特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第113話:急変

 淡く優しい青い光が収まった時、密閉カプセルの中は……何も変わっていなかった。

 

 ドロドロとしたゼリー状の不定形生物は、先ほどと同じように表面を波打たせ、底の方で鈍く不気味な泡を立てている。人間の輪郭はおろか、手足の欠片すら復元される兆しはなかった。

 

「おん? 失敗でござるか」

 

 扇が首を傾げ、どこぞの時代劇から引っ張ってきたような気の抜けた声を上げる。

 

「お前、また口調変わってねぇ?」

 

 七星が即座にツッコミを入れつつも、その眼光は鋭くカプセルを見据えていた。いつでも飛び出せるよう、つま先にわずかに重心が乗っている。

 

「おふざけ男のことはどうでもよろしい。――で、どうなんです?」

 

 白衣のポケットに手を入れたまま、天塚が冷静に水面へと問いかける。その眼鏡の奥の瞳は、怪人の生体反応を示すモニターと水面の表情を交互に観察していた。

 

「あ、いえ、今のは単なる麻酔の魔法です――あの密閉されたカプセルに入ったまま、いきなり人間のサイズと構造に戻してしまうと、普通に中で息ができなくて窒息死しちゃうので……」

 

 水面が申し訳なさそうに、しかし医療従事者としての真っ当な理由を口にする。

 

「ああ、うん。それはそう。」

 

「確かに。ボールサイズから成人男性の体積に急膨張したら、物理的にミンチですねぇ。」

 

 扇と天塚が深く納得して頷く。治癒特化の勇者というだけあり、ただ傷を治すだけでなく「患者の環境安全確保」というプロセスがしっかりと身についているようだ。

 

「では、カプセルのロックを解除します。七星くん、雄介。いつでも動けるように」

 

 天塚がコンソールを叩くと、プシュゥゥという排気音と共に、円筒形のカプセルが静かに開いた。

 

 保護ガラスがスライドし、防腐剤とヘドロが混ざったような異臭が地下室に微かに漂う。

 

「いきます。――『水鏡の癒手(ウォーター・リフレクション)』」

 

 水面が両手をかざし、今度は先ほどよりも遥かに濃密で、眩いほどの魔力を練り上げた。

 

 手のひらから溢れ出した魔力が、まるで清らかな湧き水のように液化怪人を包み込む。水面《すいめん》を叩くような波紋が空中に広がり、泥のように濁っていた不定形の肉体が、みるみるうちに浄化されていく。

 

「おお……」

 

 七星が感嘆の声を漏らした。

 

 溶けて混ざり合っていた赤黒い液体が、魔法の力によって強制的に「人間の細胞」へと再構成されていく。骨格が形成され、筋肉が編み込まれ、皮膚が覆っていく。それはまさに、神の御業にも似た奇跡の光景だった。

 

 ――そう、そこまでは、そうだったのだ。

 

 水鏡の勇者が、その異変に気が付いたのは治療が完了する直前だった。

 

「い……」

 

 何処からか、声が聞こえた。

 

 七星の声でも、扇の声軍、天塚の声でもない――何かの、声。

 

 それが、目の前の男から漏れている声だと気が付いたのはその少し後だった。

 

「痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い。」

 

 急に壊れたように男は悲鳴を上げる。痙攣は激しくなり、手を出鱈目に振り回しながら暴れ出す。

 

 地面を削り、もがくように暴れ、空気をかきむしった。

 

 水鏡の勇者が魔法を止めようとしたのと、男の背中が異様に隆起し始めたのは同時だった。

 

 治癒魔法によって編み上げられたばかりの真新しい皮膚を内側から突き破ろうとするように、黒光りする金属質の『棘』がボコボコとせり出してくる。

 

 その両手からは、ポロポロと灰のように乾燥した皮膚が剥がれ落ちていく。

 

 再生と崩壊。相反する2つの現象が、1つの肉体の中で凄まじい速度でせめぎ合っていた。

 

「が、あァァッ……! あアぁぁぁぁッ!!」

 

 男の喉から、人間のものとは思えない絶叫がほとばしる。

 

 その口から、金属の光沢を宿した槍が、勢いよく打ち出されたのはその時だった。

 

 狙いの先は――苦しみの、元凶。

 

「――!」

 

 水面。

 

 迫るその槍たるや、稲妻のごとき一撃。治癒と防御を得意とする水鏡の勇者と言えど――不意打ちでは対処できない。

 

 魔法の壁を生み出すよりも速く、赤黒い金属の槍が、彼の顔を突き抜く――

 

「「「―――変身。」」」

 

 ――かない。

 

 驚きに目を見開いた水面が、目をつぶるよりも早く。

 

 槍が彼の顔に到達するわずか数ミリ前に、彼の体は、すでに、槍から遠く離れ、部屋の入口に戻っていた。

 

「ぇ、あ……」

 

「――無事ですか?」

 

 そう尋ねた声は、聞き覚えのある、理知的な声だった。

 

「天塚、さん。」

 

「ええ、怪我は?」

 

 こちらを見つめる、半透明の流線型の頭部がゆっくりと頷く。

 

 天塚新――いや、ルモス・ベセルだ。彼の胸に穿たれた三角形の穴から、淡い光が脈動している。

 

「あ、ない、と思います。」

 

 慌てて、ペタペタと体に触る――ひとまず、体に傷はなさそうだった。

 

「それは何より――僕らはあれをどうにか制圧してみます。怪我をした場合の治療をお願いしても?」

 

「あ、はい……迷う一体何が……?」

 

「わかりませんが――ここまで劇的な反応はこれまでありませんでした。となると、君の治療が効果を示した結果、何かの影響を及ぼす範囲に触れたのか、もしくは、魔法自体のカウンターのようなものに感知されたのかもしれません。」

 

「そんなことが……できるんですか?」

 

「できるでしょうね、こんなことができる相手ですから。」

 

 天塚の視線の先、隔離カプセルが設置されていた部屋の中央では、悪夢が現在進行形で受肉していた。

 

 人間の姿を取り戻しかけていた男の肉体が、ドロドロの液体と鋭利な赤黒い金属の混合物へと成り果てている。

 

 口から槍を吐き出しただけでは終わらない。背中を突き破り、両腕を裂き、無数の金属刃がハリネズミのように飛び出していく。治癒魔法の『再生』しようとするエネルギーを逆利用し、自らの肉体を兵器ごと破壊し尽くす最悪の自爆機構。

 

 これが表に出れば――ただ事では済むまい。

 

「――ここで封じ込めますよ、いいですね?」

 

「はい。」

 

 決然としたセリフが死闘の火ぶたを切った。

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