特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第10話:願いを手前で聞き届ける者

「ひぃ! た、たす、助けて!」

 

 悲鳴が響く。往々にして異界渡りは急だ。おまけに、地球側にはそれを知る手立てがない。一般人の避難など当然完了していない。

 

 衛星軌道から監視している衛星が、発見と同時に警報情報を流すくらいだ――その時には、すでに魔物は現れている。

 

 だから、その時、幼稚園の創園記念日によって幼稚園が休みだった子供と共に買い物に出かけた母親には、この悲劇を知る術などなかった。

 

 子供を抱える。走り出そうにも、目に見えてそこに在る恐怖に、彼女の足は動かない。

 

 だから――祈った。何にかはわからない。

 

 彼女は日本で生まれた、宗教とは縁が遠い。だが、それでも何かに祈った。

 

 神であればよかった、仏であればよかった、いや、悪鬼羅刹であっても構わなかった。

 

「この子だけは――」

 

 助けてくださいと、彼女が願う――()()()()()()()

 

「――《風琴の踊り子》。

 

 それよりももっと手前で、その願いを叶える者が、風のように吹き荒れたからだ。

 

 子供を抱えた母親の体に、何かが巻き付いた。

 

 風のように滑らかに、絹のように柔らかく。それが体にも巻き付いて――そのまま、真後ろに向けて引く。

 

 空に舞い上がる二人と、ヒスイの輝きを宿した人型実体がすれ違ったのはその時だ。

 

 空に浮かんだ二人を風が誘う――目的地は、彼が救った人間を回収している避難所だ。合流した友人の作った、今までにないほど強化された光の膜の内側に向けて、《風琴の踊り子》が親子をいざなう。

 

 転じて、目の前から獲物が消えて、自分の三大欲求の中の二つを満たせなかったことに怒り狂う小鬼に降り注いだのは、姿の見えぬ死だ。

 

 すれ違いざまに放たれた風圧帯の斬撃に首を切り裂かれて、ゴブリンは何が起きたのか気が付きもせぬまま、絶命する。

 

「この装備、人助けんの楽」

 

『それは何より――灯はまだ着きません。デカ物は。』

 

「まだだ、たぶん、あと……3分。」

 

『被害半径の試算的には、影響範囲に人はもういないはずですけどね。どうです?』

 

「……一人いるな。瓦礫の下だ。新と一也に魔物を押さえさせろ。」

 

『――だそうですよ。』

 

『もう結構稼いでんだけどな!』

 

『まあ、仕方ないでしょう――で、どこです?』

 

「オレンジの屋根の建物。お前から見て左。」

 

『あー……オーガがいるあたりか。了解、オーガは俺で。』

 

『雑魚はこっち受け持ちますねー。』

 

「よろしくー」

 

 気の抜けた返事を返しつつ、翡翠の英傑は空に浮かびあがる。

 

 空に浮かぶ紫色の光。その奥底から異形の者が次々と飛び出してくる。

 

 緑色の肌をした1メートル少々の小鬼《ゴブリン》。逆に3メートルはある巨大な豚に似たオーク。

 

 さらに空には何十羽ものステュムパリデス――青銅でできた鳥――が暗雲のようにひしめいていた。

 

 一匹一匹は大したことのない魔物だ。ゴブリンは警察でもぎりぎり駆除できるし、オークは新人ヒーローの一人前への昇格試験扱い。ステュムパリデスは青銅製とはいえ射撃や飛行可能なヒーローからすればただの的だ。

 

 しかし数が異様だった。戦いは基本的に数の勝負。いくら1対1なら楽勝であろうと、この数十を超える大軍はどうにもならない。

 

 ――これまでの装備ならば、そうだった。

 

「わー……空を埋め尽くす化生の軍団……。」

 

 空から眺める光景は、なるほどいかれた光景だった。

 

「さて、そろそろ……。」

 

 ――来た。

 

 マフラーを操り、空を飛ぶ――向かうのは先ほど自分たちがいた方面。

 

「――黒土、さっきの子たちは?」

 

 突如、上から現れた翡翠の男に、驚いたように顔をしかめた少女――黒土御影に、しかし、自己紹介もなく翡翠の英雄、すなわち扇雄介は尋ねる。

 

 冷静になってしまいさえすれば、友人――ではないのかもしれないが、一般人をそのまま見捨てはしないとは確信しているが、それはそれだ。確認は要る。

 

「あ、えーっと、規制線の外に。」

 

「よし、えーっと……補助型でいいんだったよな。」

 

「あ、はい」

 

「壁とか作れる?」

 

「はい、一応」

 

「じゃあ、ここから――あの光の壁にかぶさるように壁造ってくれ。」

 

 指し示すのは、友人であるルモス・ベセルこと天塚新が作り出した光の膜だ――並の怪物は止められるが、強度だけなら勇者の方が上だろう。

 

「えっと、わかりました」

 

「よろしく――あ、君のお姉さん、どんすぐらいで着くって?」

 

「あ、あと4分ぐらいって聞いてます」

 

「……デカ物に間に合わねぇな。こっちでしばくか」

 

 ぽつりと漏らす。逡巡は一瞬。10年もやっていればそれなりに戦い方というものが身に付くものだ。

 

「じゃあ、悪いんだけどさ――ゆかり。」

 

『了解です――御影。』

 

「あ、うん、何お姉ちゃん」

 

『今からあなたのスマホに位置情報を送ります。そこ、2分で着きなさい。』

 

「あ、うん、了解。何するの?」

 

『拘束の魔術は使えますね?』

 

「うん」

 

『では、そこに魔術で罠を。とどめは先輩たちで刺します。』

 

「えっ、でも、私だってちょっと大きいモンスターぐらいなら倒せるよ!」

 

『ええ、最大火力でね?』

 

 そこが問題なのだ。

 

『もしも、あなたの最大火力なんて使ってみなさい。その辺一帯、更地ですよ?』

 

 そう、絶大な力を持つ勇者という超兵器の最大の欠点――力が強すぎる事。そして、その制御が不十分なことだ。

 

『わかっているでしょう。勇者は人間社会で戦うには過剰火力です。今、先輩たちは可能な限り街を壊さないように戦っています――まあ、ここまできれいにやるのは単にこの人たちが変なだけですが。』

 

「いや、だって、街壊すとバカヤローって言われるし……」

 

『はいはいメビウスの輪メビウスの輪。いいですか、街の建物は障害物ではありません。壊しても次の日に直ってたりはしないんです。』

 

 だから、可能なら壊したくない。

 

 そのために――

 

「戦い方ってのがあるんだよ、罠、任せるぞ黒土御影」

 

 そう言って、翡翠の英雄は風を纏った――友人がオーガを叩き潰した今なら、瓦礫の下の人間が救える。

 

 まったく、ヒーローは忙しい職業だ。

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