特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第132話:懐柔

「……だから、麗華さんを巻き込んでこんな大立ち回りをしたと?」

 

 手足を硬い椅子に縛り付けられたまま、白雲ゆかりは冷ややかな声で言い放った。

 

 彼女の鋭い視線は、右半身を炭化させた真紅のスーツの女――妖霊へと真っ直ぐに向けられていた。

 

「いえ? 我々は麗華さんの思いを遂げるお手伝いをさせていただいているだけです。扇様を捕まえてこちらに渡す計画を立てられたのは麗華さんご本人ですよ。」

 

 妖霊は精巧な人形のような左半分の顔で、くすくすと嫌味な笑い声をこぼし、背後に佇む少女へと視線を促した。

 

「……そう、なります。」

 

 笹藤麗華は、青ざめた顔で絞り出すように答えた。

 

 高級なコートの裾を握る手は小刻みに震えている。姉を勇者の魔の手から救う「力」を得るため、恩人たちを売り渡した罪悪感が彼女を苛んでいた。

 

「……なるほど、一応聞いておきますが――覚悟はあるんですね?」

 

 ゆかりの言葉には、怒号よりも恐ろしい静けさがあった。

 

「私にはそこの化け物があなたのために行動をしてくれるようなランプの精霊には見えません。いや、まあ、あれも原作的にはそれほどシンドバッドのために動いてくれませんけど。」

 

 どこか冗談めかしたように、しかし、深刻な色を含ませて語られる言葉に、麗華は反応をしない。

 

「転じて、先輩はおそらく、あなたのお姉さんのために、勇者とだって戦ってくれるでしょう――もう、正体はとっくにご存じなんでしょう?」

 

「……」

 

「ならわかっているはずですよ。こんなことをするのはあまりにも分の悪い賭けだと。それでも、これをやったということは――覚悟が、あるんですね?」

 

 告げる。それは全く叱責の色を含まない。

 

 ただ疑念を告げるように、覚悟を問いかけるように、彼女に告げられていた。

 

「……わた、しは……?」

 

 だから、何と答えていいかわからなくなった。

 

 暴走していた。

 

 何かの歌だか詩だかが語るように、彼女はもう止まれなかった。止まらないことは彼女にとっては安心であり、だからこそ、それは暴走だった。

 

「まあまあ、そのように責めないであげてください。」

 

 真紅のスーツの女――妖霊は、拘束されたゆかりへ向けて、まるで出来の悪い生徒を宥める教師のような、作り物めいた微笑みを向けた。

 

「仕方がないことでしょう? 他人に頼るというのはいつだって心配になるものですよ。それゆえに、麗華さんは我々の手に頼った。それだけの話です。」

 

「ずいぶんとお優しいことじゃないですか。本当にそれが助けになるとでも? わかっているでしょう?」

 

「ええ、皆さまの安心を私が売り出せるということでしょう? 麗華さんは、最も効率的な『外注』を選択しただけです。自らの手で勇者を殺す力が欲しい。しかし、扇様のように20年も自分を壊し続ける時間はない。ならば、出来合いの商品を買うのは、市場の摂理として当然の判断です。」

 

 女はそう言って、クレーンに吊るされた扇の眼前に、音もなく浮き上がった。

 

 目の高さで、扇の腫れ上がった右目と、女の無機質な瞳が交差する。

 

「扇雄介様。私は純粋に、業務上の疑問を抱いているのです。なぜ、あなたは我が社の『H.A.D』の普及を阻むのですか?」

 

「逆に聞きたいんだけど、なんで僕がそれで頷くと思う?」

 

「……?あなたは、人を救いたいのでしょう?」

 

 真紅のスーツの女――妖霊は、重力に逆らって中空に静止したまま、心底不思議そうに目をしばたたかせた。

 

 彼女の問いには、嘲りも嫌味も含まれていない。

 

 ただ、提出された解が期待した数値と一致しなかった時の、処理装置の戸惑いのような無機質な響きだけがあった。

 

「勇者の気まぐれに怯える人々、理不尽に家族を奪われた弱者。そんな方々が、我々の製品によって『力』を得る。そして自らの手で、奪われたものを取り戻す……これは、この次元の言葉で言うところの『救済』そのものではありませんか?」

 

「その過程で、人の心をなくしてもか?」

 

「そこに関しては、我々の企業努力の至らぬところ。真摯に反省しています。」

 

 女は、精密に造形された左半分の顔で、申し訳なさそうに小首を傾げてみせた。

 

 だが、その瞳の奥には何も映っていない。彼女にとって、人間の心とは摩耗する部品の1つに過ぎないのだ。

 

「それでも、我々はこれが、皆様を救う最も卓越した方法と信じております。どうでしょう、ご一考いただけませんか? あなた方による妨害がなければ、我々はこの世界の病を癒やすことができるのです。」

 

「病?」

 

「勇者たちです。我々の種族が異世界を救うために作り出した特効薬。」

 

 言い得て妙だな、と、扇は激痛に霞む意識の中で、内心で皮肉な笑いを浮かべた。

 

 異世界に巣食う魔王という病原菌。それに対し、魔法や異世界の軍勢といった既存の抗体は敗北した。

 

 ゆえに、別の次元から、より強力な『外来の抗体』を持ってくる。

 

 論理としては、確かに理解できる判断だ。

 

「あれは必要な措置でした。それは間違いありません――が、それによって、この世界の人間が不利益を被っている。それは由々しき事態と言っていいでしょう。」

 

 だから――

 

「我々が、癒やすのです。私たちの新しい薬品によって。」

 

「……だから、薬の格好で世に出したのか。」

 

「ええ、そのための我々です――実際、効果は出ていると思いませんか?」

 

 女の指先が、暗がりに立ち尽くす笹藤麗華を示す。

 

「麗華様を見てください。彼女は今、希望に満ちている。自らの手でお姉様を救い出すための手段を得られたのですから……これは、あなた方『正義の味方』には決して提供できなかった商品のはずです。」

 

 扇は吊るされたまま、重力に従って滴り落ちる自らの血が床に跳ねる音を聞いていた。

 

 麗華の顔を見る。

 

 彼女は、救済という名の毒に冒され、震える指先で自らの決断を肯定しようと必死に耐えている。

 

 その姿が、救われているようには――見えない。

 

「どうでしょう、扇様――封印される前にご一考いただけませんか?」

 

 そう言って差し出された手は流れる雪のように滑らかで――どこまでも人間味のない姿だった。

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