特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第110話:魔法

「――また妙なもの拾ってきましたねぇ……?」

 

 黒土製薬・特撮班ラボ。自動ドアが開くと同時に、天塚新が眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら、扇雄介が持ち込んだ『塊』に視線を向けた。

 

「んなペットみたいに言わんでも。これでも周囲に被害を出さないように、最小限の風圧で固めて持ってきたんだから」

 

 扇はデスクの空きスペースに、球状に圧縮された怪人をそっと置いた。その動作は至極淡々としたもので、必要以上の力の誇示はない。

 

「お疲れ様です。隔離プロトコルは既に立ち上げてありますよ。……それにしても、一也くんの衝撃と扇くんの風、相変わらず無茶な真似をしますね」

 

 天塚がコンソールを操作し、怪人を床下からせり出した透明なカプセルへと収容する。

 

「仕方ないだろ、あそこは吹き抜けのエントランスだったんだ。あんなところで暴れられたら、建物がいくらあっても足りないよ」

 

 扇に続いて入室した七星一也は、部屋の隅からパイプ椅子を一つ持ってくると、椅子を斜めに傾け、一本の脚だけで絶妙なバランスを保って座った。その背筋は伸びており、静かに呼吸を整えながら、カプセルの中で深い昏睡状態にある男を見つめる。

 

「しかし、動機が『痴話喧嘩の腹いせ』ってのは、なんとも後味が悪いな。」

 

「ナイフの代わりに怪人が出てくる社会とか怖くない?」

 

 デスクの端に腰を下ろした扇が、手元の紙コップを見つめながら問いかける。

 

「怖い」

 

 一本足の椅子の上で微動だにせず、七星は短く、確かな実感を込めて肯定した。

 

「怖いっていうか、末期ですよねぇ」

 

 天塚がモニターの生体データを確認しながら、眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。その瞳には、個人の感情を効率的にテロの道具へと変える『薬』への、科学者としての嫌悪が滲んでいる。

 三人は苦笑混じりに、回収した怪人の姿を眺めた。

 

苦笑交じりに回収した怪人を眺める――さて、面倒になった。

 

「どうなってるんでしょうね、この人。」

 

「わからん、テレパシーで精神に触れた感じ、これでも深いじゃないらしい。」

 

「……って、事は、骨がなくなってるわけですか。この人、自壊機構ついてないんですかね。」

 

「試したくはねぇな」

 

 七星は、部屋の隅でパイプ椅子を斜めに傾け、一本の脚だけで絶妙な均衡を保ちながら、低く、落ち着いた声で断じた。

 

 不用意に手を出して、目の前の『元・人間』がただの鉄屑や肉塊に変わる瞬間を見たいほど、彼は悪趣味ではない。

 

「ここまで露骨に変わってると、たぶん細胞の変化とかじゃない可能性あるんですよねぇ」

 

 天塚がモニターに映し出された断面図を指でなぞる。そこには、有機的な組織が段階的に変異した痕跡ではなく、ある一点を境に、生物としての構造が完全に断絶し、無機質な物質へと置き換わった異様な光景が記録されていた。

 

「そうだろうなぁ、ないもん、原型」

 

 デスクの端で腕を組んでいた扇が、静かに、しかし確信を持って肯定した。

 

 サイコメトリーで精神の深層に触れ、肉体の『質感』を透視した彼にしか分からない感覚。そこには、増殖を繰り返す生命の拍動など、ひとかけらも残っていなかった。

 

「……竹林くんの時は、まだ『書き換わった細胞』がそこにあった。今のこの吾人には、その原型すらない。」

 

 天塚が、絶望的なまでに無機質なスキャンデータを指でスライドさせる。血液も、筋肉も、神経も、すべてが未知の物質に上書きされ、生物としての連続性が断たれている。

 

「でも生きてる。現にバイタルは安定して、カプセルの中で呼吸のような律動を刻んでるだろ。生命倫理的に考えて、細胞がないのに生存してるなんてのは矛盾の極みだがな」

 

 七星が一本足の椅子の上で、絶妙な均衡を保ちながら静かに腕を組んだ。彼の言葉に荒っぽさはない。そこにあるのは、起きてしまった超常現象を強引にでも現実に繋ぎ止めようとする、冷静な大人の思考だ。

 

「となると……これさぁ、もしかして、薬っていうか『液体の魔法』なんじゃねぇの?」

 

 扇がデスクの端に腰を下ろしたまま、カプセルの中の異形を見つめて呟いた。

 

「魔法……?」

 

 天塚が眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、その言葉を咀嚼する。

 

「相手妖霊じゃん?勇者の魔法の源流だろう、ってことは――」

 

「勇者よりも高度な魔法が使えてもいい。」

 

「以前もそこまでは話しましたっけね。」

 

 天塚は手元のホログラムを操作し、カプセル内の怪人を構成するエネルギー波形を抽出した。

 

「勇者たちが使っている魔法は、あくまで妖霊の力を人間が扱える形式に翻訳した、いわば『既製品』です。出力は高いですが、その機序はシンプル。ですが、もし妖霊が自ら魔法を編んでいるのだとしたら……」

 

「こういう術も作れる――かもしれん。」

 

「機械で測定できないのはこれが魔法だからだ、現代人は魔法を――」

 

「機械的に観測できない。」

 

 扇の言葉を天塚が静かに繋いだ。デスクの端に腰を下ろしたまま、彼は目に見えない何かを凝視するように、カプセルの中でうごめく異形を見つめている。

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