は、怯えつつも手を伸ばしている姿を幻視させる。

踏み込みたいのに、何かが目の前を阻んでそうさせてくれない。そんなもどかしさを感じさせる反応は、高校生とはとても思えないぐらいに憂慮に堪えない。

無知に等しい感情を前にして、それでも一歩踏み出してくれたのは、少なくとも彼女達の好意が届いているからと考えてもいいのだろうか。

そうであるならば、私としても嬉しい限りです。

……なんて、どうにも年長者の視点が抜け切らないですね。

年齢はともかく、立場はイーブンなのにこんなでは、自ら率先して距離を開こうとしているも同然ではないか。そんな悲しい学園生活はゴメンです。

 

「よし、じゃあ先生に許可を取りに、いくぞー!!」

 

「「「おー!!」」」

 

「お、おー……?」

 

磯村さんの号令と共に、わいわいと屋上を去っていく四人に、遅れてついていく私達。

もうこれ、完全に当事者のことそっちのけじゃないですか。

……まぁ、棗さんに不満はないようですし、いいんですけどね私としましては。

 

 

 

 

 

さて、あれからあれよあれよと話が進み、先生方に話を通して見事調理室を借りる許可が降りたのは昨日のこと。

色々と手続きやら準備をする必要もあったので、そうせざるを得なかったというのもあるが、やはりぶっつけ本番でどうにでもなる訳でもないということで、図書室やら何やらを借りて情報収集に勤しむことになったのだ。

そんな感じで、事前準備もそこそこに当日を迎えた訳なのだ、が――

 

「何ですか、この大所帯は」

 

調理室内は、先のメンバー以外にも知っている顔ぶれから、記憶に無い人達でごった返している。

一年生だけに留まらず、二年、果ては三年生までもが少数ながらも混在している。

本来、細々と行われるはずだった今回の催しは、今では噂が噂を呼ぶ一大イベントのようなものになりつつあった。

 

「えっ……と、どうしてこうなった?」

 

「私達、別に言いふらしたりはしていないわよね。聞き込みの内容だって最低限のことだけで、真に迫ることは何一つ口外していない筈よ?」

 

「ですが実際問題、このような結果になっている訳ですし……」

 

うーん、と頭を悩ませている中に、ひとつの影が割り込んでくる。

 

「知らないの?結構噂になってたよ~、『一年の転校生を連れて何かやろうとしている』って」

 

「布仏さん、来ていたのですね」

 

ほにゃら、と言う擬音が聞こえてくる笑みを浮かべた布仏さんはそのまま言葉を続けていく。

 

「うーんとね、ユウくん達最近放課後に色々やってたでしょ?聞き込みしたり、準備したりーって。それ、結構目立ってたらしくて、推測から始まって情報が拡散していったっぽいんだよね~」

 

「それ、マジ?全然気付かなかった……」

 

「知らぬは当人達だけ、ね。なんだか恥ずかしいわね……」

 

「まぁまぁ、それだけ皆さんが棗さんの為に尽くそうと思っている証拠ですから」

 

100%善意というよりも、面白半分に便乗している人の方が恐らくは割合としては高めだろう。

閉鎖的な環境では、娯楽もまた画一的で代わり映えのないものとなってしまう。だからこそ、こういったイベントには敏感なのだろう。

ましてや、女性は集団心理に固執する傾向がある。余程のアウトローでも無い限り、ハブられるような真似はしたくないだろう。

 

因みにであるが、この流れは狭間の思い通りの展開だったりする。

今回の問題は、料理の上手い下手で解決するほど底の浅いものではない。

料理の腕とはすなわち個性。十人十色の特色があると言えば聞こえは良いが、それを歪めて新たな境地に至るのは非情に困難とも言える。

それこそ、男が女になる――それぐらいの変化が起こらない限り、全く別のものとして完成させるのは不可能に等しい。

だからこその、情報拡散を利用した人海戦術。

 

