特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第11話:勇者の来訪

 翡翠の英雄が黒土御影と話していたその時、赤い大鬼は混乱のただ中にいた。

 

 彼はこの世界に『派遣』されるとき、この世界に、勇者以外の脅威は存在しないと聞かされていた。

 

 あの柔らかく、無為に筋張っている歯ごたえのある獲物である人間が、数多くいると、そう聞いてここに来たのだ。

 

 だというのに――この生き物は、なぜ、自分に潰されない?

 

 殺してきた肉片たちから集めた金属片から作り上げられた大金槌。上から振り下ろされるその一撃は、かのミスリルすら砕くはずのその一撃が――当たらない。

 

 鋼の一撃ですら、傷つかぬはずの高強度の皮膚と筋肉が、貧弱なはずの生き物の拳に触れるたびにするどく痛む。

 

 顔全体は兜のような不可思議な装甲に覆われているが、完全な無機質ではない。

 

 表面は滑らかだが、生体的な曲線が多く、工業製品というより「殻」に近い印象を与える。

 

 目元に黒い――結晶質の目のような器官を持つその兜は、どことなく蜂を思わせる。

 

 拳の質感はどことなく皮膚を思わせるが、硬く、妙な弾力がある。

 

 肩幅は平均的。

 

 胸板は厚く、謎の結晶質――赤い、金属ではない透き通った物質――が心臓から腹部までを覆っている。誇張された逆三角形ではないが、腹部から腰にかけて、異常に“安定感”がある。

 

 両の腕に、半透明の籠手――忌々しき妖霊共の気配だ――を纏ったそれが、振り下ろす大金槌の一撃を半身になって躱す。

 

 ――股の、体の内側に入られた。

 

 頭まで入れても、鬼の腹部までしか身長のないその生き物の拳が振るわれる――いかん、筋肉を固めなければ。

 

 先ほど、腹部を殴られた際は、筋肉を固めても痛みで動きが止まった。

 

 もう一度止まれば、次は追撃が来る。

 

 そう確信した鬼が、腹部に力を入れる――が、衝撃が来ない。

 

 そう感じたのと、視線が水平に地面をみるのは同時だった。

 

 生き物の姿が消えている。

 

 地面に体を崩した生き物が、自分の脚を蹴り払ったのだと気が付いたのは、地面に体が横たわった時だ。

 

 まずい――体を!

 

「――王心七征拳――」

 

 腕に備えられた半透明の籠手に光が宿る。白燐光、妖霊の力。伸ばされた五指、手刀――。

 

「――諸手打ち。」

 

 ぴっ、と音がした。

 

 次の瞬間、鋭い痛みと共に――鬼の意識が消える。

 

 頭部を両側からはさむように振り下ろされた手刀が、衝律具《しょうりつぐ》インパルス・バングルの力によって増幅された衝撃を頭蓋内部にばらまき、自分の意識を完全に打ち砕いたことなど、鬼は知らぬまま、この世を去った。

 

「……いい威力してるわ。本当に楽」

 

「ですねぇ。あ、雄介君、もう来るらしいですよ。相変わらず外しませんねぇ、占い」

 

「お、新、お疲れ。勇者女史は?」

 

「御影さんと到着。灯さんはたぶん間に合わないと」

 

「あー……となると、デカ物はこっちか」

 

「初期1分で潰さないと『酔い』から覚めると暴れますからねぇ」

 

 足元で塵と消える鬼の死体に一瞥をくれて、傍らの砕けた家に向かって歩き出す――ひどいありさまだ。自分が駆けつける前にこうなっていた事に、忸怩たる思いがあふれる。

 

「遅れまし、た。」

 

「お疲れ。位置は?」

 

「そこの柱の影だ。下手に動かすと崩れる。」

 

「風で支えらんねぇ?」

 

「あー……今ならいけるかな……やってみる。新、あっち。」

 

「堀田ですか? 助けましたよ。」

 

「違う違う、あー……あの人、闇猫の……」

 

「ああ、猫宮さん?現着したんですか?」

 

