「帝ってさー、なんか妙に足癖悪くない!?あいつかぐやちゃんのベリキューなぽんぽんと、かぐやの彩葉まで蹴り飛ばしやがってさ〜!」
「まぁまぁ、ゲームの中の話だから……。
おい待て、誰が誰のだ。」
大量の目的が分からない物品の波に対して、黙々と選別を実行するのに飽きたのか、先の戦での扱いにばたんと倒れふす。かぐやがやめちゃったら私の負担超増えるんですけど?というかかぐやさんが買ってきたものの方が多いですよね?
あっ、こらどさくさに紛れて不必要から必要に移し替えるんじゃない!ビスコの箱なんて何に使うのよ。えっ、ドラム……?
「他の人達って、そういう武器でもない限り、あんまりキックとかしてなかったと思うんだけど。
彩葉なんか知ってる?」
「ねぇ、ドラムに使うって何?…んんっ、まぁいいか。
キックねぇ……お兄ちゃん昔はサッカー少年だったからかなぁ。なんでかやめちゃったけど。」
「帝がサッカー? ゲームっ子じゃないの?」
「最初っからそうだった訳じゃなくてねー、むしろゲームばっかりになったのはサッカーやめてからだし。
私は見てないけど、ちょこちょこ運動なり、助っ人なりしてたみたいだし。」
「んぬぬ……いろはのお兄ちゃんだし、確かにあんまりスポーツ苦手なイメージ湧かない」
うん、苦手どころかよく上級生ごと蹴散らしてたし。
それに、お父さんも目キラキラさせながら応援してたっけ。それ見てお兄ちゃんも照れくさそうだけど嬉しそうで……。お母さんがお昼ご飯持ってきて、みんなで食べて。
ふと、手を止めて窓の外に視線を逸らす。窓に写った私は半透明に雲を透かしていた。
けれど逃げていた焦点はすぐに、後ろから抱きついてきたはっきりとした金に奪い取られた。
ただ、安易な慰めとかいつもみたいに元気いっぱいに喚くことなく、ただ私の髪を撫でていた。
お母さんの話をした時から不用意な部分には踏み込んでこないように、こういう時に限って何も言わないのだ、こいつは。
お兄ちゃんも、そう言う部分あったっけ。
お兄ちゃんが私にしてくれたことは、当時は意味も理解できずただ固く扉の中に引きこもって泣くだけだった。
東京で暮らしてみて、1人でゆっくりと自分の為だけに使うことで改めて見えてきた。今ならわかる、あれはお兄ちゃんの中途半端じゃない思いやりだったんだろうと。
扉の外へ消えるお兄ちゃんは私に可能性を示した。
あの時は、置いていかれたと、それだけ思って悲しくて寂しくて。けれど、だからこそなのだろう。『わたし』がそれだけを頼らないように、お兄ちゃんだけにならないように。甘さは断然別物で、けれどしたことは同じ。私が甘ったれないように『叱って』いたんだ。やっぱりあの人の子供で、全てじゃないところがお父さんの子供。
その後にヤチヨと出会えたことで私の人生は変わったし開いた。けれどお兄ちゃんがいれば、きっと今ほどではなかっただろう。
それに、お兄ちゃんがあの選択をしていなければ私も頭に浮かべず、ただあの場所で生きているだけだった。
おにいちゃんがだいすきなモノをやめた理由も、今の私は知っている。
お父さんが居なくなってから1年。
ランドセルを背負って、地面を眺めながら帰るのがとてもつまらなかったのを覚えている。角を曲がろうとした時に。声が聞こえてきた。お兄ちゃんが友達と話してるところ。なんだか聞いちゃいけない気がしてそっと聞き耳を立てた。
『なぁ、酒寄、今日は行くだろグラウンド!』
『あー、俺な最近ゲームに目覚めたんよ。いいぜーゲーム!』
『えー、最近付き合い悪いじゃんか、お前。家にこもってたら余計さ……』
『……あー、お前だから言うけど、落ち込んでる訳ちゃうねん。ただ、ちょいやらんとあかん事あんねや』
お兄ちゃんは、上手くやるほうだったから。
私はなんだか最近家にいることが多いな、ぐらいにしか考えてなかった。その時も聞いた内容をすぐには理解してなかった。
気持ちの部分に関しては本当に親子揃って何も言わないから……なんて私もあんまり人の事は言えないけれど。
それから私は『なぜか』サッカーをやめて『なぜか』お母さんとの間に入ることが多くなったお兄ちゃんに、少しだけ寄りかかることが増えた。と言っても、その辺はお母さん譲りでお兄ちゃん譲り、分かりやすく甘えてた訳じゃない、はず。
けど世間一般の兄弟よりはお兄ちゃんのことが好きだったと思う。 それこそ、そのまま続けていたら私が何も出来なくなるくらいには。
きっと、口で言ったって私は理解しなかっただろう。そして、同時に東京へ行った選択がそれが全部じゃないことも知っている。
だから、見えない感謝と、少しばかりの嫉妬を込めて『知らない』フリをしてやるのだ。
「えー、彩葉誰のこと考えてるの?」
うおっ、顔がいい……じゃなくて顔近すぎ!
いつの間にか後ろにいた金頭が目の前から赤いきらきらお目目で、見つめていた。
「えっ、いやお兄ちゃんのことだけど……てかあんたから振ったんじゃん」
「ぶーっ、だってなんか大切そうな顔してたんだもーん!」
「はぁ? 私が? お兄ちゃんに?? そんなの……いや否定するほどでもないや。家族だし……。」
「なんかしっとりしてた」
「してません!!」
「後、お兄ちゃん呼びだし」
「小さい時からの呼び名は中々変えられないの!別に普通じゃん!」
失礼なやつだな全く。まるで私がブラコンみたいじゃないか。
なんだその、疑わしい目は。
こうして、なんだかんだとやりながら、引越しの準備は整った。かぐやと出会ったこのアパートとも明日でおさらば。
「うへへぇ、いろはぁ」
「また私の布団に……まぁ明日から部屋別だしこのくらい許してやるか」
かぐやの体温に体を預けながらも、私はなかなか眠れなかった。新しさを迎える時は、いつもそうだ。
緊張じゃない。新しい音ができて、明日にお父さんに教えるのを楽しみな夜。ヤチヨのライブの前の日。
朝に会いにいくのが楽しみな時と言い換えてもいい。だって、その記憶は光に照らされて、この先を歩くときに影としてずっと連れ添ってくれるのが分かってるから。
だから、大丈夫。
その日、お父さんと金色のような白色のような不思議な髪色の子が、小さい私を見守っている夢を見た。長く伸びた影の先。光の中に2人はいて、私は2人に背を向け走る。
それから振り返って眩しい光に向かって手を振ったら、2人が笑ってくれたような気がした。
目を開けると、白い光が私とかぐやを照らしている。
朝の光が眩しくて、涙が少し零れていた。