特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第108話:新たな怪人

「……政府が納得せざるを得ない『完全な治療薬』という大義名分。そして、ご主人が二度と社会から後ろ指を指されないための、完璧なカモフラージュ。それを用意するまでの間、どうか我々を信じて、彼を預からせていただきたいのです」

 

 天塚は深く、もう一度頭を下げた。

 

 美咲は震える両手で顔を覆い、しゃくり上げるように泣き崩れた。

 

 恨み言をぶつける相手すら、冷徹な論理と確かな優しさで奪われてしまった。目の前の異形の天才が、どれだけ自分たち家族の未来を真剣に考えてくれているか、痛いほどに伝わってしまったからだ。

 

「……約束、してくれますか」

 

 指の隙間から涙を落とし、絞り出すような声で彼女は問う。

「必ず……あの人を、元の優しいあの人を……私と子供のところに、返してくれるって……!」

 

「ええ、約束します」

 

 天塚は顔を上げ、淀みない声で力強く頷いた。

 

「僕の、科学者としてのすべてを懸けて。必ず」

 

 

 

 

 

 

「――お前が裏切るからぁぁぁぁ!」

 

 叫び、腕に抱えていた人質を怪人が投げ飛ばす――咆哮と共に巨大な鎌を構えるその姿は驚くほど不格好で、しかし、明らかな殺意がこもっていた。

 

 振りぬく、ただ、それだけで自分を裏切ったこのあばずれを切り裂き、無残な血の雨を降らせることができるはずだった。

 

 そう――はずだったのだ。

 

 落ちてくる影に合わせて振り抜かれる斬撃はその不格好な構えから想像もできぬほどのびやかでしなやかだった。

 

 鉄すら切り裂く1撃、切り裂けぬものなどない――人であっても。

 

 降り注ぐはずの熱で、自分の不満と裏切りを清算できる――そう考えた彼のもとに、しかし、血と臓物は降り注がない。

 

 いない。

 

 上空に放り投げ、逃げ場を奪ったはずの女が、見れば、そこには見覚えのない新緑の人型が存在した。

 

「―――テメェぇ!お前もあのあばずれの男かぁ!!」

 

 もはや、彼の思考にヒーローの文字はない、自分を裏切った女を救う者は、皆等しく不倫と浮気の相手だ。

 

 そうとしか考えられないし、そうとしか考える必要がなかった。

 

 鎌を振りぬく、体に流れる力が教えてくれる、この鎌は狙った場所をピンポイントで切ることができる力があると。

 

 だから、どこを狙ってもいい――女を手ずから切ろうとしたのはあくまでもその感触を感じたかったからだ。

 

 乱雑な横振り、しなやかな斬撃の軌道とは裏腹な隙だらけな動き――それでも、その1撃は商業施設の吹き抜けエントランスに、爆発した。

 

 次の瞬間、翡翠の風が巻き起こり、銀色の閃光が空間を切り裂く。

 

 空間を切り裂く1撃を、しかし、緑の男――ウィンドヴェーラーはまるで中空を泳ぐ魚のように躱す。

 

 

 風を操り、重力すら欺くその軌道は、まさに空を泳ぐ魚だ。扇は腕に抱えた女性――気を失っているようだが命に別状はない――を、安全な吹き抜けの2階通路へと静かに下ろす。

 

「――お前も! お前らも俺を笑うんだなァッ!」

 

 標的を失い、怒りに任せて大鎌を振り回す怪人。だが、その背後に、磨き上げられたシルバーの装甲が音もなく肉薄していた。

 

「誰も笑ってないぞ、まだ間に合ううちに退いとけ。」

 

 インパルス・バングル――七星一也だ。

 

 怪人が振り返るよりも速く、七星は踏み込み、その巨大な鎌の根元、硬質な甲殻で覆われたはずの関節部に向けて、鋭い前蹴りを放つ。

 

 ――ガキィン! と金属や甲殻が砕ける音が響く、はずだった。

 

「――おっと……?」

 

 蹴り心地に違和感。

 

 明らかにあり得ない感触――まるで水の入ったサンドバッグを殴ったような感触だ。

 

『――不定形実体型か、となれば……』

 

 殴り方も変わってくる。

 

「無駄無駄ッ!この程度の1撃なんて効かねぇんだよ!!」

 

「――王心七征拳・貫手(ぬきて)」

 

 七星は蹴り足を着地させると同時、流れるような動作で右手を鋭い槍の形に整え、怪人のドロドロとした腹部へと突き入れた。

 

 ズチュ、という不快な音と共に、腕が肘まで粘液の中に沈み込む。

 

 だが、七星の狙いは「貫通させる」ことではない。

 

「だから聞かねぇって――」

 

「――まとまれ。」

 

 爆縮。

 

 ドンッ!!

 

 それは、外に向かって弾ける爆発音ではありませんでした。

 

 怪人の体内で、空間そのものが1瞬だけ内側へと収縮し、限界まで引き絞られたのちに元の体積へと戻ろうとする『負の衝撃(インプロージョン)』の音だ。

 

 七星の『インパルス・バングル』が放ったのは、衝撃の波紋を体内で乱反射させ、分子同士を強引に結びつけるための指向性振動だった。

 

「グ、ギュォォォォォォッ!?」

 

 怪人の巨大な体が、中心に向かってメシャリとひしゃげる。

 

 打撃を吸収するはずだったゼリー状の肉体が、内部からの異常な圧力に耐えきれず、限界まで圧縮されてから激しく波打った。

 

「衝撃ってのはな、外から叩いて弾き飛ばすばかりじゃねぇんだよ」

 

 ズボァッ! と、七星が腕を引き抜く。

 

 ぎぅゅぽん!と妙に気味の良い音を立てて、体が固形の物体にまとまる――それを、ごく小規模の風圧の覆いが囲った。

 

「……これ、痛くねぇのかね。」

 

「……だい、丈夫じゃん……?やばいかな。」

 

「……ちょっと、我慢してもらうか。」

 

 困ったように、2人のヒーローは顔を見合わせた。

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