狭間は裏で、今回の件を水面下で拡散させるべく暗躍。

そして、かなりの人数が集まることも想定済みだった彼が並行して行っていたのは、資金繰り。

あらゆる手を尽くすにも、人手があったとして食材無くしては成り立たない。

とは言え、そう簡単にお金を調達出来るのならば苦労はしない。

IS学園側のメリットやら理外の一致があれば、そこから抽出も出来たかもしれないが、これはあくまでも私事による会合。

規模から鑑みても割とグレーゾーンな行事になりそうな上に、やっていることはレクリエーションレベルのやり取り。

一般的な学園ならばまだ希望はあったかもしれないが、ここはISについて学ぶための場所。そんなことにお金を使う余裕など、更々無い。

 

じゃあどうする?

そこで白羽の矢が立ったのが――生徒会長、更識楯無である。

狭間は知らないことではあるが、彼女は対暗部用暗部とかいう、寿司の上に寿司を乗せたような職務を全うする家系の当主で、有り体に言えば金持ちである。

裏稼業を抜きにしても、ロシアの代表候補生としての地位はスポンサーやパトロンが就いていても何ら不自然ではないものであり、事実金銭面でのバックアップは十全と言えた。

だが、その殆どは更識家が管理しており、個人で扱えるお金は微々たるものでしかない。

微々たるもの、とは言ったが全体の比率で言えば女子高生どころか勤務ニ、三年のサラリーマンよりは持っている辺り、馬鹿には出来ないのだが。

前置きはこれまでとして、結局の所彼女が自由に使えるお金はポケットマネー以外には無いということである。

如何に金銭に恵まれた楯無と言えど、個人で負担するにはあまりにも資金が掛かる。

塵も積もれば何とやら。狭間達がやろうとしていることを思えば、食料は種類と量、両方が潤沢であればあるほど良い。

 

そこに更に追い打ちを掛けたのが、主賓が棗早織であるという事実。

棗早織は身元経歴一切不明の監視対象。謎が謎を呼ぶ、不可解な存在。

そんな人間を各国の重要人物が集うIS学園に入学させようとした上層部の考えに頭を抱えもしたが、それは今重要なことではない。

狭間は言った。

 

『この行事を通して、棗さんの秘密の取っ掛かりぐらいは掴めるかもしれませんよ?』

 

酷い殺し文句だ。

知ってか知らずか、棗の情報を暗部の力を用いても一切掴めていない現状、狭間の妙に説得力のある言葉と立ち居振る舞いは、甘美な毒だった。

ある意味では棗以上に謎の多い彼が告げる言葉は、そのひとつひとつが砂金の如き価値のあるものである可能性が高い。

掴むまでは、ただの砂かも分からない。されど掴もうとしなければ、永遠に分からないまま。

故に、縋るしか無い。なまじ説得力があるが故に、見逃すという選択肢は許されない。

――実際の所、狭間からすれば「そう言っておけば多少は協力してくれるだろう」ぐらいの感覚で言っただけなのだが……意識の差がここまであるとは当人達も思っていなかっただろう。

 

結局、楯無が全額負担するということで決着。

狭間が部屋を去った後に、恨み言が一室を支配したことは言うまでもないだろう。

 

「生徒会長には感謝してもしきれませんね。こんな私事でまさか協力してくれるなんて、思いもしませんでした」

 

「狭間さん」

 

盛り上がりも半ばに差し掛かった頃、諸悪の根源(笑)である狭間が遅れてやってきた。

 

「今までどちらに?」

 

「大したことではありません。ただ、生徒会長の慈悲に報いるべく、雑事をこなしていただけです」

 

その雑事の大半は楯無のささやかな報復と言う名のデコイだったのだが、前の学校でやっていた量に比べれば朝飯前レベルのものだったので、わざわざ用意する労力を裂いた楯無が一番苦労したというオチがついたのであった。

 

