特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第102話:忙しくなってきたものですわ

「――やっぱり探してるっぽいです。」

 

 すでに誰もいなくなった、笹藤麗華のプライベートオフィス。

 

 誰にも悟られることのないはずのそこで、扇は困ったようにつぶやいた。

 

 誰にも気取られることもなく、ひっそりと存在するそこに、しかし、彼はまるで夜の闇のようにひっそりと存在する。

 

 世界に名高き徳光の技術力によってひそかに、かつ厳重に守られたそこは、この会社の社員すら気が付かぬ秘密の場所だ。

 

 扉は1か所しか存在せず、電子ロックと監視カメラによって厳重に守られたその入り口に手出しできる人間などいない。

 

 そう、()()()()、いない。

 

 超人たる彼にとり、この程度の防備など無駄だ。

 

 扇の視線の先、麗華のデスクの上には、彼女が夜遅くまで必死に情報を探っていた痕跡が残されていた。

 

 そのデスクに触れるだけで、扇のサイコメトリー能力は、彼女がここに残した強い焦燥感と、姉を救いたいという切実な願いを、その行動のすべてをつぶさに読み取っていた。

 

『アウト?』

 

「チェンジってところかな。」

 

『3人死んでんじゃん。』

 

「えらいこっちゃですよ――さて、どうするかな。」

 

『うちの防壁にも、一也君の周辺にも、もちろん雄介のところにも、優秀な猟犬を放った痕跡がありました。ですが、当然何も出ない。何せ、最初からそんな薬はないんですから』

 

 天塚が、眼鏡の奥で呆れたように息を吐くのが伝わってくる。

 

『普通なら、これだけ探って何も出なければ諦めるか、「薬なんて存在しない」という結論に至るはずですがねぇ』

 

「だが、彼女はその結論には至れない――もし至ったら、彼女自身が姉をあきらめなきゃいけなくなる。」

 

 そんなことができるのなら、ここにはいないだろう。

 

「だから、まだこの場所でありもしない薬を探してる――で、僕らにはそれを止める手立てがない。」

 

『ええ。僕らが「ただの修行の成果です」と真実を告げたところで、あのお嬢様が納得するはずがありません。論理的で聡明であるがゆえに、「人間が薬もなしに勇者を凌駕するなどあり得ない」という大前提から抜け出せない。むしろ、「情報を隠蔽している」とさらに固執させるだけでしょうね』

 

 インカム越しに、天塚が冷静に、しかしどこか同情を含んだ声で同意する。

 

 彼らには、彼女の誤解を解く術がない。悪魔の証明だ。薬を使っていないことを証明することはできないし、20年の狂気的な修行を信じさせることもできない。

 

「目の前で変身してみるか?」

 

『ロンリー何とか君が生身で超自然的能力を発揮している以上、薬抜きで変身できてもおかしくないと思われるだけですよ。』

 

『じゃあ目の前で背骨でも見せるか?俺と扇なら死なんぜ?』

 

「それはもう、怪人とかじゃなく化け物なのよ。」

 

 インカム越しに聞こえる七星の提案は、彼らの異常な耐久力と再生力を前提とした冗談のような本気だったが、扇は即座に却下した。

 

『ええ、雄介くんの言う通りです。仮に背中を割って見せて金属化していなかったとしても、「そういう新種の薬だ」と解釈を広げられるだけでしょう。優秀な頭脳が空回りしている状態ですからね、彼女は』

 

 天塚が、眼鏡の奥で呆れたように息を吐く気配が伝わってくる。

 

『自分が立てた「人間が薬もなしに勇者を凌駕するはずがない」という仮説を補強する方向にしか、今の彼女の思考は働かない……悪魔の証明すら通り越して、ただの妄執です』

 

『厄介だねぇ。頭の良さも良し悪しですわ。』

 

 七星がパイプ椅子をギシッと鳴らしてボヤいた。

 

「だから、言葉や物理的な証拠で説得するのは無理だ」

 

 扇は、暗いオフィスの中で、再びデスクに視線を落とした。

 

「僕らが倒してもいいんだが……それやってもなぁ。」

 

『結局、お姉さん狙いの勇者がほかにいれば同じことですからねぇ』

 

 インカムから漏れる天塚の声は、冷徹な分析というよりは、やり場のない徒労感を含んでいた。

 

 勇者という「法を超越した暴力」が跋扈する今の社会において、1人の悪党を排除したところで、次の略奪者が現れれば悲劇は繰り返される。

 

 お嬢様――笹藤麗華が、存在もしない「魔法の薬」という蜃気楼に縋り付いてまで、自らの手で勇者を殺せるだけの力を求めて狂奔しているのは、この絶望的な社会構造そのものに原因があった。

 

『イタチごっこよな――そういえば、俺イタチって見たことないわ。』

 

 七星が、張り詰めた空気を弛緩させるように、場違いな雑談を投げかけてくる。彼にとっては、20年もストイックな修行に明け暮れてきたせいで、野生動物というもの自体が都市伝説か何かの類に近い認識なのかもしれない。

 

「僕もないな……」

 

 扇は、月の光すら届かぬオフィスで、独り言のように返した。

 

 結跏趺坐を組み、ゆかりの膝枕業務をこなしながら、彼の精神意識場は遠く離れた麗華の執務室へと伸びている。

 

 誰もいないはずの部屋。だが、扇の視覚には、そこが単なる無機質な空間には見えていなかった。

 

 デスクの上に残留した、凍てつくような焦燥の残滓。

 

 彼女が夜通し、届かぬ情報に指を震わせていた軌跡。

 

 および何より、姉を想う純粋な愛情が、勇者への憎悪という触媒によって真っ黒に焦げ付いた、救いようのない絶望の重圧。

 

 それらを、扇の超感覚が1つひとつ丁寧に拾い上げていく。

 

「まあ、とりあえず、まずは、お嬢様のお姉さんを狙っているという、その面倒な勇者様を止める。これは大前提じゃろ?」

 

 扇の声には、決然とした響きがあった。

 

 言葉で誤解を解くことはできない。であれば、彼女の「薬への妄信」という鎖を断ち切るには、目の前で「勇者の無敵」を物理的に粉砕して見せるしかないのだ。

 

 薬などというまがい物を使わずとも、ただ正義の味方として鍛え上げたこの手だけで、救いたい誰かを守れるのだと。

 

『じゃあ、それ調べるとこからか。』

 

 七星の声に、拳を鳴らすような乾いた音が混じる。彼にとっても、他人の家族を所有物として見初めるような不届き者の存在は、古き良きヒーローを志す者として看過しがたい「不純物」だった。

 

「そうなるかねぇ、忙しくなってきたものですわ。」

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