特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第130話:思い出す

「先輩!」

 

「ああ、大丈夫ですよ、亡くなってはおられません。さすがは『最初の大人』のお1人、我々のお客様でも、押し切れませんでした。」

 

 微笑と共に語られる一言に、ゆかりは顔をしかめる――この女……!

 

「扇先輩だけ回収して何のつもりです?お前も知っているでしょう、先輩は――」

 

「ええ、普通の方法では死なないのでしょう?存じておりますとも。」

 

 精神という形を持たず、消費されることもないこの世で唯一無限たるものであるそれを源とする念動力や超感覚能力と、それを制御するために異常変異をきたした彼の肉体は、念力が生み出せる限り無制限の細胞分裂を起こし、あらゆる傷を治癒し、細胞片の一片まで消滅されたとて死ぬことはない。

 

 彼にとり、肉体はすでに『精神に隷属する器』だ、細胞がなければ別のものを使って復活するだろう――そんなことは、『()()』である妖霊とて理解している。

 

「ですので、封印させていただこうかと思いまして。」

 

「!」

 

 にっこりと、それがおぞましいことだとわかっていないかのように、女は笑顔でそう告げる。

 

「ほら、最近はあの、絵が多くある本……漫画?でしたか、あれにもあるでしょう?最強の存在は――」

 

 封印してしまえばいい。

 

 それは確かに、無限の再生能力を持つ超能力者を滅ぼす、おおよそ唯一の方法論かもしれなかった。

 

「おまえ……そのために私を……!」

 

「ええ、本当に助かりました……もしも抵抗されていたら、今頃私もここにはいなかったでしょうから。」

 

「―――」

 

 思い出す。

 

 自分が何をしたのか。

 

 麗華によって気絶させられた後の記憶は、ひどく混濁している。だが、深い泥の底に沈みゆくような意識の中で、決定的な「異物」が侵入してくる感覚だけは鮮明に焼き付いていた。

 

 それは機械的な刺激や、安っぽい電子デバイスの副産物などではない。

 

 純粋で、圧倒的で、名状しがたい悪意の塊。

 

 この廃工場に君臨する真紅の女――妖霊が放つ、次元を超越した魔力そのものが、ゆかりの精神の防壁を紙屑のように引き裂き、彼女の神経と肉体を直接支配下に置いたのだ。

 

 自分の体が、自分の意志とは無関係に動く恐怖。

 

 妖霊はゆかりの口を借りて、特撮班の秘匿回線へ偽装のSOSを送信した。極限の苦痛と絶望を装った、扇雄介のサイコメトリーをピンポイントで逆撫でする悲鳴。

 

 彼が駆けつけないはずがなかった。空間の距離など無視して、リーダーは一瞬でこの寂れた廃工場に姿を現した。

 

 しかし、彼を待っていたのは、助けを求める後輩の姿ではない。

 

 ゆかりの体は、自らの手で鋭利な鉄パイプの破片を自身の頸動脈に向け、その先端を突き刺さんと静止している。

 

『動かないでくださいね、最初の超人様。』

 

 ゆかりの喉が、彼女のものではない冷え切った声音を紡ぎ出す。

 

『この娘の肉体と精神は、完全に私の魔力と直結しています。あなたが少しでも念動力を使えば、あるいは変身の予備動作を見せれば――その瞬間に、この手が彼女の首を切り裂きます。脳を焼き切ることも容易いですよ。』

 

 人質という、あまりにも古典的で、だからこそ絶対に破れない絶対の盾。

 

 扇雄介は、20年の修行で妖霊すら凌駕する力を手に入れた男だ。

 

 だが、彼はそれをしなかった。

 

 ゆかりの命を天秤にかけられた瞬間、彼は纏っていた圧倒的なψ意識場をすべて霧散させ、ゆっくりと両手を上げたのだ。

 

 そこからは、もう単なる暴虐であった。

 

 

 

 

 視界の端で、ゆかりが虚ろな瞳のまま鉄パイプを自身の首筋に押し当てている。薄皮一枚の下で脈打つ頸動脈。ほんの数ミリ、彼女の腕が動くだけで、取り返しのつかない結果になる。

 

 だから扇は、己を護るためのあらゆる超常の防壁を解除した。

 

 ただの生身として、冷たいコンクリートの床に立ち尽くすことしかできなかった。

 

「這いつくばるがいい、旧時代の遺物よ! 私こそが真理、この腐敗した世界を導く真の救世主だ!」

 

 頭上の鉄骨から、ひどく芝居がかった尊大な声が降り注いだ。

 舞い降りたのは、白頭鷲を思わせる白と黒の生体装甲に身を包み、金の差し色を入れた猛禽の異形――ローンウルフだった。

 

 人質を取られているから扇が反撃できないだけだというのに、彼はそれを「自らの偉大な力に恐れをなしている」と本気で信じ込んでいるようだった。他者を見下す歪んだ優越感に浸りきったその姿は、狂気を超えて滑稽ですらある。

 

「真なる勇者の裁きを受けよ!」

 

 傲慢な宣告と共に、猛禽の鉤爪が大上段から扇の肩を深く抉り取った。

 

 自己暗示によって痛覚は完全にシャットアウトしている。だが、骨が砕け、肉が裂け飛ぶ物理的な破壊までは相殺できない。血しぶきが廃工場の床を汚し、扇の体は無防備に吹き飛ばされた。

 

 容赦のない蹴りが顔面を捉え、眼鏡のフレームがひしゃげてレンズが粉々に砕け散る。

 

 だが、扇の心を本当に削ったのは、その攻撃ではなかった。

 

「……返して……わたしの、光輝を……返してよォッ!」

 

 暗がりから、重い足音を立てて現れたもう1体の異形。

 

 その姿を見た瞬間、扇は強く奥歯を噛み締めた。

 

 怪人04号の妻、美咲だった。

 

 夫を社会の目から隠し、安全な場所に閉じ込めて家族を守りたかったという彼女の切実な願いは、悪魔の薬によって最悪の形で具現化されていた。

 

 全身を分厚い金庫の扉や、防空壕の鉛色の装甲で覆ったような、重圧で無骨な怪人体。外界の一切を拒絶し、中にいるものを絶対に逃がさない強固な『牢獄』。

 

 その装甲の隙間から覗く血走った瞳からは、絶え間なく涙が流れ続けている。

 

「あんたたちが、あの人を実験台にしたんでしょう……! 嘘つき! 家族を返せェェッ!!」

 

 絶叫と共に、彼女の腕から伸びた極太の鋼索が鞭のようにしなり、扇の胴体を薙ぎ払った。

 

 空気を引き裂く重質量の打撃が脇腹に直撃し、内臓がひしゃげる嫌な音が響く。

 

 彼女の攻撃に、ローンウルフのような浅薄な優越感はない。あるのはただ、愛する者を奪われたという行き場のない絶望と、縋る相手を間違えてしまった弱者の悲痛な叫びだけだった。

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