「……別に大したことでもないわ。必要なことだからしたまでよ」

 

ムスッとした表情を扇子で隠しつつ、狭間の後ろから楯無も入ってくる。

彼女の懐に与えたダメージを思えば、目の前に広がる和気藹々とした光景を素直に受け入れられないのも、仕方ないのかもしれない。

 

「それはともかく、折角ですから私も調理に参加しましょうか」

 

「ユウくん、料理出来たんだ」

 

「いつでも好きなものを食べたい、という子供染みた執着の賜物ですよ」

 

「そういえば、ユウ君の好物って何なの?好き嫌いしてる印象って無いけど」

 

「そんなの、決まってるじゃないですか。ゆで卵ですよ」

 

さも当たり前と言わんばかりに告げると、そのまま一直線に歩き出す。

視線の先には、新鮮な卵。調理も一切されていない、普通の卵だ。

 

「とは言え、学食ではあまり食べる機会がないんですけどね。セットメニューにあるのも稀ですし、単品ともなると此方の都合を押し付ける形になってしまうので。それに、学食の御婦人方は料理のエキスパートではありますが――ゆで卵に関しては、私の方が上ですから」

 

「あ、うん……凄いね?」

 

「今、何言ってるんだコイツって思いましたね?それはゆで卵への侮辱です」

 

「そんなことは――」

 

「ただ茹でるだけと侮るなかれ。シンプルな調理方法であるが故に、他の技術でカバー出来ない料理なのですから。固茹でから半熟と、茹でる時間や温度によって別の料理へと変貌する。一秒の見極めの遅さが、1℃の調整ミスが全てを瓦解させる。味の方ですが、煮玉子のような独自の味付けを行うタイプもありますが、やはり私は王道を征く塩ですね。素材の味を限りなく活かすことの出来る、極限まで無駄を削ぎ落とした起源にして頂点。勿論、他を貶めるつもりはありませんよ?ゆで卵に貴賎無し、シンプルな構成であるが故にその可能性は最早無限大。それを否定するということは、それこそ冒涜でしかありません。それと、私はゆで卵だけではなく卵全般が好きですよ?中でもお気に入りは――」

 

「あ、うん。そうなんだ、凄いね」

 

饒舌に語り始めた狭間に相槌を打つ本音。

二人の周囲には次第に人が遠ざかっていき、誰もが関わり合いになりたくないと身を以て証言していた。

 

「……狭間さんは放っておこう。下手に突いたら巻き込まれるだろうし」

 

「ごめんなさい、布仏さん」

 

謝罪の言葉も喧騒に呑み込まれる。

しかし、これ以上ボリュームを上げれば意識される可能性もある。

今度改めて謝罪するという心持ちで、ひとまず意識をリセットすることにした。

 

「あれ?ノエルんは?」

 

「そういえば……」

 

ふと、隣りにいた筈の友人がいつの間にか消えていたことに驚く。

そして、彼女を知る者達は直ぐ様思い至る。

 

「まさか――ッ」

 

「あ、やっぱり!」

 

学生の中に混じって、料理を嗜んでいる近藤を確認し、棗以外のメンバーの表情が引きつる。

 

「どうしたの?二人共」

 

「あ、うん。えっと……実は、ノエルんの料理は――」

 

「出来た!!」

 

「はやっ!?」

 

近藤のテーブルには、宣言通り料理が出来ており、そのスピードに周りの生徒も目を見開いていた。。

 

「出来ればすぐに食べて欲しかったから、シンプルなオムレツだけど、どうかな?」

 

そう言って、棗の前に差し出す。

見た目は普通、匂いも普通、どこからどう見ても普通。

なのに、どうして。こんなにも食指が動かないのだろうか。

それは、料理を見た人間の総意だった。差し出し、差し出された二人を除いて。

 

「うん、美味しそうだね。いただくよ」

 

「あっ――」

 

