特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第124話:ヒーローの仕事

「――どーも、正義の味方です。」

 

 場違いなほど軽い、けれど芯の通った声が、淀んだ空気の充満する自室に響いた。

 

 寝床の上で震える少年の姿は明らかに尋常のものではない。

 

 体の色素が抜けて、かつ、1年も物を食っていないかのようにやせ衰えていた、骨と皮――とまでは言わないが、少なくとも、その姿からは不健康であることしかうかがい知れないほどだ。

 

 髪こそ黒いが――それも、いつまで持つか、注視してみれば、根元が白くなりかけている。

 

『……新が言ってたドーピング剤……』

 

 それの服用者によくある肉体変異だ。

 

 魔性による強制的な精神的能力の向上、まるで時を止めたかのような集中力と今朝食べたコメの粒の数すら暗記しうる超人的記憶力、そして目の前の問題すべての答えを知りうるかのごとき超常的な判断力を与える、曰く――

 

『鋭敏の霊薬……だっけか。』

 

 そう呼ばれていたと、昔、水鏡は言った。

 

『あいつに初めて会ったときの摘発対象――すっかり忘れてたが、そういえばそうだったな……』

 

 思わず苦笑する――どうにも、扇と自分は記憶力に難がある。

 

 とはいえ、これほどまでの能力を与える霊薬が、何の代償もなくその力を与えることはない。

 

 曰く、この薬は一時的な能力向上を与えるが脳を高速で消耗させ、肉体全体を疲労させるのだという。

 

 無論、魔術になれた異世界の住人であれば、それほどの影響でもないそうだが――こちらの人間にはすさまじい影響があるのだ、と、以前聞いた。

 

 それを未成年の、まだ成長途上にある体が耐えられるはずもない。

 

「アツシ……? 嘘、どうしてそんな姿に……!」

 

 七星の背後から部屋を覗き込んだ母親が、息子の変わり果てた姿に悲鳴を上げた。

 

「灯、御影。お母さんを部屋の外へ。」

 

「お、おう、その、あんま暴れたら――」

 

「暴れないよ、向こうだって正気じゃないわけじゃない、話すだけだ。」

 

「……わかった。おばさん、こっちや」

 

 灯が強引に、しかし決して怪我をさせない絶妙な力加減で母親の肩を抱き、部屋の外へと誘導する。

 

「嫌っ、アツシ! 私の子に何を……!」

 

「大丈夫や、あの人はプロやから。絶対になんとかしてくれる。せやから今はうちらと一緒に待っとこ」

 

 パタン、と扉が閉まる音が響く。直後、御影が扉の向こう側で不可視の魔力障壁を展開した気配を、七星は肌で感じ取った。

 

「さて――お母さんは下げたぞ。」

 

「……見られてるじゃないか。」

 

 帰ってくる一言は、大抵の人間がこの風貌から考えられるそれよりも、ずっと理知的で正常だった――まあ当然だろう、別段、脳を破壊するわけではないのだ。

 

「そこは仕方ない、おんなじ家にいるんだ、いやでもばれるさ、そのうち、お父さんが扉を破る――うちの占い師曰く明後日だったそうだ。」

 

「……わかんないだろ、あの人、意外とビビりだから――」

 

「だからここまで放置されたんだ、でも、そろそろ、我慢の限界だな。」

 

「……」

 

 その一言に、少年は何も言えない。

 

 実際、彼の父はそれぐらいのことはしそうだと、彼の短い人生が告げていた。

 

「……誰だよ、あんた。」

 

「ん?名乗って……ないな、失敬。俺は七星一也、さっき来てた勇者2人の保護者――っていうか、引率?みたいな人。」

 

「じゃあ、なんであんただけ部屋に残ったんだよ。」

 

「勇者2人はあれで結構話が通じないんだよ――後、人付き合いが得意じゃない。」

 

「ああ……」

 

 どこか納得したような一言――どうやら、2人のことは知っているらしい。

 

「何しに来たんだよ。」

 

「風紀委員に頼まれて。」

 

「俺の様子を見に来たって?じゃあ見たろ、帰れ――」

 

「――君が飲んだ薬について、調べに来た。」

 

 その一言に、ベッドの上の彼の動きが止まる。

 

 毛布にくるまったまま、微かに震えていた肩が硬直し、ひび割れた呼吸の音さえもが一瞬途切れた。

 

「……何のことか、わからない。僕はただ、体調が悪くて休んでるだけだ」

 

 掠れた声で紡がれた必死の言い逃れ。だが、その過剰な反応と声の震えが、何よりの雄弁な証拠だった。

 

 七星は学習机のキャスター付きチェアに深く腰掛け、彼は少年を鋭く見つめる。

 

「この手の仕事に長いんでね、君がどういう状態かはわかる。」

 

 霊薬の影響を受け、全身から力が抜け落ちている、明らかに栄養失調だ。脳が呪いの力で体全体から栄養と肉を奪い去っている。

 

「そのまま行くと死ぬぞ。」

 

 断言する――実際、それで死んだ人間に心当たりがあるのだ。

 

「……そんな、事は――」

 

「ある。わかってるだろ、もう、眠る元気もなくなってるって。」

 

 だから、彼はベッドの上で震えている――おそらく、彼は今が何時だか、正確には理解していない。

 

「飯だって食えないはずだ、そんな自分の姿を見せたくなくて、この部屋に閉じこもっている、でもわかってるはずだ――その生活が続けば、間違いなく栄養失調で、君は死ぬ。」

 

 その前兆が、いまだ。

 

 やせ衰え、眠ることもできず、髪の毛の色素すら逃げ出そうとしている。

 

「話したくないなら、話さなくてもいい、ただ、親御さんに状況は説明する必要がある。このまま、放置はできない。」

 

 彼は、そのためにここに来たのだ。

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