ここに御影がくるまでおおむね5分、それまでこの生き物を後ろに通さないこと。
勝利条件は単純だが、それをこなすのは難しい。
相手は物理法則をあざ笑うかのように液状化と硬化を繰り返す、殺戮のハリネズミだ。
おまけにこちらは、真紅の女――妖霊が仕掛けているかもしれない未知のトラップを警戒し、『真の姿』への変身を封印している。
あくまで旧来のヒーローシステム、トランサーによる擬似的な加護の範疇で戦い抜かねばならない。
「助けに来るまでの防衛戦ってのは、特撮の華だがね」
翡翠の超人、ウィンドヴェーラーが風圧帯をなびかせながら軽口を叩く。
「それ大体、前番組のヒーローかませにされて床ペロしねぇ?採石場でみんな一緒に仲良く火薬の海にしずむ気配しかしねぇんだけど。」
銀の装甲、インパルス・バングルが愚痴をこぼしながら、迫り来る3本の金属触手を同時に捌いた。
殴れば液体になって衝撃を逃がし、受け止めれば鋭利な刃となって装甲を削りにかかる。
触手の軌道に手甲を添え、円の動きで力を逸らす。合気道にも似た柔の理合。怪人の膂力をそっくりそのまま利用し、自分同士の触手を絡ませて自滅を誘う。
――が、それが通じるのは、あくまで物理の領域に、敵が乗っている時だけだ。
のたうつ触腕が、別の触腕と接触し――
「おっと。」
触腕同士が接触、ドブンと触腕同士が結合する。
太さを増した蛇が、まるで砲弾のように撃ち出された。
「そういうことすんの?インチキじゃねぇ?」
「ファンタジーに常識求めてもねぇ?」
言いざま、輝く光輪が液体金属を切り裂く――天塚だ。
「切断面からすぐに再結合します。あくまで足止めと割り切ってください」
天塚の言葉通り、床に落ちた金属の塊は意思を持つ水銀のようにうねり、再び怪人の本体へと戻っていく。
「わかってるよ。あと何分だ扇!」
「3分半。」
扇が風圧帯を操り、大気を極限まで圧縮した防護壁を空間に展開する。
圧倒的な質量と物理法則を無視した怪人の猛攻を、七星が最小限の動きで逸らし、天塚が光輪で切断し、扇が風で押し留める。
倒す必要はない。水面に指一本触れさせず、時間を潰すだけの泥臭い防衛戦。
だが、徐々に苛立ちを募らせた怪人が、全身から無数の金属針を散弾のように一斉に撃ち出し始めた。
「天塚!」
「わかってます」
天塚が両手をかざし、水面と自分を覆うように半透明の光の障壁を展開する。パラパラパラッ! と激しい雨音を立てて、金属針がすべて弾き落とされた。
「水面君、魔力を練っておいてください。次の治療は一瞬で終わらせますよ」
「は、はい!」
背後で青い光が再び強さを増すのを感じながら、前衛の七星は愚痴をこぼした。
「インチキ!」
「ファンタジーですからねぇ。」
ゆらり――と、七星の腕が動く。
放たれる針を流れるような動きで『逸らす』。
守るのに、受け止める必要などない、触れるだけでいい――触腕相手には効かなかったが、彼の技とて、決して馬鹿にしたものではないのだ。
「嵐で止めるか?」
「飛び散るだろ、物理法則的に考えて。」
「光で覆っても物量で突破されますしねぇ。」
さりとて、勇者を頼るわけにもいかない。
今、彼は魔力とかいうどこから来たのかもわからぬ力を、体に蓄えているさなかだ。
今使わせれば、その分術の完成が遅れる――そうなったら、いよいよ、抑えきれない。
「D.I.N.Tだっけ、あれ使ったら止まらんかな、あれも、一応異次元の生き物用の薬だろ。」
「あー……いけるかな……一応1個持ってますよ。」
「じゃあ、使ってみるか……」
「投げますよ、一也くん!」
天塚が白衣のポケットから取り出したのは、対魔人用の拘束薬、D.I.N.Tを充填した特殊カプセルだ。
空中で旋回する七星が、飛来したカプセルをノールックでキャッチする。
のたうつ液体金属の触手が、七星の四肢を絡め取ろうと殺到した。
「――王心七征拳・霞受け。」
受け止める必要はない。触れるだけでいい。
七星の両手が、まるで熱を持った大気を撫でるように、迫り来る触手の側面を滑った。
物理的な衝突を最小限に抑え、流れるような円運動で触手のベクトルを強引に逸らす。
自らの質量に振り回されるように、怪人の触腕が互いに交差し、一瞬の隙が生まれた。
「――失敬、ちょっとしみるかもしれんぞ。」
七星が怪人の胸部、ドロドロとうねる核の直上にカプセルを叩きつける。
「ー・ー ーーー ・ー・ ーーー ・・・ ・・・・ ・」
怪人の口から、激しいノイズ。
D.I.N.Tの成分が液体金属の組織に浸透し、異界の魔力結合を強制的に阻害し始める。
赤黒い肉体が、まるで煮え湯を浴びせられたように激しく波打ち、硬化と液状化のサイクルが乱れていった。
「……予想外に効いてますね、このまま押し切れるんじゃないですかね。」
天塚がつぶやく。
怪人の動きが鈍り、散弾のように放たれていた金属針の勢いが弱まった。
絶絶好の機会。だが、水面の魔力充填はまだ終わらない。
「――ほれ野郎ども、もう一仕事だぞ。」
扇が風圧帯を最大出力で展開し、苦し紛れに振り回される怪人の触腕を、風の檻で封じ込める。
その時だった。
怪人が、呻きを上げた。