躊躇いなくスプーンを取る棗に、静止の声が遅れる。

黄金色を纏うソレを口に含み、咀嚼し――飲み込む音が、いやに大きく響いた。

一挙一動を静かに見守る仲、棗はそんな周囲の焦りに気付かないまま、二口目へと向かった。

 

「……ん?」

 

その反応は、今まで近藤が作ってきた料理を食べた人間の、誰とも異なるものだった。

故に、信じられないものを見るような目で棗を見てしまうのは、何ら不自然な行為ではない。

 

「大丈夫、なの?」

 

「何が?美味しいよ?」

 

椿が問い掛けるも、棗は気にしてないと言わんばかりにスプーンを動かす手を止めない。

その光景を前に、唖然とするのは近藤を除くいつものメンバー。

彼女達は、近藤の料理がデス・ディナーと称されるレベルの決戦兵器であることを体感している故に、棗の無理の無い好意的な反応はあまりにも不自然で、夢を見ていると逃避せずにはいられない、ある種の悪夢だった。

しかし、頬をつねった所でこの光景が現実に依るものだと再認識させられるだけ。

 

「――って、美味しいって、味覚!」

 

「気付いてなかったんかい!」

 

ビシィ!なんて音が聞こえそうな良いツッコミが磯村の逆手打ちで冴え渡る。

 

「え、でも……美味しいって、ええ……」

 

「どうかしましたか?」

 

騒動の渦中に、狭間が割って入る。

その背後では、少し青褪めた本音の姿。あの顔は、当分卵は見たくないと間違いなく言っている。

 

「狭間さん、実は――」

 

「おお、オムレツですか。美味しそうですねぇ」

 

「あ、よかったらどうですか?私が口をつけたものでよろしければ、ですが」

 

「是非。いやー、卵談義してたので私も食べたくなりまして。自分で作ったのは布仏さんに食べてもらったので」

 

「美味しかった……美味しかったんだ……でもしばらくはいいです」

 

虚ろな目でそう呟く本音。

純粋に大量に食べさせられたことにもよるが、どちらかと言えばそのあまりの美味さに女子としてのプライドがへし折られた事が、彼女が死に体を晒す理由だった。

 

「では、一口」

 

今度は誰も止めなかった。

それは、『究極の化学反応によって今回は奇跡的に美味しくなったのでは?』と言う可能性を見出したからだ。

しかし、忘れていた。棗の症状の存在を。

棗が美味しいと感じられる料理――それが、果たして正常であるものか。

 

「――――」

 

起き上がり小法師を無理矢理止めたかのように、食事を口にした瞬間に左右に揺れ出した身体は突如として静止。

石像と化した狭間を見て、一同は察する。それと同時に、ある種の安堵感さえ抱いてしまった。

 

「どうですか?」

 

「……ええ、美味しいですよ」

 

ニコニコ笑顔で狭間に感想を聞く近藤。

張り付いた狭間の笑顔は、アレを食して尚揺るがない。

否、崩れるのを必死に拒んでいた。

ヒクヒクと広角が釣り上がるのを堪え、吹き出る汗を最小限に留め、手の震えを更なる震えで相殺する。

生理現象さえも超越するやせ我慢を前に、周囲は感動さえ覚えていた。

 

「狭間さん、あんた漢だよ……」

 

「貴方の犠牲は忘れません……!」

 

声を出す余裕と、人目を憚ることさえなければ反論していただろう。勝手に殺すな――と。

 

「なら、もう一口如何ですか?」

 

「いえ、一口の約束です。折角棗さんが頂けるようなものを、私が奪うような趣味はありませんよ」

 

尤もらしい言い訳と共に、オムレツを棗に返却する。

そのままゆっくりとした足取りで家庭科室を退散するのを、本音が追いかける。

 

「ゆ、ユウ君……?」

 

無言で人気のない道を歩く姿に、思わず声を掛ける。

それにより足を止めたかと思うと、膝から崩れ落ちるようにして前のめりに倒れた。

 

