特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第123話:侵入

「まあ、うちの子の学校の勇者様……そんな人がわざわざありがとうございます。」

 

「あ、いえ、その、ふ、風紀委員長さんに頼まれて、様子をと思って。その……お、お加減は?」

 

深々と下げられた頭に、黒土御影は心から困ったようにあいまいに笑った。

 

 赤髪の魔法少女――黒土灯は、魔物の首を刎ね飛ばすことには何の躊躇いもないが、何の罪もない一般の母親から向けられる純粋な感謝や畏敬の念の扱い方は、いまだに習得しきれていなかった。

 

 それゆえに、この場を任されたわけだが――正直に言って、自分だってこんな状況は想定していない。

 

 愛想笑いを浮かべながらも、助けを求めるようにチラリと視線を横へ泳がせる。

 

 周囲を何の気なしに睥睨していた七星に向けられた視線はしかし、かすかな微笑に打ち消された――いや、助けて?

 

「保護者の方まで同伴されて……すいません。うちの子が。」

 

そう言って水を向けられるまで、七星は周囲を眺めることをやめなかった。

 

「ああ、いえ、すいません、こんな時間に……2人の方から話があったもので、お邪魔でしょう。」

 

そう言って、ほほ笑む彼は、普段のオタクじみた振る舞いなどみじんも見せない――いや、だから助けて?

 

「いえ、そんなことは……でも、まさか、その……勇者様が来るなんて、思っていなかったものですから。」

 

 母親の戸惑いは、無理もないものだった。勇者とは、画面の向こう側の存在。あるいは空から魔物を粉砕する、天災のような救世主。

 

あるいは――人類における絶対者。

 

暴力の権化にして……暴虐の化身。

 

そういった類の存在、それが――家にいる。

 

なるほど恐怖だろう。

 

「やー風紀委員さんが息子さんの病状を心配していまして、それで、聞いてきてくれって頼まれたらしいんですけど――何分、最近怪人だとか何だとかでいろいろと危ないので、一応の保護者ってことで一緒に来たんです。」

 

だから、それほど危険ではないとアピールする――いや、まあ、天塚や扇に比べれば圧倒的にわざとらしいが、目の前で怯えている人間にはそんなことはわからないものだ。

 

現に、この家の主たる女性は困ったように笑いながら安堵の息を吐いているのが、彼にはよくわかった。

 

「それで――どうです、息子さん、お加減の方、学校出てこれそうですか?」

 

 七星の問いかけは、努めて「世間話の延長」を装っていた。

 

 威圧感を与えず、かといって軽薄にもなりすぎない、絶妙な距離感。黒土製薬の制服でもなく、戦闘服でもない、くたびれたスウェット姿が、ここでは最大の武器になる。

 

「それが……もう1週間、部屋から出てこないんです。食事も、ドアの前に置いたものを夜中に少しだけ……。声をかけても、ただ『放っておいてくれ』と返されるだけで。」

 

 母親は眉を下げ、縋るように玄関の奥を、2階へと続く階段を見上げた。

 

 彼女が抱いているのは、息子が病気であるという不安と、目の前の「絶対者」たちが何をしでかすか分からないという恐怖の、歪な混濁だ。

 

 七星は無言で、微かに鼻を動かす。

 

 魔力だの何だのといった超常的な気配ではない。密閉された家屋の中に澱のように溜まっているのは、かすかな薬品の臭気。

 

それも、工業用溶剤や消毒液を煮詰めたような、肺をちりつかせる嫌な匂いだ。

 

「1週間ですか。それはまた、長いですね……。本人、何かに悩んでいる様子とかはありませんでしたか?」

 

「……あの子、もともと成績のことで自分を追い詰める癖があって。それが、先月の試験のあとに急に顔色が良くなったと思ったら、今度は何かに怯えるように……。お恥ずかしい話ですが、私、勉強の成果が出たんだわって、喜んでしまっていたんです」

 

 後悔の滲む言葉。

 

「そうでしたか……もしよければ、こちらの御影にお子さんのこと見せてもらえませんか。勇者として何かできるかもしれません。」

 

「よろしいんですか? そんな、恐れ多い……でも、どうかお願いします。あの子を見てやってください」

 

 母親は藁にもすがるような表情で何度も頷き、2階へと案内を始めた。

 

 七星は「お邪魔します」と軽く会釈し、灯と御影を伴って階段を上る。

 

 その間、御影は一言も発しなかった。

 

 彼女の目的は、この見ず知らずの同級生を慰めることでも、勇者として奇跡を起こすことでもない。天塚から下された「原因物質の確認」というタスクを処理するためだけに、ただ無機質な端末としてそこに存在していた。

 

 2階の奥にある部屋。

 

 ドアの前に立つと、階下で感じたあの化学的な異臭がさらに濃くなっていた。

 

「黒土さんたちが来てくれたわよ。少しだけでいいから、開けてくれない?」

 

 母親が控えめにノックをするが、内側からの返事はない。

 

 七星は小さく息を吐くと、「失礼しますよ」と断りを入れてドアノブを回した。鍵は開いていた。

 

 ゆっくりと扉が開く。

 

 遮光カーテンが固く閉ざされ、昼間だというのに薄暗い室内。換気されていない空気が、重くねっとりと肌にまとわりつく。

 

 部屋の隅のベッドの上に、やせ細った男子生徒が丸まっていた。

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