特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第133話:追手の不快

 夜の帳が下りた都市の境界線。その上空で、空間が音もなく「剥離」した。

 

 それは、物理現象というよりは視覚的なバグに近い。空のキャンバスに黒々とした亀裂が走り、その裂け目の奥から、この世界には存在しないはずの純白の光が滝のように溢れ出す。

 

 そこに顕現したのは、人間の理解を根本から拒絶するような、2体の異形だった。

 

 1体は、全高3メートルを超える痩身の巨人。

 

 その身体は、まるで溶けかけた白蝋のように滑らかで青白い。

 

 顔に相当する部分には目も鼻も口もなく、ただツルリとした卵型の曲面があるだけだ。だが、その手足は異常に長く、人間の倍はあろうかという数の関節が不規則な方向に曲がりくねっている。

 

 そして何より異様なのは、その白蝋の皮膚を突き破り、全身の至る所から鋭利な「黒曜石の刃」が骨格のようにせり出していることだった。動くたびに、刃同士が擦れ合ってガラスを引っ掻くような肌が泡立つ不快な高周波を撒き散らしている。

 

 もう1体は、そもそも人型を保つことすら放棄していた。

 

 宙にフワフワと浮遊する、赤黒く脈打つ巨大な「臓器」――心臓と脳髄を掛け合わせたような肉塊。

 

 それを中心核として、周囲を何千枚という「古いステンドグラスの破片」が衛星のように高速で旋回している。

 

 破片の群れが辛うじて腕や脚のような輪郭を形作っているが、それは明確な魔力と不可視のエネルギー場によって強引に統制された、暴力的な魔性の集合体だった。

 

 彼らは人間ではない。魔物でも、怪人でもない。

 

 本来ならば物理的な肉体を持たない、次元の狭間を漂うだけの精神生命体――『妖霊』。

 

 この原子の法則に縛られた3次元世界に直接干渉するため、彼らは仮初めの「器」を構築していた。

 

『……こんなに不快なのか……』

 

 心から不満そうに、音とも振動とも取れない、しかし、なぜだか明確に意味が理解できる不快な言葉が空間を走った。

 

 距離にして20km、大きめの市を横断するほどの距離にありながら、その声はまるで何もない無人の野を駆け抜けるように明瞭に、および、言葉を伝えたい相手以外誰の耳にも届かずに響いた。

 

 『成分』によって構築され、次元の中にあまねく漂う『気体』あるいは『塵』のような生命体である彼らにとって、3次元の肉体は非常に窮屈で、不確かで――石のように重たかった。

 

 まるで牢獄を背負って歩いているかのようだ、人間をサイコロの中に押し込めるかのごとき不条理に、愉快さを感じる人間など存在しない。

 

 細胞などという小さく、細かく、それでいて不快なほどに凝り固まったものに成分を擬態させているせいで非常に不快だ――何よりも、あの魔物とかいう下等な生物群にも似た方法でこの世界に存在しなければならないのがことさらに不愉快でならない。

 

『よくもまあ、こんな行為に納得できたものだ……戻れる可能性すらないというのに。』

 

『これしかなかったのだろう、あの出来損ないには仕方のないことだ。』

 

『それにしても、理解に苦しむ。この狭苦しい視界はどうだ。眼とやらをつぶれば物事がわからぬ?耳がなければ、音すら聞けず、肌がなければ物にも触れられぬのだ?』

 

 白蝋の巨人が、首に当たる部分を忌々しげに傾けた。

 

 本来であれば、彼らは意識を広げるだけで全てを識ることができた。だが今の彼らは、前方の極一部の光しか捉えられず、空気の揺れという鈍重な波でしか周囲の気配を悟れない。

 

 無限に広がっていたはずの感覚が、針の穴を通すような極小の管へと強制的に圧縮されている。その息苦しさは、彼らの精神を絶え間なく削り取っていた。

 

『物質とはそういうものだから、そう聞いている――狭い、せまい、せまい……』

 

『まだ発狂するな、あの逃亡者を殺し、この世界への技術流入を食い止めなければならない……』

 

 臓器とステンドグラスの集合体が、赤黒い脈動を波打たせながら冷徹な思念を返す。

 

 彼の体を構築する成分は、この世界では高速で消耗する――それもまた、彼らにとっては不快でならないことだ、精神を病んでしまうほどに。

 

 それは言ってしまえば、体を常に刃に押し付け、切り刻まれているに近い不快感――そんなものを我慢するのが彼らには許しがたい苦痛だった。

 

 彼らにとって、この物理空間に満ちる「重力」は、常に全身を不可視の鎖で縛り付け、地の底へと引きずり込もうとする終わりのない拷問に等しかった。

 

『吹き飛ばす、ふき、吹き飛ばす。』

 

『そうだな。』

 

 それが最も効率がいい。

 

 そのために、位置をこの都市の両端に置いたのだ。

 

『我々の魔性にてこの都市を閉鎖し、この体を自爆させる。』

 

 それこそが、自分たちの敵に当たる者に確実な死を与える、唯一の方法だと、彼らは信じていた。

 

 白蝋の巨人が、黒曜石の刃を苛立たしげに打ち鳴らした。そのたびに火花が散り、夜の闇に一瞬の閃光を描く。

 

 物理的な質量を持つということ。それは即ち、熱や寒さ、気圧の変動といった下等な現象に常に晒され続けるということだ。精神生命体であった彼らにとって、気温の変化による「寒気」や、関節が軋む「痛み」といった感覚は、耐え難いノイズ以外の何物でもない。

 

 だからこそ、自分たちもろとも消す。

 

 この哀れな生を終わらせ、成分の領域に住まう、自分たちに次の生を歩ませるのだ――それこそが、自分たち妖霊というもの。

 

 じりじりと削れる『成分』を感じながら、彼らは体の内側で暴走する成分を燃やし、自爆を行う――

 

「――失礼、そこの人、ちょっとお話を伺いたいんですけどね。」

 

 ――はずだった。

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