特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第101話:ある少女の徒労

「――まだ、見つかりませんか。」

 

「はい、お嬢様、申し訳ありません。」

 

 黒土製薬内に特別に用意された、笹藤麗華のプライベートオフィス。

 

 アンティーク調のデスクランプだけが点灯する薄暗い室内で、雨傘は深く頭を下げました。

 

「天塚氏の構築した社内ネットワークの防壁は、強固などという言葉では生ぬるい代物です。徳光電産が誇るクラッカーチームを動員しても、末端のダミーデータにすら触れられません。また、物理的なラボへの侵入も……七星氏や扇氏の警戒網を潜り抜けるのは、私の腕をもってしても至難の業です」

 

 この会社に潜入してはや数週間が経った。

 

 当初の目論見では、これだけの時間を掛ければそれなりの成果があると考えられていたが……結果はどうだ?

 

 さすがは稀代の天才と謳われた天塚新、その力の偉大さと敵に回した時の手ごわさだけが、今彼女の手元にある情報だ。

 

「……」

 

「何より、お嬢様。私が彼らを観察した限り、彼らの周辺から、薬物やそれに類する研究データ、あるいは投与装置のようなものの痕跡が、一切感じられないのです。」

 

 雨傘の報告に、麗華は苛立たしげに唇を噛み、デスクの上に置かれたアンティークのペーパーナイフを弄んだ。

 

「そんなはずはありません。あの異常な力……巨大なチャリオット・ゴーレムを一撃で両断し、空を歩き、魔人を無傷で捕獲する。あれが人間の身で可能なはずがありません。勇者の加護すら凌駕するあの力は、彼らがH.A.Dの副作用を完全に克服した『成功例』である何よりの証拠です。」

 

 麗華の瞳には、焦燥の色が濃く滲んでいた。

 

「ですが、それらの成果に関して明確な答えが提示されているはずです、この会社で製造された薬だけとはいえ、魔人を捕らえることができるのは検証された事実なのでしょう?」

 

「では、あの勇者を倒した生物はどう説明するのです?あれは、明らかに異形の生命体――怪人です、あなたも見たでしょう?」

 

 脳裏に浮かぶのは、政府の人員よりいくばくかの対価と共に手に入れた設楽天京の引き起こした学校襲撃時の映像。

 

 世間一般にこそ流れていないが、あそこに現れた化け物は、どう見ても、勇者ではない。

 

 H.A.D出現以前は魔人を改造した兵器の類だと思っていたが――間違いなく、あれは怪人だ。

 

 すべての状況証拠が、あの存在が怪人であることを示している。

 

「時間がありません、雨傘。姉様が……あの下劣な勇者に『所有物』として見初められてしまった姉様が、完全に心を壊される前に、私には勇者を殺せるだけの『力』が必要なのです。たとえ悪魔の薬であろうと、彼らがそれを制御できているのなら、私にだって……!」

 

 できるはずだ。

 

 そう告げる少女に、雨傘は苦々しげに顔をしかめる。

 

 彼は知っている――ここに、H.A.Dなどという悪魔の薬がないことを。

 

 彼は知っている、あの怪人が、この会社にいる夢を見続けた3人の男たちの執念の結果であること。

 

 そして――だからこそ、彼はその事実を、彼女に語ることができない。

 

 もしも、あれがH.A.Dという悪魔の――()()()()()()()()()方法によって得られた代物でないと彼女が気が付いてしまえば。

 

 その時、彼女は希望をなくしてしまう、そうなれば、残るのは彼女だった肉塊だけだ。

 

 あるいは、彼女は姉を救うために、勇者に殴り込みをかけるかもしれない。

 

 もし、そんなことになれば――間違いなく、彼女は死ぬ。自分では助けられない。

 

 どれだけ長くヒーローを続けても、結局、彼は勇者には勝てなかったのだ。

 

 だから、彼はその選択肢が取れない。

 

 あまりにも危険だから、あまりにもむごいから。

 

 

 最も単純で、最も適正だろう方法を、決してとることができない。

 

 この上なく単純な――真実を話すという選択が取れない。

 

 ――もしも、自分の娘がそんなことになったらと思っただけで、彼は口を開く気力を失ってしまう。

 

 だから、彼は必死に時間を稼いでいる。

 

 彼が知る限り、天塚新はこの世界に生まれた「異形の天才」だ。

 

 あるいはこの世で唯一魔力を持って生まれた知性といってもいいかもしれない。

 

 かの人間の知識は、まるで尽きることのない海水だ。

 

 どこまでも深く、そしてどこまでも謎に包まれている。

 

 そんな彼に対して、いくら優秀だろうが単なる人間の知性で勝つことなどできない。

 

 麗華もそれはわかっている――が、実感はしていない。

 

 そこに差がある。

 

 1と100が文字だけで見ると0が2つ付いただけで見えるように、どれだけ天才という文字が並んだとしても、彼の知性は測れない。

 

 ゆえに、彼女は敗れ続けている、見つかるはずのない薬を探し、存在しない研究成果を見つけ出さんとあがく。

 

 その姿に胸が痛まないとは言わない。

 

 だが――必要なのだ、彼女を守るために。

 

 扇たちはすでに彼女について知っている、何か対策を打つはずだ、それが彼ら――正義の味方なのだから。

 

 だから、それが実るその時まで。彼女には徒労を続けてもらわねばならない。

 

「必ず、必ずあるはずなの、だって、そうでなければおかしいじゃない、あんな化け物にそれ以外の方法でなるなんてありえない……!」

 

 ぶつぶつとつぶやく少女は、ひどく追い詰められて見えた。

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