特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第134話:第三種接近遭遇

「ここ、私有地なんですよ、どこから入ってきたのかは存じ上げませんけど、早く降りてもらわないと……」

 

 ――最初、その男を見た時、2人はこの世界の警邏の類であろうと考えていた。

 

 都市の東端、打ち捨てられた巨大な鉄塔の頂点。そこに浮遊する赤黒く脈打つ臓器とステンドグラスの集合体は、直下の足場に佇む人影を冷徹な意識で一瞥した。

 

 慌ててきたのか、ジャケットを羽織りずり落ちた眼鏡を上げるその男――天塚新は、まるで散歩の途中で立ち止まったかのような気の抜けた声で、高次元生命体である己に話しかけてきたのだ。

 

『……なんか、きた。』

 

『無視しろ。我らの自壊プロセスを止めることなど、3次元の物理法則では不可能だ。ただのノイズに過ぎん。』

 

 15キロメートル離れた都市の西端。取り壊しを待つ廃工場の屋上に立つ白蝋の巨人は、ステンドグラスの肉塊と思念を同期させながら、苛立たしげに思考を返した。

 

 彼らは空間を隔てて顕現しているが、その精神は常にリンクしている。東と西、それぞれの視界に同時に現れた「原住民」など、彼ら(妖霊)にとっては路傍の石以下の存在だった。

 

 自分たちが力を与える器としての素質すらないその生き物に、彼らの計画も悟られるはずもないのだから。

 

「おーい、無視しないでくださいよー……でかいねーあんた。」

 

 西の廃工場で、巨人の足元から呆然としたような声が響いた。

 

 そこには、スウェットに身を包んだ男――七星一也が、首をボキボキと鳴らしながら見上げていた。

 

 巨人は不快な高周波を撒き散らしながら、黒曜石の刃を威嚇のように打ち鳴らす。下等な生物が発する音声の波など、彼らの高度な精神にはただの不協和音でしかない。

 

『予定通り、この都市ごと吹き飛ばす。我らの成分を燃焼させれば、あの逃亡者もろとも灰燼に帰すはずだ』

 

『やる、やる、出たい!』

 

 両者は完全に同調し、己の内部に満ちる成分――この次元の法則を無視した圧倒的なエネルギーを臨界点へと引き上げようとした。

 

 そのプロセスを止める術は、地球上のいかなる科学兵器にも存在しない。勇者の魔法すら、彼らの高次な防壁を破ることはできないはずだった。

 

 ――だから。

 

「いや、だから聞けって。」

 

 ――人間で言う向こう脛に近い部分に感じた痛痒に、彼は混乱した。

 

 何を、された?

 

「――なんだ、痛覚は通っているんじゃないか、無視はひどいだろ、人倫的に考えて。」

 

 そこには、首にタオルを掛けたスウェット姿の男――七星一也が、微かに熱を帯びた右足を下ろすところだった。

 

『痛覚……? 我が身に、傷が、ついたというのか?』

 

 それは、高次元の精神生命体にとってあり得ない事象だった。

 彼らがこの3次元世界に干渉するために纏った仮初の肉体は、確かに窮屈で不快な牢獄だ。

 

 だが、それでも魔性1つ有さぬこの次元の生き物に手出しできる強度ではない、そのはずだ――なのに、今自分は何をされた?

 

 足元に立つこの脆弱な炭素生命体のただの一撃が、防壁を透過し、神経と呼ぶべき成分の伝達経路に「痛み」という、これまでの長き時の果てに存在しなかった感覚を発生させたのだ。

 

「いいか、さっきも言ったが、ここは私有地だ――俺らは一応許可取ったが……君らがいていい場所じゃないんだ。とっとと出て行ってもらおうか?」

 

「そちらの臓物もどきさんもですよ――人様の世界に、入国審査もなしに入ってこられるのは困るんですよ、優しく言っているうちにしっぽまいて逃げてもらえると助かるんですけどね。」

 

『……戯言!』

 

『我々を、矮小な物理法則に縛られたゴミ屑と同列に扱うか!』

 

 15キロの距離を隔て、同期した妖霊たちの思念が激しく波打つ。

 

 彼らにとって、自分たちは高次空間の住人であり、肉体という牢獄に押し込められているとはいえ、3次元の住人に遅れをとるなどあり得ないことだった。

 

 だが、現に痛みを与えられた。ならば、この目障りなバグを即座にデバッグしなければならない。

 

 西の廃工場。

 

 白蝋の巨人は、足元で不遜な態度をとる異形の戦士――全身の筋膜が結晶化し、インパルス・バングルに向けて、黒曜石の刃が連なる巨大な腕を振り下ろした。

 

 重力加速度を無視した、純粋な魔力による質量攻撃。ビルを豆腐のように叩き割る一撃が、七星の脳天へ迫る。

 

「だから、帰れって言ってんだろ」

 

 王心七征拳・回し受け。

 

 くるり。と、力が円を描いた。

 

 振り来る鉄槌、不遜なるものに振り下ろされるべき偉大なるものの裁きが――ずれる。

 

 それはまるで、滝の中腹にそそり立つ岩のように、七星の頭上から、おぞましき鉄槌の圧が消えた。

 

『――!?』

 

「話を聞かん奴らめ。」

 

 一方、東の鉄塔。

 

 ステンドグラスの肉塊は、天塚の言葉に反応するよりも早く、周囲を旋回する数千枚のガラス片を音速の雨として射出していた。

 

 全方位からの不可避の弾幕。

 

 避けられるはずのない一撃は――しかし、男の眼前でそのことごとくが撃ち落とされる。

 

『……?』

 

 意味が分からない――と言いたげに首をひねる妖霊に、天塚はまるでできの悪い子供に教え諭す教師のように大仰な身振りで謎の答えを告げた。

 

「あなたの追いかけている女の薬の内容物を分解する酵素が見つかったので、物は試しとドローンの高出力水圧銃に装填してみましたが――意外と効きそうですね?」

 

 これではっきりした『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』だ。

 

 より厳密に言えば、液体状の呪いとあの女の体――成分とでもいうべきものの混合物なのだ。

 

『どおりで、物理的に見えないはずだ……』

 

 いずれも、物質的な振る舞いをしないものだ、そんなものが原料なら、化学分析で何もわからないはずだ。

 

 苦笑交じりに自分の研究結果を眺めていた天塚は、目の前で苦痛のせいか終始不快そうな雰囲気を発する臓物もどきに声をかける。

 

「一応、もう一度だけ警告しておきますよ――いいですか? ここはお前たち、不法入国者が好きにしていい場所ではないし、断じて、お前たち側の都合で人を巻き込んでの自殺などとさせるものか。」

 

「もしもお前たちの下らん計画を実行したいのなら、俺らをつぶしてからするだろ――正義の味方的に考えて。」

 

 聞こえていないはずの言葉を、まるで図ったかのように引き継いで、七星が笑った。

 

 ――これがのちに、第3種接近遭遇と銘打たれる妖霊との初接触になると、彼らはまだ知る由もなかった。

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