「しそう、で、出会い頭がオーク。倒せるけど燃料切れだ。ゴブリンが倒せん」

 

「あー……あの人だと危ないですか。行ってきまーす。」

 

「ほい。あ、そのあと勇者来るから、やばそうなら呼べ。一也投げる。あ、支えたから屋根どけて」

 

「うーっす。」

 

 街の中を走る人影。騒がしい機械音を響かせながら、彼女は走る。

 

「ちぃ。」

 

 舌打ちをし、急停止。車輪のついた靴が火花を散らしながら止まる。

 

 身体の各所を機械の鎧で保護しつつ、水着のような露出の高いコスチュームをした女性ヒーロー。

 

 猫の爪持つ彼女は、ゆっくり足を下げる――魔力が、もうない。

 

 彼女を囲んでいるのは1メートル少々の小柄な緑色の悪鬼、ゴブリンたちだ。

 

 彼女を囲むゴブリンたちは、鼻の下を伸ばしながら興奮したように息を荒げる。彼らが求めているのは雌、自分たちの繁殖に利用するための、そして――食ったときに柔らかい人間の女性だ。

 

 食ってよし、犯してよし。まったく人とは優れた家畜だ。

 

 ――こいつらがそう思っているのがわかっているから、本当なら彼女はこんな露出の激しい格好をしたくはなかったのだが――

 

「……美人だからって見つめないでくれる?面食いなのよね、わたし」

 

「ヒーローたるもの、戦えない人の代わりに敵と戦うぐらいの気概がないとな」

 

 なんて言っていた妙なオタクどもに、影響を受けすぎた結果がこのざまだ。

 

「まったく……人にあれだけ言っておいて、辞めないでよ、特撮バカ。」

 

「――辞めてませんよ。強化変身前のAパートってだけです。」

 

 もう、聞こえないと思っていた声が聞こえた。

 

 目を開く。目の前にいたのは同業者の姿だ。

 

 銀白のボディスーツ、黒目のない光る瞳、胸中央に埋め込まれた直径8cmほどの円形の霊鏡。巨大ヒーローを思わせる流線型の輪郭をした、飾り気のないくせに、妙に目につくその姿――。

 

「――ルモス・ベセル?」

 

「ええ、お久しぶりです、シャドウキャット。元気そうですね」

 

 そう言って、自分に妙な思想を植え付けた特撮オタクどもの一人は、片手に握っていた結晶化した光の短剣を消滅させる。

 

 3人の中で最速の移動速度を誇る彼が、まるで光のように街を駆け抜けて自分の周りのゴブリンを切り殺したのだと気が付いたのは、その時だ。

 

「……やっぱ早くなってますね。さすが、僕らの後輩」

 

 そう言って楽しげな声を漏らす男に、思わず、シャドウキャット――猫宮は驚きの声を上げた。

 

「あんた、ヒロイックアカウント、クビになったんじゃないの?」

 

「ええ、まあ。で、3人とも運よくよそ様に拾われまして。」

 

「で、その格好? なんか……あんたが好きそうね?」

 

「ええ、満足してますよ――ケガは?」

 

「してない……マジであんたらなのね」

 

「ええ。さて、立てますか? 民間人を避難させた先を守ってほしいんで――」

 

 そう言いかけた時、二人の前に落雷が炸裂する。アスファルトを粉々に粉砕し、衝撃で風が舞い上がった。

 

「――」

 

 天塚が視線を向ける。向かう先は背後。見れば、自分たちよりも少しばかり年嵩な、雄介と同じような体型の男がいた。

 

 ニキビに脂ぎった髪、フケの堆積したその様子から見るに、不衛生な印象を与える……自己管理ができていなさそうな男だ。

 

「おいおいおい。この俺の獲物を横取りしておいて、何の罰もなく帰れると思うのか……?」

 

 雷の威力、そして、この異常に肥大した自我から考えて――。

 

「……勇者……」

 

 猫宮の言葉に、天塚は顔をしかめる――以前から、扇雄介の占いに外れなしだ。

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