特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第112話:水鏡の勇者

「――政府より依頼を受けてきました、水鏡の勇者、水面雄太です。」

 

 そう言って、こちらの頭を下げるのは、20歳にも満たない少年だ。

 

 水鏡の勇者――異世界における少数民族に召喚されたらしい彼は、今時には珍しい善良で問題の少ない勇者だった。

 

「お久しぶり、お元気?お茶でも飲むかい?」

 

「あ、いえ、お構いなく……! 扇さんも、七星さんも天塚さんも、お久しぶりです」

 

 パイプ椅子にふんぞり返っていた扇が片手を上げると、水面は恐縮したようにペコペコと頭を下げた。

 

 彼ら特撮班と水面は、過去に何度か大規模な魔物災害の現場で顔を合わせたことがある。水面は負傷者の治療に専念し、特撮班が前衛で魔物をすり潰すという連携を取ったこともあり、互いの力量と人柄はよく知っていた。

 

「君は相変わらず真面目マンじゃねぇ。」

 

「そ、そんな、買い被りです。僕はただ、怪我をした人を放っておけないだけで……」

 

 天塚が白衣のポケットに手を入れたまま微笑むと、水面は恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

 和やかな空気が流れる。だが、今日彼がここに来た理由は同窓会ではない。

 

「で、政府からのお使いってやつだろ。怪人を引き渡せって。」

 

 七星が組んでいた腕を解き、本題を切り出す。

 

「はい……いかんせん、ここまで国は怪人騒動にほとんど関われてませんから。それに――」

 

「ネットの記事ですか。」

 

「……はい、怪人を使って人体実験してるってあれが、結構人権団体の方から突き上げがあったらしくて。」

 

 今回の要求が始まったのはそれが理由だ。

 

 いい加減、向こうも焦れてきたということだろう――まったく面倒な話だ。

 

 水面は真剣な表情になり、まっすぐに扇たちを見据えた。

 

「僕としても、元は人間である彼らを救えるなら、全力を尽くしたいと思っています……ただ、皆さんが政府の要求に難色を示しているとも聞いています。何か、危険があるのですか?」

 

 聡明な少年だ。ただ命令に従うのではなく、特撮班が引き渡しを渋った「理由」を自ら問うてきた。

 

「聞けんって程のことでもないんだが……治るか、わかんないじゃん?」

 

「ぬか喜びはねぇ、ちょっとどうかなっていうのがあるんですよ、それに――治らなかった場合、その生物が逃げ出す危険性がありますから。」

 

「ああ……勇者なら勝てるんですよね。」

 

「ええ、基本は。ただし、君も知っているでしょうが、勇者が1人、怪人と思われる生き物に殺害されています――端的に言えば、攻撃力だけで見るなら魔人、ないしは魔王並みである可能性があるということです。」

 

「なるほど……僕の魔法で治癒できなかった場合、その場で暴れ出す危険性がある。しかも、その攻撃力は勇者ですら殺しかねないほど高いかもしれない、と」

 

 水面はゴクリと息を呑んだ。

 

 治癒特化の勇者である彼には、魔王クラスの攻撃力を持つ怪人を押さえ込む腕力はない。政府の施設でそれが暴れれば、取り返しのつかない惨事になることは想像に難くなかった。

 

「治癒の力を持っていて、純粋な善意で動いてくれる勇者は貴重ですからね、あまり危険なことはさせたくなかったんですよ。」

 

「それは……ありがとうございます。」

 

「いやまあ、僕らが政府とか怖くない?ってなってただけって話でもあるんだけども。」

 

「政府はね、裏でショッカーとつながってるから……」

 

「ね、実は、宇宙人に乗っ取られてたりするから……」

 

「あはは……そんなこと、ないと思うんですけど……」

 

 困ったように苦笑する水鏡の勇者に、しかし、3人は顔を改めて告げる。

 

「とはいえ、これ以上政府の願い事を突っぱねるってなると、会社にも迷惑掛かるからな、というわけでこっちだ。」

 

 そう言って案内された先は――何やら広い空間だった。

 

 体育館ほどもあるその無機質な地下テストルームの中央に、ポツンと透明な隔離カプセルが置かれていた。

 

 水面は目を瞬かせた。彼が想像していた「怪人」の姿――凶悪な獣や、人型の異形といったシルエットはそこにはない。

 

 カプセルの中に収容されていたのは、バスケットボールほどの大きさに丸められた、ドロドロのゼリー状の不定形生物だった。

 

 絶えず表面を波打たせ、ブクブクと不気味な泡を立てている。先日、商業施設で確保された『液化怪人』である。

 

「これは……この前暴れたっていう液体の怪人?」

 

「そうじゃ、勇者よ――面倒なことに、液体の体のせいで血管に薬が入らんようでな、眠らせておけないから、この中に放り込んだままにしてあるのじゃ。」

 

「この性質上、僕らが薬を作っても、彼を治せない可能性があるんですよ。」

 

「なるほど……それで、この液化怪人を?」

 

「ええ。君の『水鏡の魔法』なら、超自然的な力ですから、元に戻せるかもしれません。」

 

 天塚の言葉に、水面は戸惑いながらも頷いた。

 

「わかりました。細胞の異常変異を正常化する浄化魔法をかけてみます……もし、僕の魔法が刺激になって暴れ出したら、お願いしますね。」

 

「お任せあれぃ!スパンとしばいてやりますよ。」

 

 七星が拳を鳴らす。

 

 水面がカプセルに両手をかざした。

 

 彼の手のひらから、清らかな水面が波打つような、淡く優しい青い光が放たれる。それはあらゆる呪いや傷を癒し、魔物の毒すら浄化する、異世界最高峰の治癒魔法だった。

 

 光がカプセルを透過し、圧縮された液化怪人を包み込む。

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