特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第140話:本気――

『下等生物どもがッ!』

 

 激昂する妖霊の思念が、東西の空間で同時に爆ぜた。

 

 3次元の物理法則という牢獄に閉じ込められただけでも屈辱の極みだというのに、あまつさえ「捕獲して尋問する」などと宣告されたのだ。高次元生命体としての矜持が、彼らの残された成分を臨界点へと沸騰させる。

 

 東の鉄塔。

 

 ステンドグラスの肉塊が、赤黒い脈動を極限まで速めた。周囲を旋回していた数万枚のガラス片が、一斉に天塚新へと殺到する。

 

『ギギギッギッ!』

 

 うめき声ともガラス同士のこすれあう音とも知れない何かが響く――隠しきれない、隠すつもりのない怒りを湛えて放たれるその一撃に、しかし、天塚は慌てたりはしない。

 

 放たれたドローンはこの次元に侵入していないが、同時に、自分にできることは増えたのだ。

 

 警棒でも伸ばすように、あるいはためらいを振り切るように、腕が勢いよく振り抜かれ、伸ばした腕の先に輝くのは――銀の円筒。

 

 空気を切り裂く音と共に走り抜けたガラスのごとき色彩の物体は、しかし、現れた空間の断裂にて阻まれた。

 

 プランクプレーンを制御する超装置『時空相転写機構』が有する――といっても、最近追加で搭載されたのだが――機能の一端、位相差形成防壁。

 

 プランクプレーンを制御した際に引き起こされる次元間位相差を利用するこの非物体の隔壁は、空間そのものに位相の段差を作る。

 

 攻撃は到達する前に進行方向がずれ、波長が乱され、エネルギー密度が拡散するこの障壁を前に、いかな魔力と言えどやすやすと侵入はできない――まだ、体に慣れていない目の前の妖霊では余計だ。

 

 まるで、何もない空間に突っかかったように凝固したガラスの1撃は、空間の表面で力が上滑りし、何事も起こさずに地面に転がった。

 

 一方、西の廃工場。

 

 白蝋の巨人は、己の足元で余裕の態度を崩さない銀色の超人――七星一也に対し、全身から突き出した黒曜石の刃を1本の巨大な大剣へと変質させ、怒りに任せて振り下ろしていた。

 

『矮小な物理法則に縛られた塵芥がァァッ!』

 

 空気を引き裂き、鏡面次元の地面を深く抉る1撃。ビルを豆腐のように叩き割る、重力加速度を無視した魔力の質量攻撃だ。

 

 だが、七星はその凶刃を紙一重で躱し、巨人の懐へと深く潜り込んでいた。

 

「言うことがワンパ。」

 

 呆れたように告げた一言と共に、七星の脚が蠢動する。

 

 膝から力を抜き、右足を地面に蹴りつけ、体を地面に沈める。

 

 体が、くるりと回転する、それは、あたかも紐から解き放たれた独楽だ。

 

 台風を想起させる速度で回転する体が、足が、妖霊の脚を切り払うように掬い取った。

 

 体が、浮き上がる。

 

 およそ見上げるほどの妖霊の体躯は、しかし、その見た目通りの重量を持ってしても、切り払われる足に抵抗できない。

 

 上下が、反転する。

 

 無重力状態の如く、あるいはスローモーションのように空を舞う白蝋の巨体。

 

 だが、七星の動きにスローモーションなど存在しない。

 

 回転の勢いをそのまま推進力へと変換し、七星は踏み込んだ足から爆発的なエネルギーを上半身へと伝達させる。

 

「――図体がデカけりゃ勝てるなんてのは、昭和の怪獣映画で終わってんだよ」

 

 がら空きとなった巨人の胴体。その中心点へ向けて、極限まで引き絞られた右拳が叩き込まれる。

 

 王心七征拳――正拳。

 

 ぼごりと、巨人の胴体がつぶれる。

 

 ことここに至り、彼らは気が付いていた――このままではまずいと。

 

 一体、どのような理屈かは全く理解できていないが、この生き物たちは、勇者ではないにもかかわらず、自分たちを追い詰められるだけの能力を有している――あまりにもまずい状態だ。

 

 このままでは、任務の失敗はもちろん、この連中に自分たちが捕まってしまう。

 

 物質界の生物に捕まった妖霊の未来は悲惨だ――まあ、そもそも、この次元に来ている時点で悲惨なものではあるが。

 

 それだけでなく、この連中に情報が漏れて、魔物や異世界の人間が自分たちの領域に侵入してくる危険性も否定できない――それだけは避けなければならない。

 

『―――レレギギ!自爆はやめだ!この空間ごとこの連中と裏切り者を滅ぼす!!』

 

『消す!消す!!』

 

 だから、彼らは確実性を捨てた。

 

 すでに、体の内部で沸き立つように沸騰する自分たちの成分をより強く修練する――やりたくはなかった、物質界に強く固着するこの姿では、自分たちの苦痛はより強く、より激しい。

 

 だが、この生き物を殺し、あの裏切り者を殺すためにはこれしかないのだ。

 

 空間が、悲鳴を上げて軋んだ。

 

 東の鉄塔。

 

 宙に浮かんでいたステンドグラスの肉塊が、周囲を旋回していた数万枚のガラス片を、自らの赤い臓器へと突き立てるように吸収し始めた。

 

 グチャリ、メチャリという不快な咀嚼音が響き渡り、肉塊は元の何倍もの大きさに膨れ上がる。

 

 否、膨れ上がっただけではない。吸収されたガラスは赤黒い魔力と融合し、肉塊の表面を覆う『絶対的な硬度を持つ棘の鎧』へと変態した。

 

 それはもはや浮遊する臓器ではない。全方位に死を撒き散らす、難攻不落の巨大な浮遊要塞だ。

 

 西の廃工場。

 

 倒れ伏していた白蝋の巨人が、己の顔――卵型の曲面を両手で掻き毟るように覆った。

 

 指先がめり込み、白い蝋のような皮膚がドロドロと溶け落ちる。その奥から現れたのは、高圧縮された成分が実体化した、ドス黒く濁った『鋼』の肉体だった。

 

 身長はそのままに、質量だけが爆発的に跳ね上がる。

 

 立ち上がった巨人の足元で、ただ体重が乗っただけのアスファルトが、隕石が落ちたかのように放射状にひび割れ、陥没していく。

 

「おっと、本気かな。」

 

『らしいですねぇ、まあ、そっちがそういう話なら――』

 

「こっちも本気出すぜ。」『こっちも本気出しましょうか。』

 

 背後で、轟き始めた雷鳴を耳で聞きつつ、彼らはおもむろに構えを取る――

 

 西の廃工場。

 

 七星一也は1歩足を大きく踏み出し、両腕を真横に大きく開いた。

 

「――円輪」

 

 静かな、しかし空間を震わせる発声。そのまま、空気を掻き回すように腕を大きく旋回させ、下腹部――臍下丹田の前で、掌を互い違いに合わせた。

 

 東の鉄塔。

 

 天塚新は、自分を守る障壁の内側で、銀の円筒を掲げる――すでに第一展開は実行されている。

 

「――次元」

 

 声高に、()()()3()()()()()()

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