「ユウ君!?」

 

「……布仏、さん」

 

「喋らないで!」

 

弱々しく震える狭間の手を取る布仏。

涙目で訴えるも、その想いは届かない。

否、気付いているからこそ、聞かなければならないのだ。

 

「私は――彼女の笑顔を護ることが出来たのでしょうか」

 

「うんっ……うん!出来たよ、カッコよかったよ!」

 

「そう、ですか。それは……良かった」

 

儚げな笑みを浮かべる狭間の身体は、次第に重くなっていく。

肉体を支える力が削がれ、今の彼は枯れ葉の枝に等しい。

そんな彼の身体を労るように、布仏は優しく抱きとめる。

 

「私ね、もっとユウくんの卵料理食べたいな。さっきみたいなワチャワチャした環境じゃなくて、もっと静かな所で、二人っきりで」

 

「それは――いいですね。誰か一人の為ともなれば、腕の振るい甲斐が、あります」

 

ゆっくりと、今後の展望を言葉にしていく。

決して叶わない夢ではない。日常に隣り合う、有り触れた一コマ。

それがどんなに尊いものなのか、今になってようやく思い知る。

 

「だったら――」

 

「ですが……すみません」

 

しかし、狭間はその未来を肯定しなかった。

自分の置かれている状況を、誰よりも理解しているが故に。

些細な約束さえも、紡ぐことは出来ない。

 

「なん……で、謝るの?」

 

布仏の笑顔に一筋の雫が伝い、狭間の頬に落ちる。

理解してしまった。しかし、認められないから問い掛ける。

目を背けてもどうにもならない現実ならば、せめて真摯に向き合うことこそ肝要であると信じて。

 

「私にとってその願いは、少々眩しすぎる。どんなに綺麗な道でも、瞳を閉じた状態では何の意味も持たないのですから」

 

「だったら、私がユウくんを支える!貴方の目になってあげる。だから、そんなこと言わないでよぉ……!!」

 

「それは……あまりにも魅力的な提案だ」

 

布仏の手から、狭間の手が擦り落ちるように解けていく。

遂には重力に従い、腕はだらりと地面に寝かされる。

狭間の幸せそうな笑顔だけが、今際の際に抱いた感情の是非を物語っていた。

 

「ユウくん……ユウくーーーーーん!!」

 

遺された者は、ただ慟哭する。

己の無力を嘆き、力無く横たわる彼の肉体を力強く抱き締めた。

 

「……何やってんの貴方達」

 

そんな二人の茶番劇にツッコミを入れたのは、後から追いかけて、そのまま遠巻きから白い目で過程を見守っていた楯無だった。

呆れた物言いではあるものの、区切りが良いところまで口を挟まない辺り彼女もまた同類であると言えよう。

 

後日、狭間は食中毒で丸一日お休みとなったのでした。

狭間曰く、『布仏さんの作ってくれたおかゆを食べた瞬間、不覚にも卵への愛を忘れてしまうところでした』とのこと。

それだけ彼が糧としたモノが名状しがたいナニかだった、というのは語るまでもないだろう。

 

余談ではあるが、この経験もあって後にセシリアが作る料理を普通に美味いと評価してしまって新たな惨劇が巻き起こることになるのだが、それは別のお話。




Q:狭間さんの不幸指数が留まることを知らない
A:ワンサマーが不幸になっていない皺寄せが来てますねコレは……

Q:リミックスハートじゃねーか!
A:リミックスハートだよ!

Q:デスディナーの見た目その他諸々がまとも、だと?
A:味覚以外の要素がカモフラージュされた、デスディナー・ネオです。もっとヤベェ。

Q:棗ちゃん可愛い
A:プレイアブルキャラとしての服装見て思った感想。お前メス堕ちしてるじゃねーか!?(驚愕)

Q:狭間とのほほんさんの相性がヤバイ
A:お前らもう付き合えよ……

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