特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第129話:はじめまして

「――はじめまして白雲ゆかり様。私のことはとっくにご存じですね?」

 

 意識が浮上し、視界の焦点が合うより先に、ひどく人工的で冷え切った女の声が鼓膜を打った。

 

 ゆかりは重い瞼をゆっくりと開く。

 

 首筋に走る鈍い痛み。延髄に撃ち込まれた電子パルスの余韻が、まだ神経を麻痺させている。

 

 視界に広がったのは、コンクリートが剥き出しになり、錆びた鉄骨が入り組む廃工場のような異空間だ。

 

 および目の前には、扇の予知で情報を得ていた『あの存在』が立っていた。

 

 右半身が炭化し、内側から不気味な光の粒子を漏らしながらも、精巧な人形のような左半分の顔で完璧な営業スマイルを浮かべる女――妖霊だ。

 

「……ええ。お噂はかねがね。まさか実物にお目にかかれる日が来るとは思いませんでしたよ」

 

 ゆかりは手足を拘束された硬い椅子の上で、どうにか平静を装って軽口を叩いた。

 

 恐怖がないわけではない。だが、彼女は特撮班を支えるオペレーターだ。あの常識外れな男たちの背中をずっと見てきた自分が、こんなところで取り乱すわけにはいかない。

 

「あら、随分と肝が据わっていらっしゃるのですね。さすがはあの方々のそばに立つ者、感服いたしました。」

 

「それはどうも――その割に、居心地が悪いんですけどね。」

 

「ご容赦ください、我々としましても、あなたに怪我などされたくはないのです……」

 

 心から悲しげに――そして、どこまでも演技じみて、妖霊は沈痛そうな面持ちで顔を伏せた。

 

「よくもまあ、ぺらぺらと……そんなセリフ吐くくらいならさらわないでくださいよ。」

 

 皮肉交じりに返しつつ、ゆかりは視線を横にずらした。

 

 暗がりの中、目を伏せるようにして立っている見知った少女の姿があった。

 

「おはようございます――何されたんです私、脳に障害とか残るの嫌なんですけど。」

 

 咎めるような響きはなかった。ただ、事実を確認する淡々とした声色。

 

 麗華はビクッと肩を震わせたが、すぐに唇を噛み締め、冷たい決意の仮面を被り直した。

 

「……申し訳ありません、白雲様。あれは、我が社の最新兵器の試作版です――対象の脊椎に特異な電波を放ち、対象の体と脳を強制的に休眠状態にする非殺傷兵器です、脳には障害はありませんのでご安心ください。」

 

「あー……α波発生器ですか、天塚先輩が、中学生時代に作っていましたねぇ、勇者には効きませんよあれ。」

 

「……知っています。」

 

「でしょうね。」

 

 震える声には、深い罪悪感と、それを上回る切実な悲壮感が滲んでいた。

 

 わかっているのだろう、これがひどく無駄なあがきでしかないかもしれないということぐらい。

 

 およびそれでも、すがらずにはいられないのだ。

 

「で、私に何の用です?私に洗脳でもするんですか?別に構いませんがそちらもご承知おきの通り、うちの先輩はそういうのにめっぽう強いですよ。」

 

「ええ、ええ、存じております、彼らは『最初の大人』ですから、我々の力でも止められない可能性があることは重々承知しておりますとも!」

 

 だから。

 

「あなたが必要なのです、白雲ゆかり様――扇雄介さんの最も大事にしているあなたが。」

 

「……お前……」

 

 目線が、すっと細まる。

 

 この女が何を考えているのかはすぐに分かった。

 

「人質ですか、気色の悪い……」

 

「申し訳ありません、こちらとしても、あまりこういった手は使いたくないのですが……いかんせん、お3方はいささか強すぎるものですから。」

 

 心底申し訳なさそうに、およびどこまでも芝居がかった動作で、真紅のスーツの女――妖霊は、焼け焦げた右半身を軋ませながら深々と頭を下げた。

 

 左側の陶器のような肌だけが、廃工場の薄暗い光を反射して、死者のように冷たく輝いている。

 

「無駄ですよ、あの人はそんなにやすやすと捕まったりはしませんよ、甘く見過ぎです。」

 

「ああ、いえ、そこに関してはご心配なく――もう、()()()()()()()()()。」

 

 

「……捕らえた? 何をバカな。先輩は今頃、あなたの尻尾を掴んで――」

 

 ゆかりの言葉は、その先に続くはずだった確信と共に、喉の奥で凍りついた。

 

 女が、愉悦に震える指先で指し示した廃工場の奥。

 

 天井から吊り下げられた巨大なクレーンのフックに、それは無惨にぶら下がっていた。

 

「……ぁ……」

 

 ゆかりの口から、乾いた悲鳴にもならない音が漏れる。

 

 どこにでもいる、少しふっくらとした体型の、冴えない私服姿の男――扇雄介だった。

 

 だが、その姿はあまりにも無惨だった。

 眼鏡は砕け、そこから覗く瞳は焦点が合わず、だらりと垂れ下がった頭部からは絶え間なく鮮血が床へと滴り落ちている。

 

「先輩!?」

 

「ふふっ、本当にお優しい方ですね?あなたを使って行動を抑制したところ、すぐにあの格好になってくださいました。」

 

「――はっ?」

 

「おや、気が付いていませんでしたか?」

 

 あなたが、彼をああしたのですよ?

 

「……私が?」

 

 ゆかりの掠れた声が、冷え切った空気の中に消えていく。

 

 女は愉悦に肩を揺らし、吊り下げられた扇の、赤く腫れ上がった脇腹を爪先で軽く小突いた。その衝撃で扇の体が力なく揺れ、新たな血が床に跳ねる。

 

「ええ、洗脳は無駄だとおっしゃいましたが――そうでも、ありませんでしたね?」

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