特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

121 / 164
第121話:数日後

 陽が落ち、人工的なネオンの光が街を染め始める時間帯。

 

 都市部の喧騒から少し離れた、再開発予定地として放置されている広大な廃工場エリアに、鈍い破壊音と魔物の咆哮が響き渡っていた。

 

「オラァッ!」

 

 真紅のバルーンスカートを鮮やかに翻し、灯が地を蹴る。

 

 日曜朝の魔法少女を彷彿とさせる愛らしい衣装とは裏腹に、彼女が手にした刀の軌道は容赦のない実戦のそれだった。

 

 空気を切り裂く鋭い風切り音と共に、巨大な棍棒を振り回して迫っていたオークの太い腕が、まるで紙切れのように切断される。

 

 噴き出すどす黒い血飛沫を不可視の魔力障壁で弾きながら、灯は流れるような動作で着地し、次なる標的へと視線を向けた。

 

「御影! 右から抜けようとしとるゴブリンおるで!」

 

「うん、これで……!」

 

 姉の呼びかけに、少し離れた位置で待機していた御影が静かに応じる。

 

 サファイアブルーのケープを纏った彼女が両手を胸の前で合わせると、逃走を図っていた3体のゴブリンの足元に、青白い魔力陣が展開された。

 

「――『縛鎖の陣』」

 

 アスファルトを透過して飛び出した光の鎖が、魔物たちの手足を的確に縛り上げ、地面へと縫い付ける。

 

「ナイスや! ほな、一気に片付けるで――」

 

「――待ってください。そこは私の獲物です。」

 

 灯が刀を構え直そうとしたその時、凛とした、それでいてどこか弾むような少女の声が廃工場に響いた。

 

 白銀の装甲が月光を反射して煌めく。

 

 カーボンナノチューブと軽量合金で構成された外骨格――装飾過多な『メカ姫騎士』の出で立ちをした笹藤麗華が、優雅な足取りで2人の前に進み出た。

 

 彼女は右手で己の身長ほどもある巨大な白銀の突撃槍を軽々と回し、光の鎖に拘束されてもがくゴブリンたちを見据える。

 

「ゆかりさんが調整してくださった、この力……出力テストにはちょうどいい的です、ね!」

 

 麗華が突撃槍の石突きをドンッ!と地面に打ち鳴らした。

 

 瞬間、彼女の胸元で鼓動するトランサーから、淡い緑色の魔力光が溢れ出す。

 

 メキメキと音を立ててアスファルトがひび割れ、そこから爆発的な速度で鋼鉄のような強度を持った無数の「蔦」が芽吹いた。

 『朽ちた樹海の生霊』の力。

 

 意思を持った大蛇のようにうねる蔦は、光の鎖で動けないゴブリンたちに容赦なく絡みつき、骨を軋ませるほどの力でギリギリと締め上げる。

 

 および、太い木の根が槍となって彼らの急所を正確に貫き、魔物たちは断末魔の叫びを上げる間もなく塵となって消滅した。

 

「ふふっ。周囲の建造物を傷つけず、かつ迅速な制圧。完璧ですね」

 

 麗華は額の汗を拭うこともなく、ティアラ型のセンサーユニットを軽く指で弾きながら、満面の笑みを浮かべた。

 

 その顔には、数日前までの血を吐くような焦燥感や、勇者に対する隠しきれない敵意、そして何かに追われているようなピリピリとした空気は微塵も残っていない。

 

 憑き物が落ちたように明るく、今の彼女は純粋にこの「正義の味方」としての任務を楽しんでいるようにすら見えた。

 

「……なぁ。あんた、今日なんかめっちゃ機嫌ええな」

 

 刀を肩に担ぎながら、灯がジト目で麗華を見つめる。

 

 合同パトロールを始めた当初は、「足手まといにはならんでよ」という灯の牽制に対し、麗華も表面上は取り繕いながらもどこか冷ややかな態度を崩さなかった。

 

 だが今日の彼女は、灯の雑な言葉遣いにも嫌な顔1つせず、ごく自然に、および柔らかな眼差しを向けている。

 

「あら、そうですか? 常に殊勝に生きているつもりなのですが。」

 

「いや、隠しきれとらんて。なんかスキップでもしそうな勢いやん。何日か前まで『1秒でも早く終わらせましょう』みたいな顔しとったのに。」

 

「ふふっ、ごめんなさい。ただ……そうですね。とても頼もしい『切り札』が、私の手の中にあると確信できたから、でしょうか。」

 

「切り札ぁ?……あんた、おかしなものに手ぇ出しとらんやろな?」

 

「ひどいですよ灯さん、そこまでボケてはいません。」

 

 麗華が静かに微笑んだ直後、3人の耳に装着された超小型インカムから、通信が入った。

 

『――あ、お疲れさーん……あ、そっちの制圧は終わった?結構なこってすねぇ。』

 

 七星一也の声だった。日々の鍛錬に裏打ちされた武術家としての、および歴戦のヒーローとしての落ち着いた低い声に、御影はかすかな安堵を覚えた――なぜかは、よくわからなかったが。

 

「ええ、極めて良好です。白雲様と天塚様の調整のおかげで、出力のロスもありません。皆様のバックアップがあれば、心強い限りです。」

 

 麗華はインカムに向かって、穏やかに、しかし確かな信頼を込めて応えた。

 

 数日前までの彼女なら、彼ら「特撮班」の言葉の裏に何か意図があるのではないかと疑い、常に計算高く振る舞っていただろう。

 

 だが今の彼女の返答には、彼らへの純粋な敬意が滲み出ている――ように、2人には見えた。

 

『おう、無理はするなよ。危なくなったらすぐ呼べ。俺らが飛んでいくからな』

 

「ご心配には及びません、七星さん。私も、特撮班の一員として皆様の足を引っ張らぬよう、この現場に立つだけの準備はしてきておりますから」

 

 軽口を叩き合う麗華と特撮班の通信を聞きながら、灯はぽかんと口を開けていた。

 

「……なんやそれ。いつの間にそんな仲良うなったん? 意味わからん」

 

「……お姉ちゃん、前、オーク。」

 

「ん?あー……」

 

 崩れかけた第3倉庫の奥から、瓦礫を吹き飛ばして3体のオークが姿を現す――派手な登場だ、修理費は誰が持つのだろう?

 

 灯が地を蹴って突進しようとした瞬間、彼女の横を白銀の突撃槍が風を切ってすり抜けた。

 

「私が先陣を切りますわ! 灯様、右をお願いできますか?」

 

「お、おう! 仕切るやんけお嬢様! 御影、左抑えて!」

 

「あ、はい。」

 

 御影が魔力を練り上げ、光の鎖で左のオークの動きを鈍らせる。その隙を突き、灯の刀が右のオークを両断し、中央に陣取った麗華が鋼鉄の蔦で最後のオークを圧殺する。

 

 事前の打ち合わせなどない、即興の連携。

 

 だが、それぞれの役割分担は完璧に噛み合っていた。

 

 最初はギスギスしていた「魔法少女」と「メカ姫騎士」の奇妙なパーティ。

 

 しかし、幾度かの実戦と、麗華自身の心境の劇的な変化を経て、彼女たちの間には確かな連携と、ぎこちないながらも戦友としての信頼関係が築かれつつあった。

 

「ふう、これで本当に終わりですわね」

 

 最後の魔物が消滅したのを確認し、麗華が槍を下ろす。

 

「おつおつーなんや動けるようになってきたやん。」

 

「ありがとうございます、さ、帰りましょう。」

 

 そう言ってたおやかにほほ笑む麗華に、御影は何やら訝しげな視線を向け続けていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。