特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第131話:狙われた理由

 重質量を伴った鋼索の連撃が、無防備な生身の肉体を容赦なく打ち据える。

 

 空気を裂く鋭い風切音に続き、鈍い肉の潰れる音が廃工場に何度も響き渡った。

 

 美咲――いや、今は分厚い戦車のような装甲に覆われた怪人――の放つ一撃は、明確な殺意と行き場のない絶望に彩られていた。

 

 ここに来てからかれこれ十数分、扇は何ができるわけでもなく鋼鉄よりも固い拳が体に埋まるのを感じていた。

 

「あんたたちが!あの人を閉じ込めたから!返せ……私の家族を返せェッ!」

 

 血走った瞳から涙を流し、美咲は狂ったように腕の鋼索を振るい続ける。

 

 何度目になるかわからない慟哭は、この怪人の正体をありありと語っているように思えた。

 

 怪人04の妻――美咲と言ったか、天塚に会いに来ていた彼女だ。

 

 心を支配する悲しみと憤りがたとえ植え付けられたものだとしても、その大きさに軋み上がる心に、扇は深い同情と悲しみを感じていた。

 

 骨が軋み、内臓が悲鳴を上げる。自己暗示によって痛覚の回路を完全に遮断していなければ、とうの昔にショック死していてもおかしくないダメージだ。

 

 もしもここで彼が超能力を解放すれば、この鋼索を引きちぎり、彼女を無力化することなど造作もない。だが、視界の端に映る光景が、それを許さなかった。

 

 操り人形と化した白雲ゆかりの手が、鋭利な鉄パイプの破片を自身の頸動脈にピタリと押し当てている。

 

 扇がわずかでも反撃のそぶりを見せれば、妖霊の魔力に支配されたその手が、躊躇いなく後輩の命を刈り取るだろう。

 

 だから、彼は一切の抵抗を放棄し、ただ理不尽な暴力の嵐に身を委ねるしかなかった。

 

「そこをどけ、薄汚い怪物が!旧時代のゴミを処分するのは、この『真の勇者』の役目だ!」

 

 唐突に、美咲を突き飛ばすようにしてローンウルフが前に出た。

 

 白頭鷲の異形と化した男は、自らの力を誇示するかのように大きく翼を広げ、扇の眼前に降り立つ。

 

「どうした、あの時の余裕は! 私の崇高な配信を、ふざけた雑技団のような猿芝居で邪魔した時の威勢はどうした!」

 

 公園での1件――自らの主張を妨害された恨み。ローンウルフは、自分をコケにした男が無抵抗で殴られ続けている状況に、歪な愉悦を覚えていた。

 

「『困りますお客様』だったか? 今一番困っているのは、何もできずに這いつくばっているお前の方だろうが!」

 

『いや、妖霊は神じゃなくない?』

 

 陶酔しきった演説と共に、猛禽の鉤爪が扇の腹部を深くえぐる。

 

 鮮血が滴り落ちる中、ローンウルフは愉悦に顔を歪め、さらに回し蹴りを顔面へと叩き込んだ。

 

 ゴッ、という重い音と共に扇の頭部が跳ね上がり、砕けた眼鏡の破片がコンクリートの床に散らばる。

 

 その光景を、ゆかりは沈み込んだ意識の端で眺めていた。

 

 

 

 

 

 

「思い出されましたか?」

 

「……ええ、非常に不愉快なことに。」

 

 

 

「ずいぶんと高く評価したものですね、ここまで罠を張るとは。」

 

「ええ、『大人』相手ですから――最も脅威度の低い箇所を狙いました。」

 

「じきに、ほかの2人が気が付きますよ。」

 

「ええ、そうでしょうね――こちらに手を出す余裕があるのでしたら、お2人もおいでになられるかと思います。」

 

「――?」

 

「ところで、私を追いかけてくる妖霊が2体ほどおられるそうですね?」

 

「―――!」

 

 ゆかりは息を呑んだ。

 

 背筋をぞわりと悪寒が駆け抜ける。

 

 その情報は、無響室で扇が予知にて掴み取った未来のはずだった。

 

 正規の妖霊社会からの追っ手――言うなれば、刑事のような存在。

 

 それを、なぜ目の前の元凶が知っているのか。

 

「……扇先輩の脳内を、無理やり覗いたとでも言うんですか?」

 

「まさか!そのような不作法、私にはとても……ただ、そろそろ来るだろうなと予想していただけです。」

 

 だから、ちょうどよかったのだと、彼女は笑う。

 

「彼らは私を捕らえるためであれば、おそらく多少の犠牲は気にしないでしょう――それを、看過できる方々ではないと、私は信じていますよ?」

 

 だから、このタイミングだったのだ。

 

 ちょうどよく、ほかの2人の手が離せず、および――麗華が焦っている、このタイミング。

 

 彼らは来ない。いや、来られないのだ。

 

 街を守るというヒーローとしての宿命が、彼らの足を重く縛り付けている。

 

 扇雄介という脅威を「人質」という古典的な手段で封じ込め、残る2人の超人には「街の危機」という絶対の足枷をはめる。

 

 すべては、この女が己の目的を達成するための盤上の遊戯だった。

 

「確かに超能力――と言いましたか、意思をエネルギーに変換される扇様の御力は過大なものです、我々にも比肩するお力と存じます。」

 

 だが、欠点はある、1つは『能力が強力すぎるがゆえに、普段から変身を行えないこと。』

 

 そしてもう1つは――

 

「扇様には、この力以外の特質性がないということです。」

 

 天塚新には知性が。

 

 七星一也には異常な肉体が。

 

 それぞれに存在する。

 

 そのうえに、不確定要素が多い、この状態が抜け出せるかもしれないのだ、まったく想定外の超常の科学で、あるいは、物質を凌駕した肉体の力で。

 

 それが、唯一持っていないのが――

 

「扇様ということになります。」

 

 だから、彼が狙われたのだ。

 

「そこに、ちょうどよく、自衛ができないつがいの方がいらっしゃるとなれば――」

 

 手を出さない理由は、ない。

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