特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第106話:嘘はつきたくない

「――奥様。ご主人の様子は昨日から変わっていません。」

 

 穏やかで、しかし確かな安心感を与える声音。

 

 物腰の柔らかさと、おおらかそうな天塚の見た目は、人の不安を和らげるのにちょうどいいらしいことは、これまでの20数年の長き時間の中でわかっていた。

 

 なお、彼よりも緊張を和らげてくる人間として、やる気のないパンダか何かのような顔のふくよかな男《扇雄介》がいるが――彼はこう言った『専門的』な話には向かない。

 

『覚えたらあっちに全部投げてやるんですけどね。』

 

 などと、友人が虎視眈々と狙っていること、彼は知ってか知らずか――超能力者が知らないというのもおかしな話だが……――今日も元気に英雄業務をこなしている。

 

「ほ、本当に、何も変わりはないんですか?」

 

「ええ、何度でもご説明しますが……ご主人は現在、不正な薬物によって体が変異、変調し、魔物に近い生物になっています。我々も最善を尽くし、旦那様の治療に当たっていますが、目下、目処は立っていません。」

 

「……死んだり、しないんですか?」

 

「ええ、現在、ご主人の体質に合わせた麻酔を投与し、強制的に眠らせています、彼の現在の肉体状況ならば、これによってお亡くなりになる可能性は限りなく低いといっていいでしょう。」

 

 いつもの会話、彼を保護して数週間、毎日のように繰り返された会話だ。

 

 そう、ここまではいつも通りだったのだ――ここまでは。

 

「……」

 

 普段ならば、ここであきらめたように顔を上げて、こちらに謝罪して帰る彼女は、しかし、今日に限ってははじっと机を見つめ、何かを思い悩むように顔を上げない。

 

 はて――そう思った天塚が内心で首をかしげるのと、彼女が怒りを湛えた目で、彼を見やったのは同時だった。

 

「――こんな、記事を見ました。」

 

 そう言って、彼女が差し出したのは、1枚のプリントされたネットの記事だ。

 

 曰く、「黒土製薬は、怪人を確保し、治療薬のための実験台にしている!」と書かれた飛ばし記事であり、その内容は、荒唐無稽――とまではいかないが、見出し以外はすべて憶測で書かれたものだった。

 

 

「……治療って、本当ですか?」

 震える指で差し出された紙が、カサカサと頼りなく鳴る。だが、天塚を睨みつける彼女の瞳には、かつてないほどの明確な敵意と不信が燃えていた。

 

「命に別状はない、眠らせているだけ……毎日毎日、あなたたちは同じ言葉ばかり! じゃあ、どうして1目も会わせてくれないんですか!」

 

 ドンッ、と彼女が机を叩く。その弱々しい手から、どれほどの絶望と恐怖が込められているか、天塚には痛いほどに理解できた。

 

「この記事の通りなんでしょう!? 夫を……あの人を、新薬のモルモットにしてるんじゃないですか! だから私に見せられないんでしょう!?」

 

 ギリッと奥歯を噛み締める音が響き、血走った瞳から大粒の涙がボロボロと溢れ落ちる。

 

「お願いです……もう嘘はつかないで! もし本当に実験台にしてるなら、今すぐあの人を返して! 化け物のままでもいい、私がずっと隠して世話をします! だから……あの人を、あなたたち企業の道具にしないで!!」

 

 血を吐くような言葉だった。

 

 それは、疑念と憤懣と――制御できない状況への焦りと絶望がないまぜになった一言。

 

 ここに、扇がいれば、その圧倒的な無力感にどんな顔をしただろうと、天塚は1瞬考える――やはり、彼にこういった人間の相手はさせたくない。

 

 虎視眈々と狙うなどと、冗談めかした話を本気で実行しない、できないのはそれが原因だった。

 

 記事が嘘だということは簡単だ、内容はほとんど嘘なのだから、そういってもいいのかもしれない、ただ――ただ1点、表題の一文だけは否定できない。

 

 様々な理由を付けても、彼らが彼を通して治療薬の効果を確認できないかと考えているのは事実なのだ。

 

「別のサイトには、人間に戻った怪人もいるって書いてありました――返してよ!私の……あの子の父親を!」

 

 それが、彼女の本音で――当然の願いだった。

 

 息を深く吸う、何を言うべきか、彼の人類から隔絶した知性をもってして、この難題は解き明かせないかもしれないと、1瞬だけ頭をよぎった。

 

 嘘を吐くことはできる、けむに巻くこともできるだろう、だが……できるなら、そんなことはしたくない。

 

 彼の知性を使って、彼女をだまし、このまま、自分の言うことを信じるようにする方法を、彼は20は思いつく。

 

 これを正当化し、旦那を見捨てるように説得する方法は50は思いつく。

 

 だが――それは、したくない。

 

 それが、彼だ。

 

 あの日、光の巨人を見て、自分もああなりたいと思った。

 

 自分よりも愚かで――誠実でもない、自分が得ばかりしようとする者たちばかりの人類。

 

 それでも、あのバカで、どこかタガがはずれている友人たちや、勇者に立場を追われて、それでも人のためにと戦うような救う価値のある少数の善人のために、ことごとく救ってやろうと感じたあの日の自分が、それはやめてくれと叫んでいる限りは、それはしたくないのだ。

 

 だから。

 

「――そうですね、確かに、我々はあなたの旦那様の治療を皮切りに、治療薬を作り出そうとしています。」

 

 嘘は、つかないことにした。

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