特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第116話:怪我の功名

 「――やったか!」

 

 「あ、おま……」

 

 「こんだけオタクやっててそれ言います?」

 

 ベタすぎる生存フラグに、扇と天塚が思わずツッコミを入れた直後だった。

 

 ブワァァァンッ!!

 

 怪人の体内から、これまでとは質の違う、どす黒い魔力の波紋が爆発的に広がった。

 

 「……ふむ……?」

 

 思わず、といった調子で、天塚は顎をさする――思ったよりは、効いている。

 

 苦しんでいるかのようにのたうつ液状金属生物を眺めて、扇が眉を顰める――もっとも、眉の形など、変身している以上見えもしないが。

 

 風圧の檻を維持したまま、扇が、不思議そうに首を傾げた。本来なら対象の動きを静かに止めるはずの薬が、明らかに怪人の肉体そのものを蝕んでいる。

 

「……作動機序のどっかが、あの状態の呪いには破壊的な影響を与えるのかもしれませんね。」

 

 天塚新は冷静に推論を述べる。

 

 H.A.Dが「液体の魔法」であるならば、別次元の生物用に作られた麻酔薬の成分が、その魔法の術式そのものと致命的な拒絶反応を起こしている可能性がある。

 

 そしてそうなれば――

 

「……あの状態なら、こいつで多少なりともダメージになるのかもしれませんね。ゆかりさん。」

 

 天塚が、油断なく怪人を注視したままインカム越しに呼びかけた。

 

『こっちでもデータ取っています。細胞の一部が妙な動きをしているのはわかるんですが……』

 

 通信の向こう側から、キーボードを猛烈な勢いで叩く打鍵音が聞こえてくる。ラボのモニター群を1人で睨みつけているゆかりの、焦燥と興奮が入り混じった声だった。

 

「細胞の動きだけモニターしておいてください。あとでそれ使って情報モデル作るので。」

 

 もしも、これが、多少なりとも怪人への対策になるというのなら――あるいは、彼らを元に戻す薬品が作り出せるかもしれない。

 

 ゆえに、彼はためらわない、ひとまずはデータの収集に努めるべきだ。

 

「もう1発入れてみるか?」

 

「へっへっへ、御用聞きなら、あっしにお任せくだせぇ、疾風のごとく薬を調達してきやすぜ。」

 

「人の作った薬のこと、やばい薬品みたいに言わないでくれます?」

 

「へっへっへ、浅学のあっしには何のことだかてんで……でも実際やばい薬じゃね?」

 

「「まあ、確かに。」」

 

『はいはい、小芝居はいりませんよ。こっちで行きましょうか。』

 

 言いざま、通信装置の向こうから何かを操作するような音が響く――次の瞬間、部屋からあふれたのは白煙だった。

 

 元々、魔人用の対策として天塚がつくりだしたこの設備はその性質上、部屋の内部に配管が張り巡らされ、その内部にはD.I.N.Tが充填されている。

 

 元々は魔人が暴走した時のために部屋中に薬剤を散布するための仕組みだったが――予想外の要素で役に立ったらしい。

 

「やったか!」

 

「天丼?」

 

 すかさず、銀の装甲に身を包んだ七星が扇にジト目を――向けているであろう気配――でツッコミを入れる。

 

「やめなさいよ、面倒なことになるんですから。」

 

 頭を揺らし、天塚が心底うんざりしたようにため息をついた。

 

 特撮やアニメにおける最大のタブー、「煙の中の生存確認」を短時間で2度も踏み抜くなど正気の沙汰ではない。フラグ建築もここまで来れば立派な自傷行為だ。

 

「えー、最近の流行だと、フラグは立て続けると折れるって聞いただろ。」

 

「……それ、もう一昔前の流行じゃね?」

 

「やめなさい、ネットの海に思考を汚染された中年はもはや自分をメタ認知できないんです、僕も、君も……!」

 

 七星が肩をすくめ、どこぞのライトノベルかネット掲示板で仕入れたであろう適当なメタ知識を披露すれば、扇が呆れに満ちた言葉を返す。

 

 だが、悲しいかな。ここは彼らに都合の良い二次元ではなく、理不尽が跋扈する現実の死地だ。

 

 特撮オタクたちのふざけたやり取りを他所に、もうもうと立ち込める白煙の奥から、ギリ、ギギギ……と、再びひどく不吉な金属の軋み音が鳴り始めた。

 

 どうやら、この世界の死亡フラグの強度は、最近のネットの流行を遥かに凌駕しているらしい。

 

 そこには、七星のメタ発言を嘲笑うかのように、歪なシルエットが健在だった。

 

「――ほらー、やっぱ無事じゃん。」

 

 翡翠の仮面の下で、ウィンドヴェーラーこと扇雄介が、どこか不満と諦念に満ちた声を上げた。

 

 だが、その視線は鋭く、煙の奥で蠢く「何か」の輪郭を捉えていた。

 

「でもちょっと体積減りましたね。」

 

 先ほどの1撃は無意味ではなかった。怪人の巨体を構成していた赤黒い物質は、確実にその密度を落とし、1回り小さくなっている。

 

「何か液体金属が剥げてね?」

 

 手甲を構え直したインパルス・バングルが、首を傾げて言った。

 

 怪人の表面を覆っていた、あの鏡面のような液体金属の層が、ボロボロと鱗のように剥がれ落ちている。露出したのは、まるで乾燥した粘土のような、カサついた灰色の肉質だった。

 

「やっぱ効いてるわ、あれ。」

 

「どうやら『液体』としての優位性は失われたようですね……この分なら影響した薬効だけ抜き出せば止められるか?」

 

 天塚の分析通り、怪人はかつての滑らかな流動性を失い、それでもと、3人をにらむ――が、もう終わりだ。

 

「――じゃあ、あとは任せますよ、水鏡の勇者。」

 

『いっせーのせで決めますよーはい!』

 

 ――睡蓮の華嵐――

 

 ――あるべき姿への回帰――

 

 魔法が、煌めいた。

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